弐拾弐――幼き日Ⅱ
――それは、とても楽しい楽しいドライブのはずだった。
家族で車に乗って旅行に出かけた。
空はとても青くて、雲一つないくらいに明るくて、私の心も同じく晴れ渡っていた。
お父さんとお母さんと、妹と私。四人で丁度軽自動車に乗って山奥にキャンプに行った、その帰り。私と妹はいつもみたいに他愛もない話で盛り上がったり、お父さんに怒られながら後部座席でちょっと暴れてみたり、とても楽しかった。
特別な感情なんて何もない。ただ、私は家族と共にいて、何の変哲のない普通の女の子として生きるはずだった。
何故、そうなってしまったのか。
一体何が原因だったのか。
今となってはもう思い出せないが、何が起こったのか、ただそれだけは今でも鮮明に覚えているし、これからもずっと覚えていなくてはならない私の心のトラウマだ。
何かの拍子に、妹と喧嘩になって。どうしてか私は無性に妹が憎くなった。あんなに大好きだったのに、その時だけは本当に殺してやりたいと考えていた。
ああ、そうだ思い出した。確か私と妹が同じ人を好きになって。それで、妹が私を煽ったんだ。思えばあんなセリフ、笑って流せばよかったんだ。でもその時の私はまだ幼かった。だから感情に歯止めがきかなかった。それと、少し大人びていたのもいけなかったのだろう。心の奥底からよく分からないドス黒いものが溢れてきて――気が付けば妹は死んでいた。
殺意が芽生えて、そして人が死んだ。
血が噴水のように噴き上がって……窓を染め上げて。
何が起こったのか理解できない。
お父さんも、思わずハンドルが狂ってしまい、そのまま車は崖から転落した。
運よく私とお父さんは生き残った。
否、生き残ってしまった。
「お前のせいで……お前のせいでみんな死んだんだよ――!!」
今のなっては、それが軋轢魔法による性格の狂暴化だったのだと分かる。だがその時は、あんなに優しかったお父さんが獣の如く私に暴力を振るっていのが単純に恐ろしかった。
――これって、私のせいなの?
ワカラナイ。
そして私は逃げ出した。私のせいじゃないのに私のせいにするお父さんが憎かった。殺したいとも思った。けれどお父さんのせいでもない。それとも、軋轢魔法のせい? それじゃあ、それって私のせいなの?
どこにぶつければいいのか分からない。この憎しみや悲しみはどこに発散すればいいのか分からない。
ただ、一つだけ確かな事は、誰かのせいにはしたくなかったという事だった。。
そんな矢先、私を助けてくれる人達がいた。
軋轢魔法を宿す人達を容赦なく殺してしまう事を良しとしない人達だった。私は最初その人達の優しさに触れ、感謝し、信用したが、それらは全てまやかしだと後に知った。その人達は甘い言葉で私のように身寄りのない子どもの軋轢魔法を引き込んでは性的な暴行を加え、もしくは人身売買を行う集団だった。人権もクソもありはしない。殺されるよりも酷い扱いを受けた私の軋轢魔法は暴走し、街を一つ飲み込んだ。
それが後に言う『大消滅』。
ある巨大な都市をまるまる一つ飲み込んで地獄に変えた、私の始まりの咎。
崩れる街。鮮血に染まる街。ビルの窓はそのほとんどが赤く染まり、鉄の臭いが充満街の中全てに充満する。肉片が飛び散り、無残な肉細工となった人の残骸は私の歩く地面となった。気分が悪くなり吐いた事もあった。
そう、紛れもなく私のせい。あの時確かに、私は彼らを憎んだだろう? だったら、これらの破壊が私の意思でなくとも、それは私のせいだろう。
そうやって諦めた。
だけど、楽にはなれなかった。
心の奥のどこかでは認めたくはなかった。
皆が私を責める。その度に自分のせいじゃないと思ってしまう。だってそうでしょう。望んでしてる訳じゃない。私が軋轢魔法なのは私が望んだ訳じゃない。なのにどうして私のせいなの? でも、それは私のせい。私がやった。私が悪い。
いつだったか。耐えられなくなった私は刃物に手をかけ、目についた人間を刺そうとしていた直前だった。
私はいつの間にか自分の腕を刻んでいた。
誰かのせいにはしたくなかった。どれだけ苦しくても、どれだけ、死にたくても……誰かのせいにして他人を傷つけたくはない。
大声で泣き叫びたいほどに痛かったが我慢した。私のせいなんだ……だから私が傷ついてもおかしくない。
それからというもの、苦しくなった時は自分を傷付けた。何度も、何度も。
そんなある日見つけたんだ。
ボロボロの雑誌を見つけて手に取ってみた。何年ぶり分からないほど久しぶりに漫画を見た。そこにはあるヒーローがいた。
彼は戦わなかった。彼は、飢饉や食糧難でお腹を空かせた子供たちの為に食べ物を配っているおじさんだった。彼の見てくれは決してよくはない。彼は、たとえ独裁国家だろうとも、紛争地帯だろうとも空腹を満たし世界を平和にしたいと願い食べ物を配り続けた。けれど戦う力も持たない彼を誰もヒーローと認めなかった。皆は彼を蔑んだ。彼が助けた子どもでさえも彼の事をよく思わなかった。
それでも彼は、皆の為に自分の正義を行い続けた。
誰も自分の事を認めなくとも、自分以外に誰もいなくても、自分には愛と勇気があると言って。
彼は敵と間違えられ、兵士に射殺された。
何か言葉にする事はできなかった。でも、心の中で何かが動いたのを感じた。ずっと凍っていたものが溶けていく感じがした。
諦めたくないと思った。
抗いたいとも思った。
こんな理不尽を受け入れて、自分に八つ当たりして、誰からもずっと蔑まれたままで。そんなままで生きて死にたくない。
何をしたいのかは思いつかなかった。それでも、私の体はいつの間にか動き出していた――
そして今、ようやく私は見つけ出した。
多くの人を殺して、大きな罪を背負った私はその分の人を救いたいと願った。その為にはこの身を犠牲にしても構わないと。
たとえそれで死んだとしても、それが私の幸せなのだと。




