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軋轢魔法少女イリーガル・ストライプ  作者: 井土側安藤
幸せになりたい人達
20/37

拾玖――その少女は絶対的な優しさが欲しかった

 少女の心の安らぎとは他の事をすべて忘れ、ただ姉の事だけを考えて何かをする事。姉に褒めてもらいたくて、姉とずっと一緒にいたくて。もう少女には、それしか考える事はできなかった。他の全てはとうの昔に剥ぎ取られ、永遠に失われた。故に姉以外の全ては不要なのだ。失われたという事は、それはつまりいらないという事。失われたのなら失われて然るべきものだったというだけの事。

 だからいらない。別にあってもいいけど、それが姉との時間を邪魔するのであれば、それは絶対に許さない。少女を理解できるのは自身の姉だけなのだと、少女は決してその考えを変えようとはしなかった。


 元より姉に依存気味だった滝反(たきそり)背人(はいと)は、還崎洋の干渉で自分達の関係が壊された事によって狂ってしまう。洋の事は勿論、姉以外のその他全ての近づくものが敵に見えてしまうようになってしまった。

 元より内向的で友達の少なかった滝反背人はその身に刻まれたトラウマから、そうなってしまった。


「………………」


 今日は逆上がりができるようになった。今まで何度やっても駄目だったけど、今日ようやくできるようになった。きっと姉は喜んでくれるだろう。背人の心はとても弾んでいた。

 そこにたった一人だけしか存在しない、荒廃した小学校の校庭で、ただ無心に逆上がりを練習し続けていた少女は、今とてもうれしい気持ちだった。


「逆上がりの練習?」


 ただ、それは聞きたくもなかったノイズに邪魔されてしまう。

 少女の心は酷くささくれ立ち、今すぐにでも殺してやろうかと考え始める。還崎洋は姉から言われて殴るだけで我慢しているが、この声はあの時銭湯にいた女だろう。だったら殺してもいい。自分と姉の関係を邪魔するのなら、殺せ。

 少女の心はそう告げていた。

 ――殺意を以て振り向いたその先にいたのは、金髪の少女。背人よりも年上で、少し頭の悪そうな奴だった。

 その姿を見て、何故か一瞬殺すのを躊躇った。ムカつくくらいに明るい笑顔のソイツは、背人が使っている鉄棒の隣にある一回り大きいものに手をかけると、腕に力を込めて懸垂の要領で一気に鉄棒の上に上り、棒の上に座る。

 手は逆手にし、顔を前にして一気に前に倒れこむ。このままだと重力の法則に則って顔から下に落ちてしまうだろう。しかし膝裏で鉄棒を挟み込む事で落下せずに棒を軸に少女の体は回転した。

 『天国回り』という技だと、本で見た事がある。


「す、すごい……」


 出るはずもないと思っていた声が、思わず喉の奥から漏れてしまう。少女の考え方からしてみれば姉以外にこのような感想を抱くなど絶対にあり合えない事なのに、そう思ってしまった。

 さしずめ、誰も背人に友好的に接する人間がいなかっただけなのだが。

 姉以外との関係を全て絶った背人は、心の中に生まれたこの感想に戸惑っていた。

 『へへ……』と得意げに笑う少女。


「ほ、他の、技は……」

「よーしじゃあお姉さん本気出しちゃうぞー!」


 あまりにもわざとらしくて正直腹が立ったが、背人の心はもうそんなは事どうでもよかった。昔から鉄棒が大好きだった背人は、姉が美しい挙動で鉄の棒と踊る姿を見て、ずっと憧れていたのだ。ただ、かっこいい、すごい。そこに深い理由や考えなどなくとも、弟や妹が年長者に対する単純な憧れと同じく、自分よりもすごい人間を敬う心がその少女に対して芽生えた。


「よーし……、っ!!」


 鉄棒から体を持ち上げた状態で、何度か勢いを付けて逆上がりをする。また元の状態に戻り、まるで空中に留まったまま逆上がりを続けているように見えた。


「これなんて技!?」

「これは空中逆上がり。逆上がりができるようになったのなら、できるんじゃない? やってみる?」

「う、うん!」


 ささくれ立った心はもう存在しなかった。



「そうそう、回る時の姿勢は真っ直ぐと、そして勢いを付ける時は少しだけ棒からお腹を離して――


「やったー!! できたー!!」

「すごい、まさかこんなに早くできるなんて。じゃあ次はもっと難しい技やる?」

「うん!」


「はぁ……はぁ……もう日が暮れちゃったね」

「疲れたぁ……」


 気が付けばもう夕方。真っ赤な夕日が世界を射していた。

 他の全てを忘れ、まだ名前も聞いていないこの少女とずっと鉄棒で遊んでいた。こんな感覚はいつ以来だろうか……そう、あの時。最後に姉と遊んだ時以来。


「お姉ちゃんは、どうして私と遊んでくれたの?」


 背人は同じ軋轢魔法を持つ者達からも恐れられていた。知識を持たないナイフ程恐ろしいモノはない。未だ善悪の感情が定まっていないからこそ、姉以外の全てを憎んだ背人は、たとえ同族からも狂犬として扱われていた。

 本人もそれを理解していたし、理解していてもやめようとはしなかった。だってそうしなければ、自分が傷付くのだから。

 みんながみんな、私の事をおかしいと言う。

 私の考えは間違っていると言う。


 だからこんな風に何の言葉も介さずに遊んでくれたのは、初めて……いや、確か大嫌いなあの男も、最初はそうしてくれていたはず――その考えは振り払った。そうだとしても、あの男だけは認められないと。


「どうしてって、うーん……誰かと一緒に遊ぶのは、楽しい事でしょ?」


 屈託のない笑顔で少女はそう言った。


「ほら、それにさ、いっぱいできるようになった事があるんだから、これでもっとメルシィさんに喜んでもらえるんじゃない?」

「うん、そうだね。ありがとうお姉ちゃん」


 ああ、この少女は、『お姉ちゃん』と呼ぶに値する人間だ。

 きっと私の事を分かってくれる。私の考えに賛同してくれる。

 きっと、私と一緒に()()()()()()()()()()()


「ねぇ、お願いがあるんだ」

「なに?」

「私と――


 きっと分かってくれる。分かってくれる。安心していい。分かってくれる。笑わない。恐れない。蔑まない。だってこんなに優しいのに、裏切るはずはない。

 だから、


「――私と一緒に、殺してくれる? 私をいじめた奴らの生き残りを、皆殺しにしてくれる?」


 少女は、少女は、金髪の少女は、とても優しくて、『お姉ちゃん』の次に優しい少女は、その首を、縦に振った。


「本当?」


 本当に?


「嘘じゃない?」


 裏切らない?


「本当だよ。あなたの事が大好きだから、あなたの事が心配だから。嘘じゃないし、裏切らない」

「よかった。よかった……っ!! 約束だよ……!!」

「お――


 背人は泣きながら、少女の懐に抱き着いた。嬉し涙を流しながら、『理解者』を得た喜びを噛み締めた。


「よしよし。大丈夫だよ……私がいるから。」

「うん……お姉ちゃん! お姉ちゃん……!!」



 背人は空っぽになるまで泣き続けた。そして夕焼けも落ちて夜になり、無音で静寂な暗闇の中。リョウナは自分の腕の中で眠る少女を抱き留めていた。もう既にこの世にいないであろう妹の事を想いながら。そして、この少女が本当に欲しかったモノを、メルシィが自身にではなくリョウナに譲った事に苛立ちを覚えながら。

 既にメルシィ・クレンドロスは、姉という存在としての大切な何かを棄てたのだ。他の全てを諦め自らの理想のみを追い求めた彼女は、絶対に棄ててはいけないものまで棄ててしまった。だから、背人はこんなにもメルシィの事を愛しているのに、背人はいつまでたっても独りぼっちだったのだ。


「この子が欲しかったものは、私が貴女の代わりになる事じゃない。他でもない本当の姉である貴女の理解が欲しかったんですよ」


 相互理解の大切さは、本人が一番諦めながらも、それでもメルシィが私に説いた事のはずだった。


「なのに、こんな……こんなになるまで放っておくなんて」


 心がざわついた。

 誰かの為に誰かに対して敵意を向けた。

 この感情は初めてではないが、洋を助けようとしたあの時とはまたベクトルの違うものだった。


「ダメ……抑えないと発動してしまう」


 波打つ心を抑え付け、リョウナは静かに眠る少女を救う手立てを探し始める。

~キャラクタープロフィールⅦ~

滝反(たきそり)背人(はいと)

 メルシィの妹。メルシィ以外にはとても荒んでいて暴力的だが、本当はとても怖がりで内向的。

 洋の事が大嫌いだ。

 上手く接すればすぐに仲良くなってくれる(チョロい)。


年齢    10歳

身長    139.0cm

体重    33.9kg

性格    いじっぱり

長所、短所 自意識が強い事、他者とコミュニケーションが取れない事

趣味    ゲーム、おりがみ、一輪車

特技    逆上がり

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