壱――運命
――『軋轢魔法』。
遍くこの世全ての人と人との間に起きる『悪いこと』はその『軋轢魔法』によって引き起こされる。
子ども同士の小さな喧嘩から、宗教観の違いによる国と国との戦争まで……あらゆる争い事の元凶。
それらはウィルスのように感染していくものでも、災害のように突然降り注ぐものでもない。ある日突然、何故か、一人の人間の中にその『力』が発現する。その力は周りの人々の悪意、憎悪などの『負の感情』を増幅させ、時には自然的な災害を、時には人と人との争いを引き起こす。拒否権はなく、覚醒したが最後それは枷となり一生着いて纏う事になるだろう。
人々の間に軋轢を生みだし、それを糧にして『破壊』という現象を生み出す。人が争えば争う程、街は災禍に飲み込まれ、最悪の場合戦争と化す。
そんな力を持ってしまった人間はどうなるだろうか?
罪の意識に苛まれるだろうか?
耐えられずに自ら命を絶ってしまうだろうか?
それとも、その力を以ってして、世界征服をしようなんて考えるのだろうか?
どれをとってもどの道、その道のりも、その結末も、決していいものではない。
そして今の時代。
軋轢魔法に対する殲滅作戦が発令されていた。
その人が軋轢魔法かどうかを見分ける技術が出来上がっていた。これにより、今まで刷り込まれてきた倫理観と、『軋轢魔法』ではない人を傷付けてしまう恐怖によって『迫害』という行為を避けてきた国民達も、その手のひらを返そうとし始めていた。
そして、自分達にも目に見えた『禍』が降り注いだ時、人々の倫理は崩れ落ち、恐怖と不安は新たな暴力を生んだ。恐いから、死にたくないから、彼らはその『恐いモノ』を排除する。
理不尽にも、私達は虐げられ続けるのだ。
『――市で起こった『大消滅』から五年が経ちました。今日、死者を弔う追悼式が執り行われ、参列者は重い面持ちで死者への――』
「やられました……すいません、盗まれ、ました……」
『どうした!? 状況を説明しろ!』
「軋轢魔法です……魔道アーマーが盗まれました、これ以上奴等の手にアレが渡ったら……」
『もういい、大丈夫だ。お前は落ち着いてその場で待機――
「楽しいですわね? 洋」
「ただ歩いてるだけで楽しいとはおめでたいこったぁなメルシィは」
皮肉を言っても隣にいる女の笑みは崩れない。張り付いたような笑顔はどう見ても気分の良いモノではなかったが、辛気臭いよりはマシだろうか。
それにしても……
「今夜は一層騒がしいな。俺達がいる事バレてんじゃねぇ?」
「《パンドラ》に限って万が一にもそんな事はあり得ないはずですわ。調整は完璧なはずですし、もし我々の存在が悟られたとして、この場から逃げる事に関して何か不都合な事はありますか?」
「いんや、特にない。確かにまあ、逃げるだけなら無問題だな。なーんて言ってるとイレギュラーが起きたりするもんだぜ?」
そうやって冗談を言い合いながら少々平和ではない状態らしい街の中を歩けるくらいには、俺とメルシィの仲は悪くないという事だ。
「…………」
「あらあら、毎日毎日大変な事で」
パトカーやら消防車やら救急車やらがひっきりなしに街を駆けまわる。この街で何かが起きているのだろう事は確かだ。しかもこの慌て様、恐らく『軋轢魔法』の事だろう。
「大方誰か馬鹿が暴走でもしてんだろ。運が悪いよなぁ。パトカーが行ったあの方向だとさっき俺達が通って来たところだぜ。俺達が気付けていればソイツも死なずに済んだろうになぁ……」
「それを一々言う必要性はないですよ? 洋」
「……すまない。まあ、な…………はぁ」
俺はしばらく押し黙った。どうやら今の俺はいらん事を言ってしまう精神状態にあるらしい。メルシィは底抜けに優しいから特に強く咎めはしないだろうが、まあ。
と、暫く進むと海が見えた。港だ。
というか……
「このまま進むとさっき居た所見えるんじゃないか? 大分歩いたから分かんなかったけど、こう、ぐるっと上に上がる感じに回って来てたんだな」
「分かりにくいですねぇ。螺旋状って事ですか?」
「そうそうそれそれ」
俺達の歩いている歩道は高速道路のジャンクションみたく複雑な構造になっており、なんでも近代芸術を兼ねているとかなんとかお偉いさんが言っていたような気がする。
「見ますか? 様子を」
「敵情視察的な意味でな。後、アホをやらかした奴の間抜け面でも拝んでやるか……」
そう皮肉気に言いながら、開けた場所にあった展望用の双眼鏡の隣からその下を見下ろした。
機動隊数十人がその二人を遠くから円形状に囲んでいた。
その円の中心……そこには、二人の少女がいた。どちらもが機械的な鎧、所謂パワードスーツに身を包み、互いに睨み合っていた。
「あのアーマー……片方が軋轢魔法だとして、盗んだのでしょうかねぇ」
「さあな……」
今からあの少女は、殺されるのだ。
「洋……!! 見てください!」
「あん……? なんだよ」
「あれ、哉江ちゃんじゃないですか?」
それを聞いて思わず身を乗り出した。そう、哉江、還崎哉江。俺の妹だ。
クソッ、運が悪いのはどうやら俺の方だったらしい。殺される方ではない、殺す方が俺の妹なのだ。
「なあメルシィ……運命ってのは悪戯好きなんだな」
「助けるのですね……?」
助ける? ああ、そうだな。そうでなければまた哉江は人を殺してしまう。アイツにとっては正義の為でも、妹が人を殺す事を目の前で見ている事などできようはずもない。
俺がそうだとバレる事も怖かった。だが、しかし……いいのか? 本当に。助けた所でどうせまた……いつもみたいに。
でも、
「やはり、止めますか……?」
もう一度だけなら、もう一度だけならいいと思えた。
逃げたくない。誰も助ける事ができなければ、妹を助ける事もできはしないと。
俺の弱い心がそう叫んだ。
「クソがッ!! だから人間ってヤツは嫌いなんだよ!!」
自分を叱りつけながら、俺は手すりを飛び越え、助けにいく。
~キャラクタープロフィールⅡ~
還崎洋
いつも無表情な背が高いお兄さん。
欲望にとても忠実で、リョウナに何度もセクハラ発言を繰り返すお兄さん。
年齢 18歳
身長 179.8cm
体重 67.1kg
性格 おくびょう
長所、短所 考え過ぎない事、他者を傷付ける事を恐れコミュニケーションがドライになる事
趣味 コスプレ、隠し撮り、エロい妄想
特技 機械工学系に関する事




