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拾肆――きずあと

「終わった……?」


 リョウナは少し疲れた声色で洋に訊いた。その横では不安そうなセブンが立っている。

 洋は何も言わず、ただ頷いた。

 そしてしばらくリョウナ達に背を向けていた洋は口を開く。


「まことに勝手ながら、今日は一人にさせてくれないか。メルシィに頼めばあの屋敷に泊めてくれるだろうしさ。頼む」


 やっぱり何かあったんだね。と言うのはやはり野暮だ。そう思ったリョウナは、何も言わずにただ首肯した。

 そして、


「ゆっくり休んでね」


 何となく、そう言って、セブンと共にリョウナは洋とは違う方角に歩き出した。

 セブンがようやく口を開く。


「大丈夫、でしょうか……?」

「大丈夫じゃないかな。アイツは多分強いし、ちゃんと割り切れるんじゃないかな。少なくとも私よりはね」


 あの時の、夜の屋上での洋との喧嘩でそれを悟っていた。

 メルシィと同じく、洋もまた何かが原因で何かを悟り何かを諦めているのだと。だが彼はそれでも、今も抗い続けているのかもしれない。

 もしかしたら、


「洋も、軋轢魔法……? ねえセブン、何か知らない?」

「いえ、私は何も……」


 いつものおどおどした調子でセブンは答えた。

 考えすぎなのだろうか。そう割り切りその思考はそこで中断した。


「よし、じゃあ今からメルシィさんを誘って銭湯に行こうよ! なんというか、こう、気分転換にさ!」

「いいですね、行きましょう」



 ちゃぽん。

 とリョウナの上げた手から水がしたたり落ちる。


「ふぃー、生き返るなー」


 特に用事がなく退屈そうにしていたメルシィに旨を伝えたら何だかもんのすごく嬉しそうな笑顔で了承してくれた。

 ふと横を見る。

 やはり美しい黒髪をしている。妖艶に濡れたその肌を見ているとまるで吸い込まれそうな感覚を覚える。


「どうしました? リョウナさん?」

「な、なんでもないですよ!?」


 ふふふ、と楽しそうに笑っているメルシィ・クレンドロス。

 妖しい微笑みとでも言えようか。


「しかし、三人で入ったのが最近のようで、久しぶりに感じますわねぇ」


 お嬢様口調でメルシィは言った。

 何だか法則性に気が付いた気がする。メルシィは真面目な時は敬語でそうでもない時はお嬢様口調になるのだ。


「確かに、そうですね……」


 ふと反対側の横を見ると口まで顔が浸かってぶくぶく言っているセブンが気持ちよさそうな顔をしていた。可愛い。


「こうして、静かな空間で湯に浸かりながら疲れを癒すのは素晴らしい事ですわね……」

「はい……」


 ちなみに今は完全に貸切状態だ。

 と言うのも先の一連の騒動でこの『憩いのユ』も礫祭同盟の隠れ家だとバレてしまった様で、客はリョウナ達以外には誰も居ない。


「あのおっちゃん、大丈夫なのかなあ」


 それが一番気掛かりだ。


「ああ、頭領の事ですか。彼ならダイジョブです」

「その、前から気になってたんですけど、頭領って誰なんですか?」


 リョウナのその質問にメルシィは少々驚いた顔をしていた。

 リョウナは首を傾げ頭の上に疑問符を顕現させる。


「てっきり気が付いてて言わないものだと……この銭湯の店主です」

「え、まさか、あの人ですか?」

「実はそうなんです……本名は冷存(れいぞん)千銅(せんどう)。れっきとした礫祭同盟の一員です」

「ぜんっぜん気が付きませんでした」

「あのエロオヤジは何故か知りませんけど真面目な時とそうでない時の落差が大きいんですよね……まったく、何故ああも頭がおかしいのか」


 その言葉の真意は分からなかったが、何故かとてもイライラしていることは語調でなんとなく分かった。


「む――!!」


 と、メルシィが何かに気が付いた様に天井を見上げた。

 その視線の先を追ってみると、


「な、何であんな所に監視カメラが……!?」

「あんのエロおやじ……よくもまぬけぬけと性懲りもなく……」


 と言う事はつまり言うまでもなく……あの人が仕掛けたのか。流石はエロおやじと言わしめられる事はある。


「いつもなんですか……?」

「ええ、いつも還崎君と共謀して私に気が付かれない監視カメラを二人で考案してはそれを還崎君が作って頭領が仕掛けるんです。バカですわね、あの二人」

「確かに……」


 出会った当初から何か変態だなあとは思っていたけれどまさかこれほどまでとは。これは心配するのもむだかもしれない。

 と、リョウナの隣にいたセブンが口を開いた。


「何度も着替えシーン撮られてますしねー、しかも録画したディスクを奪い損ねましたし」

「くっ……今洋君が一人でそれを見てニヤニヤしていると思うと……!! いや、頭領とも連絡を取り合っているかもしれませんね」


 リョウナは少しだけ楽しかった。

 確かに今、現在進行形で入浴シーンを撮られてはいるのだが、この明るい雰囲気は何だか楽しい。女の子同士で水入らずお風呂に入って、はしゃいで、ギャーギャー騒いで。きっと還崎洋に出会わなければありえなかったであろう今の状況。

 ん……? 現在進行形で撮られている……?


「破壊しましょう!! あのカメラを!! 迅速に!!」

「いや、今までの傾向からしますとアレは恐らくダミーですわ。あんな分かりやすい所に分かりやすい色のカメラを設置するなんて怪し過ぎます、と言うのも逆に考えられますわね……さてどうしたものか。あ、私の機構アーマーを使えば一発ですね」


 言うが早いかメルシィはその右腕を天井に向けて一気に伸ばした。

 すると、どこからか甲高い飛行音が聞こえてくる。

 そしてそれは銭湯の天井を突き破り飛来した。


「これは……?」

「私の魔道アーマー、名付けて『破壊機構Mark‐Ⅰ』です。飛行ユニットが付いているんですよ?」


 小学生くらいの大きさをした小型のジェット機、にも見える。

 背中には四枚の円盤が取り付けられており、紫電がバチバチと音を立てている。


「よっと」


 メルシィが軽く手を動かすとバチィッ!! と一瞬、雷が落ちた時のような光と共に火花と電撃が飛び散った。


「大丈夫です。感電はしないようにしてありますから。まあ、これで全部壊れたでしょうね。じゃあ丁度いいですしそろそろ上がりましょうか」

「は、はい!」

「はーい……」


 着替えてから頭領、つまりあのおっちゃんがいつもいるカウンターの場所に行ってみると、


「その顔を見ると、どうやら成功だったみたいですわね」


 勝ち誇った様子でやつれた顔色のおっちゃんにメルシィが言った。


「まさか天井を貫いてまでするとは思わんかったぞ……」

「そりゃあ正面玄関から堂々と入ってはあなたの事ですから魔道アーマーの強制停止コードくらいは所持していると思いましてね」

「ふぅ、次からは洋に、壁にジャミング機能を着けておいてもらうとしよう」

「凝りませんね……ま、今日のところはいいでしょう。さ、牛乳を出してください」

「はいよっと」

「あ、あの……」


 リョウナがその横合いから声をかけた。

 メルシィが不思議そうな表情をしている。


「どうしました?」

「私は今日のところはよくないんですけどッ!?」

「諦めてください……あなたのあられもない姿は既に洋君のパソコンに届けられているでしょう……彼らはこう言う事に関して言えばとても狡猾です。きっと予備のメモリースティックでも何でも用意しているでしょうね。破壊は無意味です」

「また裸を見られたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 一度ならず二度までも。これは耐えがたい屈辱だ。


「アイツ……殺す!!」

「私もご同行しましましょう……!!」

「まあまあ二人共……」


 と、カウンターにコーヒー牛乳の入ったビンが三本、ドン!! と置かれた。


「男の性なんだ……許してやってくれねぇかい」

「無理ですね、死んでください頭領」

「キッツいねぇメルシィ、まあ、オレは確かに凝りねぇけどなぁ」


 不敵な笑みを浮かべる頭領とメルシィの間に火花散る……ッ!!

 と、やはりコーヒー牛乳を飲むと皆どこか和やかな雰囲気になったのだった。


「やはり、コーヒー牛乳には勝てませんわねぇ」

「はははっ! だろうだろう!」


 それにしても、包帯を外していなくてよかった。

 とリョウナは自分の両腕を見て思った。たとえ誰であろうと見られたくない傷があったのだ。本当によかった。

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