ラブレター
手紙を書こう。
そう決めたのは、彼女が来月転校するって先生から聞いた時だ。
間もなく正式に発表するから他の人には言うなと、
オフレコで僕だけに教えてくれたのは、
僕の気持ちを察していた先生の優しさだったのかも知れない。
彼女の事がどうしても気になり始めたのは、
2年生のクラス替えの時、僕の右斜め隣の席に、
彼女を見つけてしまった瞬間からだった。
何気なく黒板を見るふりをして、ピントはいつも彼女の姿を捉えている。
そんな日が何日続いただろう。
もちろん、そんな僕の気持ちは、他の誰からも悟られていない自信はあった。
だから、先生がこの事を教えてくれたとき、僕は心は大きく揺さぶられた。
大抵の場合、核心をつく話であっても僕には関係ない事だと無関心を装うんだ。
先生と生徒の関係なんて、その程度でしかないと思っていたのだから。
この半年間で、彼女とはずいぶん仲良くなった気がする。
先月の席替えでは、斜め隣の席から、左隣の席になるといった幸運にも恵まれた。
嬉しさを押し殺しながら、彼女の存在を無関心で装うのは、
先生に対してのそれとはちょっと違っている。
大人への警戒と、大人の振りをする虚勢。
どちらにも共通するのは、僕はまだ大人になりきれていないと言うことだろう。
彼女が僕の前からいなくなってしまう。
それが現実となるまで1ヶ月しか時間は無いんだ。
まず僕は何をしたいのか。
「僕の気持ちを伝えたい・・・」
それしかなかった。
だから、手紙を書こうと決めたんだ。
直接伝えられる度胸。失敗に耐えられる勇気。
僕にはそのどちらも持ち合わせてはいない。
初めての彼女への手紙。
つまりラブレターってやつだ。
正直、僕がこんなものを書くことになるなんて思わなかった。
どちらかというと女の子が書くイメージが強いし、
男の僕としては、出すよりも貰うほうが格好も良い。
友達はメールで簡単に伝えるなんても聞くけど、
それで済むほど、僕の思いは軽くはないんだ。
頭の中に浮かぶ彼女への思い。
それを言葉に言い表す事は、簡単な事ではなかった。
長々と言葉を綴っては書き直し、
短すぎては書き直す。
そんな事の繰り返しであっという間に時間は過ぎていった。
「最近元気ないね」
思いがけず僕に声をかけられた時、
「伝えたい事があるからね・・・」
そんな思いとは裏腹に、関係ない素振りをした僕のことを、
僕は一生許すつもりはない。
ついにホームルームで彼女の転校が告げられたのは、
それから間もなくのある日の事だった。
クラス中の人達に取囲まれながら、
僕は人越しに垣間見える彼女の横顔を、
ただ遠くから見つめる事しか出来なかったんだ。
そして彼女が引越しする日、
彼女が住んでいた家の隣にある公園で、
逢えるかどうかもわからないままに、
僕は朝からベンチに座っていた。
もしかすると、もう彼女はそこには居ないのかもしれない。
でも、そんなことはどうでもよかったんだ。
たとえ少しでも可能性があるのならばそれで十分だった。
手紙に託した思いを、僕はどうしても彼女に渡したかったのだから。
彼女の家に出発するほんの数分前に、僕の手紙は書きあがった。
何枚も何枚も書き直した僕のラブレター。
それでもさりげなく渡したいから、ジーンズのポケットに無理やり押し込んでゆく。
彼女の家の前にトラックが到着した。
遠くからではあるけど、僕は必死に彼女を探してみる。
「あら、おはよぅ」
不意に後から声をかけられ、僕は慌てて振り返る。
彼女がコンビニの袋を携えて立っていたんだ。
手伝いの人達への飲み物を買いに行っていた様子。
不意ではあったが、ある意味絶妙のタイミングだった。
手紙を渡すには今しかなかったんだ。
「・・・おう、今日で行っちゃうって聞いたからな、見送ろうかと思ってさ」
「ありがとう、学校では最後話が出来なかったから、嬉しい・・・」
嬉しいと言ってくれた彼女の言葉。
それが僕の気持ちを鈍らせてしまった。
嬉しいと言われれば、僕はそれ以上に嬉しいのだ。
この瞬間が、永遠であればいいと思った。
でも僕の手紙を彼女が読めば、このささやかな幸せでさえ、失うかもしれない。
そう思うと、手紙を渡す僕の右手が動きを止めるんだ。
「また逢えるといいな・・・」
「また逢えるといいね・・・」
そう告げて、僕と彼女は握手をした。
本当は手を繋いで、さよならを言いたかった。
繋いだ事には変わりはないのかもしれないけど、イメージとは大分違っている。
けれども、その時の僕にはそれが精一杯だったんだ。
帰り道、涙が止まらず駆け出した。
人目もはばからず、僕は大声を出して泣きながら走っていったんだ。
月曜日、何事もなかったかのように彼女の存在しない学校が始まる。
そして、先生が僕を見つけてこう伝えてくれた。
「ありがとうって伝えて欲しいと、電話があったよ・・・
みんなと別れるのは辛かったけど、お前と別れるのが一番辛かったってな・・・」
そう言って先生は握手してくれた。
結局、僕は手紙を渡せなかった。
けれども、僕の思いは渡せていたような気がしたんだ。
「また逢えるといい・・・」
そう思い続けている限り、僕の恋は終わらないんだ。
僕のラブレターは、まだポケットの中にはいっている。