7 キラキラ王子と白猫
グランツ王国からトライベン王国へ、緊急の使者が遣わされた。
それは高級宿の最上階に滞在している謎の一団の存在を突き止めたカルトが、賊の痕跡から証拠固めを終え、宿に突入する秒読み段階に入ったタイミングであった。
それはグランツ王国秘蔵の魔術のいくつかを手土産に第三王子のしばらくの滞在を申し入れるものだった。
古の魔術に通じ神のごとく君臨するグランツの王族がその秘匿されている魔術の一端を開示すると共に同盟を結ぶ使者として人質同然に滞在するという。
グランツとの同盟ということになれば、未だにトライベンを弱小国扱いしたがる他国への力の誇示になりうる。
第三王子というとグランツ王国の王族の中でも人気の高い王子だと聞く。
その王子はすでにトライベン王国に極秘で入国しており、明日にも城へ訪れるということになっていた。
まさに全面降伏な内容にカルトも納得するしかない。
「ふん、まぁいいだろう。宿への突入は中止だ。精々王子を歓待してやろうじゃないか」
貴重な献上品を携えて翌日城に現れた神のごとく麗しい青年は、国王との謁見を終えしばらくの滞在を申し出ると、後ろ姿にさえ見惚れる人々に見送られて、優雅に謁見の間を後にした。
「なるほど、あれがグランツの王族か。確かに麗しく優雅だが……中身は聖獣をかすめ取ろうとする泥棒だ。忘れるな」
冷徹な表情のカルトは、アンドレ王子の消えた扉を、惚けた顔で見つめる面々へ釘をさし、警備をさらに見直す為、執務室へ向かった。
アンドレ王子へあてがわれた部屋は、一日で整えたとは思えないほど洗練され美しいもので、侍女も侍従たちも水準の高いものが揃えられていた。
その待遇は十分満足のいくもので、トライベン王国の潤沢な資金力・豊富な人材を感じさせるものだ。
優雅にお茶を楽しみつつ、アンドレ王子は密やかに笑いを漏らす。
父親との通信で、この国が力を入れている魔術開発を探りつつ聖獣とのつながりを持てと指示された。
いくつかの古の魔術と、自国の名産品でもある宝飾品の数々、それにアンドレ王子自身を差し出す、という屈辱的な内容ではあったが、王都内で賊として捕まることを考えれば、他に選択肢はなかった。
それに今現在聖獣のいるこの国に堂々と滞在できるのは、グランツ国としても損な話ではない。
この城のどこかにあの聖獣がいると思えば、アンドレ王子の口元も自然に緩み、その麗しい様子に侍女達が陶然と見惚れ頬を染めた。
魔術や身体能力なんかに頼らなくても、自分が微笑みを向けるだけでいくらでも手駒は増やせる、とアンドレ王子は妖しく微笑んだ。
城に滞在して数日が立ったある日、アンドレ王子はいつものお茶を終えると、ブラリと庭の散歩にでた。
忍び込み追い詰められた状態ではあったが、アンドレ王子の優秀な脳内には、城内の位置関係がしっかり把握されている。
素知らぬ風を装い、散策しつつ目的の庭に近づいていく。
さすがに途中で侍従の静止の声が入ったが、王族の行動をを止められるものなどいるはずもなく、美しい笑みを浮かべ、あくまでも優雅にその道を通り抜けたアンドレ王子の前に、ざわめきと共に人垣が開かれた。
最近、ご主人様が足りない……。
能天気なベスも気づくほど、最近カルトとの触れ合いが減っている。
それと共に、たくさん貰えるようになった、大小さまざまな袋を目の前に、今日はどの袋に入ろうと迷うベス。
どの袋もキラキラと色合い美しく、それぞれが良い香りを纏っている。
はふぅ、落ち着くー。
その中でも、小さめの袋にいそいそと潜り込み満足のため息をつき、うとうととまどろむベス。
何か考えていたような……あ、そうだご主人様だ。
ご主人様どうしたのかなぁ……。
あれ?
誰だろう?
ウトウトまどろんでいたベスは近づいてくる人影に気づいた。
穏やかな笑みを浮かべ、ベスに近づいてきた青年は、異国風の美しい衣装や装飾品で身を飾っていたが、そんなものが霞んで見える美貌の持ち主だ。
「はじめまして聖獣殿、私はアンドレ・リア ・グランツと申します。アンドレとお呼び下さい」
ベスの前で一礼した青年は、神々しい笑みを浮かべ、優雅に佇んでいる。
「ギャゥン!」
なに、この人っ、光りすぎ、怖いっ!
青年の美貌から目をそらしたベスはさらに自らの肉球で目を保護した。
「聖獣殿? どうされましたか?」
「アンドレ王子、このようなところでどうしましたか?」
戸惑いの声をあげて、ベスに近づこうとしたアンドレ王子の前に、カルトが割り込む。
侍従の報告を聞いて駆けつけたのだ。
アンドレ王子は一瞬不快そうに眉を顰めたが、すぐに優美な笑みでそれを隠す。
「これはこれはカルト王子、散策しておりましたら偶々聖獣殿にお会いしまして、ご挨拶していたところです」
「偶々ですか……この辺は城内でも機密に関わる重要な場所です。あまり立ち入られては困りますね」
白々しいアンドレ王子の言葉にカルトは淡々とかえす。
「そうでしたか、それにしては警備が手薄なようで、他国のことながら心配になります」
優しく微笑みながら、素知らぬ顔で嫌味を言うアンドレ王子に、カルトはふっと笑みを漏らした。
「警備の心配は無用ですよ。一度忍び込んだ者なら分かる事ですが、一度入り込むと容易には出られないようになっているのですよ。ところで、アンドレ王子……ベスに随分と嫌われているようですね」
両手で目を覆い、アンドレ王子を見ようとしないベスの様子に、カルトは笑いをかみ殺す。
「き、きらわれっ?!」
目を見開き、固まるアンドレ王子を内心爆笑しつつも、憐れむような表情をつくるカルト。
「アンドレ王子、ベスの体調が優れないようなので今日のところはお引き取りください」
これまでの人生で、見た目で人はもちろん獣からだって、嫌われたことなどなかったアンドレ王子にとって、衝撃的なことだった。
カルトの無言の指示に従った侍従たちが、若干ふらついているアンドレ王子を先導し離れていく。
勝ち誇った顔でそれを見送ったカルトは、優しく微笑むとベスに抱き付いた。
「ベス、ベス、怖い人はいなくなったよ。ほら、顔をあげて?」
「ガゥ?」
ベスが恐る恐る顔をあげると、美貌の青年はいなくなり、カルトが優しく微笑んでいた。
こ、こわかったっ。
ピカーってね。
目がつぶれそうだったの。
カルトの腕の中で安心したようにベスは思う存分甘えた。
アンドレ王子の、精彩を欠いた先ほどの様子を思い出し、笑いの止まらないカルトだった。
「ベスというのか、実に愛らしい名前だ……名前を知ることが出来たのは収穫だったな」
しばらくはガックリ落ち込んでいたアンドレ王子は、意外な立ち直りの早さを見せた。きっと人見知りなのだ。何度か会えばきっと慣れて顔を見せてくれるはずだ、と聖獣の可愛らしさを思い出し上機嫌に微笑む。
無駄にポジティブなアンドレ王子がベスと仲良くなるための道は意外なところから開かれることとなる。
アンドレ王子の日課である散歩は、基本いつも同じ時間同じ順路、立ち止まる場所まで決まっている。
これは人質の立場である自分にかかる手間を省くためでもあるが、アンドレ王子はこういったルーチンワーク的なことをことさら好む傾向にあり、アンドレ王子がいつも立ち止まる薔薇の庭を見渡せる回廊で彼を待ち伏せすることは情報さえ得ていれば容易であった。
「おや、知らない顔だね」
「ああ、貴方様は……っ」
銀色の美麗な姿がフラリと現れ、すでに跪いている侍従たちを背にアンドレ王子はすぐさまその場に跪く。
「それでは顔が見えないよ」
「お初にお目にかかります。聖獣フォル殿。グランツ国のアンドレ・リア ・グランツと申します」
困った顔のフォルを前にアンドレ王子は優雅に立ち上がりそのまま腰を折り名乗る。
「やはりエルツの後胤なだけあって私のことも知っているか……ふむ、確かに……魔力の波長が似ている」
懐かしさに顔を緩ませたフォルとアンドレ王子は侍従たちから離れると長年の友人同士のように親しげに話し始めた。
「あははっ、それで捕まりそうになって自首したってわけ?」
「笑い事じゃないですよ。ほんのちょっとした気の迷いで痛い目にあいました」
ベスを連れ去ろうとした話を笑い飛ばされ、アンドレ王子は苦笑を浮かべる。
「うぅーん、それにしても……ねぇ、そのキラキラしているの生活しづらくない?」
「え、キラキラですか?」
「あら、無自覚なのか」
きょとんと見返してくるアンドレ王子の様子から察したフォルは困ったように微笑む。
「ええと、よく眩しいとか神々しいとか言われますが、もしかしてそれですか?」
「そうそう、それだよ。わかっているじゃないか」
「あ、いえ、一族皆がよく容姿を褒められるので、そういうことかと思っていました」
「うわぁ、それはそれは……」
実際その美麗な顔を見れば察することは出来るが、かといって痛い発言に苦笑いしかない。
「んん、まぁ、君は俺達の血が強く出ているようだから、神力の使い方を少し教えてあげよう。そのままじゃ君、早く死ぬよ」
結局、数時間に及び真剣に行われたフォルの教えのおかげでベスに眩しがられない体になったアンドレ王子は、フォルを仲立ちにしてベスと再会することになった。
一章は本来十話までありましたが残念なことに三話分データがとびました。
内容は一口でいうとアンドレ王子と親しくなりますが、二章につながる聖獣や精霊に関する話がそれに絡んで入ります。
現在、頑張って記憶を掘り起こしておりますが、なかなか進みません……。




