6 侵入者と白猫
「聖獣様がっ、聖獣様がぁぁっ!!」
庭であがった異様な声に、一気に緊張が高まり数倍の人間が集まってきた。
みんなの視線が集まる中、ベスはキョトンと周りを見渡す。
あれあれ?
みんなどうしたの?
どこから持ち込んだのか、大きめの布袋を手に入れすっぽりはまりこんだベスは顔だけをチョコンと出した状態で周りの騒ぎに驚いている。
「「「「「「なんて、可愛らしい……」」」」」」
皆の目が不気味に血走っていても、絵筆を握った奇声を発する怖い人がいても、いつもどおり気にしないベスは更に深く袋に潜りこんだ。
「で? これが問題の袋か……」
カルトの前に広げられているのは、ベスが中々手放そうとしなかった布袋だ。
可愛らしさに身悶えようが鼻息荒く脱落することがあろうが、ベスの周りを固める人間はみなエリートと呼ばれるハイスペックな者達で、庭にあるはずのない不審な布袋をベスが持っていることの不自然さなど全員が気づいていた。
侍女がベスの関心を上手く引き、袋から意識をそらしている間に、侍従から報告を受けて待ち構えるカルトの元へ、ロスベール魔術師長が布袋を持ち込む。
直接手で触れることなく、出来うる限り現状保持された状態のその布袋を、ロスベールは細心の注意を払い調べ上げていく。
「ほう、これは……この紐の部分に特殊な仕掛けがあります」
ロスベールは袋の口を締める紐の部分を指さしカルトに注意を促す。
「紐を締めると、この袋の中身を特殊な結界が覆います。さらに袋からかすかにですが……これは、薬ではありませんね、果実のような香りがします」
「果実……」
傍で控えていたジョエルク侍従長が思案気に一言もらすと、カルトがそれに答える。
「トワイの実か」
「そうですね。確かにこの香りはトワイの実に似ています」
「ふむ、トワイの実ですか。ではこの香りを分析してすぐに割り出しましょう」
ロスベールが慌ただしく退室していく。
「結界関係なく城内に入れるものなど、他国には数えるほどしかいない。すぐに炙りだしてやる」
無表情のカルトは冷たい声音で宣言した。
時は少し遡る。
「ちっ、なんだこの城……」
城へ侵入を果たした時にはちょっと手強いな、くらいでそれこそ鼻歌交じりの軽いお遊び気分であった。しかし、城の奥へ進めば進むほどその厳戒すぎる警備に男は何度も立ち止まらされ、舌打ちを漏らす。
「冗談じゃない。このまま何もしてないのに見つかったら洒落にならない」
いつでも自信に溢れ、実際どんなことでも軽くこなせるはずの男は、珍しく焦りの表情を浮かべる。
何も国同士の問題などに発展させるつもりもなく、本当にただ聖獣を間近にみて、いやどうせなら触れて、そこまでするならちょっと顔をうずめたりさせてもらおうと思っていただけなのだ。
しかし現在男は確実に追い詰められていた。
「やばい、やばすぎる。この城からどうやって脱出しろとっ? もうやばすぎて来た道も引き返せないじゃんっ!」
どんどん深みにはまっていくのが分かるのに進むことが止められない。冷や汗を流しつつ城の奥深くに入り込んだ男は、しかしとうとう目的の白く輝く聖獣を視界に捉えた。
聖獣みつけたっ、ん? あれ?
あれ幼体じゃないか?
聖獣に関する知識を誰よりも持っている男は一目見ただけで聖獣が幼体であることを察してしまう。
手元には聖獣にとって麻薬のごとく作用するトワイの実も魔獣の捕獲用袋もあくまでもたまたまだが持っているわけで、うまくしたらあのかわいい聖獣を自国へ連れて行けるのではないか、チラリと浮かんだ思考は、取り消すには勿体なく感じられる。
それに聖獣が姿を消してすぐの混乱をつけば、帰る方法も見つかるかもしれない。
己の欲望に忠実な男は都合の良い理由づけをしながら聖獣へ一歩踏み出していた。
ベスはふとおかしな感覚を感じた。
あれれ?
なんだろう?
あっちに何かいるっぽい?
しかしそこをジッと見つめても何も見えない。
おかしいなぁ……。
ベスは首を傾げて立ち上がると、木の後ろに隠れた気がするそれにトコトコと近づいていく。
不審な木に近づくと、トワイの実の香りがふわっと漂う。
あの事件以来、トワイの実はすべて取りのぞかれてしまったので、本当に久しぶりの香りである。
そのあたりに一つ実が落ちているんじゃないか、とヒョイと首を下げると何かがふわりと動く気配を感じた。反射的に噛みつき引っ張ったそれは最初抵抗を感じたが、グイグイ引っ張るとスルリとベスの元へ引っ張り寄せることが出来た。
ベスはそれをズルズルと引きずり、芝生の上でじっくり眺め、それが大きな袋であることに気付く。
こっ、これ袋だぁぁ。
大興奮のベスはいそいそとその袋にはまりこみ、遊び始めた。
魔獣捕獲用の袋をまんまとベスに取られてしまった男はがっくり項垂れていた。
間近でみた破壊的に可愛らしい聖獣を前に残念な思いはことさらに募るが、いつまでもこうしてはいられない。
だってすでに怪しげな袋に気付いた使用人たちの空気が変化しているのだから。
表面上は何も気づいていませんよ、という演技をしているところが怖さを倍増させる。
普通の侵入者なら軽く取り押さえられるであろう手練れの空気に男は身を引き締め、最後にと振り返ると袋で戯れる可愛い聖獣の姿を目に焼き付けた。
うぅ、この城は本当に怖いけど、絶対にまた会いに来るからねっ。
聖獣へ心で語りかけた男は半泣きで必死の逃走を開始した。
部屋に集まった面々を見渡し、カルトが口火を切った。
「侵入経路及び逃走経路は?」
「はい、どちらも割り出しました。すでに警備の見直し配置替えを行っております。」
「魔法、その他の痕跡については?」
「はい、魔法の痕跡が二か所見つかりました。今どういった種類の魔法が使われたのか解析が終わり、対処法と再現の段階に移ったところです。」
「どこの国だ?」
「グランツ国、かと思われます」
「ふん、やはりな……」
ロスベール魔術師長の見解にカルトは想像通りだと言わんばかりに頷く。
グランツとは百二十年前に聖獣の降りたった国だ。
そのため、賊がトワイの実を持っていたことが明らかになった時点で、どこよりも豊富に聖獣の情報を持っている国、としてグランツ国の関与はすでに疑われていた。
「それと、これはあくまでも可能性ですが……使用された魔法、侵入者の高い身体能力を合わせて考察したところ、王族ではないかという結論に達しました」
王族という言葉に一気にざわめきがおきる。
グランツ国の王族といえば、いろんな意味で有名な存在だ。
常人離れした身体能力と神々しい美貌、それに飛びぬけて素晴らしい魔術の才。
他国から縁談がひっきりなしに舞い込むが、グランツの王族は滅多に国外にでることはなく、聖なる国とも呼ばれるグランツ王国は他国と一線を画している。王族は国の至宝であり、人々の信仰を集める存在となのだ。
「ふん、グランツの王族ね。舐めた真似を……」
すでに国外へ逃げ去ってしまっただろう賊を思い、苦々しい表情を浮かべたカルトはさらなる警備の強化を図ることを決意するのであった。
グランツ国の第三王子、アンドレ・リア・グランツは滞在中の宿で優雅に紅茶を楽しんでいた。
少し長めの銀髪と長い睫毛に縁どられた美しい藍色の瞳、神のごとく整った容姿の彼は、信者が見れば垂涎の憂い顔だ。
部屋に従者が静かに現れ跪いた。
「ただいま帰りました。王子、王都は完全封鎖中です。警戒が厳重すぎて今は戻れません」
「しょうがない。しばらくこの宿に留まることにしよう」
従者の報告を受け、鷹揚に頷くと人払いをしアンドレ王子は深くため息をついた。
「ああ、それにしても、可愛かったなぁ……」
絶対にまた会いに行く。
アンドレ王子は一人花が綻ぶような美しい笑みを浮かべた。




