5 餌付けされる白猫
お披露目の翌日、朝から雨がと降り続いていた。
浮ついた空気を漂わせていた街を落ち着いた雰囲気に塗り替えた雨は夕方まで降り続きそうだ。
外にいけないベスが部屋で退屈しているだろうと、カルトは昼ごはんを共にするために、ベスの部屋へ向かっていた。
「ベス、はいるよ」
にこやかな笑顔を浮かべて、ベスの部屋へ足を踏み入れたカルトは、ソファで寛ぐフォルの姿にビシリと固まった。
「よぉ、昨日ぶりー」
「はい?」
あまりにも軽い挨拶に、思わず疑問で返してしまうカルト。
「ガゥゥー(ご主人様だぁ)」
寄ってきたベスを反射的に優しくなでながらカルトの視線はフォルに釘づけだ。
「あの……確か、俺の死ぬときに来るはずでは……?」
「あぁ? 契約だから、死ぬときには来てやるぞ。でもそれまで来ないなんて俺は一言もいってないじゃねぇか」
カルトの絞り出すような問いかけに、片眉を吊り上げ顎を逸らし軽く返すフォル。
「確かにそうですね……」
腑に落ちない顔のままカルトは渋々と頷く。
「これからもビシバシ生活態度をチェックしにくるから、そのつもりでいろ」
「そ、そうですか……」
迷惑な申し出にカルトは顔を引きつらせながらも、拒否も出来ない。
なんとも困った客だ。
「それよりハラへった。メシにするぞ」
この部屋の主であるがごとく振る舞うフォルに、ごく自然に食事を運ぶ侍従たち。
その時、カルトの耳につけられたピアス型通信用魔道具が熱を帯び、国王と通信がつながった。
『あー、カルト、フォル殿にはもうお会いしたか?』
「……えぇ、たった今お会いしたところですよ」
『フォル殿は我が国の国賓、くれぐれも粗相のないように……この国の未来はお前に託された。がんばれ、以上っ』
「ちょっ、何勝手なっ、オイッ……切れた…………」
文句を言おうとした瞬間に通信は切れ、カルトは呆然と佇む。
「何してるんだ? お前相変わらずトロイ奴だな。さっさと座れ、オラ」
「はい、すみません……はぁ」
フォルに促されるまま席についたカルトは楽しみにしていた食事の時間がとんだことになった、とガックリ項垂れた。
昼食後、若干やつれたカルトが仕事に出かけると、フォルはソファに寝転がり、ベスは毛づくろいに熱中した。
侍従たちが静かに退室し、部屋の中には沈黙が落ちる。
「はふぅ、気持ち良かった……ん、何々?」
毛づくろいを終えたベスが顔を上げると、フォルにチョイチョイと手招かれる。
「おチビさん、見てみろ、これが魔力だ」
近寄ってきたベスにフォルは自分の腹を指さして見るように促す。
「魔力?」
「そうだ。渦巻いているのが見えるだろう?」
「ほんとだ、クルクル」
「んで、これを体中に巡らせる感じをイメージすると……」
「うぉ、綺麗っ!」
フォルのお腹で渦巻いていた魔力が全身を駆け巡り、赤と紫の二色の光に変わる様が美しくてベスは声をあげる。
「ふふふ、これはおチビさんにも出来るんだぞ?」
「うぉー、やってみるっ」
鼻息荒く、やる気をみなぎらせるベス。
「よしよし、じゃあ、お腹の中で渦巻き作るところからだ」
「はいっ、うむむむむっ、むっ、むぅっ……」
フォルのお手本そのままをイメージすると、ベスのお腹が熱くなった。
「いいぞ。それをそのまま維持して、体全体に行きわたらせるイメージだ。できるか?」
「ぐむ、むむっ……いきますっ!」
「力み過ぎだろ。ほれ、力を抜いて……じゃあ、俺が導くから……焦るな」
プルプルと震えながら力むベスに、スッと身体を寄り添わせたフォルは優しく話しかけながら、いつの間にかベスと同じ獣の形をとっていた。
薬で姿が変化していたベスを一回り大きく逞しくしたような見た目の獣は、ベスを優しく抱きこみ、琥珀色の瞳を優しく細め、小さな幼い体に慎重に自分の魔力を同調させていく。
「フォルお兄ちゃん、体がフワフワする」
身体を暖かい何かが巡りはじめ、ベスは今までにない体の軽さを感じた。
「ほぉぉ、緑と青か……よしよし、よくやった。かなり楽になっただろう? 今はわかりやすいように光を見えるように巡らせているが、これを体の中に押し込める感じで……うん、それでいいぞ」
「おー、体の奥がホコホコして気持ちいい」
「うんうん、魔力が不安定だったから今まで疲れただろう? これでちょっと運動したくらいじゃ疲れないし、運動能力もかなり跳ね上がるぞ」
「もう、疲れない?」
「疲れないし、ちょっとした魔法も使えるぞ?」
「ま、魔法ですとぉぉっ?!」
「ぶぶっ、興奮しすぎだろ、まぁ落ち着け。お前は緑と青だから、得意分野は植物と水だな」
「私、天然肥料で井戸いらず? 農家に1匹だぁ」
「天然肥料……珍しい緑なんだけどな。はぁ……ま、いっか……ひとまず基本中の基本を教えてやろう」
フォルはその後、簡単な生活魔法全般をビシバシ叩きこんだ。
「よし完璧だ。じゃあ俺はそろそろいくかな……」
フォルは満足気に頷き別れを告げる。
「フォルお兄ちゃん行っちゃうの?」
「うんうん、お前が名前を呼べばすぐに駆けつけるからな」
「すぐ呼んじゃうかも」
「可愛いなぁ、お前……やっぱり俺と一緒に来るか?」
「えー、ご主人様をほぉっておけないもん」
「ちっ、刷り込み効果抜群だな……やっぱり殺っとけば良かったか」
物騒なことをブツブツ呟くフォル。
「それにねー、食べ物おいしいし、毎晩お風呂で、エステで、モミモミで、ふぎゃぁーてなるの」
「えすてでもみも? ん? まぁいい。お前が毎日楽しければいいんだよ。でも、泣くようなことがあったら、すぐに迎えに来てやる」
「優しいね、フォルお兄ちゃん」
「優しいのはお前にだけだ」
目を細め、突然艶っぽい空気を纏ったフォルに顔を覗き込まれたベスは背筋をゾクゾクさせながらブルリと震える。
「ぎゃぁぁぁ、フォルお兄ちゃんが、たらすぅぅぅ」
「ぶはっ……たらしたか? そうだな、もうちょっと育ったら嫁に貰ってやってもいいぞ。また来るからいい子に待ってなよ」
爆笑しながらベスをギュッと抱き寄せ、額に軽く唇を落としたフォルは、窓からサッと姿を消した。
「……フォルお兄ちゃん、かっこよすぎ」
唖然としたベスがポツンと見送っている所に、それまで結界に阻まれて入室出来なかった侍従たちがわらわらと現れ、遅めのおやつの時間が始まる。
ふぉー、これ、おいしいっ。
やっぱりフォルお兄ちゃんと一緒にはいけないなぁ。
まんまと餌付けに成功されているベスだった。




