4 祝福と契約と白猫
お昼を過ぎた頃、私とご主人様とお兄さんは豪華な馬車へ乗り込んだ。どうやらこれから王都一周のパレードをするらしい。
ふぅん、王子様って大変なお仕事ねぇ。
完全に人事な私は、のんびりとご主人様の隣でだらだらと街並みを楽しんでいた。
馬車の周りはキラキラとした光(防護魔法)に包まれていて、かっこいい騎馬に乗った騎士さん達が周りを厳重に取り囲んでいるのが見えた。
私にも分かる厳戒態勢ってやつで、ご主人様の地位の高さをしみじみと感じさせる。
大きく開かれた馬車の窓からは、中世的な街並みと熱狂する人々、他国からの旅人っぽい旅装の人たちが見えて、私は物珍しさに外を眺めつづけた。
実際のところ、城外に初めて姿をみせた聖獣とその隣にぴったりと寄り添う王太子の仲睦まじい様子をアピールするそれは、聖獣が王太子と友誼を結び、この国へ居つくらしいという噂を肯定するための物であったが、そのときの私には知る由もなく、ただただその街並みを楽しんでいた。
ふぁぁ、すごい綺麗。
ファンタジーな街並みに色とりどりの花びらが舞い、その美しい景観にうっとりと見入ってしまう。
私の視線が向いた先からは歓声が沸き上がり、みなが笑顔で手を振ってくれていて、背中にはお兄さんが幸せそうに顔を埋めている。
チラリと見えた屋台からなんともいえない香ばしい匂いがして、ガン見しているとそれに気付いたご主人様が近くの騎士へ言いつけ、そこの串焼きを手に入れてくれた。
ご主人様が丁寧に串から肉を外して私の口に入れていく。
ほふ、うみゃいっ!
ジュワッと肉汁が口の中に溢れ、城の上品な味に慣れ始めていた私にはその甘辛いチープなタレの味がたまらなくおいしい。
ふわぁ、眠くなっちゃった。
しばらくうみゃうみゃと串焼きを夢中でむさぼっていたけど、満腹になれば当然眠気がやってくる。
ここで寝ていいのだろうかと思いつつ、うつらうつらと首を揺らしていた私はふと何かが気になった。
眠いときはどうしようもなく寝てしまう私にしては珍しくガッツリ目が覚めてしまった私は道沿いに詰め掛けている人々に視線を凝らす。
あ、あの人っ!!
フードを目深にかぶる旅行者と思われる一人の存在が、ググッと胸に迫り私の目を釘付けにした。
無意識のうちに私はそのフードの下まで透かして視ようとする。それは普段は疲れてしまうのであまり使わない私の持つ不思議パワーで……。
「ベス? どうかしたの?」
あ、あれ?
私、何してたんだろう?
ご主人様の気遣わしげな声に私はハッと我に返る。
「がぅー?」
「疲れたんだね、もう少しで到着だよ」
ご主人様の言葉通りそれからすぐに城の門がみえ、長いようで短かった楽しい馬車の時間は終わった。
街を一望できるバルコニーからの眺めを楽しんでいるうちに、ご主人様とお兄さんのかっこいい演説も終わり、私は熱狂的な歓声に送られながらいつもの侍従さんと侍女さん達に囲まれた日常に帰っていった。
はふぅ……なんだか疲れちゃったし、のんびり芝生でお昼寝しちゃおう。
へいかお兄さんが上機嫌に歌っていた鼻歌と、それを嫌そうに見つめていたご主人様の様子を思い出し、なんとなくニヤニヤと幸せ気分のまま私は身体を丸めた。
少し時は戻り、聖獣様お披露目パレードにわく一角にフードを目深にかぶるあやしげな男はいた。
「主様、聖獣様の馬車が見えましたよっ!」
従者達が男に向かって興奮気味に叫ぶ。
気ままに旅していた男が、聖獣出現の報を聞いた途端、ひたすらこの国を目指し移動を開始したのだ。
いつもは何者にも興味を示さない男の、珍しい関心の高さはそのまま従者にも伝染していた。
数日前からこの場所を確保してくれていた従者の苦労を無駄にすることなく、男は身を乗り出し馬車を見つめる。
「随分若いな……ぎりぎり成獣か? いや、なんだ? あの魔法は……」
男が見た瞬間に感じとったのはこちらの心配を掻き立てる程に不安定な力で、その次に強烈な違和感と嫌悪に眉間に皺が寄る。
目を凝らし気づいた魔法の気配を逃さず魔力を込めて、そして男は激昂した。
「あれは、幼獣っ!! 生まれたてのっ!」
「主様、お待ちくださいっ! 人目がありすぎますっ! 今少しのご辛抱をっ!!」
幼子を攫うとは、許さんぞっ!
すべてを薙ぎ払って馬車へ向かおうとする男の身体に従者達が総がかりで縋り付き言葉を継ぐ。その必死な様子に男は怒りのあまり震える息を飲み込み冷静さを取り戻す。
「確かに、ここで目立つのは本意じゃない……このあと城に忍び込み、取り返してやろう」
「左様でございますとも、早速目立たず入り込める城内ルートを手に入れてきますので、ご安心ください」
長い時を共に過ごしている従者たちが他ならぬ自分のために必死になってくれている姿に男は代替案を提示し、従者達もその辺に散歩へいくような気安さでそれに追随する。
早くも数名情報を集めに散っているのを見た男は、自分を落ち着けるように一息つく。
「待っていろよ。お兄ちゃんがすぐ助けに行ってやるからな」
やる気に溢れた決意の声と共に男の姿は疎らになった人ごみに紛れて消えた。
いつもどおりの芝生の上で、私はたまに毛づくろいしウトウトと微睡んでいた。
でも今日はなんだか周りがいつも以上に見守る人の数が多く騒がしい。
護衛達はたまに興奮した様子で地面を叩いているし、絵師さん達は凄いスピードで絵を描いているけど、たまに頭を抱えて奇声を上げるし絵筆を折っている。
そんな騒がしい中だったけど疲れていたのだろうか私は深く眠り込んだ。
んむ?
なんだろ、違和感でムズムズする?
なんだか落ち着かないソワソワする感覚に私が目を覚ました時、周囲は異様な静けさに満ちていた。
「よぉ、おチビさん」
ふぉっ?
だ、だ、誰っ?
目の前にパレードの途中で見かけたフードを目深にかぶった人がいて、私は目を見張る。
「え、え、えっと、誰? ふぇっ!」
「落ち着け、同族だ」
混乱のあまり泣き出した私を前にその人は無造作にフードを下ろした。
フードの下から現れたのは、銀色の短髪に琥珀色の瞳が美しい綺麗な顔の男の人で、見覚えのないその人に私は何故か懐かしさに胸が塞がれるような、おかしな気持ちを覚え言葉をなくす。
「あれ? あれ? あれ?」
混乱する私の目から涙がどんどん零れ落ち、その人は至極自然に私の身体を抱き寄せると、落ち着かせるように背を撫でてくれる。
「俺の名前はフォル。まぁ、フォルお兄ちゃんとでも呼びな」
「フォルお兄ちゃん?」
「取りあえずそのふざけた魔法薬、抜いてやる」
一瞬怖い目になったフォルお兄ちゃんは、私と目を合わせると柔らかく微笑んだ。
親戚のお兄ちゃんが幼子にするようなそれはくすぐったくも居心地良く、安心して力を抜いた私の身体をその光る手が一撫でする。
閉じていた目を開いたときには私の身体は元のサイズに戻っていて、フォルお兄ちゃんの手のひらの上には少量の液体がチャプンと揺れていた。
「よしよし、戻ったな。お前ちっこくてかわいいなぁ。俺と一緒に来るか?」
「一緒に?」
「そこまで、ですよっ……」
私がキョトンとフォルお兄ちゃんの顔を見上げた時、珍しく焦った顔のご主人様が息を切らして現れた。
「ガゥゥー! (ご主人様だぁぁっ!)」
えっ、遊ぶ?
一緒に走って、遊ぶの?
髪も服装も走ってきたせいで乱れているご主人様の姿に、私の心は浮き立つ。
しかしその時、周囲を見渡した私は護衛の人たちや侍従の人たちが皆倒れていることに気づく。
「た、大変っ! みんなが倒れてるっ!!」
「大丈夫、みんな眠っているだけだ」
あそこにご飯が倒れてるのっ。
動揺してワタワタする私にフォルお兄ちゃんは優しく声をかけてくれるけど、私はいつもご飯を食べさせてくれる侍従さんの倒れた姿から目が離せない。
「それにしても、ご主人様ね?」
フォルお兄ちゃんはご主人様が嫌い?
ご主人様に向けられたその冷たい声音と視線に心がざわつく。
「せ、聖獣様でいらっしゃいますか……」
「貴様には聞きたいことがあったからな、わざと結界を揺らしてやったんだ」
うーうー、なんかわかんないけど、がんばれっ!
ハッと何かに気づいたような表情でフォルお兄ちゃんと私を見比べたご主人様が跪くのをみて、ご主人様の劣勢を悟った私はむむむっと眉間に皺を寄せた。
「ああ、僕以外の人間はここに辿りつけないと、そういう……聞きたいこととはなんでしょうか?」
「まず聞きたいのは、このふざけた薬のことだ」
ご主人様、頑張って!
覚悟を固めた顔のご主人様に手のひらの上にある液体を見せつけるフォルお兄ちゃんは悪者にしかみえない。
「それは、ベスが幼獣だと世間に知られると危険だと……でも細心の注意を払って作った薬です」
「だから安全だとでもいいたいのか? あぁっ!? ふざけるんじゃねぇぞ、生まれたての幼獣捕まえて、何してくれてるんだっ!?」
「ガゥゥゥッ!(ダメッ、ご主人様、いじめちゃダメッ!)」
震える声で頑張っているご主人様に声を荒げて詰め寄ろうとするフォルお兄ちゃんの姿に私はブチ切れた。
二人の間に体を割り込ませ、フォルお兄ちゃんをガルルッと睨み付ける。
「ベ、ベス……」
「ふん? 懐かれてるな……ご主人様なんて呼び方は気に入らないがな」
ガルガルいう私とご主人様を忌々しげに睨みながらも、フォルお兄ちゃんは怒気を散らすように息を吐き出し、思案気に手の中にある液体をじっくり眺め始める。
「ふん、まぁ、詳しく検分したが、確かにこれ以上はない出来だな……」
不承不承といった様子で頷くフォルお兄ちゃんの厳しい目が私の全身を確かめるように見つめ、毛の感触を確かめるように手で触れ、最後に匂いを嗅ぐ。そして難しい表情のまま改めてご主人様を睨みつけた。
「貴様には言いたいことがたくさんあったが……おチビさんの全身の状態は合格点。まぁ、いいだろう。この国へ俺から祝福を与える。そして貴様の寿命が尽きる時、俺はまたここへ現れるだろう。命にかえてもおチビさんを守れ。これは契約だ」
「え、祝福? え、えぇ?」
ふぁ、綺麗な光。
フォルお兄ちゃんが投げやりに手を振ると祝福の光が辺りに満ちて、契約の楔が大地に突き刺さりそのまま溶けた。
私は始めてみる大掛かりな祝福と契約にうっとりと見惚れていたけど、ご主人様はびっくり顔のまま絶句している。
「何、馬鹿ヅラ晒してる。しょうがないだろう? おチビさんには、もう一人俺くらい頼りになる保護者が必要だからな」
「あ、ああ、ありがとうございます。祝福に感謝を……」
ご主人様の安堵した声音に私もホッと一息だ。
「もう喧嘩しちゃ駄目なんだからね?」
「ああ、もうしない。お前はここで毎日楽しく過し、スクスク育て。俺はいつでもお前を見守っててやる」
「フォルお兄ちゃん、私の保護者?」
「うんうん、やさしいやさしいお前の保護者だ。お前の為ならなんでもやっちゃうぞ? 貴様も気をつけろ次はない。じゃあ、またな」
フォルお兄ちゃんは私に優しげな笑顔を向けながら、ご主人様をしっかり脅すと別れの言葉と共に唐突に消えた。
「嵐のような方ですね……それにしても、はぁ、よかった、連れて行かれてしまうかと……」
ご主人様はヨロヨロと私に抱き付き、その顔を私のお腹に埋める。
「ガウー(ご主人様、よしよしー)」
私は肉球でご主人様の頭をポヨポヨと慰めた。
お腹が少し湿っていたのは内緒にしてあげることにする。
私はよく出来た白猫なのだから。




