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3 氷の王子と陛下と白猫

 現在のトライベン王国は周辺国の侵略を許さない強い国だが、現王が即位する十四年前までは周囲を囲む大国達の顔色を伺うしかない弱小国であった。

 国の権力を握るのは他国と通じた私利私欲に走る腐った貴族達で、王族は周囲の大国へ婚姻という名の人身御供に捧げられる王子王女を生みだす為だけの存在と化していた。

 現王が即位した年、血の粛清劇が行われ、それ以降目覚ましい発展を遂げているが、それを支えているのは現王と宰相、それに連なる者達の人外とも言える有能さであろう。

 そこには特殊な一族に流れる血が作用していたりするのだが、その話はまた今度にするとして、今話したいことは現王の息子である僕もすでにその異常ともみられる才能の一端を覗かせ、二年前の隣国の侵略行為への対応で鮮烈なデビューを果たし、氷の王子という異名で諸国に知られているということである。

 そんな僕は今優秀な部下達に囲まれて執務室でいつもどおり真面目な顔で書類に目を通していた。

 聖獣のお披露目をいよいよ明日に控えた城内は、みなが準備に追われていて、僕の机の上も山のような書類で埋め尽くされている。

 いままでの僕なら軽々こなす量なのに、その書類の内容は頭になかなか入ってこない。


 はぁ、今日も全力で可愛いかった……。

 そう僕の頭の中は今愛らしいベスのことでいっぱいで書類なんか正直な所どうでもいい。

 ピンクの舌先をチロっと出して、気持ち良さげに無防備にしてる感じとか、ああ、あくびした後に顔を両手で撫でまわす様子も……さっきのげっぷなんか凶悪だった。鼻血ふくかと思ったけどかっこいい顔面保った僕すごい。

 ベスの周りには常に画家が数名控えていて、激写ならぬ激描に走り回っていたりする。

 もうすでに、『ゆったりと高貴にあくびをされる聖獣様』とか『芝生の上で、蝶々と戯れる優美な聖獣様』とか『静謐な空気を纏う聖獣様』(お腹空いてた)とか『聖獣様の優雅なお昼寝風景』などの作品が続々と僕の元へ届けられている。


 ああ、そうだ画集を作ろう。ベスの画集。誰にも見せない僕だけの画集。ふふふ、実にいい。


 素晴らしい思い付きに僕はうっとりと夢想に耽り、ふと気づくと書類の山が片付いていた。

 優秀な部下たちが一心不乱に仕事に打ち込んでいる様子に感謝を捧げつつ、僕は今日もベスと遊ぶ為、職場を後にする。








 なんだかみんなが廊下を忙しそうに行き来している。

 それを庭の一角からのんびり毛づくろいに勤しみながら眺める私のもとへ、ご主人様に先導された男の人が侍従を引き連れやってきた。


 ふぁぁ……すっごい綺麗。

 煌めく金髪と青い瞳が美しく、人形のように整った顔立ちのその人は私の目の前で膝をつき頭を垂れる。流れるような動作は限りなく優美で品があり、華を感じさせた。


「はじめまして聖獣様、我が名はシュネル・ゼーレ・トライベンと申します。どうぞお見知りおき下さい」

「ガゥゥー」


 ご主人様のお兄さんかな?

 目の前にいる綺麗な人と、その後ろで優しく微笑んでいるご主人様を見比べた私は、コテンと首を傾げながら挨拶を返す。


「こ、これは、なんとも可愛らしい……」


 お兄さんの目が妖しく輝き、その手がワキワキと不自然な動きを見せる。


「陛下、そろそろ時間では?」


 撫でたいの?

 ご主人様のお兄さんなら特別に撫でさせてあげてもいいぞよ?

 しょうがないなぁと頭を差し出そうとすると、底冷えするようなご主人様の声が聞こえお兄さんの手が空中で止まった。


「あ、ああ、そうであった。聖獣様、また明日お会いしましょう。せめて、一撫で……いや、なんでもない。残念ながら今日は用事が立て込んでおりますので、失礼いたします」


 聞き間違いかな?

 いつもどおり優しげに微笑むご主人様をみて首を傾げている間に、顔を強張らせたお兄さんは名残惜しげに別れの挨拶を残すと素早く立ち去っていく。


「ベス、お昼までには戻るからいい子にしているんだよ」

「ガゥー(はぁーい)」


 ご主人様もお兄さんを追いかけてさっさと行ってしまうのをぼんやりと見送る。


 さっきのご主人様のお兄さん、なんて名前だっけ?

 あ、思い出した『ヘイカ』だ。

 思い出せて満足した私は、また毛づくろいに没頭するのだった。








 夕食が終わると私の大好きなお風呂の時間がやってくる。

 お風呂で私の面倒をみるのは侍女さん達だ。

 私がお風呂へ足を踏み入れると、美女揃いの侍女さん達が丁寧にお湯をかけてくれ、泡のついた手が絶妙な力加減で全身をモミモミしてくれる。


 ふぉ……とけちゃぅっ、からだがとけちゃぅぅ……。

 ご主人様とおそろいの、大好きなシャンプーの匂いに包まれながら、私は至福の時を過ごす。

 たおやかな複数の手で綺麗にすすがれるのも、極上の肌触りの布に優しく包まれながらのタオルドライも、そのたまらない心地よさに私の喉はゴロゴロ言いっぱなしだ。


 ふきゅぅぅ、きょ、きょうも、げんかい、なのだ……。

 最後の仕上げになんとも言えない良い香りの香油を耳から顔から全身まで丁寧に塗り込められる頃にはいつも通り私は限界を迎えコロリと横になっている。


「聖獣様? お眠りになられましたか?」


 優しい侍女の声が聞こえるけど、私は全身トロトロに蕩けてしまっていて目を開けることも指一本動かすことも出来ない。


「ああ、たまらない愛らしさ、もうベス様なしで生きていけませんわ」

「ですよねぇ、この高貴な触り心地たまらない」

「同感ですわ。それにしても私たちのベス様を侍従たちの好きにさせているのは屈辱ですわ」

「目障りですね。あの男どもに私たちの仕事をかすめ取られるのは我慢なりません」

「まぁまぁ、落ち着きなさい。お風呂の権利はもう完全にこちらのものです。あとは食事のお世話をもぎ取ってやれば完全勝利です」

「なんといってもベス様は女性ですし、女性のお世話はやはり私たち女性に限ります。お世話を独占するのは時間の問題ですわね。ふふふっ」


 身体のあちこちを優しく撫であげられる感触と、侍女たちの笑い声に反応して半覚醒の私はフニャリと笑う。


「まぁっ、ベス様が可愛らしく笑ってらっしゃる」

「なんと可愛らしいっ」


 キャアキャアと騒ぐ侍女たちの声が私の耳に心地良く届く。


 みんなかわいいなぁ。

 うつらうつらと揺蕩う意識の中、侍女たちの黒い発言も廊下に控えている侍従が発する黒い空気も当然我関せずである。

 だって、私は猫なのだから。








「ベス、ちょっといいかい?」

「ガゥー?(ご主人様、なになにどうしたのー?)」


 お風呂上りでフワフワと心地よい気分で寝室に入ると、ご主人様が待ち構えていた。


「本当は寝る前にお菓子は駄目なんだけどね。今日だけだよ」

「ガルゥッ(うひょ、おいしそぉ)」

「うんうん、ゆっくりとお食べ」


 バターの良い香りを漂わせるお菓子を目の前に出され、眠気が吹っ飛ぶ単純な私。


「ガゥッガゥッ(もう一個、もう一個っ)」


 私がおねだりする様子を、優しく微笑み見つめるご主人様は注意深く私を観察しているかのように思えた。一つ一つゆっくりと与えられていく濃厚な味に満足し、ご主人様に頭を擦り付ける。


「ガゥッ(おいしかったっ)」

「美味しかったようだね」


 私の様子をみて微笑んだご主人様は、いつもどおり歯磨きをしてくれて、寝る支度を整えると私が眠るまで身体を撫でてくれる。


「本当はベスにこんなもの食べさせたくなかったけど……明日は他国の者もたくさんいるし万が一の事があってはならないからね」


 寝る寸前に聞こえたご主人様の声は落ち込んだ様子で私は慰めようとガゥガゥ言いながら眠りについた。








「ガゥ?」


 翌朝、いつもより早く目覚めた私は、大きくなった自分の体に戸惑っていた。

 最初はベッドもご主人様も小さくなってしまったと慌てたけど、流石に大きくなったのは自分だと気づく。

 全身の毛もかなり長く伸び五割ましにツヤツヤと輝いている。

 初めての長毛での毛づくろいに少し夢中になったけど、いつも早起きなご主人様の貴重な寝顔が隣にあるのに気づいた私は、すぐに自身の変化への興味をなくす。


 ご主人様、可愛いぃ。

 睫毛の長さや輝くような白い肌のきめ細かさ、年齢にしてはしっかりしているが成長途中の未成熟なほっそりした身体をたっぷりじっくり舐めるように眺め倒した私は、またウトウトとまどろみ始める。








 なんと美しいのだろう。

 昨夜はベスに摂取させた薬の作用を警戒して、遅い時間までその様子に目を配っていた僕は、起きるのが少し遅くなった。

 そして目の前に広がる豪奢な眺めにしばし呆ける。

 ベスの体の大きさは僕の倍程に達し、しなやかな筋肉に覆われた体躯を包む毛並みは朝日を浴びてキラキラと輝いている。

 いつもの純白と比べ、少量の蜜を垂らし混ぜ込んだような色合いはしっとりと落ち着き、長く伸びた毛の艶やかさはいつも以上の手触りだろう。

 あまりの美しさに不安に駆られるように、僕の手はベスの体に触れる。

 ベスの瞼がピクピクと動き、現れた琥珀の輝きは僕の顔をみると優しく蕩けた。


「ガゥゥー」


 いつもどおり僕に頭を擦り付け甘えるベスに自然と笑みが零れる。


「ああ……おはよう、ベス、今日はまた一段と美人だね」


 両手で頭のてっぺんから耳の付け根、目・鼻まわり、ひげまわり、顎の下まで優しく撫でてあげると、気持ちよさげにさらにグイグイと頭を強めに擦りつけて来る。

 ご機嫌はとても良いらしいと、僕はようやくホッと一息つくことが出来た。


「ガォーン」

「よしよし、いっぱいナデナデだね」


 僕たち二人のいつものスキンシップが終わると、寝室のドアが控えめにノックされ侍従たちがぞろぞろと現れる。


「おお、これはこれは……おはようございます。ベス様、殿下、本日は殊更に美しく、お披露目が楽しみでございますね」


 侍従達をいつも鮮やかな手腕で動かしている有能な侍従長が動揺を押し隠し挨拶をし、我に返った侍従たちが忙しく動き出す。

 僕も寝坊分を取り戻すべく、慌ただしく着替えの為に部屋を出ようとするが、ふと見送ってくれているベスを振り返る。

 周囲の喧騒を大あくびしながらのんびり眺めている様子にくすりと笑いが漏れた。






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