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2 いつか可愛く鳴く予定の白猫

「ベス、おいで」


 花咲き乱れる美しい庭園で、輝くような笑みを浮かべた王子様が私を手招く。


 はぅぅっ、ご主人様が今日も尊い!

 庭を駆け回り朝の運動を終えた私はハァハァと息を荒げたまま、王子様に飛びつき顔を嘗め回す。前世の姿でやったら痴女として警察に捕まること間違いない。


「ガウゥッ(あー何このかわいい生き物っ)」


 喜びのあまり漏れた声は魔獣のごとく野太い声で密かに落ち込むが、ご主人様が丁寧にブラッシングを始めれば、そんなことは些細なことで私はその至福に酔いしれてしまう。そのブラシだって極上の天然素材で作られていることを私は知っている。


 ぐふふ、私セレブ猫……。

 あまりの心地よさに喉がゴロゴロ言いっ放しの私はピンクの舌先をチロリとのぞかせたまま、どうにもしまりのない顔になってしまう。


「かっ、かわっ、かわっ……ブフォッ」


 廊下にいるギャラリーからうめき声が漏れ聞こえる。

 侍従や侍女、護衛の人たちが勢ぞろいでワイワイ賑やかにしているのだけれど、時たま興奮しすぎて卒倒する人が出るのを凄い手際で侍従の人たちが静かに運んでいくのが見える。

 騒がしい外野は放っておいてブラッシングを終えた私はご主人様と一緒に朝食へ向かう。

 さてこのご主人様は正真正銘の王子様だったようで、その名もカルト・シュネー・トライベン。

 トライベン王国の王太子の彼は背が高めでしっかりした体つきから年齢は高く見られがちだが弱冠十二歳である。

 そして私の広い豪華なお部屋はなんとご主人様の部屋と寝室同士がドアで繋がれ、行き来が自由になっていて、王太子妃のお部屋に当たるらしい。

 私はこの一週間ご主人様に構い倒される日々を送っていた。


 ふふふ……今日もおいしそう、ゴクリ。

 侍従たちが目の前に果物や料理を一品一品並べていく。

 金も手間も惜しまず作られた最高級の料理に私は涎を飲み込み、まずは覚えのある良い匂いを漂わせる果物に噛り付いた。


 うん、これ桃。

 桃っぽい。

 これもっとほしい……。

 顔なじみになりつつある侍従の顔をじぃっと見つめて首をコテンと傾げると、なぜか侍従が顔面を押さえ走り去り、その代わりに他の侍従がおかわりを持ってきてくれる。


 ふむふむ、がんばるのじゃぞー。

 後ろで控えている侍従がすかさず、おかわりを強請った果物を書き取りしている様子が見え、私はうむうむと心で頷く。

 心の中でのお殿様ごっこが最近マイブームなのだ。

 まわりでおきている事柄は不思議に俯瞰して見えたりするのに最近気づいた。きっともう少し頑張れば多少離れた所だって見えるはず。

 面倒だし疲れるから滅多にしないけど。

 彼らは日々私の好みを把握するべく記録をとり、あの長い帽子をかぶったおじさまとメニューの選定に勤しんでいるのだ。

 隣に座るご主人様も食事をしながら私の食べる様子を優しく眺めてくれている。


「ケプゥッ」


 あー、今日も満腹っ。

 満足気にげっぷした瞬間、ご主人様は何故か一瞬怖い顔になって顔面に力をこめていたり、侍従が数名逃亡したりするけど、いつものことだとあまり気にしないまま無関心にいつも通りの毛づくろいタイムに入る。


 あうあぅぅ、きもちえぇ。

 私の至福の毛づくろいタイムは、周りの人間にとっても至福の時間らしく、皆がうっとりと私の姿や仕草に見惚れている。


 うむうむ、存分にみるがよいぞよー。

 毛づくろいを終えた私は侍従に先導されるまま寝室に向かい、早くもウトウトとまどろみはじめる。ご主人様に撫でられながら眠りに落ちるまでがいつもの朝なのだ。








 緑の芝の上、木漏れ日を浴びながら真っ白な身体を丸めた尊い御方。

 俺はただただ、うっとりと魂を根こそぎ抜かれそのお姿を眺めるだけの木偶と化していた。そしてそんな俺の前でなんとも優雅に可愛らしくあの御方は欠伸を漏らされた。


 うっ、うぉっ、かわぃ、ぐふっ、かわいいのだっ!

 ごほっ、ぐえっ!!

 必死に暴れたくなる身体を押さえ、叫びを押し殺し、俺は身悶えた。

 隣で俺を見張る部下の気持ち悪そうな視線など気にしないったら気にしないのだ。

 私の血走った視線などモノともせず尊い御方はウツラウツラとお眠りになる。

 ああ、あの芝生になりたい。いや、やましい気持ちなどはこれっぽっちもない。

 ただ、俺の体の上でごそごそと毛づくろいをしたりまどろんだりする様子を見るだけだ。触れはしない。しないのだ。

 隣で俺を見張る部下の視線が鋭くなった。何故だ俺はまだ何もしていないぞ。

 この尊い御方の護衛を勤める騎士たちは、騎士団の中でもえり抜きのエリート達で、選抜されるのはこの上ない栄誉で狭き門だ。

 俺は俺の持つ全ての権力を利用してその護衛の中に無理矢理入り込んだが、普段は将軍とか呼ばれる男である。

 ほんの数日でいいから、と必死に王太子に直談判したと何故かすぐに周囲にばれて白い目で見られたが、なんとでも言うがいい。

 この地位を勝ち取った私は勝ち組なのだ。隣に何故か俺が暴走しないようにと部下をつけられたのは遺憾であるが……。


 ああ、俺の視線に気づいていないそぶりで高貴にツンとして見せておいて、無防備にあくびとか毛づくろいとかウトウトとかぁぁぁっ! はぁはぁ…………。

 俺の幸せな時間を邪魔する奴は絶対に許さんぞ。








 あふぅー、眠くて眠くて、やばーい。

 クカァと大きくあくびをもらす。

 私の一日は朝の運動とブラッシングから始まりあとは食事と毛づくろいと睡眠にしめられる。

 これは私が特別に怠け者だからでは(たぶん)ない。

 聖獣とはいえまだまだ幼獣の私は一日の大半をこうして怠惰にひたすら睡眠をとって過ごし、体をつくるのが普通なのだ。

 まぁ、以前から私は寝汚かった気もするけど。

 今日も真剣な表情で見守ってくれている護衛の皆さんのおかげで私の平穏は保たれている。


 ん? てか、なんで私こんなに厳重に警護されてるんだろう?

 やっぱり、大事な王太子のペットだから?

 かわいいからかな?

 あー、なんか力がみなぎるっていうか、ありあまるっていうか? そうそうこんな時にはトライしてみないとね。うん、今日こそはやってやろう。やるぞっ、やれる気がする。


「ガウゥゥッ、ガゥー(にゃぁぁー、に゛ゃっ)」


 気持ちだけは完璧にいけてた。

 すっごいにゃーって心で叫んでた。

 今日も残念さをかみ締めながら私はおとなしく惰眠を貪る。








「お前たちのおかげで無事聖獣を迎えることが出来た。よくやった」


 僕は自分で言うのもなんだが周辺国にもその優秀さで名を知られていて他国への容赦ない対応などから周囲から氷の貴公子と評されている。

 先ほど、鑑定の魔具で確認し聖獣の名づけに成功したことを確認した僕は上機嫌に部下を労う。


「祭壇の結界を破られた時にはヒヤッとしましたが、よい結果になってなによりです」


 聖獣を連れてくる役目を終えた男が恭しく頭をさげる。


「生まれたてとはいえ、さすが聖獣といったところか。これからは外交にも役立ってくれるだろう。お前たちには後日褒賞をとらせる」


 神の眷属と言われる聖獣は、人々の信仰の対象にもなる存在だが、そのほとんどが人里から離れた場所で過ごしその姿を人に見せることはない。

 その聖獣を召喚することに成功したのは召喚魔法の研究において他国の追随を許さないずば抜けた成果を誇るトライベン王国だからこそだろう。

 騎士達が部屋から下がって一人になり、自分のモノになった聖獣の姿を脳裏に浮かべた僕は陶然と微笑む。

 眠りの魔法で強引に連れてこられた聖獣の目には戸惑いの色があり、高い知能を感じさせた。

 生まれたての聖獣にとって初めて目に入った自分は、家族同様の深い絆を持つ者として認識されるはずで。

 そうは言っても実のところ内心は恐々とその体を抱きしめ撫でさすったのだが、白い毛並みはどこまでもすべらかな極上な手触りで、その賢そうな目の奥に自分と同じ孤高な魂を感じとった僕はその瞬間聖なる獣にあっと言う間に心を囚われてしまった。

 身体が震えるほどのその歓喜の瞬間を思い出す。

 そしてクフンクフンと鼻を鳴らし甘えてきた様子を思い出した瞬間、僕の自制心は愛しさではじけとぶ。


「はぁはぁ、ベスたん、ベスたん、かわいい、モフモフ、たまらないっ」


 僕はただあの素晴らしいモフモフを心ゆくまで堪能したいだけなんだ。

 いやいや、毛並みだけじゃなくてあの肉球とか、うぉー、たまらん。

 ペットセラピーとかよく聞くし、仕事も忙しいのだからそれくらいの癒しはあってもいいだろう。

 まぁ、氷の貴公子とか評されている僕のこんな緩んだ表情は部下には見せられたものではないが。






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