3 ツンデレ風、白猫
ベスが姿を消したテラスではロスベール魔術師長を中心に、消えた箇所の地面が入念に調べられていた。
周囲は騒然とした空気に包まれていて、ベスの齧りかけの果実が転がっているその空間が妙に寒々しく感じられる。
「ロスベール、どうだ?」
「魔力探査に何も反応がありませんし、魔法の痕跡なども一切残っておりません」
「ここか」
カルトの問いかけにロスベール魔術師長は困惑気味に首を横に振ったその時、険しい表情のフォルが現れた。
「フォル殿っ!」
ベスの消えた地面に触るフォルへ何か解決の糸口がないか、と必死な表情を浮かべるカルト。
「フォル殿、お怒りは後ほど存分にうけます。どうかベスの捜索と救出にご協力ください」
いつもとは違う無表情のフォルの静かな怒りに、周囲がシンと静まり返る中、その怒りに怯むことなくカルトが進み出る。フォルがその顔をギロリとねめつけるがカルトの姿勢が揺らぐことはない。
「俺の守護魔力さえも無視してベスを掻っ攫う相手だ。お前の不手際は一先ず不問にしておこう……誘拐犯には血反吐を吐かせてやる」
フォルの言葉にその場にいる全員が安堵のため息を洩らす。
力強い味方を得た彼らはベスを取り返すべく忙しく動き始めた。
「ほぉーら、ここがお前の新しい部屋だぞぉー」
相変わらずむかつく口調のロムルスにベスが連れてこられた場所は、神殿もそうであったが、規格外にスケールの大きなものだった。
真っ白に輝く巨大な建造物から張り出した形で透明な半ドーム型の温室があり、広大な森といってもいい広さのそこにはたくさんの動植物が存在し、鳥や大型の動物たちがゆったり寛ぐ様が見える。
温室から部屋への仕切りはなく、3段ほどの楕円形に広がる階段を上がるとベッドやソファ、テーブルや椅子が品よく配置された居住空間が広がっている。
「さて……やっとゆっくりと堪能出来るな……」
「ガゥッ(なによっ、なにっ?)」
ソファにどっかり座り手をワキワキと動かすロムルスを嫌な予感に震えながら見つめるベス。
「ほれ、こっちに来い」
「ギャゥッ、ガゥゥッ(何するのよっ、馬鹿っ)」
声が聞こえると共にロムルスの元へ勝手に足が動いてしまうベスは、そのままガッチリと抱きしめられ、逞しい腕の固い筋肉の感触に涙目で全身の毛を逆立てた。
「おー、いい毛並みだなぁ」
「ギャッ、グゥッ、ガ……ッ(ヤッ、ヤダッ、ひぃぃっ)」
とんでもなく上機嫌で歓喜に目を輝かしているロムルスは、ベスから見れば怖ろしい猛禽類が歯を剥き出しながら獰猛な目をギラつかせているようにしか見えず、その凶悪な顔面が喉元にぐりぐりと擦り付けられる恐怖に悲鳴を上げる。
毛づくろいしたばっかなのにっ、顔つけんなっ、この筋肉めっ。
むさ苦しい自称ご主人様の顔面を遠ざけようと、必死に足を踏ん張るが距離は縮むばかりで、その筋肉を罵倒するベス。
「へぇ、ここの毛すげぇ柔らかい。おーいいなぁ!」
「ギャゥッ、ギャ……ッ!(なっ、なにするのよっ)」
さらに腹に狙いをつけた男は、お腹の柔らかな部分の毛並みを両手でワシャワシャと堪能し、そこにも顔をグリグリ擦り付けてきた。
ひどいっ、乙女の腹をッ!
勝手にもしゃもしゃしないでっ、この馬鹿筋肉っ!!
きらいきらいっ!!
ふぇぇぇんっ。
「お前かわいいなぁ!」
他の女たちが見れば歓声が上がったであろう、精悍な顔つきを珍しく笑み崩した男は、べスの身体をガッチリ抱きしめた。
「ちょっと、待ってろよぉー」
たっぷり艶々ふさふさを堪能したロムルスが上機嫌に部屋から出ていくと、ベスは半泣きで温室の木陰に逃げ込み必死になって毛づくろいし始めた。
うっ、うっ、グスッ、あの馬鹿筋肉っ。
首につけられた首輪も気になってしょうがない。
ふぎぃっ、外れないっ!
前足で引っかいても何をしても緩まないそれにイラついていると、ガサガサと木々を掻き分けてロムルスが近づいてきた。
「お、いた、いた。良いモノ持ってきたからな。あー、取りあえず躾は大事か? お手?」
「ガッ!(こっちくんなっ)」
いい笑顔でベスに向かって右手を差し出すロムルス。
その手を尻尾でバシバシ叩きながらも屈辱のお手をしてしまったベスは、イラついた気分のまま顔を背け素知らぬ振りの体勢をとる。
「ほれほれ、これ大好きだろう?」
無視するベスの顔の前でロムルスは派手な鳥の羽で作られたおもちゃを振り回した。それは巨大なねこじゃらしで、色とりどりのそれにベスの目は吸い寄せられた。
「ガゥ?」
「ほーれ、ほれ」
ベスが目で追っているのに気づいたロムルスは、更に誘うようにねこじゃらしをプラプラゆらす。
ふ、ふんっ、そんな誘惑にのるかっ!
馬鹿筋肉めっ、ふんったら、ふんだっ!!
「ほれほれ、楽しいぞぉ?」
気にしてないと言わんばかりにベスは横を向くが、ロムルスがねこじゃらしを右に左に動かせば、チラチラと目で追ってしまう。
しだいにそのねこじゃらしから目を逸らせなくなりソワソワ落ち着かなくなっていくベス。
「ほーれ!」
一際大きく振られたねこじゃらしが目の前を横ぎった瞬間、ついにベスの身体は勝手に動いた。
ぴょんとジャンプし、ねこじゃらしを咥えるベス。
「お、上手いぞっ」
ロムルスは手を叩いて喜ぶ。
「ガゥッ、ウゥッ(ふふんっ、これぐらいどうってことないわよっ、って、撫でるなっ)」
誇らしげにおもちゃを口から離したベスの頭を、笑顔のロムルスがワシャワシャと撫でまわす。
「よーし、次いくぞー」
男の掛け声と共におもちゃが飛び、ベスは反射的にそれを前足で押さえる。
「上手い上手いー、よーしよしー」
ふんっ、余裕よっ、余裕っ!!
ツンと顔を逸らしながらもロムルスの握る猫じゃらしが気になってしょうがないベスはその後もたっぷりねこじゃらしで遊びまくった。
「ガゥッ、ガッ(うぅっ、楽しくなんてなかったんだからっ)」
遊び疲れて毛づくろいするベスは敗北感いっぱいのまま、上機嫌に笑うロムルスに背を向けた。




