表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/21

2 誘拐される白猫

 タリアの大神殿の奥の一室には、大神官長から留守を任された五人の神官長が集まっていた。

 真っ白な装束に身を包んだ彼らはいずれも見目麗しい男女ではあるが、どこか疲弊しきったような淀んだ空気を纏っている。


「予定通りであれば長は帰路についてらっしゃる頃合いじゃ」

「長は我らが希望だというのに……あの野蛮な男は長さえも道具のようにこき使う」

「それに聖獣様を捉えるなどと恐ろしい計画に加担するなんて……我らは、今度こそ神の加護を失うぞ」

「ふん、神の加護など今更ではないのか……蛮族どもに囚われて以来、我らが神の加護を感じ取れたことなど一度もない……」

「こうしている内にも、聖なる泉は枯渇していく一方だ。あの男から命じられた作業と思えば業腹だが……聖獣様に関する文献を一つでも多く探しだすとしよう」


 怯えたかすれ声で一人が話しはじめると周りの者達も堰を切るように愚痴をこぼし始め、結局いつもと同じ結論に達すると一様に暗く沈痛な表情で文献を漁る作業に取り掛かった。










 暖かな日差しの中、ベスの身体に風の精霊が起こした清涼な風が優しく纏いついた。

 飛んだり跳ねたり調子良く遊んでいたベスは、木々の間をすり抜けると城の庭の一角にある小さな湖へ向かう。


「ガルッ、ガゥガゥー(ルル、あそぼぉー)」

「ピジュ、ルルッ、アソッ、アソボッ、ピピッ」


 ベスが呼びかけに答えて湖の近くの木にとまっていた色とりどりの羽を持つ美しい鳥が、優美に舞い降りてきた。

 タリアからベスに献上されたこの鳥は、ルルと名付けられ最近は放し飼い状態でお気に入りの湖で一日の大半を過ごしていた。

 バシャバシャと水辺で戯れるベスとルルの周りを水の精霊達がキャラキャラと甲高い笑い声を響かせて飛び跳ねている。

 遊び終えると、ルルが羽を水に潜らせたり嘴で丁寧に手入れする横で、ベスも毛づくろいに専念しはじめ精霊達がその身体に寄り添うように寛いでいる。






「夢のような光景だな」


 庭を一望できるテラスからこの世の楽園のような風景を眩しげな表情で眺めるロスベール魔術師長。

 その視線は執念深く最高の瞬間を追い求めるパパラt……いや絵師達に注がれている。被写体に気づかれぬようにと無駄な努力の跡が見られる彼らの装いは、芝生に同化する為だろう緑色の衣服に所々小枝や葉っぱを貼り付けた面白おかしいものになっているが、笑ってはいけない彼らは本気だ。

 ロスベールの頬がぴくぴくと引き攣り始めた頃、テラスにつながる扉の向こうからざわめきと複数の足音が聞こえてきた。


「おお、ロスベール早いな」


 カルトと侍従長が現れ、ロスベールが頭を下げる中、料理を運ぶ侍従達がぞろぞろと出入りし始める。

 月に一度の昼食会の準備は今日も手際よく行われ、侍女達を引き連れたベスが現れた。


「ガゥッ(お腹空いたぁぁっ)」


 一目散に自分の席につくベスの様子に、皆の表情が緩み和やかに昼食会がはじまった。

 皆が賑やかに歓談する中、誰よりも早く昼食を食べ終えたベスは食後のデザートにうまうまと齧り付いている。

 精霊が時たま気まぐれにテラスに現れ、お気に入りの相手を見つけては悪戯を仕掛け、甲高い笑い声をあげる。

 それはいつも通りの平和な日常であった。






「ガゥー……(ここ、どこぉ?)」


 美しい泉の中央に立てられた祭壇の上に、ベスは立ちつくしていた。

 足元には精緻な魔法陣が見える。

 祭壇のある泉を取り囲むのは巨大な石柱が林立する重厚な石造りの建物で、陽光が泉に降り注ぎ煌めく様はこの上なく神聖な光景だ。

 ほんの少し前まで、昼食会の行われている和やかな空間で、果物に噛り付いていたはずが、一瞬にして見知らぬ場所に飛ばされたベスは視線をうろうろと彷徨わせた。


「聖獣様じゃっ!」

「なんと神々しい……」

「ああ、ああ、なんという恵み……」


 わらわらとベスの周りに近寄ってきた十数名の灰色のローブ姿の人間達が全員跪き感極まった声をあげさらには啜り泣き始める。


 こわい、なにこのひとたち……。

 ドン引きなベスの前に、彼らを代表するように一人の女性が進み出て目の前に跪く。

 長いプラチナブロンドの髪が煌めき背を流れ、透けるような白い肌も眩い碧色の瞳が神秘的な美女だ。


「突然申し訳ありません聖獣様……私アフリカナと申します」


 え、アフリカナって、どこかで聞いたような?

 ベスが聞き覚えのある名前に首をかしげたその時、


「なんだ、その聖獣、小っこいな?」


 低く艶のある声が響き、男が一人現れた。

 長い黒髪を一つに束ね、精悍な男くさく整った顔の下半分は残念な無精ひげに包まれていて、褐色の肌も露わに下半身を申し訳程度に覆っただけの半裸姿の男は見事な筋肉を見せつけ、ジャラジャラと大粒な宝石の装飾品を全身に纏っている。


 やだ、何この暑苦しい筋肉っ!!

 あれ?

 この筋肉どこかで見たことが……?

 暑苦しい筋肉から顔を背けようとしたベスは、その男が先日の謁見で会ったばかりのタリア連邦のロムルスであることに気づく。


「聖獣様に向かって、なんじゃその口の聞き方はっ」

「神聖な神殿であのような恰好を……」


 嫌悪も露わに騒めくローブ姿の者達の不満の声など完全に無視したロムルスの視線はベスに釘づけだ。


「……聖獣様は生まれて間もないご様子。先日のあのお姿は目くらましの魔法だったようです」

「ほぅ……幼体だったのか……」


 アフリカナの説明にロムルスはすっと瞳を細めた。


「よし、じゃあ…………予定変更、聖獣は俺が貰おう」

「せ、聖獣様の部屋はこちらに用意していますっ。お世話はこちらでっ」


 ロムルスの言葉を聞いたアフリカナの顔に必死な表情が浮かぶ。


「お前たちの都合など聞いていない。俺が決めたことに反論をするな」


 突然ガラリと豹変したロムルスのゾッとするような温度を感じない低い声に、アフリカナをはじめとしたローブ姿の者達はシンと静まり返る。


「全員俺が呼ぶまで控えてろ」


 顔色を失くした者たちが全員いなくなるとその場にはベスとロムルスのみが残った。

 ベスは近寄って来るロムルスの姿に身を固くする。


「おおー、極上、極上っ。こんな手触りはじめてだ。お前良いなぁ……」

「ギャゥッ(ぎゃぁっ、触るなっ!)」


 無遠慮に伸ばされた手が頭を撫で回す感触にベスは抗議の声をあげた。


「生まれたてとは丁度いい、おい、しっかり覚えろよ、俺がお前のご主人様だぞー」


 顔を教え込むようにベスの目前に顔を近づけ、自分を指さしながら主張するロムルス。


 ちょ……ご主人様って、何こいつっ

 反射的にロムルスに猫パンチを繰り出し逃げ出すべく駆け出すベス。

 しかし普通の人間など相手にもならない高い身体能力を有するベスの身体をロムルスは易々と捕まえる。


「ギャッ! ガゥゥッ!(ふぎゃっ、首っ、首掴まないでっ!)」

「おー、よしよし、痛いことはしないからなー。まだ前のご主人様を覚えているのか? ペットはそんなに賢くなくていいんだぞー……ああ、そうだこれがあったな……」


 子供でもあやすかのような口調のロムルスが懐から取り出したのは、大粒な宝石の連なる首輪型の魔道具で、それは手際よくベスの首につけられてしまう。


「まぁ、おいしいエサをたっぷりやって毎日可愛がっていればすぐ懐くだろ」


 満足気にベスを眺めたロムルスはさっさと歩き始める。


「ほら、あっちに行くぞー」


 振り向きもせず歩きながら無造作にかけられた声に、ベスの身体はなぜか勝手に従い、従順にロムルスの後ろを歩きはじめた。


 え? なんで? 体が勝手に動くっ……!

 やだやだっ、筋肉やだっ!!

 やだってばっ、こいつ、きらいぃっ!!

 内心で罵声を浴びせながらも、ロムルスに逆らうことは叶わずベスはそのままついて行くしかなかった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ