008 単身突撃
遂に戦いが始まります。私も書いていて興奮してまいりました(*´Д`)ハァハァ。
諜報から連絡があった翌日。『月詠』全体がピリピリとした雰囲気に包まれていた。
反抗勢力の本拠地である廃城の近隣に位置する広原。そこでは白夜率いる新生魔王軍と、竜魅率いる反抗勢力が両陣営にて睨み合っていた。いつ開戦してもおかしくない一触即発の空気が両者の間には漂っている……ように見える。
しかし、魔王軍の方はこんな状況でありながらも全員が余裕を持って戦いに備えていた。それは白夜が作戦を成功させる事を信じているからか、また和水、蜘蛛丸、桃華、桜花の隊長格を頼りにしているからか、はたまた自分達の力を信じているからかは定かではないが、開戦前の空気にはとても見えなかった。
適度に緊張感を持ちながらも、談笑をしている者。開戦ギリギリまで仮眠を取ろうとする者。武器の整備を行う者。様々な事をして魔王軍の兵士達は時間を潰していた。
そんな軍の様子を白夜は陣地の近くの丘の上から眺めていた。この丘は敵の陣地の様子を観察するのにも適している。もし敵に何か動きがあればすぐに自分が動く事が出来るようにしているのだ。
今回の戦いでは、白夜は指揮官として動くつもりは全く無い。それは作戦の要である竜魅を説得するという目的を果たさなければならないためだ。誰よりも早く敵の対象の下へと辿り着き、説得する。つまり、誰よりも早く敵と接触するという事だ。
軍としては色々と問題がある行動な気もするが、白夜にとっての戦いはこれが当たり前。戦いの指揮はそれぞれの部隊の隊長格である和水、蜘蛛丸、桃華、桜花の4人が取る事になっているため、いつも白夜は1人で勝手に戦っている。それが最強の戦力である自分を最も有効的に使う最善の戦法だと信じている。
風に靡く白い髪を背に払い、白夜は小さく溜め息を吐きながらその場に腰を下ろした。
「随分とそわそわと忙しなく動いてるな。何か揉めてんのか?」
白夜はそう呟くと以前影鳶が襲撃して来た時の事を思い出す。竜魅と影鳶は性格的に正反対の人物であり、先代魔王の時代では同じくらいの地位を持っていた。しかし、実力もあり誠実な性格の竜魅と実力も微妙で性格も荒い影鳶。この2人は前から仲が良くないのだろう。助けに来たと言う事は竜魅は影鳶の事を別に嫌ってはいないのだろうが、影鳶の方は一方的に竜魅の事を嫌悪している。竜魅に助けられた時も命令されて憤っていた。
反抗勢力のトップであるあの2人が何か揉めているのだろうと白夜は予想した。何で揉めているのかは分からないが、作戦に支障が出るような事ではないだろうと白夜は結論付けた。
どれだけ敵が策を練ろうとも、白夜が想い描いた未来に確実に繋がる。そう、『反逆勇者』を敵に回した時点で、既に奴らは詰んでいるからだ。
『ひゃ、ひゃあああああああああああああああ!!』
「んぅ?」
誰かの叫び声が聴こえたかと思い、空を見上げると、そこには全長5メートルくらいの1頭の竜の姿があった。その背には月夜姫が目を回しながら必死にしがみついている。
背に2枚の翼を生やした竜、飛竜は白夜へと向かって急降下すると、すぐ近くにズドンと音を立てながら着陸した。その際、月夜姫が投げ出されて来たので白夜は軽く受け止めた。
「……大丈夫か?」
「ふぁい、だいじょーぶれす……」
一体どんな飛び方をしていたのかは分からないが、この様子だと相当激しい動きをしていたらしい。
白夜は月夜姫を降ろして座らせると、飛竜の頭を軽く小突いた。
「安全な飛び方をしろって言っただろ? こいつは俺とは違うんだから激しい飛び方は控えろ」
「きゅうぅ〜……」
飛竜は申し訳なさそうにそう鳴くと、月夜姫にペコリと頭を下げた。
「今回お前は月夜を竜魅の所まで運ぶって言う役目があるんだ。始まる前に疲れないように気を付けろよ?」
「ギャオン」
そう返事をするように鳴いた飛竜の頭を撫でてやり、白夜は今だに目を回している月夜姫に話し掛けた。
「おい月夜、大丈夫か?」
「うぅ……何とか大丈夫です。とても、貴重な体験でした……」
「……そうか、良かったな。とりあえず休め」
「はい」
月夜姫はそう返事をすると、パタンと後ろに倒れた。白夜はこんな月夜姫は始めて見たと思いながら、再び敵陣営へと視線を戻した。
◇◆◇◆◇
一方その頃、反抗勢力陣営の廃城内では竜魅と影鳶の口論が発生していた。
「だから先ほどから言っているでござろう! アレを使用するのは仲間にも危険が及ぶ可能性があるのでござる! 失敗をした場合我らの全滅は免れぬでござる!」
「ハッ! んな甘っちょろい事言ってる場合じゃねぇだろうが! 奴らとの戦いは目前に迫ってる。あのクソ勇者をぶっ殺すには少しくれぇ犠牲が出ようとアレは使うべきだ!」
「とにかく! アレだけは絶対に使わせるわけにはいかんでござる! これは決定事項でござるよ!」
「テメェが俺に命令すんじゃねぇ! 俺はテメェのそういう良い子ちゃんぶってる所が大嫌いなんだよぉ! テメェがやらねぇってんなら俺がやる! 例えテメェが邪魔しようと絶対にだ!」
「影鳶、待つでござる!」
影鳶は竜魅の制止を振り切って部屋から出て行った。竜魅は心底疲れたような呆れたような表情を浮かべると、深い溜め息を吐きながら椅子に座った。そして先ほどから話していたアレについての事を考えながら、もう1度大きな溜め息を吐いた。
「危険過ぎるでござる。アレを使うくらいなら、まだ勇者に降伏したほうがマシなくらいでござる。アレは別の方面では勇者以上に厄介でござるからな……」
竜魅は以前魔王城に忍び込んだ時の月夜姫との会話を思い出す。
月夜姫は白夜が新たなる魔王となるに相応しい器を有している人物だと言った。だが、それを納得する事は竜魅には出来なかった。だからこそ、この戦いで竜魅は白夜を見極めなくてはならない。戦うのを止めて降伏するわけにはいかない。
竜魅はしばらく椅子に座って先の事を考えていたが、やがて決意したように立ち上がり戦場へと向かった。先代魔王が愛した『月詠』を守るために、そして白夜の器を見極めるために。
2人の言うアレとは一体何なのか。真実は謎に包まれたままである……
◇◆◇◆◇
丘の上で敵陣営を眺める白夜と月夜姫。と、そこへ、1人の影が降り立った。
「帰ったか、諜報の。で、開戦が遅れている原因は?」
「どうやら竜魅と影鳶が揉めていたようです。結局は内部で分裂して竜魅派と影鳶派に分裂しましたが、影鳶は何かをしようとしています。竜魅は仲間にも危険が及ぶため影鳶を止めようとしていました。『アレを使うのは危険過ぎる』……と。アレが何の事なのかは具体的に分かりませんが、巨大な兵器の恐れがあるとの情報が他の諜報の者から入っています」
「そうか……ご苦労だった。お前はお前の持ち場に戻れ」
「はっ! 了解しました」
そう言い残して、諜報は来た時と同じようにどこかに消えて行った。
白夜は思案するようにスゥッと目を細め、敵陣営を見詰める。
「仲間に危険が及ぶ程の代物、か……。とすると、アレっつうのはもしかして……」
結論が出たのか、白夜はどことなく面白がるように口元を歪めた。もし影鳶が自分にとって少しでも障害になるような事をしようとしているのなら、それを軽く撥ね退けてこそ、愉悦に浸れると言うものだ。白夜にとってアレが危険かどうかなどどちらでも良い事だ。自分を楽しませてくれるかどうか、重要なのはそれだけだった。
ニヤニヤと笑みを浮かべる白夜を見て、何か良くない事を考えていると感じ取った月夜姫はフゥと溜め息を吐いた。真面目な顔をしている時は格好良いのにどうしてこういう邪悪さが滲み出た表情を浮かべるのだろう。月夜姫は白夜のそういう所を心底残念に思った。
「……さて、そろそろ開戦だ。月夜、気分は回復したか?」
「は、はい。大丈夫です」
「そうか。よし、月夜の事、お前に任せたぜ?」
白夜はそう言って飛竜の頭を撫でる。飛竜はやる気を出したように「キュルゥー」と鳴いた。
自陣営へと戻ると、既にそこには和水、蜘蛛丸、桃華、桜華の4人を筆頭にして隊列が組まれていた。白夜は総勢500人の者達の前に立つと、ニタァと心底嬉しそうに不気味な笑みを浮かべ、そして言った。
「よぉし!全員集まったな! んじゃ、今回の戦闘について簡潔に話をさせてもらう! まず戦闘開始と同時に俺が先陣を切って敵に突っ込む! お前らは俺が奴らの隊列を崩すと同時に突っ込んでそれぞれの部隊に別れて敵を無力化しろ! だが、極力殺しはするな! 奴らは俺の魔王軍をより強力なものとする貴重な人材だ! 分かったか!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉッッ!!」」」」
その気合の入った返事を聞き、白夜は満足そうに笑みを深くする。
「んじゃ、開戦だ! 行くぞテメェら! 俺の背中をしっかり見ながら付いて来い!!」
そう言い放ち、白夜は誰よりも速く陣地から飛び出して行く。それを追い掛けるかのように他の部隊の者達も陣地を飛び出し、敵へと向かって進攻を開始した。
◇◆◇◆◇
開戦と同時に飛竜に乗って空へ飛んだ月夜姫は、戦場の遥か前方を独走する白夜の様子を眺めていた。
(あ、あんなに1人で先に行ってしまって大丈夫なのでしょうか?)
月夜姫は白夜の実力の一端を知っている。そしてかつて20000人もの軍勢をたった1人で退けた事も話には聞いている。がしかし、自分の目で白夜の戦闘を見た事はただの1度も無かった。だからこそ、月夜姫は少しだけ心配しているのだ。
普通の人間ならこの行動は無謀以外の何物でもないだろう。だが、それが白夜であるのなら、敵にとっては最大の脅威と成りえる。
3000人の軍勢が接近してくる。白夜はニヤと不敵な笑みを浮かべ、更に走る速度を上げて軍勢へと肉薄すると、薙ぎ払うかのように腕を横に振った。
そう、ただ横に振っただけ。たったそれだけのはずなのだが、人知を超える速度で振られた腕から発せられた衝撃波は突如として暴風へと変化し、目の前の敵を吹き飛ばした。
白夜にとっては軽く腕を振って目の前の障害を払い除けただけなのだが、敵側にとっては多大な被害を被る事となった。
隊列が総崩れとなった反抗勢力。しかし更に追い討ちを仕掛けるように、白夜は冒涜的なまでのその圧倒的な力で大地を蹴った。その途端に大地は大災害の如く地割れを起こした。そして、その地割れによって3000人の軍勢は半分に分断されてしまう。開戦と同時に反抗勢力は戦力を分断されてしまったのだ。
その光景を見て、月夜姫は思わず口に手を当てて信じられない物を見たと言った感じの面持ちで言葉を失っていた。それと同時にかつて20000人の軍勢をたった1人で退けたという話が真実である事を確信した。
(あ、あれが白夜様の戦い。父上すら打ち倒すほどの力を持つ『反逆勇者』の実力……)
普段の軽薄そうな態度からは想像出来ない、圧倒的なまでの白夜の実力を目の当たりにして月夜姫は少しだけ戦慄したが、逆に心配する気持ちは振り払われた。
白夜が何の算段も無く単身で突撃するような事をする男では無いとは理解していたが、心のどこかで心配していたのだろう。そして、そんな事を思ってしまうと言う事は……
(私は、やはり白夜様の事が……)
月夜姫は飛竜の上から目に焼き付けるかのようにじっと白夜の姿を見詰める。その視線はどこか愛する人をを見るかのような、熱の籠った視線だった……
◇◆◇◆◇
たった1人で先陣を駆け抜ける白夜は、まるで先代魔王の精鋭達を弄ぶかのように蹂躙していた。
反抗勢力、つまり前魔王軍は数こそ少ないものの1人1人の力は強力であり、故に世界最強の魔王が統べる世界最強の軍と呼ばれていた。がしかし、現在その精鋭達はたった1人の人間によって完全に押されていた。それは前魔王軍の力が低いからではなく、全ての人間を敵に回した上で魔族すら支配しようとしている『反逆勇者』の力が圧倒的過ぎるだけである。
白夜と反抗勢力3000人の間では天と地の差がある。現在白夜は遊び気分で手心を加えているため、怪我人こそ出はすれども反抗勢力に死人は出ていない。つまり、白夜が全力を出せばたかだか3000人程度なら片腕1本で殺し尽くす事も容易いのである。
「ハァーハッハッハァ!! この程度の戦力でこの『反逆勇者』を止められると思ったかぁ!? いや、ここは魔王と名乗った方が良かったか?」
などと無駄口を叩きながらも、着実に白夜は反抗勢力の本拠地である廃城へと歩を進めていた。
白夜は雨のように降ってくる弓矢を物ともせず、竜魅が潜んでいると思われる廃城を見据える。
「よし。こんだけ近けりゃ十分だな」
白夜はそう呟くと、ダンッと大地を蹴り上げ弾丸の如く上空へと飛び出した。そして大気中の魔力を使って足元に魔術陣を描き上げると、それを思い切り踏み付ける。その瞬間、まるでジェット噴射のように魔術陣から衝撃波が発せられ、白夜の体は空中で直角に曲がり廃城へと一直線に飛ばされて行った。
立ち塞がるはずだった反抗勢力の精鋭達の遥か頭上を吹っ飛ばされて行く白夜。そしてそのまま白夜は廃城へと突撃した。
ズドォオンッ!!
開戦から8分54秒。たったそれだけの時間で白夜は廃城の壁を突き破り内部へと侵入した。
内部には戦闘を行えるような者はほとんど残っていない。後は竜魅の所へ一直線に向かうだけだ。
その時、白夜が空けた穴から月夜姫が飛び込んで来た。飛竜から投げ出されたのだろう。
白夜は一瞬だけ受け止めようと手を伸ばそうとしたが思い留まった。何故なら、月夜姫は自らの落下地点に『水守』を展開し、それをクッション代わりにして着地したからである。『水守』はあらゆる衝撃を吸収する水の膜。相手の攻撃を受け止めるだけでなく、こういう使い方も出来るのである。
「ちゃんと使いこなせてるな。ま、それくらい出来ねぇと連れて来る気は無かったけど」
「これも白夜様との訓練のお陰です」
「俺はコツを教えただけだ。努力したのはお前だよ」
「ありがとう御座います」
「よし、さっさと竜魅の所へ行くぞ」
白夜は月夜姫を伴って竜魅の居る所を目指し歩き出した。
◇◆◇◆◇
廃城・玉座の間
竜魅は瞑想するかのように床に座り込み、じきにやって来る『反逆勇者』を1人待っていた。
竜魅はこの戦いで『反逆勇者』相手に勝利を収める事が出来るとは思っていない。どんな事をしてでも一矢報いたいと思ってはいたが、ここまで圧倒的な力の差を見せ付けられてしまっては、覚悟を決めて当たって砕けるしかない。
竜魅は以前魔王城へと忍び込んだ時の、月夜姫との会話を思い出す。
(魔王になる資格は誰にでもある……か。確かにその通りでござるな。だが、某にはあの勇者が魔王となるのはどうしても許せないのでござる。だからこそ、この場にて見極めさせてもらうでござる……)
その瞬間、突如玉座の間の扉が轟音と共に突き破られた。そして、土煙が晴れてそこに立っていたのは……
(……勇者が、次期魔王となるのに相応しい男かどうかをっ)
……『反逆勇者』こと現魔王の三日月白夜と、先代魔王の娘の月夜姫だった。
白夜はちゃんと相手が死なない程度に手加減しています。『反逆勇者』の力はあんなものではないですからwww