006 三つ巴の戦い
魔王城最上階・白夜の自室。
月夜姫との魔術の訓練から3日が経過した。現在白夜は自室にて書庫から持ち出した本を読み込んでいた。
「ふむ……町並みが過去の日本に酷似しているから歴史はあまり深くないと思っていたが、こうして記録を見てみると意外と『月詠』って国は歴史があるんだな。まあ魔術が発達している世界だし、魔術があれば大抵の事は何とかなるもんなぁ」
そう呟きながら白夜が読んでいるのは魔族の国『月詠』の過去の記録。何代にも続く魔王が残してきた数々の歴史だ。
白夜は1冊1冊を一字一句見逃さずに、パラパラと流すような速度で読み進めて行く。
「しっかし変な記録ばっかりあるな。昔の魔王の恋愛事情とか一体何のために残したんだよ? 先代魔王は普通に恋愛して結婚してるけど、先々代とか先々々代なんて無理矢理相手を我が物にしてるな。力で組み敷いてそのままヤっちまうとか……。まあ、魔族は力の強い者を好く傾向があるから女も自然と力のある奴に惚れたんだろう。そう考えると先代魔王は魔族の中でも異質だったのがよく分かる」
自分も半ば無理矢理月夜姫を嫁にしているのを棚に上げている白夜。そして先代魔王にも、プロポーズが成功した時にあまりの嬉しさから全力魔術で海を真っ二つに割った事があるのだが、それは置いておこう。
白夜は黙って記録を読み続ける。
何故白夜が魔族についての過去の歴史を調べているのか。それは竜魅を説得するのに必要だから、と言うわけではない。単に興味本意で突然調べ始めただけだった。一応これから魔王としてこの『月詠』を発展させて行かなければならないので、そのための情報収集でもあるのだが、時々白夜は思い立ったように興味が湧いた事柄について調べる癖があった。故に若くして天才と呼ばれても良いくらいの知識と技術を身に付け、現在魔王として君臨するほどにまでなったのである。
大体3時間が経過し、白夜が読み終わった本は10冊を超えていた。とその時、
ドッ、ズドーンッ!!
「ん?」
外から響いてきた何かぶつかり合うような音を聴き、白夜は外へと視線を向けた。
◇◆◇◆◇
白夜の部屋に音が響き渡る半刻ほど前。訓練場には和水、蜘蛛丸、桃華&桜花の4人が互いに牽制し合うように睨み合っていた。
何故こんな状況になったのかと言うと、それは蜘蛛丸が白夜が生み出した和水に興味を持ったからだ。
蜘蛛丸は強者と戦う事を愉悦とする。そのため下僕ではなく一ライバルとして白夜と行動を共にしている。そして完膚なきまでに自分を叩きのめした白夜が生み出した和水の力がどれ程のものなのかと試したくなったのだ。
そして和水も実戦の前の模擬戦を行いたいと思っていたためそれを承諾。ついでに桃華と桜花の姉妹も巻き込んで模擬戦を行う事となり現在に至る。
「それでは模擬戦の内容を確認するであります。蜘蛛丸殿、桃華&桜花、そして私の3勢力に分かれて戦闘を行う。最後の1勢力となった時に終了とするであります。相手を殺害するような危険な攻撃は禁止。それで良いでありますな?」
「おうよ! オレは戦えさえすればどんなルールでも良いぜぇ」
「わたくし達も異論はありません」
「うん! オッケーだよ」
「そうでありますか。では、準備の方はよろしいでありますか?」
「オレはいつでも準備万端だぁ。さっさと始めようぜぇっ」
「桜花、準備は良いですか? わたくしの足を引っ張らないように頑張ってくださいね」
「オッケーだよ! 桃華こそアタイの足を引っ張らないようにね!」
「では……開始であります!」
そして、現魔王軍最大の3勢力が激突した。
◇◆◇◆◇
訓練場にて魔王軍最大の3勢力が三つ巴の戦いを繰り広げるよりも数分前。月夜姫は城の庭で、以前白夜に教わった魔術『水守』の練習をしていた。未だ魔力のコントロールは覚束ないが『水守』を自分の思ったように動かし、変形させる事は出来るようになっていた。
月夜姫は一頻り『水守』を動かし続けると、ふぅと満足気に小さな溜め息を吐いた。
(少しずつではありますが、確実にコントロール出来るようになって来ていますね。1人でやってた時には魔力の流れすら掴めませんでしたけど、これなら白夜様の期待にも応えられそうです。きっと白夜様が毎晩訓練に付き合って下さったお陰ですね)
毎晩訓練の様子を見に来てくれる白夜の事を思い浮かべると、頬を朱に染めながら月夜姫は微笑んだ。初めて会った時は自ら心身を捧げたとはいえ、いきなり嫁にされたため自己中心的で横暴なだけの男性だと思っていたのだが、最近ではその考えを改めた。自己中心的ではあるが周りの事も考えていて、出来ない事を無理に強要したりしない懐の広さを持った男性。そんな風に白夜の事を見るようになった。
白夜が自分のメリットにならない事柄を平然と切り捨てられるような冷酷さと、目の前で命乞いをされてもそれが敵であるならば容赦なく殺める残酷さを持っている事も月夜姫は知っている。しかしそれは『反逆勇者』としても魔王としても必要な事であるため、むしろそんな一面すらもプラスに思えていた。
先代魔王である父親も、乱心する前は誰かを殺める事は好まなかったが殺めなければならない状況を弁える事が出来た。魔王として民を守る義務があるからこそ、先代はそれをする事が出来たのだ。
(そして白夜様も性格や目指すものは違えど、魔王として成すべき事を弁えている。私は、そんな白夜様のお傍に居たいのです)
決意したようにグッと拳を握り締める。そして練習を再開する。
瞬間、誰かの気配を感じて背後を振り返った。
「た、竜魅……?」
そこに立っていたのは姿を眩ませ、現在影鳶達先代魔王の手下を率いているはずの竜魅だった。
竜魅は月夜姫へと歩み寄ると、お堅い仏頂面を少しだけ綻ばせた。
「お久しゅう御座います、月夜姫様」
まだ先代魔王が生きていた時と同じような堅いが優しげな口調で竜魅が言う。その口調から察するに竜魅に月夜姫に対する敵意は無い。
しかし、月夜姫は竜魅を警戒していた。彼女は白夜に心身共に捧げた身。その白夜と敵対している竜魅に今は心を許す気は無かった。
月夜姫は警戒した面持ちで口を開く。
「何故、貴方がここに居るのですか?」
「城の者は皆訓練場の方へ意識を向けているでござる。侵入は容易かったござる」
「一体何をしに来たのですか?」
「姫様を迎えに来たでござる。姫様は魔族の長である魔王様の血を継ぐお方。紛い物の魔王の下に居るのは相応しくない」
「紛い物の魔王とは、白夜様の事ですか?」
「それ以外に誰が居ると言うのでござるか?」
その言葉を聞き、月夜姫は一瞬だけ不機嫌そうに眉を顰める。が、すぐに冷静さを取り戻し、竜魅に背を向けた。これは拒絶の意の表れである。
「今の貴方と私は敵対関係にあります。これ以上貴方と話す事はありません。早急に立ち去りなさい」
「考え直してくだされ。魔王様の正式な後継者は魔王様の血を継ぐ姫様だけなのでござる! 魔族の国は魔族が統治するべきなのでござるよ!」
「それは違いますよ、竜魅。父上の血を継いでいようといまいと、魔王となる資格は誰にでもあるのです。それに、魔族の王が魔族でないといけないなどと、誰が決めたのです? 父上は他種族との共生が出来る世界を目指していたはず。人間が魔族の王となっても良いではないですか。白夜様はきっと魔族と人間を繋ぐ架け橋になってくれます。父上の事を尊敬していたのならば人間を認め、父上が目指した理想を求めようとは思わないのですか?」
「で、ですが姫様」
「確かに白夜様は父上とはかけ離れた思想を持っている。自分の私利私欲でしか動かないような方ですが、結果として白夜様は魔族と人間の柵を取り除く事が出来ています」
以前の城の修復作業の光景を思い出す月夜姫。魔族と人間が協力して作業に当たっているその光景は、先代魔王が目指した共生と同じなのではないだろうか。白夜にその気は無かったとしても、結果として魔族と人間の柵を取り除く事に成功している。
「もう1度言います。立ち去りなさい。貴方はここに居てはいけません」
「……」
竜魅は何か言おうと逡巡するが、やがて諦めたのか月夜姫に背を向けた。
「やはり姫様は魔王様の娘でござるな。既に自分の答えをしっかりと持っておられる」
「私だって今だ答えなんて見つけられていませんよ」
「……戦場で勇者に会い、姫様が言うように次期魔王に相応しいと感じた時、某は答えを出すでござる。では」
竜魅はそう言い残すと、その場から一瞬で消えた。
月夜姫ははぁと疲れたように溜め息を吐いた。
「相変わらず堅い人。もっと柔軟な思考を持って欲しいです」
白夜のように、とは敢えて言わなかった。竜魅には竜魅の考え方があるのだ。
そして今度こそ魔術の訓練を再開しようとしたその瞬間、訓練場の方から響いてきた轟音を聴きそちらの方を振り返った。
「竜魅も皆の意識は訓練場に向いているって言ってましたが、一体何をしているのでしょう?」
月夜姫はそう呟くと魔術の訓練は中断する事にし、訓練場へと足を運んだ。
◇◆◇◆◇
訓練場では、和水、蜘蛛丸、桃華&桜花の三つ巴の激戦が繰り広げられていた。
和水は、蜘蛛丸の6本の腕から繰り出される1発1発が岩をも破壊するほどの威力がある拳撃を、体の形状を変化させながら全て的確に回避する。それと同時にどのような攻撃が有効なのかを冷静に分析している。
(蜘蛛丸殿は常に直線的な攻撃を仕掛けてくるでありますな。巨体に似合わず素早く重い攻撃ではありますが、回避はし易い)
「ちょこまか避けてんじゃねぇぞっ!」
「では当たるであります」
そう言うと、和水は自ら蜘蛛丸の拳に突進し、その身をわざと爆散させる。和水の肉体はそこかしこに飛び散ると、その1つ1つが意思を持っているかのように動き出し蜘蛛丸の体に張り付いた。
「うお!? 何だ一体!?」
和水の肉体は侵食するかのように蜘蛛丸の体を徐々に包んで行き、遂には首元にまで到達した。蜘蛛丸はそれを振り払おうと体を回転させるがピッタリと張り付いた和水の肉体が離れる事はなかった。
「どうでありますか? 相手に常に懐に入られる感覚は? とても不快でしょう?」
「テ、テメェッ」
「では、そろそろ反撃と行くでありますよ。覚悟すると良いであります」
そう呟いた瞬間、蜘蛛丸の体を包み込んでいる和水の肉体が蠢き出し、蜘蛛丸の首から上以外の体のコントロールを完全に奪った。
和水は蜘蛛丸の6本の腕をコントロールし、それを自分自身へと叩きつけさせた。自分を痛めつけるのを強要するえげつない攻撃方法だが、元の攻撃力がそこまで高くない和水が蜘蛛丸に決定打を与えるには有効な手段だった。
「ぐ、おぉ……自分で自分を殴る事になるたぁ思っても無かったぜ」
蜘蛛丸はダメージを負いながらも心底戦いを楽しんでいるようにニヤリと笑みを浮かべた。
「そうでありますか。では、一気にダウンして頂くであります」
そう言って、和水が再び蜘蛛丸の体をコントロールしようとしたその瞬間、突如火球が飛来して蜘蛛丸の体に纏わり付いていた和水の肉体に被弾した。和水の肉体は蒸発するように少しずつ縮んで行く。そして蜘蛛丸を包めなくなるほど小さくなると同時に、蜘蛛丸の体を解放して元の人型に戻った。しかし、その肉体は少しだけ縮んでいる。
元々和水は水から生み出された人工生物。火に当たればこのように肉体が蒸発してしまうのだ。
和水は火球を飛ばした張本人である桃華へと視線を向ける。が、その瞬間、背後に拳に炎を纏わせた桜花が素早い動きで回り込んで来た。
和水は桜花が打ち込んできた拳をバックステップで回避する。
(成る程。桃華は主殿に魔術を教わり、桜花は体術を教わった身。お互いに弱点を補う事が出来るのでありますな)
桃華は元々身体能力が高い魔猫種ではあるが身体能力が低いため魔術を扱い、桜花は魔猫種の中でもずば抜けた身体能力を持っているためそれを生かした素早い機動で接近戦を得意とする。だが桃華は逆に接近戦が苦手で、桜花は魔術が苦手だ。2人で組む事により弱点がなくなり、初めて実力を発揮する事が出来るのだ。
桜華は桃華の魔術によって炎をを付与された拳を振るい和水に襲い掛かる。その間にも桃華は次の援護魔術を発動させている。
炎の魔術と桜花の拳によって徐々に和水の体が蒸発して行っている……ように見える。
何度攻撃しても和水の体は元の質量を取り戻して行く。2人はそれに疑問を感じたのか少し表情に焦りが見え始める。
実は和水の体には周囲の水分を吸収する魔術が仕込まれている。先ほどから蒸発させられている肉体や、空気中を漂っている水分などを吸収しているため、一向に和水が蒸発し切る事はない。例え蒸発し切っても魂が存在している限りは周囲の水分から新たな肉体を形成する。ある意味不死身の生命体なのだ。
「うっわぁ……反則だなぁ、なごみん。流石は若が作ったスライム。アタイ達じゃちょっと無理かも」
「わたくし達も若様に鍛えられているので相当強くなっているはずですが……難しいですね」
和水は自らの腕を剣のように形状を変化させるとそれを硬質化させる。自由自在に形状と硬度を変える事も出来るのだ。
和水は剣を振るう。すると、振った途端に剣はその長さを増し、まるで鞭のように2人に襲い掛かった。蛇腹剣をより柔軟に動かせるようにしたような厄介な剣。桃華は結界を周囲に展開する。桜花も逃げるようにギリギリの所で結界の中へと飛び込んだ。
しかし、剣は結界を縛り上げるように巻きつくと、ギチギチと結界を締め付け始めた。そして和水がトドメとばかりにクイッと腕を引くと、結界はパリーンと硝子を割ったような音を立てて砕け散った。
「これでトドメであります」
和水がそう言うと、剣は先程よりも不規則にうねりにながら2人を襲う。そしてもう片方の腕も剣に変形させると、蜘蛛丸にも襲い掛かった。
これで決着……と思われたその瞬間、
『俺も混ぜろぉぉぉおおおおおおおおおおおおッ!!』
空から人影が降ってきた。いや、こんな事をするのはこの城にたった1人しか存在しない。
轟音と共に大穴を作りながら訓練場に降り立ったのは、白い髪に白い肌の不敵な笑みを浮かべた青年。案の定『反逆勇者』こと魔王の白夜だった。
「何俺抜きで面白そうな事をやってんだよ? 俺も混ぜろ」
「なっ、主殿!?」
「若様も参戦ですか!?」
「なごみんだけでも大変なのに若まで来ちゃったらアタイ達じゃ無理だって!」
「おいおい。面白ぇじゃねぇか! いっちょ遊ぼうぜぇ白夜ぁ!」
各々が反応を見せると同時に、白夜はより一層底冷えするようなニンマリとした笑みを深くする。
◇◆◇◆◇
数分後、訓練場へとやって来た月夜姫が見たのは混沌とした光景だった。
和水は結界の中に閉じ込められ、蜘蛛丸はうつ伏せに地面に埋まっていて、桃華&桜花は絡まり合うように魔力の鎖で縛られていた。
あまりにも混沌とした光景に月夜姫は絶句したように口をポカンと半開きにし、訓練場の中央に1人佇んでいる白夜を見る。
「いやぁ……結構楽しめたな。息抜きには丁度良いわ、これ」
疲れた様子も全く無く、面白がるようにカラカラと笑う。そして月夜姫に気が付いたのか「よっ」と片腕を上げながら笑顔で歩み寄って来た。
「どうした? ボケーッとして」
「あ、あの……これは白夜様が?」
「おう。暇だったから遊んでやった」
そう言って再度カラカラと笑う。月夜姫はそんな白夜の様子を見て、引き攣った苦笑を浮かべた。
(竜魅、大見得切ってしまって御免なさい。私も少し心配になってきました)
月夜姫は、この先白夜に『月詠』を任せてしまっても良いのかなぁと思いながら、少しだけ竜魅に言った事を後悔した。