005 温かな感情
魔王城・作戦会議室。
「反抗勢力対策会議を始める」
会議室内に集まった面々を一瞥して白夜が言う。
今回対策会議に出席しているのは白夜が最も信頼を置いている者達。和水、蜘蛛丸、桃華、桜花、そして……月夜姫。
月夜姫が出席しているのは先代魔王の時代から仕えていた竜魅達反抗勢力の情報を提供してもらうためだ。
「んじゃ、説明を始めるぞ。反抗勢力、つまり先代魔王の手下が現在俺達魔王軍を潰そうと暗躍している。奴らは俺の暗殺を企てていたようだが、当然失敗に終わった。奴らはまた何か攻撃を仕掛けてくるだろうが、次は先手を打たれる前にこちらから叩いてしまおうと考えている。そこでお前達にどんな作戦を立案するべきかを意見を求めようと思う」
白夜が今回の会議の趣旨を説明すると、蜘蛛丸が意見する。
「意見を求めるって言うが、お前の中ではその反抗勢力をどうするのか大体の事は纏まってんだろ? 会議を開く意味はあったのか?」
「確かに俺の中では奴らをどうするかは決まっている。だが、お前達にも意見は聞いておかないといけないと思ってな。賛成か反対かを、な」
「賛成か反対?」
「俺は奴らを俺達の軍に取り込んでしまおうと思っている。奴らは先代魔王の時代から仕えている優秀な人材だ。それをみすみす逃すのは、勿体無いだろう? そこで、その意見に賛成か反対か採決を取ろうと思う。賛成ならば俺が立てた作戦をそのまま実行。反対ならば奴らは全滅させる。さあ、どうする?」
白夜がそう言うと、まずは最初に和水が口を開いた。
「現在の我らの軍は圧倒的に人手不足。奴らを吸収する事で軍を強化する事が出来るでありますな。それと、主殿は奴らをどのように説得するのか考えているのでありますよね?」
「ああ。奴らの大将は多分竜魅だ。奴さえ落とせれば他の奴もおのずと吸収出来るはずだ。ま、それでも反抗するって言うのなら、容赦はしねぇけど」
「それなら問題ないでありますな。私は主殿の意見に賛成であります」
そう言うと、和水は異論は無いとばかりに満足気に口を閉じた。すると今度は桃華と桜花の姉妹が口を開く。
「わたくしと桜花も若様の意見に賛成です。ですが、気になるのは影鳶と言う暗殺者。その者と竜魅は格としては同じくらいなのですよね? それならば竜魅を説得してもそちらについて行ってしまう者もいるのではないでしょうか?」
「ああ。確かにそうだな。だが、人望の厚い方に部下もついてくるだろ? 俺が見た感じだと竜魅の方が人望は厚いと思うんだ。暗殺者なのに熱くなる影鳶と、冷静で的確な判断を下せる竜魅。どう考えても竜魅の方が人望は厚そうだ。そこんとこ、月夜はどう思う?」
白夜は以前から竜魅と影鳶の事を知る月夜姫に意見を求めた。
「えっと……確かに影鳶は性格が荒々しい事もあり人望が厚いといった感じではありませんでした。その反対に竜魅は落ち着きがあって武士としても優秀だったので、周りの者からも信頼されてました」
「だそうだ。例え影鳶について行く奴がいたとしても少数。それもどっちの下に付いた方が自分にとって有利なのか分からないような無能だ。切り捨てても問題無い。どっちにしろ影鳶を取り込む気は元々無い。俺が欲しいのは竜魅とそれに付いて来る奴だけだ」
「そうですか。では意見を変える必要はありませんね。桜花もそれで良いですか?」
「うん! おっけーだよ」
「姉妹も賛成、と。蜘蛛丸はどうする?」
白夜がそう訊ねると、蜘蛛丸は組んでいた6本の腕を解き口を開く。
「オレもお前の意見に賛成だ。そもそもオレは戦う事が専門であって作戦についてはよく分からん。だが、1つ訊いておきたい事がある。反抗勢力の戦力はどのくらいなんだ?」
「確か諜報に向かった奴の話だと大体3000人くらいっつってたな。それがどうした?」
「3000人か……」
蜘蛛丸はそう呟くと、厳つい顔をぐにゃりと歪めて悪鬼のような凶悪な笑みを浮かべた。
「殺さなければ好きにやっても良いんだよなぁ? 白夜?」
「ああ良いぜ。だが、やり過ぎるなよ。後が面倒だからな」
「ヘッ! 分ぁーったよ。戦えるならオレは別にどうだって良い。この前は置いていかれたが、今回は暴れさせてもらうぜ」
そう言って蜘蛛丸も賛成する。蜘蛛丸は戦う事が何よりも好きなのだ。白夜と一緒に居るのも白夜が自分以上の強者だからだ。
「蜘蛛丸も賛成、と。月夜はどうだ? 賛成か? それとも反対か?」
「え、その……私も賛成、です」
「そうか。じゃ、全員賛成って事で俺が立てた作戦をそのまま実行する事にしよう。より詳しい内容は後々説明するよ。ま、作戦って言っても竜魅を説得するだけなんだがな」
カラカラと軽快に笑う白夜に釣られるように他の面々もそれぞれ笑み浮かべる。しかし、月夜姫だけはその光景を不思議そうに見つめていた。
「(何故、皆さん詳しい内容も聞かずに賛成したのでしょう。それに、戦力差もあるのに……)」
そう思い首を傾げるが、月夜姫は知らない。常に白夜が立てる作戦こそが彼らにとって最善のものであり、その作戦に彼らが絶対の信頼を寄せているという事を。そして何より白夜が居る限り、作戦が失敗したとしてもどうとでもなってしまうと言う事を。
◇◆◇◆◇
月の光が闇夜に包まれた魔王城を明るく照らしている。そんな時刻に月夜姫は訓練場にて1人魔術の訓練を行っていた。先日は白夜に寝かし付けられてしまったため出来なかったが、先代魔王が死んだ日から毎日のようにこうして人気が無くなった時間にここへやって来て訓練をしている。
月夜姫は書庫から持ち出した『魔術の入門書』と表紙に書かれている本を見ながら最も簡単な魔術陣を構築していた。が、しかし、魔力の流れと言うものは理解出来るようになったのだが、どうにも陣の構築が上手く出来なかった。
何度試しても魔術陣を完成させる事が出来ず、月夜姫は疲れたように溜め息を吐いた。先代魔王と同等かそれ以上の魔力を有しているため多少魔力を消耗しても疲れないのだが、魔術陣を構築するためには集中力を必要とするため精神的に疲れるのだ。
「はぁ……」
「月夜? そこで何をやっている?」
「え……?」
声のした方を振り返ると、そこには数冊の本を手に持った白夜が立っていた。
月夜姫は慌てたように入門書を背に隠す。それを見て白夜はニィと笑みを浮かべて月夜姫に歩み寄った。
「魔術の訓練か? 随分と頑張ってるみたいだな」
「白夜様、何故ここに?」
「ちょっくら調べ物があったから書庫に行った帰りだ。その時ここから音がしたんで寄ってみた」
「そうですか」
確かに白夜の手には書庫から持って来たと思われる数冊の書物があった。
「それで? 何で1人で魔術の訓練なんかしてんだ? 別にお前は前線に出なくても良いんだぜ?」
「え、えと……それは……」
月夜姫はもじもじと恥ずかしそうに膝を擦り合わせる。そんな仕草を見て白夜は、
「どうした? 小便でも催したのかか? それならそっちに厠が……」
「違います!」
あまりにもデリカシーの無い白夜の言葉に月夜姫は顔を真っ赤にしながら反論する。そんな月夜姫の反応を楽しむように白夜はカラカラと笑った。
「あの、それで先ほどの質問の答えですが」
「ん?」
「私は先代魔王の娘として竜魅達の行く末を見届けなければならないのです。それが私の先代魔王の娘としての義務。長年父上に仕えてくれた彼らへの礼儀です。だからこそ、せめて自分の身だけでも守れるようになりたいのです」
真っ直ぐな瞳を向けながらそう言った月夜姫を白夜は真顔で見詰める。
はっきり言うならいくら月夜姫が先代魔王と同等、またはそれ以上の魔力を持っているのだとしても扱えないのなら戦場では邪魔でしかない。例え魔術を扱えるようになったとしてもほんの数日で習得した付焼き刃だ。とても戦闘が出来るとは思えない。戦闘をしないにしても自分の身を守る事すら難しいだろう。
普通ならば部屋に閉じ込めてでも城に残ってもらうべきなのだが、ここに居るのは史上最悪の『反逆勇者』である三日月白夜だ。普通の答えなど出すはずが無かった。
「……月夜は使えるようになるのなら、どんな魔術を使いたい?」
「え? え、えっと……防御系の魔術、です」
「そうか。だったらアレを教えるのが良いかもしれないな」
白夜はそう呟くと、訓練場の地面に魔術陣を描き始める。
「魔術っつうのはあらゆる現象をごちゃ混ぜにしたような複雑な代物だ。無数に存在する現象を発現させるにはやたらと面倒な演算や呪文を必要とする。火を出したいと思ったらそれを発生させるための演算と呪文で魔術陣を構築しなければならない。例外として呪文を必要としない物や演算式が常に確定している物もあるから、魔力がある奴なら使おうと努力すれば使えるんだけどな。
魔術を組み上げるのは難しい。だが、難しく考えずに感覚で魔術陣を構築してしまう奴もたまに存在する。お前は多分難しく考えるよりも感覚で構築するタイプだと俺は思う。火球を相手に向かって飛ばしたいと思えば自然とその魔術陣を構築する。それが感覚で魔術を組むという事だ。
そしてお前は防御系の魔術を習得したいと言った。防御系の魔術は結界を張って攻撃を防ぐのが基本であり、基本であるが故に回復よりも重要と言える。防御さえ極めてしまえば回復の必要が無いんだからな」
白夜はそう説明すると、地面に描いた魔術陣に大気中の魔力が集中して行く。そして一瞬だけ輝きを放ったかと思った途端に魔術陣から薄い膜のような物が出現した。
「これは『水守』と言うあらゆる攻撃を吸収する防御膜だ。この『水守』は発動者の意思で自由に動かす事が出来、こんな感じに全身を包み込む事も出来る」
そう言う白夜の全身を『水守』が半円球状に変化して包み込む。月夜姫は驚いたような感心したような表情を浮かべながらそれを見ていた。
「竜魅の所まで付いてくるって言うなら、最低でもこれをお前には習得してもらう。魔術陣の描き方はこのメモに書いてある。俺は色々とやる事があるから後は自分でどうにかしてくれ。明日にでもまた見に来てやるよ」
白夜はメモを月夜姫に手渡すと背を向けてヒラヒラと手を振りながら歩き出す。そして訓練場から出る寸前に立ち止まり、顔だけを月夜姫に向けてこう言った。
「あんま無理すんなよ? 疲れた状態で訓練なんかしても身に付かねぇぞ? 少しは休む事を覚えろよ」
「えっ?」
白夜はそう言い残すと、訓練場から去って行った。
月夜姫は受け取ったメモを片手に立ち尽くし、白夜が去って行った方向を呆然と見詰めていた。
白夜が最後に言った言葉。まるで今までこっそりと行っていた訓練の事をを知っていたかのような心配の言葉だった。
月夜姫は連日無理して限界近くまで訓練をしていた。しかし白夜はついさっき月夜姫の訓練を知ったかのような口ぶりで現れたにも関わらず、月夜姫が連日の訓練で疲れている事を知っていたようだった。
そもそも、白夜が現れるタイミングが良過ぎた。丁度月夜姫が魔術の訓練で行き詰ったその時に白夜は現れたのだ。つまり、白夜は最初から月夜姫の訓練の事を知っていて、助言するためにここに来たのではないだろうか。
そして先日月夜姫を撫でて寝かしつけた事。月夜姫が疲労している事を白夜は知っていた。だから月夜姫を休ませるために眠らせた。これは白夜なりの気遣いだったのだろう。
月夜姫の中で全ての記憶がパズルのピースのように当て嵌まった。
月夜姫はメモをキュッと強く握り締めると、もう1度白夜が去って行った方向を見た。
「白夜様……」
月夜姫は少しだけ顔を綻ばせ、頬を紅潮させながら熱っぽく呟いた。
その時、月夜姫の胸の中でトクンッと温かな感情が芽生えた……。
白夜は魔術について随分と難しい説明をしていますが簡単に説明すると、火球を的に飛ばしたいと思って魔術陣を作ろうと魔力を練れば的に向かって飛んで行く火球の魔術陣が作り上げる事が出来ます。それが無数に存在する現象を発現させるという事です。
たまに感覚だけで魔術を組む奴が居ると言っていますが、実はそちらの方がこの世界にとって普通です。白夜のように頭の中で組み上げる魔術陣の演算を一瞬で済ませてしまうような人間の方が稀です。ですが、高等魔術を感覚だけで一瞬で作り上げるというのはいちいち演算を必要としないため凄い事です。月夜姫は魔王の娘ですから感覚だけで凄い魔術を作り上げる事が出来る者に含まれます。
白夜は全て自分の感覚で説明しているので難しいのです。説明下手ですみません(・ω・`)