004 襲撃者
現在魔王城では大規模な修復作業が行われていた。白夜が先代魔王と戦った時の傷痕を修復しているのである。
蜘蛛丸が率いて先日やって来た白夜が2年の歳月を掛けて造り上げた新生魔王軍。500人ばかりの人間と魔族が手を取り合い協力して修復作業は行われていた。これは一般的に見ると奇妙な光景でもあった。
この世界の人間は魔族を畏怖するか敵と見なす傾向がある。魔族も同じく人間を敵と認識している。だが、白夜の魔王軍の者達はそんな柵に囚われる事無く、お互いを味方と認識している。これは白夜の魔族だとか人間だとかそんな些細な事を気にしている暇なんか無い、という種族で差別しない考え方に影響されたからだと思われる。だから人間も魔族もお互いにいがみ合ったりしないのである。
魔王を一撃で葬る圧倒的な力だけでなく、こういう所からも白夜の人の上に立つ才能が見て取れる。
白夜は以前調べた修復すべき箇所を指示しながら和水を引き連れて城の中を回っていた。
「自分でやった事とは言え、随分と激しく壊したもんだな」
「一番損傷が激しいのは玉座の間のようであります。まあ、あれだけの大穴が空いているのですから当たり前でありますな」
「魔王相手に手加減しようなんて考えるか? ま、全壊に至らないように少し調節して魔術を跳ね返したんだが、少しやり過ぎたか」
「素手で魔王の魔術を跳ね返すとは……やはり常識外れでありますな。流石我が主殿」
和水はそう褒め称えるが、白夜は「ん〜、そうだな」と得に反応も示す事無くそう返した。魔術を素手で跳ね返すような常識外れな事は、白夜にとって当たり前の事。そもそも白夜は勇者と言う名声を全て投げ打って自ら魔王となる事を選んだのだ。常識外れなのは今に始まった事ではない。
だがまあ、白夜も自分の力に対して絶対の自信を持っている。魔術を跳ね返す事が出来たのも先代魔王が弱かったからではなく、白夜がそれを圧倒するほどの力を有していたからだ。だからこそ常識外れで規格外な事も平然とやってのけられる。
勇者だった時も白夜は絶望的とも言える戦力差をたった1人で引っ繰り返してしまった事がある。数千を超える軍勢の前にたった1人で立ち塞がり、その身に宿す圧倒的な力で戦場を蹂躙する。戦い方は勇者と言うよりは修羅、または鬼神と言った方が良いような恐ろしいものであり、味方の軍勢すら白夜に恐怖を覚えるほどだ。
少しだけ勇者だった時の事を思い出し、白夜は再び部下達に指示を出し始めた。
◇◆◇◆◇
白夜と和水が城の中を回っているのと同時刻。戦闘の余波から免れ修復の必要が無い城の最上階にある白夜の部屋から、月夜姫は修復作業の様子を眺めていた。
「(魔族と人間が協力して作業をする光景を見る事になるなんて、思いもしませんでした。いえ、それ以上に白夜様が人間、魔族問わず配下にするほどの器の持ち主である事が証明されました。これから先『月詠』はどう変化して行くのでしょう?)」
そんな事を考えていると、部下に指示を出している白夜の姿を視界に捉える。月夜姫は思わず白夜の姿を目で追い掛け、そして小さな溜め息を吐いた。
そんな月夜姫の様子を見ていた猫耳が頭から生えた双子の姉妹。桃色の長い髪を流していて、少しだけ垂れ目なため冷静と言うよりどこか無気力に見えるのが姉の桃華。そして同じ桃色の髪を1つに纏めていて、少々吊り目気味のため活発そうに見え、身体的にも桃華よりも胸部の発育がよろしいのが妹の桜花。
2人は白夜の命令で修復作業が終わるまで月夜姫の世話を任されたのである。そして月夜姫が白夜を目で追う姿を見て2人してニヤニヤとこっそり笑う。
「(ねぇねぇねぇっ。月夜姫ってば若に恋しちゃってる? しちゃってるよね!?)」
「(落ち着きなさい桜花。多分1歩手前であって恋愛感情には至っていないでしょう。あくまで若様の事を気になっている段階。これからですよ)」
「(ワッハーッ!! 興奮する! アタイったら、自分の事じゃないのに興奮してる!)」
「(だから落ち着きなさいと言っているでしょうっ。わたくしだって必死に堪えてるのです。まさか若様に浮いた話が浮上するとは思ってなかったのですから)」
そんな会話を小声でする2人の様子に気が付いたのか、月夜姫は不思議そうな表情を浮かべながら2人の方を振り返った。それと同時に2人はスッといつも通りの表情に戻る。こんな2人でも白夜の部下なのだ。表情から感情を読み取られないように瞬時にポーカーフェイスを作り出すくらいは出来る。まあ今に至っては無駄な技術なのだが。
月夜姫は変な気配を2人から感じたのだが、さっき見た時とあまり変わらない2人の様子を見て勘違いだったのかと首を傾げた。
が、すぐにまあ良いかと思考を切り替えると2人に話し掛けた。
「桃華さんと桜花さんでしたよね? 御2人は白夜様とどのようにして知り合ったのですか?」
「わたくし達と若様の出会いですか?」
「白夜様から1番信頼されているように見えましたので」
2人はまさか自分達の事を訊かれるとは思っていなかったが別に答えられない質問ではなかったので白夜との成り染めを語り始めた。
「わたくし達が若様と出会ったのは、丁度若様が『反逆勇者』と呼ばれるようになってからでしょうか? 当時わたくしと桜花はルーンテリア帝国で奴隷として虐げられていました。ルーンテリアは人間至上主義を掲げる国。わたくしと桜花のような魔族、そして獣人族や亜人族はその国での地位は最低となります。
人間以外の種族はいつ殺されてもおかしくはない国なのです」
「あの国の貴族や王族は腐ってるからね。人間以外は生き物とも思われていないんだよ。ま、地位の低い平民は種族の違いはあんまり気にしていない人が多かったけどね。でも……アタイ達にとっては最悪の場所だったな」
「何度も売り買いを繰り返され、身体的に発育の良い桜花は何度も犯されそうになった事すらありました。わたくしも何度貞操の危機に陥った事か」
「ああ、あれは怖かったなぁ」
「ですが、そんな時にわたくし達姉妹を助けてくれたのが現在のわたくし達の主人である若様なのです。若様は国中のあらゆる場所で暴動を発生させ、皇帝の住む城にまで攻撃を仕掛けました。その混乱に乗じて奴隷商会を襲撃。虐げられてきた奴隷達は解放されたのです」
「で、行く当ての無いアタイ達姉妹は若に拾われたってわけ。本当に無茶苦茶だよあの人は」
「奴隷解放を行った理由も奴隷を虐げるためだけに使って無駄にするくらいなら俺が有効利用し尽くしてやる。それに面白そうだ、と言う私利私欲全開のものでしたものね」
昔を思い出したのか桃華と桜花は懐かしそうに笑みを浮かべる。
「そんな過去をお持ちだったのですか。私に話してしまって良かったのですか? 思い出したくないような辛い事でもあるんですよね?」
申し訳なさそうに言う月夜姫に桜花は良いよ良いよと言って笑みを浮かべる。
「気にしなくて良いよ。アタイ達は確かにあの国では辛い目に遭ったけど、そのお陰で若にだって会えたんだからさ」
「その通りですよ。それに姫様だって辛い思いをして若様に助けられたのでしょう?」
「……はい、そうですね」
乱心した魔王の魂を救い、魔王の娘である自分にまで良くしてくれている。さらには敵であった魔王の弔いまで手伝ってくれた。
父親が死んで精神的に不安定になり掛けていた月夜姫は白夜に支えられている。城下町に遊びに連れて行ったり、贈り物の鈴を買ってやったりしたのは月夜姫の精神を支えてやるためだったのかもしれない。今の月夜姫は父親の死を後ろ向きに考えてはいない。むしろそれを乗り越えて先の事を見据えようとしてすらいる。それが月夜姫の心の強さのお陰なのか白夜が支えているためかは定かではない。しかし、白夜と言う存在が月夜姫の中で大きなものとなっているのは紛れもない事実である。
手の中の鈴を見ながら月夜姫は微笑を漏らす。そして思い浮かんだのは白夜が時々自分に見せる屈託の無いあの笑顔。何を考えているのかは今も理解出来ないが、白夜の事を考えると胸の辺りが熱くなる。これはまるで……
と、そこで月夜姫は顔を真っ赤にして思考を止めた。何故かは分からないが恥ずかしかったのだ。
と、その時部屋の扉が乱暴に開け放たれた。この部屋にそんな乱暴に入ってくるのはこの城にただ1人しか居ない。白夜である。
「月夜? どうした、調子でも悪いのか?」
いつもと何か違う様子の月夜姫を見て白夜は訊ねる。
「い、いえそう言う訳では……」
「妙に顔が赤いな……おいお前ら、一体何を話した?」
白夜が訊ねると、桜花はニコニコとした表情を浮かべ、桃華は淡々とした口調で説明し出した。
「わたくし達と若様の成り染めを話しただけですよ。別に変な話はしていません」
そう言ってどこか含みのある笑みを浮かべる桃華を見て、白夜は怪訝そうに眉を顰めるが、大して気にする必要もないと判断して、月夜姫へと歩み寄りその傍らに片膝をつき、ただ黙って顔を覗き込んだ。
「…………」
「な、何でしょうか?」
月夜姫がそう訊ねると、白夜はニヤリとした笑みを浮かべた。それはまるで悪戯する子供のような笑みだったが、相手が白夜なだけに少しだけ不安になる笑みだった。
「お前、俺の事を見ていたよな? それもずっと」
「っ!!」
ドッキーンッ! と月夜姫の胸が大きく高鳴った。まさか城の最上階から見ていた自分の視線に気が付いていたとは露ほどにも思っていなかった。
月夜姫は何か言おうとするが言葉が見つからず、言葉にならない声を口をパクパクとさせながら漏らした。
そんな月夜姫の様子を見て、白夜はカラカラと笑う。
「そんなに俺の事が気になるなら直接訊きに来れば良いのに。ま、月夜は内気だから仕方ないか。それに……そんな月夜が俺は好きだぜ?」
「ふぇっ!?」
驚く間もなく月夜姫は白夜に抱き寄せられる。そして柔らかな手つきで月夜姫は黒髪を撫でられる。
扉を蹴り開けて入室してきた人物と同じとは思えない優しげな手つきで撫でられ、されるがままになっている月夜姫は驚き困っていたが、内心ではこの心地良さに身を預けてしまっていた。
とろんと蕩けたような表情を浮かべる月夜姫と、既に目の前の月夜姫以外の物が見えていない白夜。そんな2人だけの世界に入ってしまった2人を見て、桃華と桜花は苦笑を浮かべながらそっと部屋から出て行った。
「いやぁ……完全に2人だけの世界だったねぇ」
「ええ。まさか若様があんな甘い言葉を使うとは思いもしませんでした」
「アタイ。あんな優しげな笑顔を浮かべてる若見たの、凄い久しぶりなんだけど」
「それほど若様にとって姫様の存在は大きいのでしょう。そして姫様にとっても若様は大切な存在。あの2人、結構お似合いかもしれませんね」
「むぅ……ちょっと嫉妬しちゃうなぁ。アタイ達だけの若だったのに」
「しょうがありませんよ。若様の魅力は最高ですから。それに、その若様が見初めた姫様も相当魅力があるのだと思いますよ?」
「うーん、そっか。じゃ、仕方ないね」
そう言って笑い合う姉妹。
「おうそこの姉妹。何笑ってんだ? まあ良い。白夜知らねぇか? 玉座の間の大穴を直す木材が足りねぇんだが、どこにあるのか分からなくてな」
そう言いながらやって来たのは6本の腕を持つ大男、蜘蛛丸だった。
「若様なら今自室で姫様とお楽しみ中ですよ。邪魔しないように」
「お楽しみって……あいつマジで何やってんだ!?」
桃華の言葉に何か勘違いした蜘蛛丸だったが、その後、和水から木材の場所を聞き出し玉座の間は無事修復された。
ちなみに白夜は夜まで月夜姫と自室でイチャついていた。
◇◆◇◆◇
時間は経過し現在は深夜の丑三つ時。既に城の中で修復作業に勤しんでいた者達は寝静まり、昼間とは正反対に城内はしんと静まり返っていた。
そんな時間に白夜は1人最上階の自室から外を見下ろしていた。
「来たか」
ポツリとそう呟くと、あまりにも心地が良過ぎて眠ってしまった月夜姫の方をチラリと見る。そして薄っすらと笑みを浮かべると、ピョンと窓から部屋の外へと飛び出した。
ズドンッと地面に足をめり込ませながら着地すると周囲を見回す。そして何事も無かったかのように城の庭の方へと歩き出した。
庭までやって来ると白夜は立ち止まり先の見えない闇を睨み付けた。
「おい、この俺を襲うのか襲わないのか、そろそろハッキリさせないか?」
独り言のように闇の向こうに語りかける白夜。しかし闇が濃過ぎて誰かが潜んでいるか確認する事は出来ない。
「それとも何か? 俺が、バレバレの殺気に気付いていないとでも思ってんのか? 観念して姿を現しな」
しかし、闇の中から何者かが姿を現す事はない。
「粗方俺の暗殺、または月夜の奪還が目的なんだろうが俺に見つかった時点でそれは失敗だ。姿を現すかそれとも逃げ帰るかどっちかを選べ」
最終警告を告げるがやはり何者かは姿を現さない。
呆れたように肩を竦めると白夜は手の平に力を集中させる。すると手の上に魔力が集まって行き野球ボールくらいの光球を形成した。
大体の人間がその身に魔力と呼ばれる魔術を発生させるための力を宿している。しかし、白夜はその魔力を一切宿していない。が、白夜は魔術を行使する事が出来る。それは以前和水を生み出した時のように他人の魔力を借りたり、大気中に漂っている魔力を集めて使っているからだ。
大気中の魔力を集中した程度では魔力球を形成する程度の事しか出来ないが、白夜にとってはこれで十分だった。
白夜は手の中の魔力球を軽く振り被ると、闇の中に向けてそれを放った。
「そぉいっ」
何とも気合の入っていない掛け声だが、ブゥオンッ! と風を切っているとは思えないようなとんでもない音が響き渡った。先代魔王を一撃で倒すほどのデタラメな腕力で投げ出された魔力球は地面に着弾すると同時にデタラメな爆発音を響かせ、まるで隕石が墜落した時のようなクレーターを生み出した。それと同時に吹き飛ばされて来た人影を白夜は見下す。
その人影は黒い忍者のような装束を身に纏っている目付きの悪い魔人種の男だった。そして白夜はこの男の事を知っている。
「ん? お前、確か先代魔王の部下だった奴じゃないか? 以前俺とも戦ったよな?」
そう、先代魔王との決戦の前、白夜はこの黒装束の男と戦っている。魔王が倒してからどこかに逃げてしまったのだが、こうして暗殺にやって来たという事は白夜が魔王になるのを快く思っていない反抗勢力の一員なのだろう。
黒装束の男は白夜を鋭い目付きで睨み付けながら低い声で言う。
「くっ! 何と言うデタラメな力。尾行にも気が付かれていたとは」
「当然だろ。そんな殺気剥き出しで気付かれない方がおかしい。暗殺者なら例え親の仇が目の前に居ようと殺気だけは隠し通さないとな。気を付けた方が良いぜ?」
馬鹿にしたように言う白夜を、さらに鋭く射抜くような視線で睨み付ける男。そんな視線を軽く受け流しながら白夜はニタリと獰猛な笑みを浮かべた。
「で、お前の目的は一体何な訳?」
白夜がそう訊ねると男はゆっくりと口を開き……
「……話す訳がないだろうっ!」
叫びながら隠し持っていた短刀で白夜を斬り付けて来た。が、白夜は大して驚く事もなく迫り来る刃を指で受け止めた。人差し指と中指の間に掴まれた短刀は引こうが押そうが全く動かす事が出来なくなった。
男は舌打ちをすると短刀を手放して後方に跳び退る。そしてクナイのような投擲具を取り出して白夜へと投擲する。白夜は呆れたように肩を竦めて鼻で笑うと、先ほど掴み取った短刀で飛んで来た全てのクナイを叩き落した。そしてさらに短刀を男へと投げ付ける。男は亜音速で飛んで来る短刀を直感で紙一重でかわした。
男は額に冷や汗を浮かべ、正面からでは分が悪いと考え舌打ちをした。逃走しようにもそれを許すような相手ではないため背を向けるに向けられない。
「こんなもんか。まあ、元々手下だし、先代魔王より強い訳がないよな。んじゃ、そろそろ終わらせるか」
そう言って握り拳を作る白夜を見て、男は身構える。しかし男には現状を打破する策が残されていない。
しかし男にチャンスが訪れる。白夜が拳を振り被り、男へと襲い掛かろうとしたその瞬間、2人の間にピンポン球くらいの小さな玉が落ちてきたのだ。
謎の玉は突如として閃光を発し、闇を照らし周囲を真っ白に染め上げた。そう、謎の玉は閃光玉だったのだ。
するとその時、赤い髪の角を生やした侍風の男が現れて黒装束の男に言った。
「影鳶、ここは退くでござる。勇者と正面からやり合うのは無謀でござる」
「チッ! 命令すんじゃねぇ竜魅。勇者! 次こそは殺してやるから覚悟して待ってるんだな!」
影鳶と呼ばれた黒装束の男は悪態を吐きながらもその場から素早く姿を消した。闇に紛れて逃走したのだ。
そして竜魅と言う赤髪の男は白夜の方へと視線を向ける。する咄嗟に閉じた事で閃光でやられなかった方の目を見開いた白夜と目が合った。
竜魅は鋭利な刃物のような視線で白夜を睨むと、背を向けて一言だけ発した。
「奪われた物は必ず取り返すでござる。覚悟しておくと良い」
そう言い残すと竜魅は影鳶の後を追うように去って行った。
白夜は追い討ちを掛けようかと一瞬考えたが、とりあえずは泳がせて置こうと思いその背中を見送った。
「竜魅……確か先代魔王の最強の右腕だったっけ?」
以前、影鳶と同じく戦った経験があったので何となく覚えていた白夜は2人が去って行った方向を見つめながらクツクツと笑いを漏らした。
「竜魅か……あいつ、欲しいな」
そんな事を呟きつつ、白夜は後日今後の対策を練ろうと思い自室へと帰って行った。
12/10 まことに勝手ながら諸事情により桜華→桜花に名前を変更。