003 月京の城下町
白夜と月夜姫がイチャイチャするだけの話です。イチャイチャと言うほどではないかもしれませんが、城下町へ2人が遊びに行く話です。
白夜が魔王となってから4日が過ぎた。現在では城下の混乱も落ち着きを見せ始め、『月京』の民も今だ先代魔王の死と突然の人間の魔王の誕生戸惑いながらも普段通りの生活を送っている。
そんな城下の様子を城の最上階の自室から白夜は観察していた。
「今の現状に周囲も馴染み始めたって事か……そろそろあいつらも来るだろうし、ここらで城下に下りて直接様子を見てくるのもアリだな。そうは思わないか、月夜?」
「えと……私にはよく分かりません」
「そうか。んじゃ、とりあえず一緒に行こうぜ。あんまり城に閉じ篭ってたんじゃ息が詰まるだろう? 今日は見回りついでに遊ぼう」
「あの……私はあまり外に出ないもので城下の事もあまり存じて御座いません。そんな私と一緒に居ても白夜様は満足出来ないと思います」
つまり私と出掛けるよりも1人の方が楽しめるから私は置いていってください、と。
白夜は月夜姫が自分の言葉の意味を理解していないと悟り、小さく溜め息を吐いた。
「俺は、お前と遊びたいんだ。それに、むしろ城下の事を知らないってんなら好都合じゃねぇか。今日中に城下での遊びを覚えちまえよ。俺と一緒に生活するっつう事は、いつまでも箱入り娘じゃいられないって事だからな。それにお前に初めから拒否権は無い」
「ですが……」
渋る月夜姫を見て痺れを切らしたのか、白夜は面倒くさそうに後頭部を掻きながらこう言った。
「ぶっちゃけて言うとだな。俺はお前とデートがしたい」
「でぇと……ですか?」
「男と女が愛を育むために2人っきりで出掛ける事をデートっつうんだよ。理解したか? したなら早速行くぞ。してなくても行くけどな」
「ふぇ? ……えっ!?」
白夜は問答無用で月夜姫を抱き上げると、そのまま城の最上階から飛び降りた。
「え、えぇぇぇええええええええええええええっ!?」
「和水ー! 城の事は任せたぞー!」
「了解であります!」
そして白夜と月夜姫は地上に着地し、そのまま城下町に向けて出発した。
◇◆◇◆◇
「あの、白夜様。そろそろ降ろしてくださいませ。恥ずかしゅう御座います……」
「照れるな照れるな」
「本当に恥ずかしいのですっ。良いから降ろしてください!」
城下町にやって来た2人だったが、今だに白夜は月夜姫を抱き上げたまま降ろしていなかった。
月夜姫は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして白夜に抗議しているのだが、白夜はそれを楽しむかのようにカラカラと軽快に笑ってやり過ごしていた。
「うう……まさかこんな姿を民に見られる日が来ようとは思いもしませんでした」
「恥ずかしがる事はない。ただの仲睦まじい夫婦にしか見えないから」
常識外れな事を言う白夜を見て、月夜姫は諦めるように溜め息を吐いた。この男にはきっと何を言っても無駄だろう。自分の常識とはかけ離れている過ぎているのだから、と言いたげに。
「それにお前、何も履いてないだろ? だったら降ろせねぇよ」
「それは白夜様が突然城から飛び下りたからです! それに何故白夜様は履き物を持っているのですか!? いつの間に履いたのですか!?」
「俺だからな」
その一言だけで4日間白夜の常識外れな行動の数々を見てきた月夜姫は納得してしまった。白夜ならば履き物くらいいつでも取り出す事は出来るだろう。が、それならば自分の履き物も持ってきて欲しかった。そう思いながら月夜姫は仕方なく白夜に身を委ねる事にしたのだった。
白夜が最初に立ち寄ったのは古めかしい雰囲気のよろず屋だった。白夜は躊躇う事無く中に入るとまるで久しぶりに知り合いに会った時のような調子で、魔人種の女店主に話し掛けた。
「よっ。儲かってるか? 今日は特別に買い物に来てやったぜ」
「ん? おおっ。これはこれは勇者殿やない。それと腕に抱かれてるのは……姫様!?」
女店主は月夜姫を見て驚き目を丸くする。
「まさか姫様が勇者殿と一緒にやって来るとは驚きやねぇ。それにそんなに密着しちゃってまあ……」
「ハハッ! まあ俺の嫁だからな! それと俺はもう勇者じゃなくて魔王だぜ? そこんとこ間違えないように」
カラカラと笑い合う白夜と女店主。そんな2人を見て月夜姫は少しだけ戸惑ったような表情を浮かべていた。
人間であり魔族の最大の敵である勇者の白夜がまさか魔族である女店主と魔王になる前から交友関係があったとは思いもしなかった。確かに乱心する前の先代魔王は魔族と人間が分け隔てなく共生する事を望んでいた。そのため人間であろうとも差別しない魔族は少なからず『月京』に存在しているのである。が、外出をほとんどした事がなかった月夜姫はその光景を初めて目の当たりにして少しだけ驚いていた。
「さて。じゃあ勇者殿改め、魔王殿。今日は何をお求めかな? 知っての通りここはよろず屋。大体の物は何でも揃っとるよ」
「今日はこいつの外出用の着物を探してる。見ての通りこんな重そうな着物じゃデートもまともに出来ない。なるべく派手じゃなく、それでいて質素過ぎない奴を頼む」
「はいよ。そんじゃ採寸させてもらいます。ちょいと失礼しますね姫様」
月夜姫が女店主に店の奥へ連れて行かれるのを笑顔で見送る白夜。月夜姫は少し不安そうにしながら店員に連れられて採寸をされた。
「ほわぁ。小柄やけどええ体しとるなぁ。同じ魔人の女として自信が無くなりますわ。まあ、胸では勝っとるんやけどね!」
「は、はあ……」
戸惑いながらも採寸は終了し、女店主は合うサイズの着物を探してくると言って奥へと消えて行った。そして大体5分くらいすると月夜姫のサイズに合った着物をいくつか持って戻って来た。
「これが姫様に合う着物やで〜。要望通り派手過ぎず質素過ぎない奴や」
「さすが俺が見込んだよろず屋。そんじょそこらの呉服屋よりも良い物が揃ってるな。……んじゃ、とりあえずこれ試着な」
「は〜い了解や。ほんなら姫様。ちょっと奥で試着しちゃいましょうね〜」
「え、あの、ちょっと」
月夜姫がおどおどと戸惑っている内に女店主はさっさと店の奥へと連れて行ってしまった。
2人が戻ってくるまでの間、白夜は適当に店の中の商品を物色していた。この店の品揃えは小さい割にそこら辺の店よりも全然良い。以前勇者だった時もこの店に訪れたが、2年間あらゆる国を旅をして見て来た雑貨店の中でも最高と言っても良い。多分頼めば大抵の物なら仕入れてくれるだろう。
「まあ、その割にはあんま繁盛はしていないみたいだがな…………おっ?」
あらゆる商品の中から白夜が見つけたのは透明で小さな鈴。どこにでもありそうな普通の鈴なのだが、他の商品よりも綺麗な見た目をしていたのでとりあえず手に取った。
手に取って分かったのはこの鈴は何の魔力も無い、本当にごく普通の鈴だという事だ。しかし透き通った硝子のような材質をしているため飾りなどには良さそうな見た目をしている。
そんな時、月夜姫の着付けが終わったのか奥から女店主が嬉々とした表情で現れた。
「いっやー! 素材が良いとどんな着物でも映えるわぁ。魔王殿が惚れたのも頷けるわぁ」
そう言いながら連れて来たのは白夜が選んだ着物に身を包んだ月夜姫だった。
派手過ぎず質素過ぎない月夜姫に似合う赤い着物。白百合の装飾があしらわれており、月夜姫の純潔さを表しているかのようだった。
白夜はほぉと感心したように息を漏らし、頭の先から足の先まで隈なく観察していく。そんな白夜の様子を見て、月夜姫は珍しく恥ずかしそうに体を捩り頬を紅潮させる。
「あの……そんなに見ないでください。恥ずかしいです……」
「いや見るよ。お前が恥ずかしがってる所を目に焼き付けたいからな」
「うわっ、最低な理由やな。そこは似合ってるとか言うもんやないの?」
女店主が引いたように言う。
「俺は似合ってるなんて言わねぇよ。だって月夜は俺の嫁だからな。似合ってるのなんて当たり前だ。当たり前の事を言ったって意味なんかねぇ。それよりも俺は月夜の恥ずかしがってる姿が見たい」
「あぅ……そ、そんな……」
「うわぁ、最後の言葉が無ければ最高やったのに」
「まあ何にせよ買いだな。ついでに履き物も用意してやってくれ」
「はいはい了解や。良かったなぁ、姫様。こんな良い男そうそう居らへんで? 絶対手放さんようにな。と言うか魔王殿の方が手放さんか」
女店主はアッハッハと笑う。月夜姫は女店主の言葉に戸惑ったような表情を浮かべて白夜の方に視線を向けた。白夜は珍しく不気味ではない笑み月夜姫に返し、月夜姫はそれを見てさらに頬を赤くした。
その後勘定を済ませ、2人はよろず屋を後にした。
◇◆◇◆◇
よろず屋での買い物から半刻ほどが経過し、よろず屋より少し離れた所に位置する水茶屋にて白夜と月夜姫は休憩を取っていた。
「あの、白夜様」
「ん、どうした?」
「今まで訊ねようと思っていたのですが……何故私を嫁にしようと思われたのですか?」
「おおう、珍しく直球で訊いて来たな。……お前を嫁にした理由ねぇ。普通ならまあ一目惚れって言うんだろうが、俺の場合はちょっと違うか」
どこか含みのある笑みを浮かべながら白夜は言う。その意図が読み取れず月夜姫は怪訝そうに首を傾げた。
「ぶっちゃけて言うと俺にもよく分からん。お前を見た瞬間に心がそう決めた。それが一番理由としては近いかもしれん」
「心……ですか?」
クツクツと笑いを漏らす白夜。月夜姫はますます白夜が何を考えているのかが理解出来なくなった。まず理解しようとしたのが間違いだったのかもしれない。今の月夜姫では白夜の事を理解する事は到底無理だろうし、そもそも白夜自身何故月夜姫を嫁にしようと思ったのかを具体的に理解しているわけではない。心から月夜姫を嫁にしたいと思った。ただそれだけの漠然とした理由なのだ。
「いずれ俺もお前も理解出来る日が来るだろ。あんま深く考えるな。頭がパンクしちまうぞ?」
「そう……でしょうか?」
「まあお前が俺に惚れてくれたら一番良いんだけど、今すぐには無理か。俺への好感度が上がるようにのんびりと頑張るとしますかね」
そう言って白夜はケラケラと笑いながら三色団子を頬張った。
月夜姫はお茶をちびちびと飲みながら、ちらりと白夜の方に視線を向けながら蚊の鳴くような小さな声で呟く。
「(凄く気になってはいるのですけどね……)」
「あん? 何か言ったか?」
「いえ、何も」
聴覚も優れているのか白夜は小さな月夜姫の声にも敏感に反応した。内容までは分かっていないようだが、月夜姫は白夜の前では心の内をあまり声に出さないようにしようと心に決めた。きっと白夜は月夜姫が何を言っても心の内を察してくるだろう。それはまるで全てを見透かしているかのようで怖くもある。深過ぎる理解は恐怖になるという事だ。
月夜姫は自分の心の内を隠すかのように慌ててお茶を啜る。それを見て白夜は少し不思議そうに首を傾げたが特に何を言うわけでもなく団子を食べ始めた。
◇◆◇◆◇
日も暮れ、ちょうど空が茜色に染まり始めた頃に1日城下町を堪能した白夜と月夜姫は城の前まで戻って来た。
「どうだ? 今日1日色んな場所に行ってみたが、少しは楽しめたか?」
「はい。この目で直に城下の様子を見る事が出来ましたし、色々な場所を見て回るのは楽しゅう御座いました」
「そうか。そりゃ良かった。こりゃ無理矢理連れ出した甲斐があったってもんだ」
白夜はそう言って月夜姫に向き直った。
「んじゃ、最後の締めとして俺からお前に贈り物がある」
「贈り物……ですか?」
「手、出してみ?」
そう言われて月夜姫は首を傾げながらも手を差し出す。その上に白夜はぽんと小さくて透明に輝く何かを載せた。
ちりんっ。
「……鈴?」
「ああ。最初に行ったよろず屋で見付けた。何の魔力も無いただの鈴だが見た目が綺麗だったから買った。初めてのデートの記念として受け取っとけ」
「良いのですか?」
「同じ事は2度言わないぜ」
有無を言わさぬ語調で白夜が言うと、月夜姫はしばらく手の中の鈴をじっと見詰めた後、頬を少しだけ綻ばせて胸の前でギュッと鈴を握り締めた。
それを見て白夜は満足気に少しだけ頬を吊り上げる。
「さーてとっ。んじゃ、そろそろ城に戻るとしますか」
そう言って月夜姫に背を向けて歩き出す白夜。が、しかし……
『白夜ぁぁぁああああああああああああッ!!』
どこからかそんな大声が響き渡ると同時に、巨大な人影が白夜を覆った。
現れたのは腕が6本生えた身長3メートル近い厳つい顔をした大男。謎の大男は白夜に向けて巨大な拳を放った。
「久しぶりだなあッ!? おい!」
「何だ、お前もう来たのか?」
白夜は突然の襲撃に驚く事無く大男の拳に自分の拳を叩きつけた。ズドンッ! と拳がぶつかったとは思えないような轟音が響き、一体その細腕のどこからそんな力が出たのだろうと思えるような腕力で白夜は逆に大男の腕を弾き飛ばした。それだけでは飽き足らず大男の体自体をさらに空中へと吹っ飛ばした。
大男は何とか空中で体勢を整えて着地しようとするが、着地したと同時に白夜に足払いを喰らってその場に倒れた。
白夜は倒れた大男を見下しながらニヤリとした笑みを浮かべながら言う。
「よお、久しぶりに会った割に随分な挨拶だな。危うく敵勢力が攻めてきたのかと思って殺すところだったぞ」
「ケッ! 久しぶりに会った奴を容赦無くぶっ飛ばした奴が人の事を言えんのか?」
「お前ならぶっ飛ばしても平気だろ。なぁ蜘蛛丸?」
蜘蛛丸と呼ばれた大男は厳つい顔を複雑そうに歪めながら白夜を睨みつけながら立ち上がる。白夜は手加減していたのでダメージにはなっていない。しかし逆に蜘蛛丸は軽くあしらわれた事に苛立ちを感じた。まるで自分をおちょくっているような白夜の態度が気に入らないのである。
だがまあ、何を言っても白夜が自分への態度を変えない事を分かっているのか、蜘蛛丸はそれ以上何も言わずに諦めたように溜め息を吐いた。
「んで、お前以外の連中ももう来てるのか?」
「おう。城に居たチビに説明して入れてもらったぜ」
「そうかそうか」
和水には予め蜘蛛丸と500人の魔族と人間、つまり白夜が2年で造り上げた新生魔王軍が城にやって来る事は伝えてあった。もし伝えていなかったら恐らく和水VS蜘蛛丸の戦いが発生していただろう。
「で、そっちの嬢ちゃんは何だ?」
「月夜姫。先代魔王の娘にして、現俺の嫁だ。俺と同等に丁重に扱えよ?」
「はっ!? ちょっ、おまっ! 嫁っつう事は結婚したのか!?」
「いんや。今の所は夫婦の契りは交わしてないな。まあいずれ式を挙げるだろうから楽しみにしてろ」
白夜はそう言うと今度こそ城へと向けて歩き出した。蜘蛛丸は相変わらず非常識な奴だ、と呟きながらその後に付いて歩き出す。
そして月夜姫は今さっきの白夜と蜘蛛丸が対峙した瞬間の光景を思い出して驚愕していた。白夜が自分の父親である先代魔王を倒すほどの実力者である事は知っていたがその力を見た事は今の今まで全く無かった。しかし今さっきの蜘蛛丸の拳を軽く弾き、一瞬の内に制圧すると言う光景。それを見て初めて白夜の力の片鱗を味わった気がした。
今のやり取りでは白夜は全くと言って良いほどに全力は出していなかった。つまりさらに上の力を出せるという事。
月夜姫は白夜にほんの少しだけ恐れを抱いたが、今日1日城下で色々と良くしてくれた事、そして手の中の鈴の存在を思い出し、むしろそんな白夜の事が誇らしく思えた。
月夜姫はハッと我に返ると小走りに2人の後を追い掛けて行った。
あっさり白夜に制圧されましたが、蜘蛛丸の実力は魔族の中でも屈指の実力を誇っています。別に弱くはありません。白夜が強過ぎるんです。
2/6 女店員→女店主に変更