002 生命の秘儀
先代魔王埋葬から一夜明けた朝。白夜と月夜姫は城内の地下に存在する一室、かつて先代魔王が使っていたと思われる研究室へと足を運んでいた。
「ほお……ざっと見た所こいつは中々面白い研究をしているな」
白夜は周囲を見回しながら感心したようにそう呟く。
研究室の中には謎の液体の入ったポットのような物がいくつも置かれていた。ポットには虫のような形をした生物や、人型の鬼のようなものまで様々な生物が液体の中に浮いている。
そう、この研究室で先代魔王は人工的な生物の生成を行っていたのだ。
月夜姫はポットの中を見ながら気味が悪そうに白夜の服の袖を掴んだ。
「びゃ、白夜様。ここは一体……」
「お前の父親が使ってた研究室だ。多分研究の内容は人工生物の生成って所だろうな。まあ、完成には至ってなかったみたいだが」
「何故こんな事を?」
月夜姫が訊ねると、白夜は机の上に散乱している紙の中から1枚手に取って内容を読む。そして生前、先代魔王が何を考えて研究をしていたのか何となく読み取った。
「多分、元はここで生成した人工生物を使って人間と戦うつもりだったんだろう。乱心していたとはいえ、先代魔王の性格は平和主義。無駄な犠牲を出したくはなかったんだろうよ」
「ですが、作られた生き物は死にます」
月夜姫がそう言うと、白夜は月夜姫の方に視線を向けて小さく笑みを浮かべた。
「確かにな。だが、この研究内容を見た感じ、自我を持たせる気は無かったみたいだぜ? 飽くまで自分の操り人形として使うつもりだったんだろうよ。自我なんて持たせちまうと無理矢理戦わせる事になって可哀想だからな。乱心してもその辺りの優しさは失って無かったって事だ」
まあ予想だがな。と最後に付け加え、先代魔王の研究成果を確認し始める。
『生命の秘儀:人工的に作り出した肉体に人工魂を入れる事で人工的に生命を作り出す事を目的とした研究である。素体となる生物の一部を使用し、クローンを作成する事により肉体の作成は成功。しかし人工的に作り出された肉体は人工魂を入れられるほどの強度が無く、人工魂を入れると同時に崩れ落ちてしまう。
さらに人工魂を作成するためには莫大な魔力を必要とする。私の魔力を持ってしても1日に1つの人工魂を作り出すので精一杯だ。魔力を回復する時間も考慮するとデメリットの方が大きい。よって、この研究を廃棄する事を決定』
「とまあ、研究の概要はこんな所だな。『生命の秘儀』なんて大層な名前の割には失敗しているが、興味深い研究ではある」
「父上がこんな研究をしてたなんて、初めて知りました……」
「まあ、1人でやってた研究みたいだし、知ってたのは先代魔王だけだろ」
白夜はもう1度研究結果を読み直して何かを思いついたように口許をニヤと歪めた。
「先代魔王は1体も作れなかったんだよなぁ。だったら、せめて1体くらいは作ってやらねぇとこの研究も報われないよなぁ。月夜?」
「はい?」
クククと不気味なくらい楽しそうに笑う白夜を見て、月夜姫は不思議そうに首を傾げた。
◇◆◇◆◇
「俺の後に続いて復唱しろ。分かったな?」
「はい。わ、分かりました」
研究室の床に描かれた幾何学模様。魔術構築領域、または魔術陣とも呼ばれるそれを囲むようにして、2人は呪文を唱え始めた。
「我、契約文を捧げ、この世に生命の奇跡を起こす者なり」
「我、契約文を捧げ、この世に生命の奇跡を起こす者なり」
「魔は血と成り、血は肉を成す。肉に宿るはかの者の魂」
「魔は血と成り、血は肉を成す。肉に宿るはかの者の魂」
「生誕せよ。流水の魔物よ」
「生誕せよ。流水の魔物よ!」
呪文を唱えると同時に魔術陣が輝き出す。すると、魔術陣の中央に置かれたポットの中の液体がゴポゴポと泡を発生させ、1体の魔物を形成し始める。そして……。
「完成だな」
魔術陣の上にあったのはポットではなく、液体のような固体のような質感の生物、スライムだった。
スライムはしばらくプニプニとその体を揺らしていたがやがて形状を変化させ始め、まるで人間の少女のような姿へと変貌した。
青い髪に青い着物、身長は120センチそこそこで見た目は9歳くらいの町娘。まだ生まれたてで体に馴染めていないのか左右にプルプルと体が揺れ動いている。
月夜姫は目を丸くして驚く。まさか先代魔王でも完成する事が出来なかった人工生物をこんな短時間で作り上げてしまうとは、と。
「俺がお前の主の三日月白夜だ。理解してるか?」
「はい、理解しているであります。我が主殿」
スライム少女が喋ると月夜姫はより一層驚いたように目を見開いた。先ほど聞いた先代魔王の研究では、生物に自我を持たせないように作るのが目的だった。それは自我を持っているのに殺されるのが可哀想であるのと、自我を持たせるのが難しいと言うのが理由だった。
しかし、このスライム少女は自我を持っている上に肉体の崩壊もしない。つまり白夜が先代魔王が出来なかったこの研究に、この短時間で自分流のアレンジを加えて完成させたのである。
「お前、自分の名前は分かるか?」
「はい。和水であります」
「……記憶の一部転写は成功してるみたいだな」
「でなければ喋る事も儘ならないであります」
そう和水が言うと、白夜はカラカラと楽しそうに笑った。その笑い声を聞いて驚いて呆然としていた月夜姫は我に返った。
「あの、白夜様?」
「ん? どうした?」
「人工的に作り出した生物の肉体は崩壊してしまうはずなのに、何故この子は大丈夫なのですか? それに自我も持っていますし」
「自我が無いと後々面倒だろ? それと、崩壊が起こらないのは1から肉体を作っているのと、素体にした物が生物の一部じゃなくて『水』だからだ。水に崩れるも何も無いだろ? 魂がある限り何度でも体は構成されるから崩壊の心配は無い」
「そ、そうなのですか?」
「まあ、成功するまで俺も分からなかったが、こうして成功した結果和水が誕生したんだ。俺の考えは間違って無かったって事だ」
アッハッハ! と言うよりギャッハッハ! と言った感じに笑う白夜。
「では、何故私も呪文を唱えたのですか? 別に2人で唱える必要は無かったのでは?」
「さっき話した研究内容にあったように魂を生成するには魔力が莫大に必要だ。俺は先代魔王みたいに馬鹿でかい魔力は持ってねぇ。だから先代魔王と同等、またはそれ以上の魔力を持っているお前の力を借りたって訳だ。理解したか?」
月夜姫は先代魔王の血を継いでいるため莫大な魔力をその身に秘めている。白夜は魔術構成は自分で組み、魔力は月夜姫のものを使い和水の魂を生成したのだ。
白夜の思いつきだったのだが、こんな突拍子も無い事をその場で思いつくのは世界、異世界全てを探しても白夜くらいのものだろう。
「んじゃ、ここの事は良いとして、これからの事を考えて行くとしますかね」
そう呟くと、白夜は地上へと続く階段を上って行った。それに続くように和水も歩き出そうとしたが、まだ体が馴染んでいないのかそのまま転んで床に飛び散ってしまう。しかしすぐに霧散した体は1つの塊へと戻って行き、少女の形を取り戻すと白夜を追って歩き出した。
月夜姫はそんな和水の姿を青い顔をしながら見ていたが、やがて自分も白夜を追うように小走りに階段を上って行った。
◇◆◇◆◇
白夜達が先代魔王の研究室に行っていたのと同時刻。魔王領内のとある廃城。そこでは先日魔王城から逃げ出した魔族達が集まって話をしていた。
「どうやら勇者の奴、本当に魔王となろうとしているようですね。人間のくせに本当に魔王になれるんですかね?」
「不可能であろう。人間如きが魔族を纏められるはずがあるまい」
「だが、奴は魔王様を一撃で倒すほどの実力を持っている。強者に従う魔族も少なくはないのではないか?」
「それに諜報の者の話によると、月夜姫様は勇者に心身共に捧げたと聞く。人間ではあるが月夜姫様が認めたとあればいずれ魔族全体の信頼を得る恐れもある」
「ふむ……竜魅殿はどう思われる?」
魔族の1人がそう言うと、竜魅と呼ばれた腕を組みながら座っていた赤い髪で竜のような角が生えた長身の男が腕を解き、鋭い目付きをより一層鋭くして言った。
「某は勇者を討ち取るべきだと思うでござる。魔王様が積み上げてきた努力の結晶である『月詠』の国を人間の好きにさせるわけにはいかん」
「だが、我々は勇者1人に魔王様共々敗北している。一体どう討ち取ると言うのです?」
「確かに奴の力は魔王様以上。だが、必ず隙を見せるはずでござる。その隙を突くしか勝利する術は無いでござる」
「確実性はないな……」
「だが、魔王様のためにもやるしかないでござる。我々は魔王様が愛したこの『月詠』を守る義務があるでござる。そのためなら、某は勇者を暗殺する事も厭わんでござる」
竜魅がそう言うと、魔族達の士気が高まった。
『反逆勇者』の抹殺計画が、水面下で進行し始めた。
◇◆◇◆◇
『月詠』の都『月京』の近くに存在するとある村。
「おいおい、白夜の野郎。マジで1人で魔王倒しちまったじゃねぇかっ。俺も一暴れしてやりたかったのによぉ」
優に3メートルは超えると思われる身長の大男は文句を言いつつ豪快に笑った。
大男には丸太のように太い腕が6本生えていて、まるで蜘蛛のような姿をしていた。顔は厳ついとかそういう次元を超えている恐ろしさを秘め、無造作に伸びたざんばら髪を振るその姿は鬼神と言う言葉が当てはまっている気もする。
「やっぱあいつと居ると暇しねぇなあ! 久しぶりに会えると思うと楽しくなってきたぜ!」
大男はパンパンと6本の腕を器用に叩いて言う。
「おう! おめぇら! 目的地の『月京』はもうすぐだ! 気合入れていくぞ!」
『応っ!!』
大男の言葉に応えたのはあらゆる種類の魔族達。そしてそんな魔族達と馴染んでいる数十の人間達であった。
三日月白夜が2年の歳月を掛けて造り上げた500人の魔族と人間の混成軍。三日月の旗を掲げるこの軍こそが世界を相手に戦い抜く事が出来る精鋭達――
――魔王軍である。
魔術の設定は独自の解釈により構成されています。説明の至らない部分や矛盾などが発生しているかもしれません。直せる部分は直して行こうと思いますので温かい目で見守ってください。