021 友愛
再び話は『月詠』へと戻ります。所で020話のPV数が4日で1300PVを超えているんですが一体何があったのでしょうか? 2代目勇者が人気なのか、ツンデレ魔術師が人気なのか。もっと出番が増えるように頑張ります。
アスラント王国出発まで残り4日となった。早々に出発準備を終えてしまい、時間に大分余裕が出来てしまった月夜姫は既に日課となった真夜中の魔術の訓練を行っていた。
「はっ!」
気合の入った掛け声と共に両の手を前に突き出し手の平に魔力を集中させる。すると一瞬の内に空中に水の膜が生じ、月夜姫の周囲を守護するように取り巻く。もうお馴染みとなった以前白夜より月夜姫が教わった防御結界『水守』である。
発動者の意のままに伸縮し、あらゆる攻撃を吸収してしまうこの水の膜。
「む、むむっ……」
まるで念ずるように『水守』を変形させて行く。これは頭の中のイメージを『水守』へと送り込みイメージと全く同じ形に変形させようとしているのである。『水守』は意のままに形を変え我が身を守護する魔術。故にこうして完璧に自分の想い描いたイメージに変形させる事が出来なければ使い物にならないのだ。
意識を集中させ自らの体全体を包み込むほど拡大したり、一点に集中させて前方のみを守護するようにと変形を繰り返す。
「ふぅー……」
一度落ち着くように吐息すると月夜姫は真剣な面持ちで更に『水守』へとイメージを送り込む。
イメージを送り込まれた水の膜はゆらゆらと揺れながらその姿を変えて行き、1つの球体を作り出した。球体は不安定に震えており今にも崩れてしまいそうだが、そこで更にイメージを送り込む。
球体は徐々に伸びて行き、まるで巨大な針のように尖り始める。しかし針に形を変えた途端、不安定に揺れていた水は全ての支えを失ったかのように重力に圧されて地へと叩き付けられた。
魔力に戻り霧散して行く水を見詰めながら、月夜姫は落胆したように肩を落として吐息。
「また……失敗ですか」
月夜姫が行おうとしていたのは水の膜の性質を応用した『水守』の攻撃への転化である。しかし、元より『水守』は守りに特化された防御結界。今だ魔術師として未熟な月夜姫では魔術にアレンジを加えるのは困難な事だ。
「むぅ……防御は完璧なのに、攻撃に転化させるとどうしても形を保てません。やはり魔術に工夫を加えるというのは無理なのでしょうか?」
うんうんと唸りながら首を捻るが一向に良い考えは思いつかない。とその時、
「む、お嬢様。このような時間にこのような場所で一体何を?」
ハッとなって声の方を振り返るとそこには黒い鞘に入れられた妖刀を手に持ち、訓練用の道着に身を包んだ悠刕が立っていた。
「あ、悠刕さん。えと……私は日課の魔術の訓練です。悠刕さんも訓練に?」
「はい。妖刀を完全に制御するには日々の訓練を欠かせません。殲魔流剣士たる者妖刀を使いこなせなければお話になりませんから」
「へぇ、そうなんですか」
感心したように呟く月夜姫。
「ところで、先ほどは浮かない顔をしておられたようですが、どうかされたので? 良ければ私がお話をお聞きしますが?」
「え? いえ、その……少々魔術の訓練で行き詰っていまして、どうすれば魔術に工夫を加える事が出来るのか悩んでいたんです」
「ほぅ? 魔術に工夫ですか? お嬢様は魔術を扱うようになってどれ位ですか?」
「2ヶ月とちょっと、ですね。それ以前は魔術の基礎すら知りませんでした」
「2ヶ月とちょっと……通常魔術師は何年も訓練を重ねてようやくまともに魔術を扱えるようになるのですが……もしやお嬢様は天才ですか?」
「え? いえいえいえ! 天才だなんてそんな! 確かに父上は世界一の魔術師と呼ばれていましたが私は魔力が多いだけで父上ほど上手く魔術は扱えません。魔術を扱えるようになったのも白夜様の指導の御陰ですし……」
「ですがお嬢様はその世界一の先代の血を継いでいるのですから、魔術の天才でも可笑しくはありませんよ。白夜もそれを分かっていて指導を施したのでしょう」
「そう……でしょうか? でも私は父上ほどの才能はありません。現に今こうして行き詰っていますし」
「人は誰しも何かに行き詰ります。先代も初めから魔術に長けていたわけでは無いでしょう。あの白夜ですら昔は今よりも遥かにひ弱だったと自称していました。まあ、彼の壊れた尺度ではどの程度がひ弱なのか分からないのですがね」
「白夜様が……ひ弱?」
その話は初耳だった。確かに色の抜け落ちた髪に白磁の如き真っ白な肌、女性を思わせるほどに華奢で細身な白夜だが、その容姿に反して内包する力は絶大だ。しかしかつての白夜は今ほどの力は持っていなかったと言う。一体何があればあのような悪魔さえ裸で逃げ出す力を身に付ける事が出来るか、月夜姫には見当も付かなかった。
そもそも三日月白夜と言う存在には謎が多過ぎるのだ。この悠刕と言う少女との関係ですらはっきりとした事は分からない。
「あの……悠刕さんはどのようにして白夜様と、その……出会ったのでしょうか?」
「む。私と白夜の出会い……ですか? 何故急にそのような事を?」
「いえ……単なる興味本意なのですが、よくよく考えると私は白夜様の事を何も知らないのだと改めて思いまして。それで悠刕さんからは白夜様はどのような人に見えているのか知ろうかと」
「ふむ、そう言う事ですか。その程度の事ならば構いません。彼との出会い。出会いですか……初めて彼と出会ったのは内容は話せないのですが、とある事件が切っ掛けです。始めて彼を見た時はひ弱で軟弱そうなのに妙に自信たっぷりに笑っている変な男だと思いましたね。正直今でもその考えは変わっていませんがね」
「ま、まあ確かに一目見ただけでは白夜様はあまり強そうには見えませんしね」
「ええ。ですが、第一印象とは裏腹にその身から滲み出る力はその絶対的な自信に納得してしまう程強大でした。はっきり言って人間が有する事の出来る力の限界を振り切っています。自己紹介されるまでは人間かどうかすら分からなかったほどです」
「まあ白夜様は色々と人間を逸脱していますから。力も容姿も常識も……」
「全くです。せめて常識だけは持ち合わせておいてもらいたかったですっ。一体どのような幼少時代を送ったらあのような変人が出来上がるのでしょう? 親の顔を見てみたいです!」
一体彼が悠刕にどのような常識外れな事をしたのかは不明だが、現魔王に対して散々な物言いである。
月夜姫は微妙に怒ったような態度でそう言った悠刕に苦笑しながら、悠刕の言った言葉を頭の中で反芻する。
(白夜様の幼少時代……白夜様の過去。この世界にやって来る以前、『反逆勇者』となる前の白夜様は一体どのような生活を送っていたのでしょう? どうやっても白夜様のような人間が平穏な生活で誕生する事は無いはず。あのような力や思考はずっと以前、それも幼少から凄惨な戦いや人の醜さの中で経験を積まなければ形成されるものではないはず。つまり、白夜様は勇者としてこの世界に召喚されるずっと以前から普通の人では耐えられないような日常の中で生活していたとでも言うのでしょうか?)
難しい顔を浮かべながら思案する。しかし一向に白夜の謎と言うヴェールに包まれた過去が見えてくる事はなかった。
とその時、唐突に悠刕が月夜姫に質問を投げ掛ける。
「あの、お嬢様。少しお訊ねしてもよろしいでしょうか?」
「え……? あ、はい、何でしょう?」
「お嬢様は、自らが愛されていると自覚していますか?」
「は、はい? 愛されるとは……一体誰に?」
悠刕の突拍子も無い質問に思わず首を傾げる。しかし悠刕は真剣な眼差しで月夜姫を見詰めている。
「誰からもです。『月詠』の国民から、魔王軍の者から、父親である先代魔王から……白夜から」
何故そんな事を訊いてくるのか、正直月夜姫は理解出来なかった。どう答えれば良いのから迷い視線を逡巡させ、とりあえず思った事をそのまま口にした。
「えと……何故悠刕さんがそのような事をお訊ねになるのか私にはよく分からないのですが……確かに悠刕さんの言うように私は愛されているのだと思います。『月詠』の民からも、魔王軍の者からも、父上からも……そして白夜様からも。それは変えようもない事実です」
「そう……ですか。教えて頂きありがとう御座います」
悠刕はそうお礼を言って頭を下げる。しかし月夜姫は見た。悠刕の瞳の奥に見え隠れする自らに向けられる『嫉妬』の念を。
「それでは、私はこれで」
「ちょっとお待ち下さい悠刕さん」
「何です?」
「間違っていたら申し訳ないのですが、もしや悠刕さんは誰かに愛されたいのですか?」
その言葉を聞き、悠刕は面食らったように驚いた顔を浮かべる。
「な、何故そのように思うのです? と言うより、そう見えますか?」
「はい。私には悠刕さんが『愛』を求めているからこそ、私に向けられている『愛』に敏感になっているように見えます。違いますか?」
そう月夜姫に言われ、悠刕は普段の凛とした雰囲気を崩し、困ったように視線を逡巡させる。しかし真っ直ぐに月夜姫の視線を受け、誤魔化す事は出来ないと観念したように口を開いた。
「……はい。確かに私は『愛』と言うものに飢えています。理由は話せませんが私は今まで誰からも愛された事がないのです。私は、生まれた時から何かになれない事が運命付けられているから。何かになれない私を受け入れてくれる人は居ない。だから愛される事はない……生まれる以前から、私の愛される権利は剥奪されていたんです」
拳を握り締め、泣きそうな表情でそう語る悠刕を月夜姫は真剣な面持ちで見詰める。
正直、月夜姫には悠刕の言っている事は理解出来ない。愛された事のない者の立場になった事がない、愛される事が当たり前だった月夜姫には悠刕の言葉を理解する事は出来ない。
だが、こう言ってやる事は出来る。
「愛される権利が無い? そんなはずは無いです。誰にだって愛される権利はあります。悠刕さんだってそれは例外では無いです」
「そ、そんなはずは……」
「何かになれない私……意味は理解出来ません。何故それが愛されない理由なのか分かりません。何かになれない私? 悠刕さんは悠刕さんじゃないですか。貴女がそこに居る事がその証明でしょう? 寝惚けてるんですか? 貴女は理由を付けて自ら愛を遠ざけているだけです」
「そんな事はない! ただ、私は……」
力無く項垂れる悠刕に月夜姫はにっこりと微笑み、
「本当に愛されたいのですよね? 分かっています。そこまで分かっているのならば愛されるのなんて簡単じゃないですか」
「な、何が簡単なものですか!」
「いいえ、簡単です。貴女に愛される理由は必要ない。私のたった一言だけで貴女は愛されます」
「な、何を……」
月夜姫はすぅと息を吸い込み、
「私は悠刕さんの事を『愛しています』」
その瞬間、長年求め続けた『愛』の言葉により全身を包み込まれた。
温もりすら感じられるその言葉を受け、悠刕は呆然とにっこりと微笑む月夜姫を見詰めた。
「私は悠刕さんを『愛しています』よ。まだ出会って短い時間しか経っていませんが、悠刕さんは私の大切な友人です。これからずっと愛し続けます。『友愛』しか与える事が出来ませんが、受け取ってくれます?」
そう、既に悠刕は愛されていた。他人の『愛』に敏感になり過ぎ、自らに向けられている『愛』に気が付かなかったのだ。
そして悠刕は気付いた。『愛』を向けられる者とは、誰かに『愛』を与えた事がある者なのだと。
民を愛し、魔王軍を愛し、父親を愛し、白夜を愛した……。だからこそ、月夜姫は愛される。愛し合う事が出来る。
「私は……何て馬鹿な……」
「悠刕さん。私は貴女を愛します。だから、貴女も私を愛してくれますか?」
「……当然です。私もお嬢様を『愛します』。良き友人としてですが」
「はい! よろしくお願いしますね!」
そして長年与えられる事のなかった『愛』に悠刕は初めて触れる事が出来た。あっさりと、簡単に『愛』を教えられた。
(やはりお嬢様は強い御人だ。私に与えられなかった『愛』の一部をこうもあっさりと……)
まだ多くの事が悠刕の中では満たされていない。しかし、今だけは目の前の少女の『愛』に酔いしれよう。悠刕はそう決意した。
◇◆◇◆◇
「へぇ……流石月夜姫だ。あのゆーりんがこうもあっさりと……」
訓練場の外から2人の様子を見ていた桜花は感心したようにそう呟いた。
「これならアタイ達が手を貸すまでもなく勝手に仲良くなってくれそうだねぇ。そうすれば自然とゆーりんの情報も手に入るだろうし」
以前白夜から命令された月夜姫と悠刕の中を取り持つ事と悠刕の情報を探る事。その2つはどうやら当の月夜姫本人が役目を果たしてくれるようだ。
「若が言っていたように、やっぱり姫はあらゆる意味で特別なんだね〜。にゃふふふっ、こりゃ若が惚れるのもよく分かる」
そう呟いて猫耳をピコピコと動かし、2人の会話に聞き耳を立てる。どうやら悠刕は月夜姫の訓練を手伝う事になったらしい。
「最近は姫も若に似てきたからなぁ。前はあんなに尻込みした態度だったのに反抗勢力との戦い以降自身満々になった。やっぱ魔王の娘なんだねぇ。ま、今は魔王の嫁だけど」
クスクスと笑い声を漏らしながら、何か思い付いたように猫耳をぴんと立てる。そして白夜に似たニヤリとした笑みを浮かべる。
「うーん、若が魔王になって結構経ったし、姫も若に興味津々だから若の事を少しくらい教えて上げても良い頃合だよねぇ? ホントはアタイと桃華の2人だけのひ・み・つ☆にしておきたかったんだけど、若からは別に教えても構わないって言われてるし……」
うーんと唸り、数秒間悩むように考え込むと「よしっ」と決心したように顔を上げた。
「やっぱり教えて上げるか。詳しい事を教えてはやれないけど、少しくらいなら大丈夫でしょ! もし詳しく訊かれたらアタイと若のラブラブメモリーを……にゃふっ、にゃふふっ、にゃふふふふふふっ」
何やら妄想に耽りくねくねと身を捩らせて悶える桜花。魔王軍の中でも群を抜いて美少女と言われる桜花の色っぽく蟲惑的な笑みは、この場にはいない憧れの白夜に向けられたものだ。
「ぁあ……駄目だよ若……こんな所でそんなっ……尻尾は感じ易いんだから……でへへへ…………って、ハッ! 妄想してる場合じゃないや! 姫と話をしないと」
我に返った桜花は早足に訓練場へと歩き出す。その際先ほどの妄想の内容を思い出し、ほぅと熱い溜め息を吐きほんのりと頬を朱に染めた。
「私は悠刕さんの事を『愛しています』」
ここだけ切り取ると百合みたいですね。真宵は百合も大好物です。
今回悠刕の問題が1つ解決しましたが、悠刕が抱えている問題は『愛』に関することだけではありません。ですが2人の関係はこれから少しずつ改善されて行く事でしょう。
一体いつになったらアスラントへ出発するんだと思っているでしょう。もうしばらくの辛抱です。出発するまでが1.5章程度に考えていてください。1.5章は2章へ向けての話の組み立て、出発してから2章開始です。だから話が急なんですよ……。
※悠刕の名前の「り」の部分が携帯電話では表示されない事があるようです。もし気になるようでしたらお手数ですがPCかスマホでの閲覧くださいますようお願いいたします。




