020 蠢く帝国の影
皆様お待ちかね。2代目勇者の登場です……が、本格的に彼が物語に関わってくるのは白夜達がアスラントに出発してからです。
ルーンテリアからの襲撃の夜を越え、出発まで残り6日となったその日の早朝。魔王、三日月白夜は1人机に向かい真っ白な紙に筆を走らせ、手紙を書いていた。
書いているのは、アスラント王国現国王リオン・F・アスラント宛の手紙だ。
その手紙の内容を大雑把に言うなれば、ルーンテリア帝国が陰で暗躍してどこかの国に大規模な侵攻作戦をしようとしているから警戒をしろ、と言った感じの内容だ。
今だはっきりとした事は白夜にも分かっていないのだが、恐らくルーンテリア帝国はこの『月詠』に攻めてくる確率が最も高いという事だけは分かっている。
各地を調査し情報を送ってくる『鳴雷調査団』からの情報によると、白夜が魔王となった事は『月詠』周辺の国にしか伝わっていないが、ルーンテリア帝国は既に白夜が魔王となったという情報を入手しているとの事だった。昨晩の襲撃もそれを知っていたからこそ、情報収集として手先を送り込んできたのだろう。
ルーンテリア帝国が大規模な兵器のデモンストレーションを行うようになったのは白夜の魔王就任の情報を入手してから。つまり、帝国は『月詠』に攻め込む準備をしているのだ。白夜もそれは薄々感じていたため驚く事はないのだが、近々自分はアスラント王国に旅立つため『月詠』に不在となる。確実に帝国はその期間を狙って『月詠』に攻め込んでくるだろう。
白夜はリオンへの手紙を書き終えると、もう1枚白紙の紙を取り出して筆を走らせる。今度の手紙は『鳴雷調査団』へ宛てての命令書だ。
命令は4つ。1つは『月京』周辺の帝国の調査部隊を壊滅、基地を乗っ取る命令。2つ目は白夜がアスラント王国のパーティーに出席するという情報は絶対に帝国に知られないように情報に歯止めを掛ける命令。3つ目は基地にて待機し帝国側から連絡があった場合、『月詠』はアスラント王国を侵略しようといしているため、主戦力は不在になると言う嘘情報を伝える命令。そして4つ目は帝国にいる団員と連携してその嘘情報とはまた別に、白夜が単独でアスラント王国へと出向き、帝国に攻め入るために同盟を組もうとしている、という情報を噂として帝国に流す命令だ。
これで帝国は本当の情報に歯止めが掛けられている事を知らないため、相反する2つの情報に踊らされる事となる。更にもっとも信憑性があった調査部隊からの情報も噂によって信憑性が薄くなり、『月詠』とアスラント王国、どちらを攻めても状況は悪化すると言う事実が叩き付けられる。
1つ目の嘘情報を信じた場合、主戦力は全てアスラント王国へと行っている為『月詠』を攻め落とすのは容易いと考えるだろう。帝国は『反逆勇者』の性格を知っているため比較的に信じ込み易い情報だ。しかし、魔王軍の主戦力が全てアスラント王国へと攻め入り、アスラント王国の軍事力をも吸収して更に軍を強化していた場合『月詠』を攻め落とすメリットは非常に少ない。むしろ魔王軍を強化させてしまう隙を与えてしまうためデメリットの方が大きくなる。
そして2つ目の情報では、白夜が単独でアスラント王国へと出向くため、全戦力を持ってすれば帝国が『月詠』を攻め落とせる可能性はあるだろう。が、先代魔王の時代ですら帝国は『月詠』を攻め落とす事は叶わなかった。更に現在では白夜が2年間で集めた部下によって更に魔王軍は強化されている。もし『月詠』を落とせなかった場合、大量に兵は失われ、『月詠』とアスラント王国は同盟を組み帝国へと攻め入ってくる。しかし逆にアスラント王国を攻め、同盟を止める事も単独で『月詠』の全戦力を凌駕する白夜が居る為出来ない。しかもその場合は確実に『月詠』の主戦力が手薄になった帝国を攻めてくる。どちらを選んでもデメリットは非常に大きい。
どちらの情報にも信憑性が持てない場合、帝国が取る手段は恐らく両方の国への攻撃。戦力に物を言わせた物量作戦だ。
ルーンテリア帝国の戦力は人の数だけならば『月詠』のおよそ10倍。アスラント王国と合わせてもその数には到底及ばないだろう。
だがしかし、物量作戦とは白夜を相手にするに当たって、最も避けなければならない手段の1つだ。これを選んだ時点で帝国の敗北は確定する。相手は戦略を戦術で完膚なきまでに破壊する『反逆勇者』なのだ。底の浅い戦略如きでは『反逆勇者』に勝利する事は絶対に出来ない。
しかし、物量作戦を帝国が選び両方の国を攻めてくる事に関して、白夜が1つだけ懸念する事があるとすれば、それは帝国が頻繁に行っているという新兵器のデモンストレーションだろうか。その新兵器がどれほどの威力を持っているのか分からない上、強力で量産が可能な場合、物量作戦は非常に有効な作戦となってしまう恐れがある。そのような兵器1つで自分が負けるとは白夜は思っていないが、相手は世界最大の人間至上主義国家ルーンテリアだ。2年前の奴隷解放の時に自分の力を明かしてしまった以上、一片の油断も許される相手ではない。
白夜はリオン宛の手紙と『鳴雷調査団』宛の命令書を2つの小さな箱に分けて入れると、高欄に留まって自分達の仕事を今か今かと待っていた2頭小さな飛竜、伝書竜の背中に括り付けた。
「しっかり届けてくれよ? 俺の大切なメッセージが入ってるんだからな。そら、行け」
白夜がそう言い聞かせると、2頭の伝書竜は言葉を理解しているのかコクリと首を下げ、窓から飛び立って行った。
(これで帝国の行動がそれなりに予想し易くはなるが、まだ情報が少ない。奴らが何をしようとしているのかが分からない以上はヘタにアクションを起こすのは得策とは言えねぇ。そもそも帝国の調査部隊は何をしようとしている? 俺に関しての調査、あわよくば殺害。俺の力は既に帝国に知られているから調査は必要ないはずだ。魔王軍の戦力の調査……もピンとこねぇな。もしかして、俺がアスラントへ行って不在になる事は既に帝国に知られているんじゃ……。いや、それは考え過ぎか。だったら調査部隊にはもっと別の役割があるのでは……? そう、俺の行動を予測し、もっと前から準備していた計画が……)
そう思案し、空の彼方へと飛び去って行った伝書竜の姿を見えなくなるまで見送ると、思考を切り替えるように「さて」と呟き部屋を振り返る。
「そろそろ俺も準備を始めっかぁ」
◇◆◇◆◇
マーテル山脈。アスラント王国郊外に位置する、天を貫くほどに巨大なこの山脈はアスラントとルーンテリアを分かつ国境の目印である。『母なる山脈』の異名を持つこの山脈が王国領にあるからこそ、帝国からの侵略を免れていると言っても過言ではない。
そんなマーテル山脈の麓に位置する岩場。そこから山々に響き渡るのは、岩場を吹き抜ける風に混じる鉄と鉄を激しく打ち鳴らした事によって生じる剣戟の余波。
そう、岩場では2代目勇者天龍光司を筆頭としたアスラント軍が何者かと激しい戦闘を繰り広げていた。
「ハッ!」
短く息を吐き出すと同時に光司は両手で握り締めた圧倒的な存在感を放つ剣を振るい、白銀の剣閃を残しながら目の前の敵を斬り倒す。
光司の持つ、刃の向こう側が薄っすらと透けて見える硝子のような剣。これこそがアスラント王国の初代勇者が使用していたと言い伝えられている伝説の聖剣『白天翼』。
聖剣はその名の通り白銀の輝きを放ち、天翔ける白き翼を形作っており、剣閃より飛び散る聖なる輝きは翼の羽ばたきによって舞い落ちる羽のようだった。
敵の死体を見下ろしながら頬に付着した返り血を服の袖で乱暴に拭うと、さっと死体から視線を逸らし背後から感じた魔術の気配を振り返る。するとそこには、今まさに魔術陣の構築を完了させ光司へと魔術を放とうとしている敵の魔術師がいた。
しかし光司は素早く身を翻しダンッと地を蹴った。常人の目では追い切れない超人的な速度で弾丸のように加速した光司は、一瞬の内に魔術師の懐へと肉薄すると聖剣を振るい魔術陣ごと斬り裂いた。
その姿を見た者は敵味方問わず、皆一様にこう思っただろう。
――この力、まさしく勇者だ、と。
「勇者様! 敵司令官をエルピア様が討ち取りました! 我々の勝利は確定です!」
「うん了解した。でもまだ敵は残っている。最後の1人を討ち取るまで気を抜かないように」
「はっ!」
そして再び戦いに戻って行った兵士を見届け、既に事切れている魔術師を見下ろし吐息。
(ルーンテリア帝国。最近は妙に兵を送り込んでくるな……。このマーテル山脈を越えてまでアスラントへと侵入する理由……は、考えても分からないが、胸騒ぎがする。近々魔王を国に招くと言うし、何かが起こる前兆かもしれない)
そう光司は眉を顰めながら思案するが、自分は勇者なのだから難しい顔をしていては兵が不安になると思い、頭を振って思考を切り替えると聖剣の柄を握り締め、自らも戦いへと戻って行った。
◇◆◇◆◇
戦闘開始から1時間後。王国領へ侵入した帝国兵を全て殲滅した光司達アスラント軍は、戦闘で命を落とした者の遺体を全て1ヶ所に集める作業を既に終えていた。
そして光司はしばらく兵達に休憩を取るように言い渡し、自らは山脈の洞窟の中に設置された帝国の基地内を見回っていた。
基地の一室の扉を開け中に入ると戦闘によって辺り一面に散らばってしまった書類を1枚拾い上げ、顔を顰める。
(この基地の設置目的は恐らく王国の偵察及び監視、そして収集した情報を帝国へと伝える事。ここ数ヶ月間でこのような基地が発見されたとの報告は既に50件を越えている。偵察や監視が目的だとしてもいくら何でも多過ぎる)
事細かに王国の調査記録が記されている書類を握り潰し、ここ最近ずっと治まらない胸騒ぎに顔を歪める。
(一体帝国は何をしようとしている? この書類は一体何の目的があって作られているんだ? 今まで潰した基地の書類も全て統一性の無い、王国を片っ端から調べて集めたような情報ばかりだ。目的を絞り込む事が出来ない……)
悔しげに歯を食い縛り、壁に拳を叩き付ける。
するとその時、光司は背後に気配を感じて振り返った。
部屋の扉に背を預け、光司の様子を見詰めていたのは炎のように赤い長髪を左右で結び、切れのあるツリ目気味な目付きの、魔術師風の白いローブを羽織った少女だった。
少女は腕を組み、そのカメリアの瞳の射抜くような眼光で光司を見詰めている。
「やあエルピア、どうしたんだ? 今回君は司令官を討ち取ったんだから少しくらい休んでいても良いんだぞ?」
「ふんっ。別に司令官と言っても大した事なかったわよ。魔術一発でお終い。だから疲れていないわ」
エルピアと呼ばれた少女は詰まらなそうに鼻を鳴らすと、近くに落ちている書類を拾い上げもう1度不機嫌そうに鼻を鳴らす。
この少女こそ、今回帝国との戦いで司令官を討ち取った、2代目勇者の片腕とも言って良い存在、エルピア・ミルドレッドだ。
「ほんっと! 毎度毎度似たような情報ばっかり集めて、帝国は何をしようとしているのかしらね?」
「分からない。でも何か良からぬ事を考えているのは確実だ」
「その根拠は?」
「根拠は……無いんだけど、何かこう……嫌な予感がする」
「いつもの胸騒ぎ? それってよく当たるわよねぇ、勇者の勘って奴かしら?」
「それは俺にも分からないよ。でも、帝国を警戒しなければならないと言う事だけは確実だ。最近はここと同じ基地がいくつも発見されているからな」
「とてつもなく大規模な魔術の研究をしてる……って言うのならまだ警戒しようもあるんでしょうけど、こんな偵察基地ばっかりじゃあ難しいわね。出てくる情報もバラバラだから目的が絞り込めないし、この基地自体に意味があるのかすら怪しいわ。……ほんっと、大規模魔術の研究所でも出てきてくれたらあたしも帝国の目的を絞り込めるんだけどね」
エルピアはそう呟いて手にした書類を放り捨て、不機嫌そうに顔を顰めて吐息。
エルピアはアスラント魔術学院を首席で卒業する程の凄腕魔術師だ。魔術に関してならばアスラントでも並ぶ者は数人といない。もし帝国の魔術研究所でも発見されればエルピアも帝国の目的を予想する事が出来るのだが、発見されるのは全て偵察基地。
「『最優魔術師』の称号を持つエルピアでもお手上げか」
「そんな二つ名はドブに捨てたわ。あたしよりも優れた魔術師はいくらでも存在する。あたしなんかが『最も優れた魔術師』だったら誰でも『最優魔術師』になれるわね」
皮肉っぽくエルピアは言い鼻を鳴らして光司から視線を逸らす。
『最優魔術師』。魔術のあらゆる分野において誰よりも秀で、魔術学院を首席で卒業したため付けられた二つ名だ。しかしエルピアはこの二つ名を好ましく思っていない。飽くまでこの二つ名は魔術学院卒業者の中で最も優れていたため付いたものだ。現在のエルピアでは今だ世界どころかアスラント王国内ですら『最も優れた魔術師』にはなれていないだろう。
「……とにかく! 帝国が何かしようとしているのは誰もが勘付いてる。あたし達がいくらこの基地で情報を集めても思い付く事なんて何も無い。考えるのは専門家に任せなさい! 良い? 分かった? 分かったらさっさと戻るわよ!」
「あ、ちょちょっ、分かったから耳を引っ張らないでくれ!」




