018 湯煙の中の語らい
念願のお風呂回ですが、エロさはあまりありません。どちらかと言うと説明回と言った方が良いかもしれません。
ここは魔王城内に設置されている大浴場、その脱衣所である。
白夜の命令によって半ば強制的に泊められる事になった悠刕はシュルシュルと衣服を脱ぎ、備え付けの籠の中に綺麗に畳み入れる。そして小袖を脱ごうとし、どことなく疲れたようなうんざりしたような表情を浮かべて吐息。
「全く……あの男の考える事はさっぱり分からん。別に泊まらなくとも当日呼び出せば良いものを……」
そう呟きもう1度吐息。
とその時、戸を開ける音が脱衣所内に響く。悠刕はその音にピクリと反応して戸の方を振り返る。するとそこに居たのは驚いた表情を浮かべている月夜姫だった。
月夜姫は数秒間悠刕を見詰めていたが、不意に口を開いた。
「あ、ゆ、悠刕さん。これから湯浴みですか?」
「……ええ。お嬢様も湯浴みですか? でしたら私は後にしましょう」
そう言って脱いだ着物を着ようとする悠刕を月夜姫は慌てたように止める。
「あ、べ、別に良いですよ。悠刕さんも一緒に入りましょう。もう脱いでしまったようですし、着るのは手間でしょう?」
「いえ、ですが……」
月夜姫の提案に渋る悠刕。そしてやはり断ろうと悠刕が口を開こうとしたその瞬間、月夜姫の後ろから桃華と桜花が現れた。
「おや? 御二方もこれから湯浴みですか? それではわたくし達も御一緒させて頂きましょうか」
「いや、私は別に1人でも」
「い〜からい〜から。気にしない気にしない! ほら早く脱いで脱いで!」
「いや、だから待てっ! 服くらい自分で脱げるから脱がさないでください!」
「さ〜、入ろ〜♪」
悠刕の言葉を完全に無視して半ば引き摺るような形で悠刕を浴室へと連れて行く桜花。
そんな光景を月夜姫は唖然としながら見ていたが、桃華に肩を叩かれて我に返る。
「姫様。我々も脱いで入りましょう。早くしなければゆーりんさんが逃げてしまうかもしれません」
桃華にそう言われ、月夜姫は何となく桜花の行動の意図を理解した。この姉妹は自分のために悠刕と話す場を作ってくれたのだ。
「桃華さん。ありがとう御座います」
「はて? 何の事ですか? それよりも入りましょう。先ほどちょっと汗を掻いてしまったので早くさっぱりしたいです」
惚けたようにそう言って、桃華はさっさと衣服を脱ぎ始める。それに倣うように月夜姫も衣服を脱いで籠へと入れて行く。
(それにしても、汗を掻いたと仰ってましたけど、一体何をしてたのでしょう?)
と、内心で呟きつつ月夜姫は、どことなく上機嫌にほんの少しだけ頬を上気させている桃華の方を見て首を傾げる。
まさかいつも冷静沈着な桃華が白夜に撫でられて大興奮したなどとは、普段の桃華しか見ていない月夜姫には到底思い付かない事だろう。
◇◆◇◆◇
湯煙が立ち込める大浴場。先代魔王が造ったと言われるこの浴場は、至る所に趣向が凝らされている。浴場に灯る明かりは明る過ぎず暗過ぎず精神的に落ち着けるようなほんのりとした優しさを醸し出し、壁には『月詠』最大の山である『不死山』が描かれており、そこはかとなく荘厳さに溢れていた。天井全体に広がる大きな天窓からは夜になれば『月京』を見下ろす星々の煌きが降り注ぎ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
女性陣4人はそんな大浴場で並んで身体を清めていた。
悠刕は手拭いで石鹸を泡立てると、身体の汚れを落としつつ星々が降り注ぐ天窓を見上げ、そして呟いた。
「しかしこの天窓、夜空が見えるのは良いのだが、覗かれそうで落ち着かないな」
「それは安心してください。遠くから見ると分かり難いですが、ちゃんと認識阻害魔術が掛けられていますから外からは中の様子が見えません。先代魔王が造った物なので凄腕の魔術師でもない限り破る事は出来ませんよ」
桃華にそう説明され、目を凝らしてじっと天窓を見詰める悠刕。
「ふむ、確かに魔力が流れてますね。それなら安心か」
「ええ。あれを破る事も書き換える事も先代魔王を超えるほどの魔術師でなければ出来ません。まあ……常識外れな1人を除いてですが」
「「「「…………」」」」
4人の脳裏には常にニヤニヤと不敵に笑いながら、その身に秘めた圧倒的な力で常識を完膚なきまでに破壊してしまう『反逆勇者』の顔が思い浮かんだ。恐らく彼ならば天窓の認識阻害魔術もどうにかしてしまうのだろう。
流石に彼もそこまでして覗こうとは思わないだろうと切に願いながらも、4人はただ無言で手を動かし身を清めた。
すっかり身体を綺麗にした4人は浴槽に浸かり、ほぅっと息を吐いた。
「あは〜……気持ちぃ〜」
桜花が蕩けた表情でそう呟くと、悠刕も同意したのか首を縦に振った。
「ええ、確かに。まるで日々の疲れが抜けて行くようです」
「ここの大浴場は温泉を使用しているのです。『月詠』では至る所に温泉が湧くので、父上がそれを利用して『月京』の近くに湧いた温泉からお湯を引いてこの浴場を造ったそうです」
月夜姫がそう説明すると、悠刕は何か得心が行ったような表情を浮かべ両手でお湯を掬った。
「成る程、だから通常のお湯と違い独特な香りがするのですか。疲れが抜ける効能があるのだとすれば、私が感じた感覚もあながち間違いではないのですね」
「はい。この温泉には疲労回復、関節痛、筋肉痛、健康増進、美肌効果、そして魔力回復などの様々な効果があると生前父上が話して下さいました。特に魔力回復の効能が強いのでもし魔力を多量に消費してしまった時はここに来るのが一番良いのです。悠刕さんも疲れたり魔力を回復したくなった時は遠慮せずこの浴場を使って下さいね?」
「分かりました。御心遣い感謝致しますお嬢様」
律儀に頭を下げ悠刕はそう言った切り口を閉ざした。月夜姫もそれ以上何も言う事が出来なかったのか、もう少し話をしたげな表情を浮かべて口を閉ざす。
そんな2人の様子を見ていた桃華と桜花はお互いに視線を交わすと、白夜から命ぜられた2人の仲を少しでも進展させるという命令を遂行するべく……というより無言の時間が辛かったため適当な話題を切り出した。
「ねえねえゆーりん。ゆーりんって『殲魔流』って言う流派の剣士なんだよね? 一体どんな流派なの?」
「むぅ……あまり流派について曝す訳にはいかないのですが」
「でもでも、これからしばらくは一緒に行動するんだからさ、仲間の流派くらい知っておきたいじゃん? その方が何かあった時とか連携とか取り易いし」
「む……そう言われては仕方ないですね。では一部概要だけを掻い摘んで説明致しましょう。
ではまず『殲魔流』についてですが、これは簡単に説明するならば魔を以って魔を殲滅する流派です」
「魔を以って魔を殲滅するとは、魔力を使い魔力を滅するという事ですか?」
桃華がそう訊ねると、悠刕は首を縦に振って首肯する。
「はい。大雑把に言うとそうですね。基本的に『殲魔流』では魔力を武器に纏わせて相手の魔力を断ち斬る事を得意とします。ですがそれは飽くまで基本なので、魔を以って魔を殲滅すると言う事の意味の1つに過ぎません」
「いくつも意味があるって事?」
「ええ、その通りです。いくつも存在する意味で比較的に理解し易いものを挙げるならば、魔の力を御し魔を滅するというものですね。つまり妖刀魔剣の類を制御し魔を滅すると言う意味です。これも『殲魔流』では基本の1つなのですが、実力の無い者は妖刀に触れただけで自我を失う恐れがあります。基本ですら危険を伴う流派なので『殲魔流』を体得している者は非常に少ないのです」
「ふむ……ではゆーりん様の持つあの刀も妖刀なのですか?」
「はい。今だ未熟故に完全に御し切れてはいないのですが、自我を失わない程度には扱う事が出来ます」
「でも妖刀を使えるようになるまで努力するなんて、ゆーりんって凄いんだね!」
「いえ、完全に扱い切れなければまだまだ未熟。もっと精進しなければ」
本当に真面目な人だなぁと思いながら、顔を見合わせて微笑む猫姉妹。
とその時、先ほどからずっと黙って何かを考え込んでいた月夜姫が不意に口を開いた。
「悠刕さん。1つ思い出した事があるのですが、お訊ねしてもよろしいでしょうか?」
「何です?」
「魔を以って魔を殲滅する流派『殲魔流』。もしやその異名は『魔族殺し』、または『魔狩り』ではありませんか?」
「……ええ、その通りです。その他にも『魔術師殺し』などの異名もあります。そのほとんどが知られていないはずなのですが、一体何故お嬢様が知っておいでで?」
「随分昔に父上が話していました。魔族の天敵『殲魔流』。魔族が一太刀入れられればたちまち死に至ると言われる魔滅の流派。そうですね?」
「ええ、その通り。必ずという訳ではありませんが、並の魔族であれば一撃必殺となり得る奥義が『殲魔流』にはありますが……それが何か?」
悠刕はそう答えるとじっと月夜姫の瞳を見詰め、月夜姫も悠刕の瞳を見詰め返した。そしてしばらく相手を見極めるかのように見詰め合い、最初に口を開いたのは月夜姫だった。
「悠刕さんはその流派を一体何故習得したのですか?」
「それは、答えなければなりませんか?」
「私は今でも、国と民を大切にしていた先代魔王の娘でありこの国の姫。もし悠刕さんが『殲魔流』を用いて『月詠』に仇為すと言うのならば、『月詠』の姫として見過ごすわけにはいけません。ですから答えてください。理由を話したくないと言うのなら、私達の味方か敵か、それだけでもお答えください」
月夜姫に言われ、悠刕は目を瞑りたっぷり1分ほど考えた後、口を開いた。
「私が『殲魔流』を習得した理由はある目的を果たすためであり、貴女方と敵対するつもりはありません。目的の内容を話す事は出来ません。ですが『殲魔流』を意味もなく他人を傷付ける為に使わないと私は以前彼に誓いました。それでけは信じてください」
悠刕はそう言って月夜姫に頭を下げた。
多分彼とは白夜の事だろう。悠刕の目的とやらが一体何なのかは定かではないが、白夜が悠刕の話を聞き、その上で『月京』に置いているというのならば月夜姫にも異論は無い。何よりも悠刕の目は嘘を吐いているような目ではない。それはこうして話をしている間も視線を交わしていたため既に分かっている。
月夜姫は悠刕の言葉に満足したように微笑みを浮かべ、口を開く。
「分かりました。私は悠刕さんを信じます。変な事を訊いてしまい申し訳ありませんでした。どうか気を悪くせず、これから仲良くしてください」
「一国の姫なのですから仕方のない事です。どうか謝らないで下さい。これからお互いに信用し合えるよう、良い関係を築いて行きましょう」
「はいっ! よろしくお願いします!」
お互いに微笑み合い和解する2人。そんな2人のやり取りをハラハラとした調子で見ていた猫姉妹は、険悪な雰囲気からようやく解放され、ホッと胸を撫で下ろした。
「(ふう……この調子で行けばわたくし達が手を下さなくてもお互いに良い関係を築いてくれるでしょう)」
「(うん、そうだね)」
「(全く疲れました。この疲れ、温泉の効能で抜けるでしょうか?)」
「(心労だから多分無理。しっかしお風呂で素っ裸でする話じゃないよ、全く。女子が4人集まってお風呂って言ったら、もっとこう……百合百合しい感じのサービスシーンをもっと一杯欲しい所だね……)」
「(意味不明です……)」
2人は夜空一面に輝く星々に視線を移すと、はぁと小さな溜め息を吐いた。
『魔術師殺し』と言う異名が出てきましたが、決して運命/ZEROな作品の主人公の事を言っている訳ではありませんよ。
しっかし今回色気の欠片もなかったですねぇ(・ω・`)。ですが、安心してください。いずれまたお風呂回は書きます。真宵は女体の神秘とエロい話を書かずにはいられない性格なので。




