012 巨人肉鎧
「おお〜、中々面白ぇ事になってんじゃん」
崩れ行く廃城から脱出した白夜はニヤリと口元を歪め、先程自分が駆け抜けた時よりも混沌とした戦場を見て嬉しそうに呟いた。
現在戦場で繰り広げられているのは魔王軍隊長格4人と50を超える巨人の群れとの戦いだった。魔王軍も反抗勢力もほとんどの者が後方へと退き、事の成り行きを見守っている。状況を鑑みるに魔王軍の方が圧倒的に不利であろう。
しかし、白夜は笑っている。それは隊長格4人が巨人程度に負けるとは思っていないからか、はたまた自分にとって巨人などただ図体がデカイだけの肉の塊としか捉えていないからかは分からないが、自分の魔王軍が危機に陥っているとは全く思っていないようだった。
混沌とした戦場を見て、月夜姫は理解が追い付かずしばらく固まっていたが、やがてハッとしたように我に返り多少怯えの含まれた声音で白夜に問い掛けた。
「びゃ、白夜様、あれは一体……?」
「見たまんま巨人だな」
「で、ですが、巨人の住処は『月詠』には存在しないはず。それなのにどうして……」
「多分、普通の巨人とは違うんだろう。なあ、竜魅?」
そう白夜が訊ねると、竜魅は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
「あれは……我々にとって最大の恥でござる。魔王様が乱心なされてから密かに開発が進められていた巨人種でなくとも巨人の力を操る事が出来る肉の鎧。その名を『巨人肉鎧』と言うでござる……」
「ハンッ! やっぱりそうだったか。先代魔王が研究していた新たなる生命を人工的に生み出す『生命の秘儀』。あれは確かに人工魂を作るコストと魂を入れた時の圧力に耐えられる肉体が完成しなかったために失敗に終わった。だが、魂を入れなければ、あんなパワードスーツのような、自分の意思で操る事の出来る兵器すら生み出せる。先代の研究資料に書いてあった通りだ」
白夜は以前先代魔王の地下研究室で読み漁った資料の内容を思い出しながら呟く。それを聞いて月夜姫は不安そうに白夜の服の裾を掴んだ。
「だが、魂が入っていないとは言え、あれだけの数の巨人を生み出すには相当な魔力と材料が必要なはずなんだがなぁ。それに元々他種族の力を操る兵器の研究はルーンテリア帝国が行っていたもの。こりゃ、影鳶は裏でルーンテリアと繋がっていたのかもしんねぇな。
ルーンテリアから魔力と材料を提供してもらい、影鳶が『生命の秘儀』による兵器の生成を行う。そして最終的には生み出した兵器をルーンテリアに売り払うか、または裏切って兵器を全て自分の物にするかのどっちかだろう。浅はかな考えではあるが、兵器を大量に生み出すための効率は良い」
「ふむ、確かにそれなら辻褄も合うでござるな」
「おっ? あんまし驚いていないな?」
「うむ。以前から影鳶は裏でこそこそと何かをやっていたでござるからな。それに……」
「それに、先代が乱心した後に魔王軍に来たってか?」
その言葉に竜魅は驚いたように目を見開く。
「そ、その通りでござる。影鳶は魔王様が乱心なされた後に魔王軍に入った者。初めて見た時から怪しげな奴だとは思っていたでござる」
竜魅の言葉を聞き、白夜は思案するように顎に手を当てると何事かをブツブツと呟き始めた。
「先代の乱心後に魔王軍に入軍。随分とタイミングが良い。それに『巨人肉鎧』の生成と敵味方問わずの攻撃。目的は反乱、それも先代が死ぬ前から計画されていたものだ。しかしこの場面で起こすはずじゃなかった事。元々『巨人肉鎧』は先代が生きている時に使うはずだった。しかしそれでも先代には勝てないはず。しかし影鳶には勝機があった。影鳶は先代の洗脳に一枚噛んでいるのか? それならば奴がかかわっている可能性があるな。だがそこで異分子が現れた。それが俺。そして台無しになったのは何か。影鳶が兵器を独り占めしてでもやろうとしていた事。影鳶の浅はかな性格を鑑みるならば天下を欲している。つまりは魔王になろうとしていた。それを俺がぶち壊した。成る程……」
白夜は何か納得したように戦場へと目を向ける。そして巨人の群れの中に聳え立つ妙に巨大な巨人。「僕が司令塔ですよー」とでも言いたげな全長50メートル近いその巨大な巨人には、恐らく影鳶が搭乗しているのだろう。
白夜はスゥッと目を細めると、刃のように鋭いその視線で影鳶を睨め付け、そして言った。
「奴はもう用済みだ。知りたい情報はもう十分頂いた」
影鳶と会話もせず、現状と自らが元々持っていた情報から更なる情報を手に入れた白夜は、今までとは打って変わって笑みを消し、まるで汚物でも見るかのように影鳶を睨む。一体白夜が何の情報を得たのかは分からない。しかし、笑みすら消して影鳶を睨み付ける白夜に対して恐怖以外の感情を抱く事が出来ない。
そんな白夜の姿を見た瞬間、月夜姫は思わず小便を漏らして下着を台無しにしてしまう所だった。竜魅も月夜姫程ではないが、同じく身を硬直させて指1本動かせず、白夜と言う存在の恐怖に呑まれていた。
そんな2人の戦慄した様子に気が付いたのか、白夜はニィといつも通りの笑みを浮かべた。
2人はようやく全身を剣で舐め回されるかのようなゾッとした空気から解放されると、安堵の溜め息を吐いた。
「悪い。ちょいと考え過ぎたわ」
白夜はそう呟くと、月夜姫の髪に手を触れ、安心させるようにその黒髪をそっと梳いた。
月夜姫はいつも通りの白夜の調子にようやく全身の緊張を解く事が出来た。
「よし。じゃあちょっくら奴ら全員駆逐してくっから、少しの間ここで待っていてくれ」
そう言って、白夜は竜魅の方を見る。
「こいつの事を頼んだぞ」
「御意っ!」
そして白夜は月夜姫にニッと微笑むと、ピィーッと口笛を吹く。すると、廃城突入の際に月夜姫が搭乗していた飛竜がどこからかやって来て3人のすぐ近くに着陸する。白夜は飛竜に飛び乗ると、軽い調子で月夜姫に言う。
「んじゃ、行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」
そう言って月夜姫は、戦場へ向けて飛び立った飛竜に乗って去って行く白夜の背中に向けて微笑みを投げ掛けた。
白夜が去って行くのを見届けると、不意に月夜姫はもじもじと足を擦り合わせる。
その仕草を見た竜魅は不思議そうに首を傾げながら月夜姫に訊ねる。
「姫様? どうしたのでござる?」
「な、何でもありません!」
月夜姫はそう言い放って竜魅から顔を背けた。竜魅は更に不思議そうな表情を浮かべたが、考えても分からなかったためとりあえず戦場へと視線を向けた。
何故月夜姫は下半身を気にしているのか。実はそれは下半身を気にしているのではなく、下半身に身に付けている下着を気にしていたのである。
先程の白夜が放っていた恐怖から解放され、頭を撫でられた瞬間、あまりにほっとしたためについ、ほんの少しだけ漏らしてしまったのだ。
月夜姫は股間付近が濡れた下着を執拗に気にしながら、早く城に戻りたいと思いながら顔を真っ赤にする。
お漏らしなど姫あるまじき行為……とは一概に言い切れない。常人ならば気絶して失禁しても可笑しくないのだ。それを少々漏らした程度で済ませているのだから、むしろ姫としての威厳は守れているだろう。しかし……
(うう……私、姫なのに。もう幼子じゃないのに……)
寝小便以外でのお漏らしなど初めての経験。それこそ顔から火が出ても可笑しくはない醜態だ。
刻まれてしまった忘れられない経験を胸に、この事実は誰にも知られる事なく、一生の秘密として墓まで持って行こうと月夜姫は密かに心に決めた。
◇◆◇◆◇
(あいつ、漏らしてたなぁ……)
飛竜の上でそんな事を内心呟きながら戦場を見据える白夜。
(これからは周りに月夜が居る事を考慮しとかねぇとな。あんまり殺気立って月夜を怖がらせてばっかいっと嫌われちまう)
白夜はそう苦笑すると、スッと視線を遠くに聳え立つ巨人に向ける。
(さぁて、用済み君。どうやって料理してやろうか?)
心底楽しそうな愉悦に染まった表情。いつも通り『反逆勇者』白夜の浮かべる、背筋に冷たいものが走るような、問答無用で恐怖を振り撒く笑み。これから玩具でどう遊ぼうかと考える無邪気な子供のように純粋で、どう壊そうかと愉しげに狂った、殺意に染まった不気味な笑みである。
◇◆◇◆◇
一方、白夜が戦場へ向け、飛翔しているその頃。戦場では和水達4人と巨人の群れの熾烈な戦いが繰り広げられていた。
4対大群と言う圧倒的な不利な状況下の中、和水達は善戦、と言うより巨人の群れを圧倒していた。
和水は振り下ろされる巨人の拳に柔軟な肉体を利用して素早く張り付くと、その拳をギリギリと締め上げて圧縮してゆく。そして遂には巨人の拳は和水の体内で破裂し、飛び散ろうとしていた鮮血ごと和水に『吸収』されてゆく。
白夜が生み出した人工生物である和水にはあらゆる機能が備わっている。たった今巨人の腕を自らの体内に取り込んだ『吸収』もその1つだ。他人の肉体を自らの肉体へと吸収し、自らの養分へと変換する。元々は食事の際に食物から養分を得るための機能なのだが、このように敵に張り付いてそのまま『吸収』してしまう事も可能だ。更にはもう1つの和水の機能『溶解』を使えば先程のように締め上げなくとも、張り付いただけで肉体を溶かして『吸収』する事も出来る。
「フンッ。巨人と言ってもこの程度でありますか。何の面白味も無いでありますな」
「そうかぁ? オレは結構楽しんでるぜ!」
そう言う蜘蛛丸は、巨人の巨大な拳を6本の腕の2本を使って軽々と受け止めている。
蜘蛛丸は残り4本の腕も使って巨人の拳を掴むと、そのまま思い切り腕に力を込める。ボコボコと隆起する蜘蛛丸の筋肉。それは長年培われてきた蜘蛛丸の経験と実力を如実に語っている。
6本の腕で拳を掴まれた巨人は地より足を離し、宙に浮いた。蜘蛛丸の豪腕によりその体を持ち上げられたのだ。圧倒的な体格差があるにもかかわらず、持ち上げられた巨人はそのまま蜘蛛丸の手によって地面へと叩きつけられる。
巨大な人型の穴を空けながら、巨人は機能を停止した。
蜘蛛丸は魔族の中で屈指の実力を誇る。白夜が現れるまでは比類なき強さと豪腕であらゆる魔族を凌駕していた。しかし、それで慢心する事はなく、自らを練磨する事をやめなかった。現在も蜘蛛丸の豪腕は鍛えられているため、巨人の腕力程度では刃が立たないのだ。
「おーい姉妹! そっちの様子はどうだぁ?」
「ワハハハハハ! 絶好調だよ! アタイったらもう絶好調だよ! 巨人如きにアタイは止められないよ! アハハハハハハハハハハハハッ!」
「桜花、うるさいです。それと調子に乗っていると舌を噛みますよ」
「桃華うるさいよ! 集中出来なくなっちゃうでしょ!」
「それはこっちのセリフですよ!」
「アハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
桜花は姉の言葉など全く聞いた様子もなく単身巨人へと突撃する。それと同時に巨人も臨戦態勢に入る。
巨人がまず放ってきたのは蹴り。桜花はそれをいとも容易く回避する。しかしその程度の事は巨人にも予想出来ていたのか素早く拳の攻撃へと移行する。桜花に向けて振り下ろされる拳。がしかし、桜花は迫り来る拳をニッと笑みを浮かべて見据えると、ぴょんとその上に飛び乗った。
桜花は巨人の腕をみるみる内に駆け上ると、巨人の肩まで到達する。
「アタイの力、見せてあげるよ!」
桜花はその場で体勢を低くすると、ぐっと足の裏に力を込め、そして……
ズバンッ!
巨人の頭部が首の位置から切り落とされる。それと同時に機能を停止する巨人。
桜花は倒れる巨人の肩から飛び降りると、腰に手を当ててケラケラと笑い声を上げ、そして言った。
「別にアタイは桃華がいないからって弱いわけじゃないんだよねぇ。1人でも十分に戦える。何たって若に鍛えられたんだから」
先程桜花が巨人に放ったのは蹴り。それも鎌鼬のように衝撃波による斬撃を生み出す疾風の如き裂蹴。
桜花は生まれついての体術の天才。その技術は白夜の手によって更に鋭く練磨されて行き、竜の硬い皮膚すら貫く事が出来る。体術だけならば蜘蛛丸すら下す事の出来る技術と、類稀なる戦闘センスを持ち合わせているのだ。
「全く……少しは人の話を聞いて欲しいものですね」
桃華はやれやれと言った感じに額に手を当てる。
その瞬間、魔術師である桃華ならば倒せると踏んだ1体の巨人が桃華へと襲い掛かる。
「はあ……全く、浅はかな」
桃華は独り言のようにポツリと呟くと、背後から迫り来る拳を振り返る事なくぴょんと横に飛び退いて回避する。
「魔術師であるわたくしならば簡単に倒せると思いましたか? 本当に浅はかですね。浅はかな貴方には特別残酷な死を贈りましょう」
桃華はそう呟くと一瞬で地面に魔術陣を描く。そしてその魔術陣を踏み付けると、ふわっと桃華の体は宙に浮かび、そのまま昇降機のように上へと上昇して行った。巨人の目線と同じ高さまで上昇した桃華は、宙に描いた魔術陣を足場にして巨人の眼前まで近付くと、何やら札を取り出した。そしてその札をペタリと巨人の額に貼り付けると、
ズドォォォオオオオオオオオンッ!
巨人の頭部が爆発した。
桃華は優雅に着物を靡かせながら地面に着地すると、澄ました顔でふんと鼻を鳴らした。
「わたくしの付与魔術が人体にしか付与出来ないとでも思いましたか? 残念。物にも付与出来るのですよ」
たった今桃華が使ったのは、爆発系の付与魔術を込めて作った『爆符』と呼ばれる札。貼り付ける事で効果を発揮し、貼り付けた部分から爆発する。
桃華が独自に付与魔術に改良を加え、単体でも十全に戦えるよう編み出したのが、この付与魔術を札に込める『符術』と呼ばれる魔術だ。
桃華と桜花。お互いに弱点を補い合う事が出来るが、単体であってもその弱点を補う術を持つ、白夜の最初の部下であり、一番最初に白夜の技術を受け継いだ弟子でもある姉妹。
巨人達はようやく気が付いた。自分達が一体誰に手を出したのかを……。
どれだけ肉体が弾け飛ぼうとも再生する水の化物。巨人の腕力すら軽がると跳ね返す豪力の蜘蛛。2人で完璧、体術と魔術の2つの面で敵を圧倒する双子の猫。そして……
ドッガシャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!
「到着〜♪ さあ、駆逐・全滅・皆殺しだぁ! ギャハハハハハハハハハハハハッ!!」
世界最強、絶対善悪、完全無欠、唯我独尊の、その身1つでこの世の全ての存在を圧倒する『反逆勇者』。
そう、魔王軍である。
はい、おしっ娘です。月夜姫のキャラ、これで定着しなければ良いんだけど……。お漏らし姫とか、『水守(黄金水)』とか言われたらかわいそうですからね。
あっ、ちなみに月夜姫の下着はバリバリに和装の下着なので、現代の下着とは根本的に形が異なっています。日本でも昭和辺りまでは女性用の湯文字と呼ばれる腰巻のような下着が使われていたのですが、それに似たような感じです。つまり下から覗けばモロ見えな訳ですね(興奮)。……無駄な説明でしたかねぇ? でも和風な感じを出すために説明しておきたかったんです。
さて、次回から戦いはクライマックス。終戦へ向かって猛ダッシュ! 後2話くらいでこの戦いは終わります。




