011 巨人出現
遂に影鳶が動き出します。この戦いにも終わりが見え始めました。
竜魅はフゥと表情を綻ばせると、大太刀を鞘へと戻し、その場に跪いて大太刀を床へと置いた。そして白夜の顔を見、
「某の負けでござる。そなたの『力』、『知謀』、そして『器』。その全てが魔王として相応しいと感じたでござる。よってこの竜魅、三日月白夜を新たなる主と認め、この心臓止まるまでそなたに仕える事をここに誓おう」
「納得したのか?」
「ああ、納得した。完膚なきまでに納得させ尽くされたでござる。今ここで争うのは無意味に等しい。確かに魔王様をを手に掛けた事、それは許す事が出来ないでござるが、魔王様は自分の仇を討って欲しいとは思っていないでござろう。そうでござるな? 姫様」
竜魅が月夜姫に訊ねると、月夜姫は口元を小さく曲げて笑みを浮かべ、その言葉を肯定するように首を縦に振った。
竜魅は「そうか」と小さく呟くと、どこか憑き物が落ちたような柔らかな表情を浮かべ笑った。
「生前魔王様はこう仰った。近い未来自分を超える人間が現れる。そしてその人間が現れた時、自分はこの世に居ないだろう、と。だが、その人間は全ての種族を導く事の出来る魔王たる器を持つ者。世界を任せる事が出来る者。そして何より……姫様を幸せにしてくれる者」
竜魅の言葉に月夜姫は驚いたように目を見開き、白夜を一瞥すると、やがてかつての優しかった時の先代の姿を思い出して目元に薄っすらと涙を浮かべた。今、確かに自分はその人間のお陰で幸せなのだと、魔王に伝えるように。
竜魅は大太刀を手に取り立ち上がると、決意を固めた瞳で白夜を見ながら言った。
「これからの世界は某らが築いて行く。そして自分自身のために自由に生きて欲しい。魔王様はそう仰った。某はそのご遺志を尊重したい。そして魔王様に自慢出来るような、某が夢見た『弱き民に幸せを与える』と言う偉業を成し遂げたい。そのために、手を貸してくれるでござるか?」
かつての竜魅が自分よりも弱い者を認めなかった理由。強い者でなければ弱い者に幸せは与えられない。竜魅は弱い者の味方になりたかったのだ。先代魔王に出会うずっと前から。
白夜は竜魅の願いを聞くと、ニタリと笑みを浮かべた。
「おいおい、そんな簡単な事で良いのかよ? んなもん俺があっさりさっぱり叶えてやるよ。完膚なきまでにな」
ケラケラと笑って言う白夜だったが、その笑みはいつものような軽薄さは無く、自分の力を信じているから絶対大丈夫だ、と言う自信が込められている。そんな白夜の姿を見て、竜魅は安心したように胸を撫で下ろした。
この者ならば、付いて行っても大丈夫だろう、と。
「他ならぬ『家族』の頼みだ。俺が世界を支配するついでにお前の事を手伝ってやる。手伝ってはやるが、それ相応の働きを示せよ? 竜魅」
「御意っ!」
白夜はもう大丈夫だと月夜姫に手招きして呼び寄せる。月夜姫は白夜の下まで歩み寄った。
「これで終わったんですね」
「ああ、ほとんど。ま、色々と面倒な事はこれから始まるんだけどな。お前はこれからも俺の傍で行く末を見守っていてくれ」
「はいっ!」
「んじゃ、戻るとすっかぁ」
白夜はそう呟くとニッと笑みを浮かべ月夜姫に手を差し出す。月夜姫はその手を取ろうと手を伸ばす……が、その瞬間。
ゴウゥ! ゴウゥ! ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァンッッ!!
突如として響き渡った轟音と共に廃城全体が揺らぐ。地震でも起きたのかと思う程の揺れに、思わず月夜姫はよろめくがその体を白夜がすかさず抱き寄せて支える。
ただでさえ脆い廃城は謎の揺れによって見る見る内に崩れてゆく。その間にも白夜達に瓦礫が襲い掛かる。しかし、白夜は軽くそれを片手でいなしながら、同じように大太刀で瓦礫を切り崩していなしている竜魅に問い掛ける。
「なあ、これってもしかして影鳶が原因か?」
「……恐らく、そうでござろう。あ奴め、あれほど危険だからやめろと言ったのに」
「その危険って、お前らの言うアレって奴か?」
諜報から聞いていた竜魅達が話していたと言うアレ。既に白夜はアレが何であるのか大方の見当は付いているのだが、確認のために竜魅に問うたのだ。
竜魅は苦虫を噛み潰したような渋い顔になり、自分の不甲斐無さを嘆くように大太刀を握る力を強めた。
「そうでござる……。この揺れは影鳶の奴めが、某の制止も聞かずアレを動かした証拠でござる」
「なーる。んじゃ、そのアレとやらを見に行くとしますかねぇ。いつまでもここに居ても月夜が危ねぇしな。月夜、ここから出るまで俺の傍から離れんなよ?」
「白夜様。私には『水守』がありますから別に守ってもらわなくても……」
「そういやそうだったな。すっかり忘れてたわ。だが……」
白夜はどこか悪戯っぽく笑みを浮かべると、落下してくる最も巨大な瓦礫を一撃で粉砕する。
「お前の『水守』じゃ、こんなデカイ瓦礫を受け止める事は出来ねぇだろ? お前は訓練始めてまだ短いんだし、無理すんなよ。今は全部俺に任せとけ」
トンと月夜姫の頭の上に白夜の白い手が置かれると、まるで諭すようにしっとりと艶のある黒髪が優しく撫でられる。月夜姫は頬を朱に染めると小さな声で「……はい」と呟いた。
◇◆◇◆◇
崩れる廃城から白夜達が脱出しようとしている一方その頃、戦場では隊長格4人が突如として起こった地震に揺られていた。
「んぁ? 何が始まったんだ?」
「何だかすっごい揺れ始めたね! 揺れ始めたね! 若が何かやってるのかな!?」
「桜花、落ち着きなさい。これくらいの事ならいつも体験しているでしょう?」
「確かに! でも何が起こってるのか気になるよ!」
「主殿は今だに廃城の中であります。原因は主殿ではないようでありますな」
などと戦場のど真ん中でほんわかとした調子で会話する4人。現在魔王軍と反抗勢力の戦いは地震によって止まっている。反抗勢力の者も一体何が起こっているのか理解していないのか目を白黒させている。つまり、これは相手も予期していなかった異常事態だという事だ。
しかし、一方魔王軍の方は実はこのような異常事態が起こる事は考慮していた。それは現在戦場に反抗勢力の戦力が竜魅を慕っている者しかいない事が何よりの証拠だ。
影鳶。一応は竜魅と同じで反抗勢力のトップであったはずの魔人種の男。現在この戦場では影鳶及びその部下の姿を隊長格4人は1度も見ていない。故にこの事態が影鳶によって起こされたものかもしれないと何となく予想していた。それは予め白夜が竜魅と影鳶の間で何か問題が起きているらしいから、こういう事態も有り得ると伝えてあったからだ。
地震は徐々に強くなって行き、遂には地割れが発生し始めた。しかし、その地割れは地震によって生じたものと言うよりは、元からそうなるように人為的に造られたものだった。
パックリと綺麗に左右に裂けて行く地面から、遂にアレは姿を現す。
割れ目の中からエレベーターで上がるように徐々に姿を現したのは、1体1体の大きさが3〜20メートルの巨人だった。
巨人、正式名称を巨人種と言い、亜人族に分類される種族であり、山を想起させる巨体に強靭な肉体を併せ持つ。腕力だけならば魔族さえも凌ぐ力を持つと言われている。
本来巨人種は、巨人の王リーゼリオンが治める『巨人の国』にしかいない。そんな巨人が何故魔国である『月詠』に存在しているのだろうか。
50体を越える数の巨人達はゆっくりとした足取りで歩みを進める。そして反抗勢力の面々の前まで歩み寄ると、
ズドンッ!
大岩のような硬く巨大な拳を振り下ろした。
突然の事態に為す術もなく吹き飛ばされる反抗勢力の戦士達。その光景を見た魔王軍の隊長格4人はそれぞれの感想を抱いていた。
「おいおい、仲間じゃねぇのかよ」
「あの巨人、普通の巨人とはどこか違う気がするでありますな」
「何か生気が宿ってないよね。魔力は流れてるけど」
「確かに魔力は流れていますね。しかし、それは変ですね。巨人は元々魔力を持たない種のはず。魔力が流れているというのは些か不自然です」
「文字通り不自然なんじゃねぇの? 人為的に造り出されたのかもしんねぇな」
「蜘蛛おじ様の言う通りかもしれませんね」
4人はそう会話をすると、自分達の部隊の方を振り返り、
「テメェらは後方に下がってろ!」
「貴方達は後方に下がるであります!」
「皆〜! もっと後ろ後ろ! 危ないからねぇ!」
「皆様お下がりください。若様の命令で死人を出す訳にはいきませんので」
4人がそう言うと、隊員達は後方へと下がった。確かに隊員達ではあの巨人と相対する事は難しいだろう。倒せない事もないが、何人かの死人は出る。しかし、白夜が自分達が死ぬ事を望んでいない。だからこそ、隊員達は文句1つ言う事なく下がったのだ。決して怖気付いたからなどではない。現在魔王軍の中であの巨人と真っ向から対峙出来る者は白夜を除けば、和水・蜘蛛丸・桃華・桜花の4人しかいないのだ。
蜘蛛丸は為すがままに吹っ飛ばされている反抗勢力の戦士達をキッと恐ろしい目付きで睨み付けると叫ぶ。
「おうおうおう! テメェら、何にもしねぇならさっさと退きやがれ! 巻き込まれても命の保障はしねぇぞ!」
蜘蛛丸の本気の怒気に気圧された反抗勢力の戦士達は一目散に巨人と、蜘蛛丸達に背を向けて逃げ出した。
逃げ出して行く反抗勢力に多少呆れながら、4人はこちらへ向かって地を揺るがしながら近付いてくる巨人の群れを睨み付ける。
「ハッハァ! ちったぁ楽しめそうじゃねぇか。ちょっくら本気出してやっかなぁ?」
「蜘蛛丸殿。あまり調子に乗るのは感心しないでありますな。まあ……確かに、少しは楽しめそうな相手ではありますが」
和水は普段のクールな態度からは想像出来ない、白夜が浮かべるようなじっとりとした殺気と愉悦の混じり合った不気味な笑みを浮かべ、柔らかい肉体をプルプルと強敵と戦えるという欲望に震わせる。やはり白夜の思考を一部受け継いでいるのだろう。
「ふぅ……やれやれですね。あっさりと終わると思っていたのにこんなおまけが現れるとは、面倒くさい」
「駄目だよ桃華! 面倒な時は『やれやれだぜ』って劇画タッチで言わないと!」
「一体何です、それは? それに劇画タッチって」
「若から少し前に聞いたんだぁ。『オラオラ』とか『無駄無駄』って言いながら戦う登場人物が出る本なんだって!」
「それは……とても興味深いですね。今度わたくしも若様に詳しい話を聞いてみましょう。まあ何にしてもあの巨人を全て倒さなければなりません」
「うん! そうだね。全部纏めて駆逐しちゃおう!」
そんな軽口を叩き合う双子の姉妹。
そしてお互いに顔を見合わせてニィと笑みを浮かべると、迫り来る巨人へと向き直った。
4人は「さあ来い! いや、むしろこっちから行く!」とでも言いたげな笑みを浮かべると、それぞれ巨人に向かって駆け出した。




