009 それぞれの戦いと影鳶の思惑
扉を突き破って入ってきた白夜と月夜姫を竜魅はじっと床に座ったまま見据える。
「来たか、勇者よ。まさかこんなに早く貴様に会う事になるとは、思ってもいなかったでござる」
竜魅はポツリと語り掛けるようにそう言葉を零すと、傍らに横たえてあった大太刀を手に取って立ち上がる。
「とりあえず問おう。勇者よ、貴様は何故ここにやって来た? 某を殺すためでござるか? それとも、某を篭絡するためでござるか?」
「どっちかって言うと、後者の方が近いかもしんねぇな。竜魅。俺はお前を説得しに来た。お前を俺の魔王軍に引き入れるためにな」
「ふっ、やはりそうでござったか。だが、良いのでござるか? 貴様が戦線から外れて、貴様の手下は我が同胞に勝てるのでござるか?」
「ハッ! お前の目は節穴か? 俺ばっかり見てるからお前らは負けるんだ。俺の仲間は先代魔王のたかが手下如きに負けはしねぇ。数なんて問題じゃねぇ。俺の軍だから、負けねぇんだ」
絶対的な自信を持ち、不敵な笑みを浮かべながら言い放つ白夜を見て、竜魅は小さく口元を歪めた。
(いーや、中々に面白い男でござるな。この男の器は、某には計り知れないほど広い。そして根拠も無く相手を納得させてしまうほどの絶対的な自信。成る程、姫様が認められるのも理解出来る。だが……)
やはり自分はまだこの男を信用出来ない。そして何より魔王を殺してあまつさえ自分が魔王を名乗っている事を許せない。
竜魅はどこか見据えるような、それでいて射殺すような殺意の籠った視線で白夜を睨み付けた。
「それで、某を説得とは、具体的に何をする気でござるか? 先に言っておくが、某は何を言われようとも貴様に屈する気は無いでござるよ?」
「そんなのは最初から分かってるさ。それに説得っつうのは相手を屈させる事じゃあねぇ。相手を納得させる事だ。お前は俺に説得されて、納得せざるを得なくなる。俺の軍に入らなければいけないと言う事を」
2人の間にただならぬ空気が漂う。そんな2人の様子を月夜姫は緊張した面持ちでじっと見据えていた。
そして白夜が最初に口を開く。発するのは、竜魅を納得させるための鍵となる最も重要な一言。
「じゃあまず先代魔王乱心についての真相を語らせてもらう。先代は……何者かによって洗脳されていた」
◇◆◇◆◇
和水・蜘蛛丸部隊
白夜と月夜姫が廃城へと到着して間も無く、和水達4人の部隊長が率いる部隊500人は反抗勢力3000人と激突した。
「ハハッ! 白夜の野郎、派手にやったみてぇだな! 奴らの隊列もバラバラだぜ! こいつは楽勝だぁ!」
「蜘蛛丸殿。あまり戦場で調子に乗るのは感心しないでありますな。例え大した事の無い相手でも全力を賭して徹底的に叩き潰す。それが主殿の流儀であります」
「カッ! あいつに流儀なんか無ぇよ。あいつは自分が楽しけりゃ良いんだからなぁ!」
「確かに、その通りかもしれないであります」
2人が相手をしている敵の数は半数の約1500人。白夜が単身突撃を仕掛けた際に起こした地割れによって戦力は分断されてしまっているのだ。魔王軍も250人ずつに戦力が分断されているのだが、むしろそれが功を奏している。部隊長4人は個人個人の能力が強力なため、密集すると逆に能力を発揮し切れない。もちろん連携が必要な場面ではちゃんとそれぞれの能力を生かして連携を取るのだが、今回は全員が好き勝手に戦っても良い事になっている。
「おっとぉ! カカッ! やっぱ戦うのは楽しいなぁおい!」
蜘蛛丸は笑いながらも3メートルの巨体とは思えない機敏な動きで敵を翻弄しながら、丸太のように太い6本の腕を器用に振るいながらあらゆる方向の敵を一撃で沈めて行く。白夜ほどではないにしても、蜘蛛丸の豪腕から繰り出される一撃を喰らって耐えられる者はそうそう居ない。
「確かに、楽しいでありますな! 私はこれが初陣なので非常に新鮮であります!」
和水は薄っすらと笑みを浮かべながら剣に変形させた腕を伸ばし、蛇のように動かしながら敵を倒して行く。その全てが急所を外している事から、白夜の戦闘知識を完全に使いこなせている事が窺える。
「行くぞおめぇらぁ! このまま奴らを全滅させちまえぃ!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉッッ!!」」」」
蜘蛛丸の号令に戦場全体に響き渡るほどの声を上げながら、敵へと直進する蜘蛛丸部隊の者達。
「私達も蜘蛛丸殿の部隊に続くであります! さあ頑張って! 私に付いて来るであります!」
「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオォォォッシャアアアッッ!! 我らが和水隊長に続けやぁー!」」」」
和水の部隊も蜘蛛丸部隊に負けないほどの声量で声を上げる。和水は生み出されてから日は浅いが、その実力を認められ部隊からの信頼は厚い。そして部隊のアイドル的な存在にもなっている。そのため「頑張って」と言う言葉を自分達に向けられただけで、士気が上昇する。
部隊の士気は最高潮となり、先程よりも更に速い速度で敵を無力化して行く。その進撃に反抗勢力は成す術が無かった。
◇◆◇◆◇
桃華・桜花部隊
「おや? どうやら和水と蜘蛛おじ様は本気を出したようですね」
遠くから響いてくる雄叫びにふと耳を傾けた桃華が呟く。
「アハ♪ それじゃあアタイ達も負けてられないよね? 若はアタイ達隊長にこの戦場を預けたんだもん。本気を出さないと」
桜花は近くの敵の攻撃を軽くいなしながら言う。その言葉に桃華もフフッと小さく口の端を吊り上げて笑う。
「ですね。それでは1つ大きいのを一発かましてやりましょう」
「ようし! アタイも一緒にやろ!」
「では爆発系の付与魔術を掛けて上げましょう。手加減してやりなさいね? 若様からは彼らをなるべく殺さないようにと言われているのですから」
「りょーかい!」
桃華は手を桜花へとかざし魔力を集中し陣を作り上げる。すると桜花の拳が薄っすらと輝きを放ち始めた。
付与魔術。あらゆる効果を別の何かに付与する事が出来る魔術である。元は白夜が、火球のような放出系の魔術は大気の魔力では作り難いと言う理由で習得したものだった。大気の魔力を体内へと吸収して付与を発動させる。が、現在では桃華が桜花と連携を取る際に多く使われるようになった。
桜花は魔猫種特有の身体能力で高く跳び上がると、敵が密集する中心目掛けて付与魔術が施されたその拳を振るった。
拳から放出された付与魔術の輝きは敵の中心へと突き刺さり、そこから大爆発を起こした。
敵の戦士達はあらゆる方向へと吹き飛ばされて行き、次々に戦闘不能にまで追い込まれた。
桃華はその様子を見てどこか満足気に笑みを浮かべた。
「ただ衝撃波で吹き飛ばすだけの魔術でしたから死には至っていないでしょう。さ、次行きますよ」
「若には及ばないけど、アタイ達だって結構やるって事を敵さんに教えて上げないとね。いつも通り」
そう言って笑う2人の顔には、白夜が浮かべる見る者を竦み上がらせる、まるで獲物を見付けた猛禽類のような不気味な笑みが浮かんでいた。
この姉妹は魔王軍の中で白夜と最も長い時間を共にしている。そのため白夜の思考が反映され、魔王軍の中でも屈指の実力を秘めている。和水も戦闘力としては十分かもしれないが生み出されて間もないため今だ未熟。魔王軍で白夜の次に危険なのは、もしかするとこの姉妹なのかもしれない……
戦場は荒れる。白夜が造った魔王軍の4人の隊長の手によって。
◇◆◇◆◇
魔王軍の隊長4人が戦場で数の差を大きく引っ繰り返している丁度その頃、影鳶は廃城の地下で投影魔術と呼ばれる遠くの様子を映し出す魔術を使用し、水晶玉に映像を映し戦場の様子を見ていた。そして隊長4人の圧倒的な力を目の当たりにして、不機嫌そうに顔を歪め舌を鳴らした。
「チッ! こっちは3000人以上居んのに何押されてんだよ。本当に精鋭なのかぁ?」
そう悪態を吐いた影鳶は映像を消すとイラついたように水晶玉を蹴り割った。
「あのクソ勇者が、絶対殺してやる。俺が積み重ねてきた苦労を水泡に帰しやがってぇ! 後もうちょっとの所でこの俺が魔王になれたはずなのに! あの女の命令にも従ってやったのによぉ!」
そう、影鳶が魔王軍に入ったのはある女の命令で魔王の首を刈るように言われ、自らが魔王となるためだった。
影鳶は怒り散らすように一頻り叫ぶと、肩で息をしながら狂ったような……否、狂った笑みを浮かべた。
「あの女、この俺を利用しているつもりなんだろうが絶対出し抜いてやる。そしてクソ勇者も殺す。絶対絶対殺してやる!」
そして影鳶は見た。この広い地下の大半を占める程の巨大な人影を。
影鳶は自らの部下に命令を下す。
「おいテメェら! さっさと『巨人肉鎧』を装着しろ! 勇者の仲間のクソ野郎共をぶち殺しに行くぞぉ!」
そう言い放った影鳶の顔は、既に魔王になると言う妄執に狂った者の顔だった。部下達はその顔に何とも言えぬ恐怖を感じたという。
◇◆◇◆◇
白夜が言い放った言葉に竜魅は表情を硬くし、その心中は驚愕に染まっていた。月夜姫も白夜が何を言っているのか理解出来ず、驚いて固まっていた。
白夜はそんな2人の様子を無視して、言葉を続ける。
「先代魔王は何者かによって洗脳を受け、まるで乱心したかのように見せ掛けられた。それが3年前、魔王が乱心したと言われる時期の事だ。そしてその何者かは都合の良いように先代魔王を操り、人間へと攻撃を仕掛けた」
「ま、待つでござる。一体何の話を……」
「人間への攻撃を仕掛けた理由は不明だ。先代魔王が人間との共存を望んでいたのが許せなかった魔族の仕業なのか、または人知を超えた力を持つ存在の思惑なのかは定かじゃない。だが可能性としては後者が近いだろう。先代魔王は魔族の中でも最強の力を持っている。そんな奴が同じ魔族に洗脳されるとは思えん。同じく他種族の奴にもな。だから先代魔王を洗脳したのは人知を超える存在、それこそ神のような人類から逸脱した奴の仕業だろう」
「だ、だから待つでござる! その話の根拠は一体何でござるか!?」
「月夜。お前は乱心した後の魔王に何か変な力のような物が纏わり付いているのを見た事が無いか?」
「え? は、はい。あります。何と言うか……見ているだけで頭の中が掻き乱されて気分が悪くなる、そんな力の塊の靄のような物が父上に纏わり付いていました」
月夜姫は先代魔王が乱心した時の事を思い出す。その時の魔王には何か力の塊のような物が纏わり付いていた。他の者には見えていなかったようだが、生まれつき力の流れに対して敏感だった月夜姫は、それが見えていたのだ。それが乱心の原因ではないかと月夜姫も考えていたのだが、まさか洗脳されていたとは思いもしなかった。
「はて、そりゃあ一体何なんだろうな? 魔王を洗脳するほどの力を宿した靄。こりゃあマジで神、またはそれに等しい存在の仕業かもしんねぇな。ま、根拠は無ぇが、本当に神だったら面白そうだ」
白夜はケラケラと笑い声を上げ、愉快愉快と言いながらニタリと口元を歪めると、竜魅へと視線を戻した。
「ま、犯人が何者かは今は良いだろ。それで、理解したか? 確かに俺は先代魔王をこの手に掛けた。だが、それは先代が洗脳されていたからであり、手遅れだったからだ。本当にお前が刃を向けなければいけない相手は、別に居るとは思わないか? 竜魅」
「……理解はした。だが、納得するのは難しいでござるな」
竜魅は難しい顔をしてそう返した。白夜もその返答は何となく予想出来ていたのか、特に何もいう事は無くただ肩を竦めただけだった。
確かに白夜の話を聞く限りでは魔王乱心の原因は常軌を逸した強力な力を持つ存在の仕業なのかもしれない。だが、白夜が先代魔王を手に掛けたのは紛れも無い事実。だからこそ、白夜の話に納得する事は出来ない。
白夜が言いたいのは、その常軌を逸した力を持つ何者かに復讐するために自分と共に来ないか、という事だ。
「……どんな理由があろうと、魔王様を殺した事を許すわけにはいかんでござる。本当に裏でその何者かが手を引いていて、魔王様が手遅れだったのだとしてもここで貴様を許し、共に戦う事を選んではこの竜魅、先に逝った魔王様に顔向け出来んでござる」
「ふむ、良い答えだ。いやぁ、勿体無い事にならなくて良かったぜ。ぶっちゃけて言うと俺はお前が欲しい。だが、ここで俺を許し、協力を請うのであれば俺は迷わずお前を殺してたぜ?」
白夜は冗談でも何でもないと言いたげに笑みを浮かべながらも僅かな殺気を放出する。そして竜魅は、強靭な精神力でその殺気に当てられる事無く、気丈な態度のまま背中の大太刀を抜き放ち白夜へと切っ先を突きつけた。
「某と勝負するでござる。確かに貴様を許す事は出来ない。だが……魔王として、貴様を認める事は出来るでござる。某の力を欲し、『月詠』の頂点に君臨して魔王を名乗ると言うのなら、某を認めさせてみろ!」
竜魅がそう言い放つと、白夜はニィと口を三日月型に歪めると、チラリと月夜姫に視線を向ける。その視線が離れるように言っているのだと悟ると、月夜姫はスッと2人の傍から離れた。
「お堅い奴だ。まあ良いぜ。お前みたいな奴も嫌いじゃねぇ。特別に相手してやるよ。さ、掛かって来な。完膚なきまでにテメェを納得させ尽くしてやるぜ!」
「行くぞッ!」
竜魅は叫ぶと同時に一瞬で白夜へと肉薄し大太刀を振るう。白夜もそれに応じるように迫り来る刃へと拳を叩き付けた。
白夜の拳と竜魅の刃がぶつかり合った衝撃は、玉座の間全体を揺るがす。
両勢力の大将が激突した瞬間である。月夜姫は、その成り行きを真剣な面持ちで見詰めるのだった。
今回白夜が述べているのはあくまで仮説ですが、それは自らの経験に基づいて立てたものです。ちなみに先代魔王が洗脳されていた事には気が付いていますが、犯人が何者かは白夜も分かっていません。まあ、限りなく答えに近い仮説とでも言っておきましょうか。
12/10 色々と残念な言葉の間違いを修正。




