労働ロボット
今日も仕事にありつけなかった。
俺は忌々しい思いで街を歩いていた。
もう職を失って半年になる。
次の職場を探しているが、俺を雇ってくれるところなんて、どこもなかった。
時間は無為に流れていく。俺はかなり焦っていた。
前をよく見ていなかったのが原因だろう、俺は誰かに思いっきりぶつかってしまった。
「す、すいません」
謝りながら顔を上げて気付いた。
俺がぶつかったのはロボットだ。
「ごめんなさい。大丈夫ですか」
ロボットは流暢な言葉をしゃべった。言葉だけでは人間と変わらない。
いや、それどころか見た目もとても人間に近い。
服を着ているし、表情だって豊かだ。
そのロボットは若い男性の姿をしていた。
身体が動くときのわずかな機械音と、人間にしてはややぎこちない動きでロボットであることは分かる。肌は人間と同じ色だが、よく見ると金属でできている。
しかし本当に人間に似せてあるから、うっかりすると本物の人間と間違えそうだ。
俺はロボットを無視して立ち上がった。そのまま足早にその場を離れる。ロボットが後ろから何事か言っているようだった、振り返らなかった。
俺はロボットが大嫌いだったからだ。
街を改めて見回してみる。
そこらじゅうロボットだらけだった。
人間と同じ格好をしたロボットどもが、歩き回っている。
見ていて不快になる。
俺はとにかくロボットが嫌いだ。
なぜなら奴らは、俺から職を奪ったからだ。
ロボットが発明されてから、もう四〇〇年になるそうだ。
最初の内は単純な労働をさせるのが精一杯だったらしい。
単純な労働をひたすらさせるのであれば、人間よりもロボットの方が向いている。
それにロボットは頑丈だ。高温の場所とか、放射能で汚染されたところとか、人間の作業できないような環境でも、作業を進めることができる。
ロボットの登場は、人間の歴史の大きな転換点だったのだろう。
そこでロボットの研究開発が終わっていれば、平和だった。
少なくとも、俺が仕事を失うことはなかった。
しかし、ロボットは技術の進歩とともに、複雑な労働もこなすようになっていった。
そして一〇〇年前、また大きな出来事が起きた。
人工知能の発明である。
ロボットは自分で思考、行動ができるようになった。
それに伴い、単純労働以外の場所にも、ロボットが活用されるようになった。
元々人間が担っていた労働が、ロボットの労働に置き換えられていった。
そしてそれは、俺のような肉体労働者にとっては致命的なことだった。
力は間違いなくロボットの方が勝っている。
その上、作業効率もロボットの方が上だ。
そして自分の頭で考え、自律的に行動する。
おまけに、人間の言うことをよく聞く。
どう考えても、俺に勝ち目はなかった。
俺をはじめとする、多くの肉体労働者が失業していった。
このままでは俺は破滅だ。
とぼとぼと歩きながら、何とかアパートまでたどり着く。
大きな地震が来たら、真っ先に倒壊しそうなアパートだ。
でもこのままでは、ここも出ていかなくては行かなくなるだろう。
台所に行き、包丁を取り出す。
包丁を片手に、俺は考える。
もう俺は駄目かもしれない。
このままでいいのだろうか。
ロボットはさらに知恵を付け、いずれ人類はロボットに滅ぼされてしまうのではないか。
嫌な想像は、どこまでも膨らむ。
最近のロボットたちは、人権を主張しているという話だった。
我々は人間と等しい存在だ。
新たな人類として迎え入れるべきだ。
そう彼らは主張しているそうだ。
ロボットが人権を主張するなんて、悪い冗談だ。
しかし最近は、自分を人間だと信じて疑わないロボットも増えてきているらしい。
とんでもない思い上がりだと思う。
いったい誰がお前たちを造ったというのだ。
だいたい、労働しているロボットには、それ相応の給与が支払われている。しかも、労働による身体の破損には、企業が責任を持って修復しなければならないという決まりもある。ロボットはその給与で人間と同じような環境で生活することも可能であるし、現にほとんどのロボットは人間と同じような生活を営んでいる。
これ以上何を望むというのであろうか。
ロボットの分際で、強欲なんじゃないか。
考えれば考えるほど、俺の怒りは強くなっていく。
俺は決意した。
ロボットは、人類の敵だ。
この地球上から消してしまわなければならない。
俺一人では大したことは出来ないだろうが、一体でも破壊できればそれでいい。
もう俺は我慢できない。
俺は包丁を持って外にでた。
目指すは大通りだ。
俺から職を奪ったロボットどもを、破壊してやる。
俺は大通りでロボットを捕まえては、包丁で壊してやった。
悲鳴、怒号、混乱。
俺を中心にして広がるそれらが、妙に心地よかった。
すぐに警察が来て、俺は捕らえられた。
しかし俺は満足だった。
なにせ、既に四体ものロボットを破壊していたからだ。
*
「いやあ、お疲れ様です」
「いやいや、参ったね」
「本当ですよ。通り魔だなんて。まあ、やられたのはロボット四体だけなのが、不幸中の幸いでしたが」
「人間に被害が出なくて良かった。それにしても、犯行を行ったロボットは何を考えていたんだ?」
「さあ……なんでもロボットのせいで職を失ったとかなんとか」
「自分もロボットのくせにな」
「それが、奴はどうやら自分を人間だと思い込んでいるらしいんですよ」
「なんだそりゃ」
「最近多いんですよ。自分を人間だと思っているロボットって」
「ふん、ロボットの分際で」
「まったくですね」




