プロローグ③
僅かに欠けた銀色の月の下。
「いたああああああああああああああああああっ!」
女の叫び声。
ああ、もう。煩いなぁ。
叫ばなくたっていいでしょうに。
まあ、煩いのは私のせいなんだけど、でも、こんな静かな夜に叫ばなくたっていいと思う。いいと思うのだよ。
間違っている?
間違ってないでしょ?
私は間違ったことなんてないのだよ。
手首の時計を見る。
午前零時。
目の前には塀。錦景女子高校の背の高い塀がある。ストーカ、ロリコン、つまり変態の侵入を拒む高い塀が錦景女子の敷地を取り囲んでいる。
壁に投影される丸い光の中に私のシルエット。
サーチライトの光だ。
シルエットが両手を顔の横に持ち上げ。
私はその場で半回転。
私は眩しくて目を細める。
サーチライトは『パイザー・インダストリィ』の社用車の屋根に着いている。
運転席と助手席の扉が開き、二人の女が降りてくる。
ミホコとヨミコ。
生意気な二人。二人ともフリルの多い可愛らしいメイド服を着ている。私のお世話係の二人だ。私はオーディションして選んだ可愛い二人。私のお世話係の癖に、私に優しくない二人。
ミホコは私に一歩近づいてがなる。「手こずらせないで下さい、何時だと思っているんですか、パジャマで、午前零時ですよ!」
「……ごめんなさい、」私は可愛い声を意識して作成。「急にアイスが食べたくなってね、雪見大福はこっちの方のロウソンにしか置いてなくて、だから、」
「嘘、」ミホコは怖い顔をする。「大人の癖に嘘を付くんじゃないよ!」
「まぁ、まぁ、ミホリン、」ヨミコはミホコの肩を触る。「落ちついて」
「落ち着いてなんていられないわよ、だってもう、だって、だって、もう、午前零時なんだよ!」
「うん、落ち着いてないね、それと寝不足なんじゃない? 言葉が意味不明だよ、深呼吸しようね、うん、上手、」ヨミコはミホコを優しく宥め、私に接近して首を斜めに傾ける。「さて、ミクモ博士、逃げた理由を説明して頂けますか?」
「雪見大福が、」私は消え入りそうな声、というものを意識する。「食べたかったんだもぉん」
「雪見大福を食べたかったら私たちに言えばいい、そうですよね、だって私たちはミクモ博士のお世話係、メイドです、なんでもします、ええ、お金さえ頂けたら猥褻なこともするメイドです、午前零時に雪見大福を買ってくるなんてこと、造作ないこと、それはミクモ博士が一番分かっている真実ではないでしょうか?」
「そ、そんな、私は一度だってあなたたちのことを奴隷だなんて思ったこと、ないよ」
「奴隷なんて言ってませんよ!」ヨミコは声を低くした。
「きゃあ、もう、脅かさないでぇ」
「こいつ、」ミホコがメイド服の袖を捲る。「ねぇ、ヨミコ、殴っていい?」
「駄目よ、ミホリン、」ヨミコはゆっくりと首を横に振る。「私も我慢してるの、でも、傷つけてはいけない、お給料はいいんだから、我慢しよ」
「うん、分かった」ミホコはぎこちなく頷く。
「うん、いいこ、」ヨミコはミホコの頭を撫でながら、私のことを睨んだ。「さて、ミクモ博士、もう一つ質問があります、その腰回りの歪な膨らみはなんですか?」
「もう、失礼ねぇ、太ったなんて言わないでよぉ」
「違いますよ、そのメカニカルで、エレクトリカルな膨らみですよ、ベルトのことですよ、ミクモ博士のお尻のことじゃないんですよ、」ヨミコは早口で言った。その速度を、私は素直に評価したいと思った。息切れしている彼女はとてもキュート。「コインランドリィ・ドライバのことですよ! それをラボから持ち出して、一体、何を企んでいるんですか!?」
「え、企んでいる? 聞き捨てならないなぁ、」さて、私は眼の色を変えてみる。「あ、ちょっと、ごめんね、うん、少し私から離れようね」
私の真面目さ加減に戸惑うように二人は二歩半身を後退させた。
「な、なんですか?」ミホコの声は上ずっている。
「まさか、博士、」ヨミコは慌てている。「起動させる気じゃ、ないでしょうね!?」
私は二人にニッコリと微笑んであげる。
ポーズを取り。
声を出す。
「ディスチャージ」
午前零時、錦景市では巨大なハリケーンが観測されたとか、されないとか。