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コインランドリィ・ドライバ  作者: 枕木悠
プロローグ
2/4

プロローグ②

コレクチブ・ロウテイションのロックンロールは錦景女子高校に響き渡った。

錦景女子たちの柔らかな下着、具体的に言えばパンツやブラジャやベイビィドールを洗い上げる、《コインランドリィ美影》にまで及んだ。

コインランドリィ美影は錦景女子たちの住まう、寮と体育館の間に設置されている。ドラム式は合計七台。毎日午後四時、午後九時が洗濯物を抱えた女子たちで混雑する。午後七時は寮の夕食の時間と重なる。それに今日は軽音楽部の定期演奏会の日だから、コインランドリィはとても空いていた。

コインランドリィの中央の長椅子に腰掛けているのは二人だけ。

日本人形のような髪型の女子と。

髪の色がアッシュ・ブラウンで、毛先が捩じれている女子。

顔の輪郭、目と鼻と口の配置は、その髪型と色に確かに相応しい。

外見からして全く対照的な二人。

そんな二人は微妙、とてつもなく微妙な距離感で座っていた。

確かなことは、この二人はコレクチブ・ロウテイションのロックンロールには全く興味がないということだ。ゼプテンバのギターソロにも、久納のシャウトにも、微動もしない。

いや。

少し観察して分かる。

南側に並んだドラム式から見て右手の少女。

日本人形の方。

彼女はなぜか、そわそわしていた。トイレを我慢しているとか、そういう類のものではない。「恋の予感、」久納は言うだろう。そう見えなくもないが、しかし、そうじゃないかもしれない。

黒髪の彼女は制服のミニスカートと真っ黒なニーソックスによって生み出されたいわゆる絶対領域を指で摘んでいる。摘まみながらせわしなく、黒目の大きい眼球を動かしていた。その視線の原因は、隣に座る彼女である、ということは間違いないだろう。「恋の予感、」久納は言うだろう。「まるで好きな人と食堂のテーブルで急接近してしまったような乙女の反応だね、乙女チック、素敵だね!」

とにかく。

彼女の黒髪は濡れていた。風呂上りなのか、少し濡れて乱れている。

一体、なぜだろう?

「だから黒髪の乙女は恋をしているんだって、毎晩、ココで、このコインランドリィで顔を合わせているうちに恋心が芽生えてしまったんだよ、きゃあ、そうよ、そうに違いないよ、うん、きっと黒髪の乙女は恋する人の名前もクラスも所属する委員会も知らなくて、分かっているのは午後七時頃、コインランドリィが空いている午後七時にやってくることだけ、このコインランドリィだけが唯一の手がかりなのだよ! ほら、よく見てよ、回転しているドラム式は一つだけだよ、ソレは今日こそは想いを打ち明けようって、告白するためにココにやってきたことを証明しているわ、告白と洗濯をいっぺんに行うことなんて、まだ体の小さい乙女には難しいことだよ、黒髪の乙女の瞳のせわしなさは、いきなり想いを打ち明けて変に思われないだろうか? 気持ち悪いって思われないだろうか? 嫌われないだろうか? そんな葛藤を表現しているように思うんだよね!」

 ゼプテンバは久納のマッシュルームに手を入れて黙らせる。

「いやぁ、何すんのぉ!」

 ドラム式から見て左手、アッシュ・ブラウンの彼女は科学雑誌に目を落としていた。イヤホンで耳を塞いでいる。彼女は完全に黒髪の乙女のことなんて、気にしていない。

 さて、コレクチブ・ロウテイションのステージが終わった。最後はいつものように生徒会長黒須ウタコ作詞作曲の「彼女は発電機」を歌って終わった。

 その頃に、コインランドリィに変化があった。

 アッシュ・ブラウンの彼女の瞬きの回数が増えた。彼女はうとうとして、うとうとしながらバランスを上手く取っていたが、最終的に彼女の目は閉じ、頭は黒髪の乙女の肩に置かれたのだ。黒髪の乙女は背筋をピンと伸ばしたまま、彼女に肩を許している。

 そして黒髪の乙女は眠る彼女の顔を覗き込んで。

 起こさないように。

 ゆっくりと。

 慎重に。

 彼女の肩に手をやり。

 黒髪の乙女はゴクリと喉を鳴らし。

 唇を湿らせ。

 そして。

 と、そのときだった。

 ピピピ、ピピピ。

 ドラム式が洗濯終了を知らせた。同時に沢村ビートルズの演奏も始まる。

『うぅ―――――、わんたん!』



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