プロローグ①
五月末日。
粘りつく陽気が、ようやく沈み始めた時間、頃合。
G県錦景市にある女子高。偏差値は県内で二位。各学年AからEクラスまである。そんな規模の女子高校。その裏手には、こんなにも懐かしくなるなんて、と思えるほど素朴な森が茂っている。その緑は濃く、神話の世界に迷い込んだ気分になることも、可能性としてあるかもしれない。田舎でもないし、都会でもない、そんな日本各所にどこにでもある風景。それが少し雨や太陽や音楽に滲んだようになった景色が、錦景である、と錦景女子高校第一校歌を作詞した詩人が言ったとか、言わないとか。
さて。
錦景女子は夜の七時。
講堂では軽音楽部の定期演奏会が始まろうとしていた。講堂の席は埋まっていて、立ち見まで出ている。座る女子の制服の色も様々。錦景女子七割、錦景商業二割、中央一割、といった具合だろうか。ちなみに男子はココにはいない。複雑な理由はない。簡単だ。軽音楽部部長の萱原トウカがとてつもなく恥ずかしがり屋だからだ。でも、素敵な恋愛を彼女は願っている。彼女の心理は複雑だ。
オープニング・アクトは一年生、結成してまだ一カ月と二十日、コレクチブ・ロウテイション。メンバは一年E組のアプリコット・ゼプテンバ、鏑矢リホ、久納ユリカ。ロンドン出身のゼプテンバ以外の二人はロックンロールの素人。だから、サポートベースとして生徒会長黒須ウタコが加わる。ボーカル兼エレクトリック・ギターはゼプテンバ。ボーカルは久納。小学生の頃に鼓笛隊で小太鼓を叩いていたという鏑矢はドラムス。久納はボーカルとタンバリンだ。久納のハスキィ・ボイスがゼプテンバは好きだ。絶対に真面目な顔で言わないけど。
コレクチブ・ロウテイションのOPSEはチキチキバンバン。
それに合わせて袖からゼプテンバを先頭にステージに出る。コレクチブ・ロウテイションの衣装の基本は赤ジャージ。ステージに出るたびに装飾を増やしていこうというのが、自称恋愛小説家でマッシュルームヘアの久納の意見だった。「なんていうの、もうゼプテンバが素敵だっていうのは公明正大の事実なんだから、素敵さを小出し、小出しにしてく方が、飽きられ憎いと思うんだよね、だから最初は赤ジャージ、間にメイド服を挟んで、最後はドレス、どう?」
とにかく、今日の衣装は制服の下に赤ジャージを履いて、イギリス国営放送のプロデューサのようにブラウスの上に赤ジャージを羽織って、前髪を結んでお凸を露出するというものだった。久納のセンスはゼプテンバに謎だった。
ゼプテンバが登場すると観客の女子が悲鳴に近い高い声を出した。ゼプテンバはこの反応の細かいことを知らない。ただ久納が言うところによると、ゴールド・ブロンドでまるで西洋人形ように美しいゼプテンバは魅力的であると女子たちに評価されているらしい。可愛いボイス(自分は決して可愛い声じゃないとゼプテンバは思うのだが)、それが女子たちの脳髄をキュウっと締めるらしい。その可愛い声と裏腹に留学生ゆえの片言(ゼプテンバの日本語は生徒会秘書の朱澄エイコのレッスンによってかなり進化している)、たまに出る悪気のない悪い言葉、そのギャップが堪らないのだと言う。まあ、細かいことは知らないのだけれど、出来れば高速カッティングの方を評価してもらいたい、とちょっとだけ思ったりする。しかし、どんな形であれ、反応が大きいことはいいことだ。分かりやすい。
ギターのチューニングをしながら、ゼプテンバはそんなことを思った。客席に向かって微笑むと、さらに歓声が起きた。訳が分からん。
チキチキが鳴り止む。
久納は白いタンバリンを鳴らしている。
セプテンバは久納と黒須と鏑矢に短く視線を送りマイクに向かって言う。「ここはどこ?」
『洗濯工場!』