EP3-022:Perplexity beast
邦和からはひとかけらの冷静さも感じられず、殺意に身を任せた一匹の獣と化していた。
由乃から取り上げたハンドガンではなく、日本刀を拾い上げたのは、そんな中で最後に残った『同じ近接武器で勝ちたい』という闘争本能か。
利き手に深い切り傷を負っていた邦和だが、そのは刀は右手で握られていた。
観崎「とても、殺す事が楽しいとか言ってた人とは思えない形相だね」
邦和「あぁ楽しくないとも! 俺は最初から最後まで、思い描いた通りに殺す事が楽しいだけさ」
日本刀の刀身を血が伝い、銀の刃は真紅に染まっていく。
その光景を目の当たりにしながらも、観崎は顔色ひとつ変えようとしない。
観崎「それは我儘だよ」
邦和「結構、楽しんでなんぼの人生だろうが!!」
その余裕が、余計に邦和を苛立たせる要因にもなっている事に観崎は気付かない。
もしかしたら天真邦和は説得の余地がある人間かもしれないと踏んでいた観崎だったが、こうも冷静さを失っている状態ではそれも叶わず「参ったな……」と小さく溢した。
邦和「そもそもだ! なんで小娘ごときが、俺と対等にやり合える!? おかしいじゃねぇか! 俺は殺す為だけに生まれて、奪う為だけに生きてきた『天真』の血だぞ! お前は、なんなんだ!!」
観崎「それは……」
言い淀む観崎に、邦和は歯軋りをして切り掛かろうと構えた。
楓「しゃらくせぇぇぇぇえええええ!!」
――と、そこへ楓の雄叫びが轟く。
何事かと2人が振り返ると、まさに楓がライフルを拾って、その引き金を引くところだった。
楓「建一さんの幼馴染さん! ごめん! 避けて!!」
観崎「ちょ―――」
可憐「ナイスプレイ・ナイスガール……」
親指を再度突き立てて、可憐は不敵に笑みを浮かべた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
由乃の身体を抱えながら、建一はなんとか水上に顔を出して呼吸をする。
既にB7Fの8割近くが浸水しており、例え階段の場所が分かったとしても、間に合う可能性は皆無だった。
由乃「うっ……うう、ぐすっ。私、また助けられなかった………。ごめんなさいっ、あの時、護るって約束したのに………ごめんなさい、ごめんなさい赤羽君っ………うぁぁあ………!!」
建一「諦めるな! 俺も由乃も、まだ生きてるだろう!?」
泣きじゃくる由乃を励ましながら、建一は必死に頭を回転させて、この状況で助かる術を探していた。
奇跡的に階段に辿り着けたとしても、水圧がかかった扉を開ける事は難しいだろう。
すると、上の階に戻る方法を他に考えなければならない。
路頭に迷っている建一の目に、水にぷかぷか浮かんでいる何かが映った。
両足を大きくばたつかせて近付くと、それは水に浮いて漂っていたアジャスターだった。
建一「これは……残骸か何かが浮き上がったのか?」
うつ伏せに浮いていた機体を裏返して表にすると、キュイン!とガラス越しにカメラが動いて、建一を補足した。
建一「(げっ、こいつまだ動いてる!?)」
そのまま襲って来るかと思いきや、アジャスターは建一達をカメラの視界に収めたままぷかぷかと水上を漂っている。
両肩が壊れされたアジャスターとすれ違った時は、空腹ですっかり失念していたが、建一はアジャスターを使って『ある事』を試すつもりでいたのを、ふと思い出す。
建一「………おい、聞こえるか、おい!!」
アジャスターの頭を揺さぶって、恐らく備わっているであろうマイクに呼び掛ける。
それは、建一達を救ったという誘拐犯の仲間に連絡を取ろうという駄目元の試みだった。
建一「聞けばお前、由乃を駒にするとかなんとか言ったそうじゃないか! 代わりに俺がいくらでも働いてやるから、助けてくれ!!」
由乃「あ、赤羽君……」
建一「聞こえてるんだろ! なんとか言えよ……! 俺達が溺れ死ぬのは、そっちだって望んでない筈だろ!!」
いくら叫んでも、アジャスターは反応を示さない。
やり場の無い悔しさに、建一はアジャスターの機体を拳で殴り付けていた。
建一「……くそっ!」
思えば、犯人達にとっても『浸水』は想定されていない異常事態なのだ。
だとしたら、例え犯人達に俺達の状況を伝えられても、助け出す手段そのものが無いのかもしれない。
建一「頼むよ……っ。このまま終わるなんて、あんまりじゃないか……!」
俺は由乃に、伝えなければならない事が出来た。
それは『どうせ死ぬなら、その前に伝えておく』なんて無理矢理じゃあ駄目なんだ。
今まで無気力に流されるまま生きてきた俺は、そんな中途半端な気持ちで由乃の10年に応えてはならない。
だから今は、生き延びる為に、どんな手段でも使う時だ。
シカバネアソビ、上等じゃないか。
だからこそ、俺は『新しい選択肢』を選ぶ事ができる。
建一「――これは命令だぞ、"ビースト"!」
◆◆◆◆◆◆◆◆
階層的にはB1Fの位置にあたるモニタールームで、姜との通信状態を維持したまま命令を待っていた金髪の少女は、声にならない叫びを上げて勢い良く立ち上がった。
姜『あら、ようやく動く気になりましたの? やりたい事を閃くのに、随分と時間がかかりましたわね』
「……は、はい。それでは失礼致します、姜様」
姜『クスクス………』
意味深に笑う姜との通信を切って、金髪の少女『ビースト』は、ようやく極度の緊張感から開放された。
同時に、頭に取り付けられたゴーグル状の機械に触れながら、思い耽ったような表情をする。
「……命令、ですか」
姜に売り飛ばすと脅されていた事もあって、『命令』という言葉はビーストに特別温かい安心感を与えていた。
「(しかし分からない。いったい彼は、なぜ私の名称を……?)」
確かに生物兵器の名前として、地下施設内でビーストという名称を知る事は可能だ。
しかし、それは建一がアジャスターを通して名指しで命令した理由にはならない上、建一達は兵器としての『ビースト』さえ知らないはずだったのだ。
「(これは、主からの命令ではない……。いいのだろうか、私が手を出してしまっても)」
ただのプレイヤーの命令で動いてしまえば、また『失敗作』と呼ばれて、評価を下げられてしまうのではないだろうか。
恐い、主に捨てられるのは恐い。
「でも、私が本当にしたい事は―――」
『君はいつも不器用だね』
頭に直前響くような声に、驚いて言葉を詰まらせる。
この声は、杉森華僑に殺されたホースビーストと同じ、私の"同類"……失敗作のビーストによる意志疎通だ。
『君がそんなでは、死んだホースに示しがつかない。しっかりなさい』
「しかし……」
ビーストである限り、主に依存する生き方は変えられない。
いや、人間としての記憶も無くして、ここまでビーストである自分に馴染んでしまったのだ。
今となっては、なんらかの手段を用いて普通の人間に戻れたとしても、元通りにはなれないだろう。
『君は考えすぎる。時には命令を破ってでも、主の為になる事をしてもいいじゃないか。ただ言われた事をするだけなら、私達はアジャスターと変わらないよ』
「で、ですが……」
『私は、いや、"私達は"巻き込まれる覚悟なんかとっくに出来ているよ。ホースの願いを叶えてあげる為ならね』
……まただ。
また"同類"が、ホースと同じように主の命令とは別の意思で動こうと決意している。
私には分からない。
他のビースト達はこうして決断したというのに、この子達のリーダーである私、人間のビーストである私には何故決断できないのだろう。
『まったく、君は臆病な子犬のようだね』
「なっ……!」
『迷っているなら、"とりあえず助けよう"でいいじゃないか。時間は君の決断を待ってくれないよ』
はっと思い出したようにゴーグル状の機械を目の位置まで下ろし、アジャスターのカメラを通して建一達を確認すると、既に機体が完全に沈んでいたため、2人の姿は確認できなかった。
「くっ、私は………!!」
姜様には『好きなようにしろ』と言われた。
しかし、それはもちろん主からの命令を護った上で、好きなようにすればいいという事だ。
だから、本来なら死体回収システムにより落下死していた筈の2人をシカバネアソビに復帰させるのは命令違反だ。
………いや、待て。
それでは、彼等を復帰さえさせなければ………。
「貴方の力を借りますよ」
『―――勿論。私"ドルフィン"は、他の誰でもない君を最も信頼しているのですから』
命令を曲解する事でようやく決断したビーストは、目の前の端末を操作して対応するビーストを浸水した施設へと解き放った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
天真邦和はがりがりと日本刀の刃先で床を削りながら、壁に寄りかかるようにして歩いていた。
邦和「……チ、しばらく利き手は使い物にならないな」
命があっただけでも幸運……いや、悪運が強いというべきか。
不意を付かれたとはいえ、ド素人の狙いもクソもない乱射に被弾するとは思いもしなかった。
それに比べて、俺と殺し合っていた少女は、とうとう『異常』としか言い表せない反応を見せた。
ライフルから放たれた銃弾全てを見切り、その攻撃範囲から目にも止まらぬ早さで抜け出していたのだ。
俺が横道に隠れ損ねたのは、勿論冷静さを失っていたせいでもあるが、なにより少女の動きに魅せられていたという要素が大きい。
邦和「クク……俺もまだまだっつー事かよ」
少女の馬鹿げた瞬発力も然る事ながら、この傷は己の慢心が招いた当然の結果なのだろう。
しかし参った。
治療している暇は無い上に、傷を放置したまま走るような真似は勿論できそうにない。
どう考えても、浸水が始まる前にB6Fから脱出するのは不可能なのだ。
邦和「どうしたもんかな……」
壁に一直線の血の跡を擦り付けながら、邦和の歩くスピードは徐々に遅くなっていった。
………と、そこへ。
「お、おっさああああんッ!? 酷い怪我だ! 右肩から右手まで血まみれじゃねぇか!!」
「待ちなさい馬鹿! あいつの持ってる血まみれの日本刀が見えないの!?」
背後からの声に首だけ振り返ると、2人の男女がそこにいた。
どうやら血の跡を追ってきたらしいが、声をかけた男を、女の方が腕を掴んで静止させている。
邦和「(万事休すか……)」
正直、俺は死を覚悟した。
金髪の男の方は、単純そうなお人好しだ。彼だけならば、素直に傷を癒すまで利用する価値があると踏んだだろう。
問題は、銀髪ツインテールの女。
彼女の瞳には、俺が今まで幾度となく対峙してきた『人殺し』特有の鋭さがあったのだ。
光弐「い、いやいや、でもよ! もしかしたら正当防衛で………」
飛鳥「もしかしたらで、本当は人殺し………って事になったら、貴方はどう責任を取ってくれるの?」
光弐「うぐっ。返す言葉もございませぬ……」
飛鳥「まったく。……とりあえず、気付かれてしまったものは仕方ないわね」
光弐の手を離すと、飛鳥は邦和をキッと睨み付け、アジャスターから回収したライフルの銃口を向けて威嚇した。
飛鳥「このお人好し馬鹿が、貴方にお節介を焼きたいみたいだから、仕方なく聞いてあげるわ。貴方、その傷はどうしたの」
邦和「………」
女の目からは、一切の言い訳も見逃さぬよう研ぎ澄まされた極限の警戒心が感じられた。
下手な誤魔化しをすれば、即座に俺は射殺されるだろう。
飛鳥「長々と貴方に構っていられる程、私達も暇じゃないわ。早く答えなさい。それとも、人には言えないような事をした自覚があるのかしら」
どうやら、手の込んだ作り話を考える暇も与えてくられないらしい。
女の方も俺が嘘をつこうとしている事を察したのか、諦めのため息を吐いた。
飛鳥「……もういいわ、行くわよ渡。こんな得体の知れない奴に、構う事は――」
邦和「―――」
その声は地の底から滲み出たように低く小さく、けれど確かな力を持っていた。
飛鳥は背筋が凍りそうになる寒気を感じ、自身が思わず沈黙している事さえ気付かずに、邦和の方を振り返った。
邦和「―――殺して、殺して、殺しながら生きてきた。数十、数百、数千、ガキの頃より、数え切れねぇくらいにな」
笑みとも怒りとも取れない、運命に翻弄され続けた狂人の眼は、どこまでも続く荒れ果てた戦場そのものだった。




