EP3-021:Hidden eye
オレンジ色のサイドテールをくるくると指先に絡め、楓は退屈そうに真上を見上げる。
そこには視界いっぱいに広がる白く塗装された天井があるだけで、楓はため息をついた。
楓「(こんな事になるんだったら、もっと外で遊んだりとか、しとくんだったな……)」
いつも部屋に篭ってばかりの筈なのに、こうして外に出られない状況になると、普段気にも留めない日の光が恋しくなるのだから不思議だ。
楓「由乃さん達、遅いな……」
もしかしなくても、何かあったに違いない。
しかし、私はそれを確かめる為に、この部屋の扉を開け放って、外に飛び出すのが恐ろしくて仕方ない。
一度は銀河が死ぬんじゃないかって、慌てて飛び出したけれど、私はまだ死にたくない、死ぬのは怖い。
楓「……でも」
精一杯足掻いて生き延びても、結局、私は自分の部屋に閉じ籠る日々に戻るだけなのではないか。
由乃さんや建一さん、そして……銀河と一緒に生き延びる事が出来たなら、私は変わる事ができるだろうか。
正直、よく分からない。
分からないけれど、叶う事なら、未来では皆と友達になって、笑い合える私でいたい。
楓「……そうだね。ウジウジしてる私なんて、絶対に格好悪い」
私もよくゲームのキャラクターに似たようなケチをつけていた事を思い出し、思わず失笑した。
楓「まったく、銀河もいつまで寝てんだか。早いとこ起きて、少しは手伝いなさいよねっ」
起きたらチート野郎のくせに、あまりにも無防備な姿をさらす銀河に「肝心な時になにしてんのよ」と愚痴を溢す。
これ見よがしに顔にでこぴんをかまし、私は銀河を残して部屋の扉を開け放った。
楓「さて……と、2人がどっちに行ったのかくらいは、ちゃんと見とくんだったなぁ」
扉を出て2秒足らずで、私は立ち往生する羽目になってしまった。
不謹慎だが、わーきゃーと悲鳴のひとつでも上がってくれれば、まだ行き先が分かりやすいのにと考えてしまう。
いっそ呼んでみようかとも思ったが、それでは逆に、私の居場所がトラブルを起こした問題児に知られてしまうだけだ。
楓「仕方ない。こうなったら――――勘ね」
とりあえず携帯で地図を表示させてから、2人が居そうな気がする場所を探す。
そんな事をして分かる訳もないのだが、ゼロよりは一歩踏み出すのが私流。
未知のダンジョン探索する事、ゲームの常識なり。
間違えてレベル帯の違う場所に突っ込んでしまっても、とりあえず死んでから学習できるのがゲームの良いところなのだが……。
楓「リアルなんだもんなぁ、残機補充アイテムとかあればいいのに……」
ぶつぶつ呟きながら、それっぽい場所に目が行った。
そもそも、この部屋の中からそこまで離れていない場所なのは確実なんだから、近くにある十字路や丁字路をしらみつぶしに探せば見つかる筈なのだ。
楓「安直かな? ま、勘に頼るって決めたばっかだし、行ってみましょうかね」
足を進めようとした、まさにその時だった。
ビーッ! ビーッ!
『施設内に死体反応アリ。回収を行うので、死体から離れて下さい』
突如鳴り響いた死体回収アラートに、楓は血の気が引くような感覚を覚えた。
「な、なんで急に………うわっ!」
「赤羽君!?」
続いて聞こえてきた聞き覚えのある声に、焦りが臨界点に達した楓は、顔色を変えて走り出す。
そして、やはりというべきか、すぐに建一達の居場所に到達した。
真っ先に楓の視界に映ったのは、床に開いた穴に落ちそうになっている建一の姿。
その穴を対象に、手前に観崎と気絶した可憐が、奥に邦和に拘束された由乃が居る。
由乃「赤羽君! 赤羽君……!」
必死に腕の中でもがく由乃を見て、邦和は心底楽しそうに笑い狂っていた。
邦和「俺はこういうのが見たかったんだよ……! 力及ばず、仲間の死を見届けるしかねぇ。どうだ峰沢、敗北の味っつーのはよ!!」
由乃「やだ、嫌だっ………やぁ………! 私、"また"……」
また何もできない。
また護れずに、傍観するだけ。
そんな無力感に、由乃は目尻に涙を浮かべる。
全ては邦和の思惑通りに、事が進んでいた。
一時は由乃が邦和を無力化したようにも見えたが、それは全くの誤解。
邦和が忍ばせていた2つめのギミック『射撃武器ロック』により、銃以外の武器を持たない由乃を完全に無力化させ、人質にする事で立場を逆転させたのだ。
建一達が手出しできないのを良い事に、邦和は持ち歩いていた『チップ』を指でへし折り、建一に投げつけ、その直後に死体回収システムが作動した。
建一「お前、いったい何をしたんだ!」
片手でなんとか穴の淵にぶら下がっている建一は、声を絞り出して見えない相手に質問を投げ掛ける。
邦和「簡単なこった。俺は2つのギミックを手に入れててな。1つは射撃武器ロック、もう1つは兵器操作だ」
由乃「射撃武器……ロック…………」
そう呟き、由乃は勝利したと確信した己の慢心を恥じながら項垂れた。
建一「兵器操作……そうか、じゃあ、お前がアジャスターを操っていた『天真邦和』なんだな。けど、それは説明になってないぞ」
邦和「繰り返し言うが、簡単なこった。俺の『兵器操作』は、一度発動しちまえば操作中の機体が破壊されるまで効果が続く。つまり、破壊される前に操作を中止すりゃあ回数制限はねぇ訳だ」
建一「な……」
なんて無茶苦茶な、と言おうとするが、間髪入れずに邦和は説明を再開した。
邦和「そこで俺が目をつけたのが、壊せば1人分の死者として扱う"コマンドマン"だ。上手く操作すりゃあ、『核』みてーなコアパーツを抜き出せるんじゃねぇかってな」
建一「1人分の死者として扱うだって……? じゃあ、お前がへし折って俺に投げたのは……」
邦和「クク………まさしくそのコアパーツって訳だ」
操作状態のままコアとなるチップを抜き取ったため、邦和の兵器操作ギミックは再びステータスを集めなければ使えない状態になっていた。
しかし、それ程の代償を払って生み出したのが目の前の光景なのだとしたら、邦和にとっては満足の行く結果なのだった。
邦和「良かったなぁ小僧、この建物は浸水中らしいじゃないか。落ちても必死になって泳げば、意外と助かるかもしれねぇぜ。………クク!!」
由乃「あ、貴方という人は………離して下さいっ、離して………!!」
再び腕の中で暴れだした由乃にいい加減やかましくなったのか、邦和は舌打ちをして強く首を絞めるが……
由乃「離せ!!」
少女のそれとは思えない大声で由乃が吠え、意表を付かれた邦和の腕の力が緩まった。
その隙を由乃が見逃す訳もなく、2丁目の銃を取り出し、邦和の瞳を狙って引き金を引く。
元々片手を怪我していた邦和は、それを避ける為に由乃を手放すしか無かった。
由乃は突き飛ばされる形で開放され、銃弾は天井の電灯をひとつ壊すだけに留まった。
由乃「赤羽君っ!」
邦和への追撃はせずに、由乃は建一の元へと駆け付け、前屈みになって穴の中へと手を伸ばした。
建一「馬鹿か、なんて無茶を……」
由乃の手を取りながら、その行為を非難しようとした建一だったが、思わず口を閉ざす。
それは、前屈みの姿勢になり露になった由乃の右の瞳に、思わず見入ってしまったためだった。
左目の淡い紫とは違う、吸い込まれそうな奥行きのあるゴールドの瞳。
前髪を寄せて隠していた事や、瞳の周りにある掻き毟ったような跡から、それが由乃にとってのコンプレックスである事は容易に想像できた。
そして……
建一「……やっぱり俺達は、昔会った事があるんだな」
その瞳を見た建一は、ようやく由乃の事を思い出して、申し訳なさそうに失笑する。
また、建一のその言葉を聞いて、ようやく由乃も赤羽建一はかつて『柳原建一』と名乗っていた少年なのだと確信した。
由乃「う、うそ……じゃあ、ほんとに、赤羽君が……?」
右目を見られているという恐怖さえ忘れて、由乃は両の瞳を見開いて声を震わせる。
10年間秘めていた想いが一気に溢れ返り、頬を涙が伝っていた。
由乃「わ、私っ、ずっとずっと、あ……貴方に会いたかった! 護ってあげられなかったから、今度こそって、そうじゃなくても誰かを護れたらって! そうやって、ずっと、あれからずっと―――」
邦和「うるせぇよ。再開の暑苦しい会話は、あの世に行ってからにしな」
無情にも言葉を遮った邦和は、前屈みになった由乃を後ろから穴の中に蹴り飛ばした。
ドボンと音を立てて水の中に落ちた由乃は、水を吸った衣服や荷物の重みで、呼吸さえままならずに溺れだす。
建一「天真、貴様よくも………!!」
邦和「詰めが甘いんだよ。あれだけの殺気を放っておきながら、トドメを刺さないからこんな事になる。憎いなら、素直に衝動に身を任せればいいだろうに」
建一「黙れ! 由乃は、そんな理由でお前を撃とうとしたんじゃない!」
邦和「結果が全て、峰沢は選択肢を間違えたんだよ。どうする小僧、峰沢を助けるか? その選択をした場合、今度は幼馴染の身が危ないよなぁ………ハハハ!」
邦和は葛藤する建一の姿を期待したのだが、実際にはそうはならなかった。
観崎「建一君っ、どうするべきか、分かってるよね!?」
建一「勿論だ。後は頼む!」
何の躊躇いもなく、建一は淵から手を離してB7Fの水の中に飛び込み、そこで死体回収システムの穴は塞がった。
邦和「……は?」
道端のゴミを見るような瞳で、邦和は閉じた床を見下ろしていた。
邦和「訳分かんねぇ………あいつら、2人揃ってただの死にたがりか」
観崎「自分の命よりも大切で、護りたいものがある。それを"死にたがり"って言うなら、きっと世界には死にたがりの人達でいっぱいなんだろうね」
ブレードを拾い上げて、再びその切先を邦和に向ける観崎。
邦和「……言うじゃないか、小娘の分際で」
理解の範疇を超える行動への苛立ちで、邦和は鬼のようなの形相で牙を剥いた。
楓「(や、やばい。出るタイミングが掴めないうちに、とんでもない事になっちゃった……!)」
由乃さんの事は、建一さんに任せるしか無いが、再びB6Fまで戻って来れる可能性は、残念ながら低いと思う。
ブレードを構えた茶髪ポニーテールの少女は、建一さんの幼馴染らしいから、とりあえずは味方だろう。
その傍らで倒れている青髪の女性は……
楓「(あれっ?)」
ばっちり目が開いていた、というか目が合った。
要するに目覚めたのは良いけど、私と同じように起きるタイミングを失ったのだろう。
すると、その女性は私になにやらジェスチャーを送ってきた。
どうやら何かを指差しているようだが……
楓「(……げ)」
彼女達の荷物と思われるものが散乱している中に、ひときわ目立つライフルが紛れていた。
まさか、私に使えと……?
楓「(無理無理無理! 絶対誤射しちゃうし! そもそも拳銃すら使った事ないのに、いきなりライフルとかハードル高すぎぃ!!)」
必死に首を左右に振るが、女性は親指を立ててグッジョブの合図を送ってくる。
楓「(わ、私はやらないってば、もー!!)」
可憐の無茶振りに頭を抱える楓をよそに、観崎と邦和の戦いが再び幕を開けようとしていた。




