EP3-020:Resumption
建一の口から出た言葉に、場の雰囲気が一気に気まずいものになる。
軟派と勘違いされかねない言葉は、しかし確実にそれ意外の理由で由乃を動揺させていた。
由乃「……えっ、えっと。なんですか急に」
建一「あぁいや、俺の思い過ごしならそれでいいんだ。ちょっと引っかかってな」
建一はひらひらと手を振って、発言を取り消そうとするが……。
由乃「まっ……待って下さい!!」
建一「ど、どうした」
由乃「私は―――」
楓「重要そうな話してるとこ悪いんだけど、外でなんかドンパチ起きてるみたい」
言われるがまま扉の外に意識を集中すると、確かに金属がぶつかるような音と男性の笑い声が聞こえてくる。
建一「……話は後だな。様子見てくる」
由乃「わ、私も行きます……!」
建一が気がかりである銀河に視線を送ると、楓が遮るように立ち上がって「こっちは大丈夫だから」と強がった笑みを見せた。
建一「すまん。それじゃあ行ってくる」
建一が扉を開けて外に出てゆき、続いて由乃も振り返る。
由乃「勢いで『一緒に行く』なんて言ってしまいましたけど、やっぱり私は残った方が………」
楓「何言ってるんですか」
軽く由乃の肩を叩いて、楓は微笑んだ。
楓「男嫌いの私から見ても、建一さんは良い奴ですよ。落とすつもりなら積極的に行かないと!」
由乃「ち、違……!」
楓「ほらほら行った行った!」
半ば追い出されるような形で部屋の外に出た由乃は、もう一度「違うのに……」と呟いてため息をついた。
建一「どうかしたのか?」
由乃「ひゃっ!? な、なんでもないですっ! 行きましょう赤羽君!」
建一「お、おう……」
やけにハキハキと喋る由乃に気圧されながらも、建一は走り出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
邦和「おうおう、小娘一人がそんな状況でよく粘れるもんだなぁ」
観崎「可憐……さんを、守らないといけないからね」
日本刀の切先を向けながら楽しげに笑う邦和とは対象的に、ブレードを握る観崎の表情は優れない。
可憐の身体を運んでいる最中に邦和と遭遇してしまったのは、観崎にとってかなりの痛手だった。
邦和が銃器の類いを使って来ないのが、今の観崎にとって唯一の救いだろう。
観崎「こんな事をしても、なんにもならないよ」
邦和「なるさ、俺が楽しい! いつまで庇いながら戦えるのか、それとも死ぬまで見捨てないのか……なかなか見れるもんじゃないぜ」
一瞬だけ歯軋りをした観崎だったが、目を閉じて深呼吸をすると、再び開いた瞳からは光が消え失せていた。
その次の瞬間には、観崎のブレードが邦和に届く距離で振り下ろされている。
邦和「(は……?)」
邦和は訳が分からないまま力一杯に床を蹴り、後方に転がった。
それを追うように、ブレードは降り下ろす動作から突きの動作に移行し、真っ直ぐ邦和の心臓目掛けて2度目の刃が迫る。
まるで生きた蛇のように、獲物を喰らうまで滑らかに軌道を変え続ける刃に、邦和は舌打ちをした。
邦和「こんの……糞娘が!」
咄嗟に刃先を利き手で受け止めた邦和は、掌の痛みに表情を歪めながら立ち上がった。
観崎「やめよう、こんな事。意味ないよ」
邦和「……くそ、てめぇ、そりゃなんの手品だ」
この小娘といい、峰沢由乃といい、小娘ごときに遅れを取るほど、俺の……天真邦和の人生はヌルいものだったのか?
違う。
天真家に生まれてしまった悪運も―――
地べたを這いつくばりながら生きてきた、殺しの世界も―――
ただ一人の友と呼べる存在を殺した、その決意も―――
―――どれを取っても、殺しにおいて天真邦和がこんな小娘に劣る要素は『存在しない』。
では、これはなんだ。
この小娘達は、死神にでも憑かれているというのか。
邦和「……く、く。そうだよなぁ……お前が俺を超えるには、それ以外考えられねぇ」
観崎「なにを………」
邦和の握力でブレードの刃先がガタガタと震え、刃を伝う血の量が増えるに連れて、光の抜け落ちた観崎の瞳に動揺の色が広がる。
邦和「そうだ……、そういや見たことあったぜ。俺の目は誤魔化せねぇ。そいつは『対地下世界用・地下世界剣術』だ」
観崎「なに、それ、なんの事だか分からないよ。私はただの……」
―――この小娘が見せた剣術は、俺が思い出すのに時間を要する程に使い手の少ないものだ。
聞いた話だと、元は地下世界と呼ばれる劣悪な環境の中で生まれた、獲物を生捕りにする為の剣術だったという。
それを『秀岡』という無名の剣士が改悪し、並外れた体力を持つ相手に致命傷を与える剣術に変化したもの。
それが『対地下世界用・地下世界剣術』だ。
聞いて呆れるスケールのお話で、俺も見様見真似で習得したという憎き祖父に見せて貰った事があっただけだ。
ジジイの死と共に天真家が消え去った今となっては、『秀岡』に関わりのある人間しか受け継いでいない筈だが……
邦和「……いや、他にもひとつだけあったな。苗字は高坂っつったか、お前はあいつの―――」
由乃「今すぐ武器を捨てて、手を上げなさい!!」
邦和の言葉を遮り、両手にハンドガンを持った由乃が2人に銃口を向けて静止を呼び掛けていた。
見覚えのある人物の登場に邦和の口元が緩むが、アジャスター越しに声を聞いただけの由乃はそれに気付かない。
建一「観崎……? 観崎なのか!?」
観崎「―――!!」
そして、意外な形で再開する事になった建一と観崎。
倒れた可憐と相対する2人を見ても、建一達にはこれがどういった状況なのかよく分からなかった。
邦和「どうする、見事にロックオンされてるぜ」
観崎「私は、元々こんな事は止めようって言ってた筈だよ」
観崎が血のついたブレードを床に放ると、邦和も日本刀を手放し、2人はそのまま両手を上げた。
ひとまず死者が出る前に争いを止める事が出来た事に安堵し、由乃は建一を横目で見た。
由乃「お知り合いですか?」
建一「……あぁ、幼馴染だ。正直、立ってるのがやっとなくらい動揺してるよ」
どう声を掛ければ良いかと考える建一の様子を見て、観崎は視線を反らした。
観崎「け……建一も誘拐されてたんだね」
建一「そっちこそ……」
黙って目を反らし続ける観崎に、建一は違和感を感じていた。
普段なら、もっと大げさなリアクションを取って、失笑しながらこう言う筈だ。
―――みぎゅう、と。
邦和「その女、やたらと強くて楽しかったぜ? いったいどんな教育を受けてるのか、ちょっくら教えてくれよ幼馴染君」
建一「強かった? 観崎が? そんな筈は……」
俺が覚えている限りでは、観崎は剣道などの運動部系の部活に入った事はなく、体育で少し成績が良い程度だったはずだ。
違和感は膨れ上がるばかりなのに、その正体は検討もつかない。
邦和「と、幼馴染君は言っているようだが……?」
観崎「……だから、私は強くなんかないってだけだよ」
邦和「そいつはおかしい話だ。俺の勘違いとは思えないんだが、さては幼馴染君には内緒なのか」
観崎「………」
再び観崎が黙りを貫き、場が静まり返ったところで、由乃は再び口を開いた。
由乃「私としては、争いの原因を無くして和解。もしくは、この場は双方退いて頂きたいのですが」
観崎「私は元々、争う気なんかなかったから、どちらでも良いんだよ」
邦和「………ふむ、そんじゃまぁ。開錠条件に素直に従った俺が悪かったですよと」
つまらなさそうにそっぽを向く邦和に、由乃は訝しげな視線を送りながらも「分かりました」と言って銃を下ろした。
観崎「……建一と2人で話したいんだけど、いいかな」
由乃「では、私達は外れましょうか」
邦和「はいはい、めんどくせぇな」
心底かったるそうにさりげなく日本刀を拾おうとする邦和に、由乃は再び銃口を向け、邦和は「やれやれ」と失笑しながら大人しく由乃と共に建一達と距離を取った。
建一「話って、わざわざ2人を外さなきゃいけないような事なのか?」
観崎「……うん、他の人には聞かせられないかな。建一……じゃなくて、『建一君』には、話しておかないと失礼だから」
わざわざ君付けで呼び直す観崎の表情が、自分の知っている幼馴染のものとは思えず、建一は息を飲んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
一方、由乃と邦和の側では……
邦和「もう大人し~く撤退すっからよ、いい加減その銃仕舞ってくれねぇか?」
由乃「嫌です、貴方……天真邦和さんでしょう?」
由乃が全く隙を見せない理由に納得して、邦和はまたしてもため息をつく。
邦和「クク、流石にそこまで節穴の目ではなかったか。それにしても、こうも警戒されると気疲れするね。こちとら今は怪我人だぜ」
深い切傷が入った右の掌を由乃に見せつけながら、わざとらしく痛がっているような仕草を見せる。
由乃「……そんな事より、開錠条件に従ったとは、なんの事です?」
邦和「は? テメェ何言ってんだ?」
由乃「何って………………あ」
由乃はしまったと左手で口を隠すが、もう遅かった。
さっきまでのだるそうな表情と打って変わって、邦和は由乃を強く睨みつけている。
邦和「……お前、どうやってこの階まで来た」
由乃「そ、その……私は」
上手い言い訳は無いものかと考える由乃に、邦和は舌打ちをして苛立ちを露にする。
由乃「……あ、貴方に教える理由はありません」
邦和「隠さなきゃなんねぇ事をした、と………全くとんだ小娘だな」
人を日本刀で襲っていた貴方にだけは言われたくないと思いながら、由乃は唇を尖らせる。
邦和「ハァ………ったく、こんな面倒な事になるとはなぁ」
由乃「自己責任です。警察に届ければ、まず間違いなく有罪となりますよ」
そう口にしながらも、脳裏に杉森華僑の姿が浮かび、自分の言葉に自信がなくなってくる。
天真邦和を野放しにすれば、私達が安全になったとしても、必ず他の誰かを襲うだろう。
では、どうすれば……?
由乃「貴方は、どうしたいんですか?」
邦和「どうって、そりゃあこの面白い地下施設を満喫しながら、地上に戻れれば万々歳さ」
由乃「面白い……ですか、少しだけなら分かるような気がします」
邦和「ほう…?」
意外そうな顔をしてまじまじと瞳を覗き込まれ、由乃は気まずくなって視線を反らす。
由乃「銃は好きですが、一般人は玩具のものしか手にできないでしょう。ですから、本物の銃を誰かの為に握れるのなら、それは私にとって決してマイナスではないと……」
邦和「……お前」
由乃「変だという自覚はあります。ですから、ここから無事脱出するまでは、人を殺さないで頂けませんか?」
邦和「あぁ? どうしてそうなる」
由乃「貴方は人を傷つけずにはいられない、私はそれを見過ごせない。この地下施設は浸水している真っ只中ですし、ここで時間を浪費するのはお互いの為になりません」
常に邦和からの殺気が身体を貫く恐怖の中、なんとか伝えるべき事を伝え、由乃は緊張に顔を強張らせながら冷や汗を流す。
邦和「なかなかどうして面白い小娘だ。ま、ここは大人しく―――」
……ピピッ!
邦和「―――するわけねぇだろ」
◆◆◆◆◆◆◆◆
建一「……俺にだぞ、よりによって、俺に、それを全部信じろと……?」
観崎は申し訳なさそうに瞳を反らし、小さく頷く。
建一は与えられた情報を整理する為に、唸りながら考えていたが、決心がついたのか複雑そうな表情で観崎に向き直った。
建一「くそ……分かったよ」
観崎「ほ、本当に……?」
建一「正直、いつもの悪ふざけであって欲しかったよ。でも、違和感の正体が"それ"なんだったら色々な事の辻褄が合う」
観崎「……ごめん」
謝る観崎の頭に手を伸ばそうとして、しかし触れる事なく、建一の手は途中でぶらりと下ろされた。
建一「戻ろう。いつまでも由乃一人にあの男を任せてはおけないからな」
観崎「分かった」
二人は横目で由乃達の事を確認し、そして目を見開いた。
邦和「お話は済んだかよ」
彼等が見たのは、先刻までとは立場が逆転し、喉元にナイフを突き付けられている由乃の姿だった。




