EP3-019:Each meeting
指先で一枚のチップをくるくると器用に回しながら、天真邦和はギラついた瞳を細めて考え事をしていた。
邦和「なんだか不気味な感じがしやがるな……」
長きに渡って殺し屋じみた事をしていた邦和にとって、『危機感』とは多大なる知識と経験から生まれるものであり、本人もそれを自覚している。
そのため、指先で躍るチップを使った悪巧みよりも、今は自らが感じた違和感を優先して思考しているのだ。
邦和「このクソ面白い建物は、とんでもねぇ殺し合い好きが作った物だと踏んでたが……なんだ、何か見落としたか、俺は」
ぶつぶつ呟きながら片手で血の色のような赤髪をぐしゃぐしゃと掻き毟るが、結局邦和は違和感の正体を掴めずにいた。
それが今現在、地下都市全域の浸水をはじめとしたパニックを感じ取ったものだとは、今の邦和には知る由もない。
邦和「……考えて分からねぇなら。俺の持つ情報量じゃあ推測不可って事なんだろうな」
邦和は気分を切り替え、いつものように口の端を釣り上げながらチップを強く握った。
邦和「そんな事より、今は"コイツ"をどう使うかだな……クク」
◆◆◆◆◆◆◆◆
由乃「水没、ですか?」
後ろの安全を確認していた視線を横に戻し、よく分からないといった表情で疑問符を浮かべる由乃に、建一は首を縦に振った。
建一「確かに俺は『死体の回収をする』って警告の後に、床が開いたのを見たんだ」
由乃「それは聞きましたけど、ただ私達"プレイヤー"のいる階層から、その……御遺体を除けたいという意味では?」
建一「それも確かに回収と呼べなくもないけど、もし水没が『犯人の故意じゃない』としたら、話は変わって来るだろう」
建一の言いたい事を理解したのか、由乃は言葉を詰まらせて唸る。
つまり、本来の死体回収とは、文字通り『生命活動を停止した実験体の確保』であり、水没が起きてしまった事で、その作業工程が行えなくなった……と建一は予想したのだ。
推測の裏付けとして、建一と由乃は誘拐犯の一人と思われる人物の計らいで命を救われている。
由乃「では、杉森華僑という警官さんは……」
建一「由乃が聞いた誘拐犯と杉森……刑事(?)の会話から考えれば、杉森刑事が水没を起こした人物だろうな。そう仮定するなら、この地下施設のルールは破綻してるんだ。誘拐犯の介入も頷ける」
由乃「じゃあ。杉森さんの介入で、プレイヤーと誘拐犯との三つ巴状態になっているという事ですか」
建一「俺はそうだと思うんだけど、やっぱり直接確認しない事には分からないな……」
シカバネアソビという名の計画内容について、2人はあえて触れずに考察を続けていた。
既に結論に至るピースは揃いつつあるものの、それを認めたくないという心が、無意識に彼等を答えから遠ざけているのだ。
建一「……と、推測はこのくらいにして、これからどうしようか」
由乃「そうですねぇ……」
以前に建一が述べたように、これが人体実験であると仮定するならば、正攻法で進む事は得策ではない。
だからといって、地道に隠し通路を探す手段は、浸水というタイムリミットに間に合う保証が無いだろう。
由乃「ひとまず手段が見つかるまでは、他のプレイヤーさん達と同じように進むしかありませんよね」
建一「それもそうか。結局、これが人体実験だなんて確証がある訳じゃないしな」
由乃「それを確かめるにあたって、私は例の誘拐犯の少女と、もういちど話がしてみたいです」
建一「……そうだな。俺も最初に出会ったあの男に、聞きたい事がある」
由乃「逆に、天真さん、杉森さん、末癸さんの3人は、出会い頭に争いに発展しかねませんし、まだ会いたくありませんね」
建一「(……ん?)」
『"まだ"会いたくない』という言い回しに疑問を抱いた建一だったが、話題を反らしたくなかったため深くは追求しなかった。
由乃「……」
建一「…………」
由乃「………………」
そして、この沈黙である。
由乃は銃の話や脱出の考察となると能弁だが、それ以外で自ら話題を振る事は少ない。
そのため、ふとした事で会話が途切れてしまうのだ。
いつも観崎の話に相槌を打ってばかりの建一と、そもそもコミュニケーションが苦手な由乃とでは、会話が長続きしないのは必然だろう。
建一「(俺と由乃とじゃ、色々と相性が悪いんだろうなぁ、はは……。こんなところ観崎に見られたら、数時間コースの説教だよ)」
自分で説教を始めておきながら、話題が反れに反れ、最終的に何を叱っていたのかまで忘れてしまう幼馴染の姿を脳裏に浮かべて、思わず笑みが零れた。
由乃「……あ」
建一「ん?」
由乃「い、いえ……なんでも」
その場に無いものを見るような遠い目をしながら、笑みを浮かべる建一を見て、由乃は『初めて赤羽君の笑みを見た』と考えていた。
実際、由乃は何度か建一の微笑む姿を見た事があるのだが、今までのものとは違う微かに心の込められた笑みが、由乃に全く違う印象を与えたのだろう。
由乃「(それだけじゃない。懐かしくて、息苦しい感じがする……)」
思い込み、錯覚、ただの気のせいだ。
そう結論付けようとしても、私の頭はなかなか頑固で言うことを聞かない。
何か別の事を話して、頭を切り替えようかと考えながら、十字路に足を踏み入れた時……それは起こった。
建一「へぶしッ!?」
楓「ぶわふ――!?」
走りながら十字路に突っ込んできた楓が、真横から建一に突撃する。
続いて、その勢いでよろめいた建一は由乃を巻き込み、3人でドミノ形式に床に倒れ込んだ。
楓「いつつ……ちょっと! 何処見て歩いてんのよ、この……!」
由乃「お……重…………ぃ、です。赤羽君……」
二人の言葉をすぐ近くで聞きながら、建一にはその内容が全く頭に入っていなかった。
建一「(アカン)」
右頬と、左太股に、それぞれ生暖かいクッションのような感触があるのだ。
瞬時にそれが"何"なのかを理解した建一は、胸の奥に渦巻く邪な感情と、血の気が引くような緊迫感をほぼ同時に味わった。
楓「……ひっ!?」
半分ほど身体を起こした所で、自分が建一の左足に跨がるような姿勢をとっている事に気付いたのか、楓は慌てて立ち上がった。
そして、スカートの裾を押さえながらキッと殺意のこもった視線で建一を強く睨む。
建一「い、いや、あの……」
楓「言い訳考えるくらいなら、さっさとその子から離れたらどうなのよ。このヘンタイ!!」
由乃「ちょっ、ちょっと貴女! いきなりヘンタイだなんて失礼……で………………」
間髪入れずに声を大にして否定しようとした由乃は、ようやく自分の胸に乗っているものに気付いた。
楓「………」
由乃「………」
建一「………」
起き上がった建一は、無言で数歩後退して、床に頭をつけて2人に土下座する。
楓「………」
建一「………」
由乃「………あ、あわ―――
―――◎%@±×☆♀¥π$〒≡△♂*£≠#……!!??」
湯気が出そうな程真っ赤に顔を紅潮させた由乃は、焦点の定まらない瞳でパクパクと訳の分からない呪文を唱え始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
それから由乃が(辛うじて)落ち着きを取り戻すのに、10分近い時間を要した。
建一「悪かった、由乃。この通りだ」
由乃「い、いえっ! 私は、別に! これっぽっちも! そんな! はい! 元気です!!」
再び頭を下げる建一に、由乃は背を向けながら裏返った声で返事をする。
建一「君にも、ほんと悪い事した。すまない」
楓「あーうん、もういいわ……というか発端は私だし。むしろこれ以上謝られたら、逆に頭痛くなるわ」
面倒臭そうな表情でため息をつく楓は、取り乱す由乃とひたすら謝り続ける建一を1人で鎮圧化する事になり、その苦労で既にヘトヘトだったのだ。
建一「それで、君はどうして、あんなに急いでいたんだ?」
楓「え? そりゃあ"アイツ"が……」
何かを思い出したのか、かちんと楓の表情が固まった。
頬をひきつらせ、青ざめた表情で冷や汗を流している。
楓「そうだったァぁぁああああ!! 私、こんな事してる場合じゃなかったぁぁああああ!!!!」
頭を抱えて叫ぶ楓に、ただ事じゃないと感じたのか、由乃は振り返って「何があったんですか」と尋ねる。
楓も何をどう説明すれば良いのか分からずに、懇願するように建一と由乃を交互に見つめる。
楓「なんかもう、私も訳分かんなくて……! 何しても目ぇ覚まさないのよ! ねぇ、アイツを、銀河を助けてよ!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆
案内された一室で、その青年―――銀河は床に横たえられていた。
髪から衣服から全てが白色で、血色も悪かったため、最初は生きているのかさえ疑った。
由乃「志崎さん。多分、その2人は杉森華僑さんと末癸姜さんだと思います」
楓「あっ、う……うん。確か、そんな感じで呼び合ってた気がする……」
なんだかんだ、見知らぬ場所で目覚めて不安だった楓にとって、銀河は頼みの綱のようなものだった。
その色白の顔を見下ろしながら呟く声は、あまりに弱々しい。
由乃「聞いた限りだと、赤羽君の推測通り、浸水を引き起こしたのは誘拐犯でなく、杉森さんで間違いなさそうですね……赤羽君?」
由乃が背後に視線を送ると、建一は壁際で何やら考え事をしているらしかった。
少し思い詰めた表情に見えたが、また何か今後の為に考えているのだろうと、由乃はそれ以上声を掛けなかった。
楓「質問なんだけど、浸水してるって……まさかこの建物のことなの?」
由乃「そうですけど……」
楓「嘘、じゃあ早く移動しなきゃ! あぁ、でも銀河はどうしたら……!」
今度は、さっきとは逆に取り乱す楓を由乃がなだめる事になってしまっていた。
建一はそれを横目で確認しながら、呼吸が荒くなるのを必死で我慢していた。
建一「(闇医者"雨ノ宮伸"―――! そいつが、銀河の記憶を『奪った』だって!?)」
末癸姜だけでなく、雨ノ宮伸の名まで聞く事になるとは思わなかった。
その2人は、ただの夢の中の登場人物だった筈だ。
それだけじゃない、姜曰く、雨ノ宮は記憶を『意図的』に、奪う事ができるらしい。
信じたくはないが、そんな、人の記憶を容易く取り上げるような真似が可能なら、それは逆に―――
建一「(……落ち着け、まだ"そう"と決まった訳じゃない)」
見たところ、銀河は『俺が夢を見ていた時』と同じ状態にあると言える。
杉森刑事曰く『シカバネ』という物騒な名で表されるようだが、俺はこの通り五体満足だ。
シカバネアソビという計画名と『シカバネ』がどう関連しているのかは分からないが、確かめようが無いものは仕方ない。
丁度、由乃も俺が眠っていた時の話を楓に伝えていたのか、一瞬だけ2人の視線が向けられた。
建一「(彼が……銀河が目を覚ませば、何か分かるだろうか)」
銀河の苗字は、何の偶然か『柳原』というらしい。
楓からそれを聞いた時、何故か由乃まで驚いていたように見えたが、あれは何だったのだろう。
もしかすると、由乃は……
建一「由乃」
由乃「はい? なんでしょう」
あまり詮索するのは良くないのかもしれないが、俺はずっと由乃に対して、何かが引っかかっている。
まるで、俺は由乃を何年も前から知っているような……。
建一「―――もしかして、俺は由乃と会った事があるのか?」




