表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シカバネアソビ  作者: Mr.バナナ
Episode3~カゲフミアソビ~
92/150

EP3-015:Success

時は、由乃達が戦闘を始める少し前に遡る。


血溜まりの中に横たわる男性に首を締められながら、建一は軽いパニック状態に陥っていた。


建一「……な、に……を」


瀕死状態とは思えない握力で首を締め付けている手を、必死に引き剥がそうとするがびくともしない。


そもそも、この男性は、何故こんな事を―――



晶人「コロ、ス」


建一「う…ぁ………ぐぎ……かは………!!」


思考に靄がかかり、目の前の景色がぐにゃりと歪んでゆく。


死ぬ。


殺される。


だが、恐怖は無かった。





……別にいいじゃないか。


どうせ面白味のない日常を歩むしかないのだから、今ここで死んだって後悔もなにも無い。


早く俺を楽にしてくれ。


そう考え、全身の力を抜こうとした時、脳裏に銃を構えてアジャスターに立ち向かう由乃の姿が過った。





―――本当か?



由乃は必死に戦ってくれているというのに、抗いもせずに死んで、本当に俺は後悔しないと言えるのか?


と、脳裏に直接響く、俺のようで俺じゃない俺の声。



―――抗え、赤羽建一。



そうだ、あまりにも不恰好じゃないか。


後悔など無くとも、こんな中途半端な場所で果てるなんて御断りだ。


そうさ。


俺はまだ、死ねない!



建一「うぉぉ…………ぉぉおおおおお!!」


がしりと男性の両腕を掴んで力を込める。


先程までとは打って変わって、身体の奥底から力が沸きあがって来るようだった。


それを感じ取ってか、男性は血塗れの頭を下げたまま、ニヤリと口の端を釣り上げた。


晶人「―――拓摩ァ」


建一「!?」


俺は最初、男性の発した言葉が幻聴なのではないかと耳を疑った。


存在するかさえ分からない人物の名が、思いもよらない場面で出てきた事に動揺し、一瞬だけ両手の力が緩む。


その隙に、再び男性の指先が俺の首に食い込んだ。


建一「こ……この…………ッ!」


駄目だ。息が………でき、な。









ぐしゃ





突然、首を締めていた圧力が無くなり、俺は四つん這いになって咳き込む。


2度、3度と大きく酸素を貪って、ようやく自分が解放された事に気が付いた。



―――何が起きた?



喉をさすりながら顔を上げると、目前には信じられない光景が広がっていた。


男性の首元にはナイフの柄が生えていて、それを見下ろしながら、先程まで泣きじゃくっていた子供がくすくすと笑っていた。


程なくして、死体回収をするという旨のアナウンスが流れ、男性の身体は突如開いた床の穴に吸い込まれ、ドボンと水中に沈んだ。


「あら、まだ死体回収システムは止められていませんのね。あの子ったら、異常事態だというのに律義ですこと」


頬についた返り血を可愛らしいマスコットもののハンカチで拭き取りながら、少女の視線が俺に向けられる。



建一「お前は、誰だ」


会話のひとつも交わした事のない子供だったが、俺には先程泣きじゃくっていた幼い少女と、男性にナイフを突き刺した少女が同一人物とは思えなかった。


「見返りも無しに質問に答える義理はありませんわ」


建一「み、見返り……?」


「例えば……そうねぇ、その若々しい身体を私に弄ばせて下さるとか」


未だ動揺の抜けない俺に、少女は目を細めながら舌なめずりをした。


若々しいとか弄ぶとか、いったいこの少女は何歳のつもりなのだろう。


「あぁ……でも、折角"成功"しましたのに、こうも幼いと楽しむどころか最初のうちは痛そうですわねぇ」


建一「成功ってなんの――――……いや、待てよ。お前、その口調、何処かで……」


この少女から滲み出る底無しの泥沼のような雰囲気を、俺は知っている。


いや、だが、しかし、そんな事が起こり得るのだろうか?


あまりにも非現実的、非科学的、あり得ない。



「へぇ、私を知っている口振りですわね。もしかして………何か良い夢でも見れました? クスクス……」


そして、少女の口から"夢"というワードが出た事で確信に至る。



建一「ま、待て! じゃあなんだ、まさか、お前は本当に―――」


この幼き少女の中に巣食っている、悪魔の正体。


その名を口にしようとした瞬間、少女の方から名乗りを上げた。







「はじめまして。お察しの通り………わたくし、シカバネに君臨せし悪魔の御霊―――末癸姜と申します。以後、お見知り置きを」


姜と名乗った少女は園児服のスカートの裾を持ち上げて挨拶をした。





スエミズノトキョウ。



すえみずのときょう。



末癸姜。



それは、俺があの奇妙な夢で見た………神堂拓摩の仲間の1人だ。


この仕草、口調、雰囲気、全てが夢の中の人物像と一致している。


敢えて違う要素を上げるとするならば、それは外見と年齢だけだった。


建一「ど、どうっ……どういう事なんだっ!?」


ピンク髪の少女を差す指が、わなわなと恐怖に震えていた。


少女は俺の手首に手を添えて、人差し指に舌を這わせてくる。


姜「嫌ですわぁ……わたくしの事は知っていらしたというのに、肝心なコトは何もご存知ありませんのね」


建一「肝心な、こと……?」


姜「クスクス。残念ですが、これ以上わたくしにものを訪ねたいのなら……わたくし専用の玩具になって貰いますわよ」


人ではなく、物を見つめるようなねっとりとした視線が全身を這い回る。


込み上げてくる吐き気に、俺は思わず右手で口を覆いたくなったが、少女が俺の手を離そうとしない。


姜「はぁあ……いい、とてもいい表情ですわ。わたくし、貴方ようなうぶな殿方を"壊す"のが大好きですの」


建一「……や、めろ」


姜「くすくす。貴方のような思春期の男性が、そう簡単に誘惑を断ち切れる訳がありませんわ。わたくしに身を預けて、楽にして下さいな」


はぁ、と熱い吐息を吐きながら、少女の身体が密着してきた。


それきり俺の身体は、まるで凍りづけにでもなったかのようにピクリとも動かなくなる。


姜「そう、そうですわ。まどろみに身を任せなさい……」


建一「(なんだ……これ、すごく、眠…………)」


少女の体温が俺の身体を飲み込むかのような錯覚と共に、意識が霞んでゆく。



―――ほうら、眠りなさい。そしてもう一度、夢を見なさい。





「…………」


なんだろう、誰かが呼んでいる。


嫌だ。こんなに心地よい眠りからは、醒めたくない。


「…………ん」


うるさい。


静かにしてくれ。






「……ば……くん」


なんだ、俺はこの声を知っている。


誰の声だっけ、これ。


確か、本のある場所で―――





由乃「……その子から離れて下さい、赤羽君っ!」


建一「!」


はっと意識が覚醒し、俺は目の前のピンク髪の少女を突き飛ばした。


姜「あら残念、もっと押しを強くするべきだったのかしら……」


今の今まで、目の前の得体の知れない少女に身を任せていたのかと思うとぞっとする。


まるで催眠術にかかったように、簡単に誘われてしまっていた。


由乃「き、きみっ……いくら子供でも、抱き合うのは、その…………ではなくっ! 表情があからさまにいやらしかったです!」


その足元にアジャスターの武装であるブレードとライフルがある事から、由乃は上手くやってくれたようだ。


しかし、顔を真っ赤に紅潮させて、ハンドガンを構えている様は、明らかにことの重大さを理解していない。


建一「由乃、気をつけろ。この子はあろう事か、撃たれて負傷していた男の人にトドメを刺したんだ」


由乃「……!?」


姜「まぁ。わたくしという命の恩人を、そんな風に表されるのは不本意ですわ」


少女は数秒の間だけ唇を尖らせていたが、再び笑みを浮かべる。


姜「……残念ですが、わたくし今は急ぎの用事がありますの。そろそろお別れの時間ですわ。また会いましょう、"建一サン"」


少し距離を置いてから、再びスカートの裾を持ち上げて、少女はくすくすと笑みを溢しながら立ち去って行った。


その姿が見えなくなって、ようやく極限の緊張状態から解放される。


はぁ、と大きく息を吐き出してから、今目の前で起きた事について思案した。


建一「(末癸姜、少なくとも偽物なんかじゃなかった。これはいったい、どういう事なんだ)」


それに、名乗った記憶など無いのだが、何故あの子は俺の名前を知っていたのだろう。


顔を右手で押さえながら考えるが、そう簡単に答えが分かる筈も無く、俺はよりいっそう深いため息をつく。


由乃「……」


ふと、隣から訝しげな視線が送られてくる事に気付いた。


建一「な、なんだよ」


由乃「いいえ、赤羽君もオトコノコなんですねと思っただけです」


つん、とそっぽを向く由乃。


どうやら危険人物である少女に迫られて抵抗しなかった事に、機嫌を損ねさせてしまったらしい。


建一「い、いや、別にさっきのはそういうんじゃ……」


由乃「背中に手まで回しておいて、何を言っているんですか」


建一「(そ、そんな事してたのか俺ーーっ!)」


確かに由乃の声で意識が覚醒した時、両手は床ではなく少女の背中にあった気がする。



由乃「……子供がお好きなんですか?」


建一「断じて違う! あれは、多分、目の前で人が死んで精神的に不安定だったから……。そりゃ、可愛らしいという意味では、人並みには好きだけど」


必死に無実を証明しようとしたが、結果的に見苦しい言い訳になってしまう。


建一「悪かったよ」


由乃「……謝られましても」


建一「ど、どうすればいいんだよ……」


俺の問いに、うーんと少しだけ考える仕草を見せる由乃。


由乃「……わたしも」


建一「も?」


由乃「いえ、な、なんでもないですっ。ごめんなさい、私っ……赤羽君を責めるなんてお門違いなことを」


今度は由乃が平謝りをする形になり、なにがなんだかと建一は苦笑いを浮かべる。


対して由乃は建一に背を向け、自分の感情の乱れに激しく動揺していた。





由乃「(私、どうかしてる……!)」


最初、赤羽君と少女とが抱きしめ合っていた時、私は『心配して損した』と安堵していた。


今まで一緒に行動してきた男性が殺されて、心の支えを失った少女が赤羽君に泣きつくのは当然の事だろうと最初は思った。


しかし、私に気付いた少女が見せた………あの表情。


『これはわたくしの所有物ですのよ』と言いたげな細められた瞳で、赤羽君の頬に舌を這わせるのを見た途端、私の心は強く掻き乱された。



―――盗られた、そう思ったんだ。


由乃「(赤羽君は、別に私のものって訳じゃないのに………)」


どういう訳か、赤羽君は眠りに近い状態だったらしいし、あの子には催眠術のような特技があるのではないかと思えて仕方が無い。



赤羽君に抱き締められた少女を、一瞬だけでも『羨ましい』と思ってしまった……はた迷惑な術だ。


……こんな術、早く解けてくれないだろうか。



こんな方法で、異性を意識したくなんかない。


互いの事を深い部分まで理解し合って、初めて本当の意味で求め合うものだと思うから。


一目惚れなんて幻想だ、表面だけしか見えていない。


そんなの、絶対に違う。


私の理解者は、思い出の中の"あの子"だけなんだから。


建一「その……大丈夫か?」


由乃「……はい。ごめんなさい、取り乱してしまって」


大丈夫、もう戻っている。


ちゃんといつもの峰沢由乃だ。


由乃「何が起きたのか、教えて頂けませんか?」


建一「……分かった。正直、俺の理解の範疇を越えてるけど……見たままの事を話すよ」



建一は全てを話した。


瀕死の男性が建一の首を締めて、『拓摩』という名を呟いた事。


その男性を殺した少女が、『末癸姜』と名乗った事。


少女に誘惑される中で、何故か急激な眠気に襲われた事を。


由乃「その、末癸さん……でいいんでしょうか。彼女は確かに『成功』と言ったんですか?」


建一「ああ、そう言ってた。折角成功したのに、こうも幼いと……って」


そこで2人の間に沈黙が流れる。



―――"こうも幼いと"



少女は、末癸姜はこう言った。


俺は"肝心な事"は何も分かっていないのだと。


そして、姜はこう名乗った筈だ。


私は"シカバネ"に君臨せし悪魔の御霊なのだと。


建一「――確かめないと」


シカバネアソビというのは、俺達の想像を越えた恐るべき計画なのかもしれない―――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ