EP3-014:An gunner
涼路晶人と珠田まるが出会ったのは、B8Fでの事だった。
水圧で上の階への扉が開けられないと四苦八苦していたまるを、地図を頼りに通り掛かった晶人が助けたのだ。
その後もB6Fまで何事もなく辿り着いた2人だったが、『何事も無かった原因』が逆に思わぬ脅威を呼び寄せる事になるなど、誰にも予想できなかっただろう。
『ハハハッ、こりゃあいい!』
アジャスターのスピーカーを通じて、天真邦和の笑い声が発せられる。
晶人とまるを追っているアジャスターは現在、天真邦和の使用する最上位ギミック『兵器操作』によって操られているのだ。
兵器操作ギミックはその名の通り、使用者と同じ階層に存在する兵器を1機だけコントロール可能にする。
情報室に取り付けられた操作用の機材が必要になるが、明らかにゲームバランスを崩しかねないギミックだ。
そのため、『150』という割に合わない高いステータス消費が設定され、本来はプレイヤー同士を戦わせる為の『餌』のひとつでしか無い筈だった。
しかし、モニタールームの少女が浸水からプレイヤー達を逃がすべく、大量のアジャスターに『天真邦和に突貫せよ』と命令を送り、邦和にアジャスターを破壊させた。
結果、B7FおよびB6Fのアジャスター破壊ノルマは順調に進んでいる訳だが、邦和は1人で30機以上のアジャスターを破壊する事になり、兵器操作ギミックを発動するに至ってしまったのだ。
晶人「君は誘拐犯ではないんだろう!? こんな無意味な争いは止めるんだ!」
邦和『真面目ぶった全うな意見だなぁ、胸糞悪ぃ。俺は好きでやってんだよ』
晶人「くそ、聞く耳持たないか……」
まる「はぁ、はぁ……もう、走れな……い、です」
邦和の操作するアジャスターがライフルを構えるのを見て、晶人は息を飲んだ。
アジャスターの標準装備であるライフルだが、行動に制限が掛けられているAIと、邦和の操作とでは天と地ほどの差がある。
その銃口は真っ直ぐ心臓に向けられ、邦和はスピーカー越しにくぐもった笑みを漏らした。
邦和『クク……死にな。偽善者が』
耳を裂くような連続した銃声が鳴り響く直前、晶人はまるを抱え込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
建一と由乃がアジャスターに追い付いた時、既に勝負は決まっていた。
身体を張ってまるを護った晶人は既に虫の息で、アジャスターを操作する邦和は、無情にも傍らで泣き叫んでいるまるに銃口を向けている。
建一「……なんてこった」
由乃「こ、こんな、こんなの……あんまりです。酷すぎます……」
邦和『……あぁ? なんだ新手か、いいとこなのに邪魔が入ったな』
不機嫌そうにブレードの先端をがつがつと床に叩きつけながら、アジャスターの機体が振り返る。
由乃「赤羽君、"この人"は違います……」
建一「だろうな」
建一達を助けた誘拐犯の"彼女"は、どういう訳か死者が出る事を恐れている。
そのため、今現在アジャスターを操作して人を殺そうとした何者かは、建一達が探している誘拐犯側の少女とは無関係と思われた。
冷や汗を流しながら考える仕草を見せていた由乃が、はっと顔を上げる。
B8Fの資料室で、アジャスターという機械のレプリカを見た事を思い出したからだ。
同時に、由乃の強ばった表情が引き締まる。
由乃「……赤羽君、あれは私に任せてくれませんか?」
建一「き、危険だぞ」
由乃「その言葉は、銃を扱えない赤羽君の方が当てはまります。赤羽君には、襲われた2人の事を頼みたいんです」
内気なイメージと打って変わって強い意思を持った眼光に、建一は頷くしかなかった。
どのみち素手での突貫は自殺行為に等しいため、今は由乃の腕を信じるしか無い。
由乃から銃の扱いを教わっていれば、危ない役目を押し付けずに済んだのだろうか……と、建一は少しばかり後悔した。
小声で話をしていた建一達に、アジャスター越しに男はフンと鼻を鳴らす。
邦和『ま、あのガキをいたぶるよりは、お前等の方が楽しませてくれそうだな』
由乃「残念ですが、貴方と戦うのは私1人です」
邦和『あぁ? おいおい舐めて貰っちゃ……』
何か感じるものがあったのか、数秒ほどの沈黙が続き……。
邦和『……分かった、望み通りタイマン張ってやらぁ』
いったいどういう風の吹き回しなのか、邦和は由乃の要請を飲んだ。
由乃「有り難うございます。第三者を巻き込みたくありませんので、場所は変えさせて貰いますよ」
邦和『ククク……いいぜ、好きにしな』
互いに銃口を天井に向けながら、1人と1機が建一の隣を通り過ぎて行った。
由乃達が戻って来る気配が無い事を確認し、建一は倒れている男性の元へと駆け寄る。
建一「大丈夫……なわけないよな。意識はありますか!?」
晶人「……ぁ……あ」
絞り出したような声を上げたと思った直後、男性はげほっと大量の血を吐き出した。
傍らで泣きじゃくっていた子供が、ひっ、と息を飲む。
建一「む、無理に喋ろうとしなくていいです! くそ、いったい何発受けたんだ……」
晶人「……ぁ……ガ!」
男性がびくりと強く身体を震わせ、動かなくなる。
建一「おい、しっかりし―――」
その身体を抱き起こそうと建一が近付いた、次の瞬間―――
男性の右手が、建一の首を掴んでいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
移動を始めて4、5分の場所で、由乃は足を止める。
由乃「ここまで来れば大丈夫でしょう」
邦和『ただの時間稼ぎの線も疑っていたが、真剣に相手してくれるようでなによりだ』
鋼のボディを輝かせているアジャスターからは、感情ひとつ読み取れない。
それでも由乃は、それを操作する相手は笑っているのだろうと確信していた。
由乃「あまり離れると、帰り道が分からなくなってしまいますから」
邦和『帰り道の心配はいらねぇぜ。お前はここで俺に殺されるんだからよ』
由乃「いいえ、帰ります。私にはまだ、やらなければならない事がありますから」
嵐の前の静けさに2人は身を投じる。
そして……
ビーッ! ビーッ!
微かに聞こえた死体回収アラート音が合図となり、決戦の火蓋が切って落とされた。
最初に仕掛けたのは、邦和の操るアジャスターだった。
ライフルのトリガーが引かれ、激しい銃声と共に、無数の殺意の塊が由乃目掛けて吐き出される。
直前にT路地の横道に身体を隠していた由乃は、即座に床や壁に刻まれた弾痕を確認した。
由乃「(狙いがあまり正確じゃない。素人………の線は薄いから、恐らくアジャスターの操作に慣れていない)」
そう分析すると、由乃はT路地から身体を半分だけ出して、アジャスター目掛けて1発だけ発砲した。
ボディ目掛けて真っ直ぐな軌道を描いた銃弾は、ガキンという音と共にアーマーに弾かれた。
それを確認すると、由乃は再びT路地に身体を引っ込める。
由乃「(やっぱり狙うなら頭部。資料室の説明文通りなら、そこにカメラが存在するはず……っ!?)」
しばらく2発目を放つタイミングを伺っていた由乃だったが、銃撃戦を続けるだろうと踏んでいたアジャスターの機動音が急接近してきた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
B6F、情報室。
現状、邦和により占拠されている一室では、アジャスター操作用端末にギミックが差し込まれ、傍らでは座席に腰掛けた邦和がアジャスターを操っていた。
邦和「思った通り……ただの小娘じゃねえな」
マイクの出力をオフにしながら呟き、心底楽しそうに口の端を吊り上げる邦和。
しかし、その瞳は決して笑っていなかった。
邦和「俺が『間接的』に戦っている事を、忘れて貰っちゃ困るな」
T路地の曲がり角に隠れた少女に向かって、最高速度で特攻する。
邦和がアジャスターを通して戦っているからこそできる、身の危険を顧みない選択。
路地を曲がったたその先が、モニターに移し出された。
しかし、そこに邦和の求めた少女の背中は無かった。
邦和「……いねぇな」
1発目の銃弾から邦和の特攻まで、8秒ほどの間があった。
その間に足音を立てぬよう走り去ったか、あるいは―――
邦和はマイクのスイッチをオンにした。
邦和「隠れたって無駄だ。しらみ潰しに探させて貰うからな」
しらみ潰しと聞けば、近くの扉から順番に確かめてゆくと普通は思うだろう。
あの小娘なら、俺が手前から扉を調べて背後がガラ空きになった隙に、奇襲をかける事など造作もないだろう。
邦和「(だから、こうする訳さ……!)」
忘れがちだが、アジャスターのカメラ補足はあくまで補助的なもので、メインの索敵方法は別にある。
……そう、『温度センサー』だ。
邦和「(クク……これで終わりだ)」
手前から順に3つ目、左側に位置するドアノブに、手で触れた事を示す黄色と赤のグラデーションがくっきりと映し出されていた。
ドアノブを回すには、両手に握っているブレードとライフルのどちからを仕舞わなければならないため、邦和はライフルを背中に仕舞う。
狭い室内では近距離武器と遠距離武器の差は殆ど無くなる。
そしてなにより、邦和は一瞬で致命傷を与える銃よりも、じわじわと死を味わわせる刃物を好んで使う傾向が強かった。
―――あの気丈な戦意に満ちた小娘の表情を、死の恐怖で彩るのが楽しみで仕方ない。
……だからだろうか。
由乃「これでチェックメイトです」
何の躊躇いもなくアジャスターにドアノブを握らせた邦和は、自らの判断ミスに気付かないまま、敗北を知る事になった。
機体は背中からドアに押し付けられており、続けて首にハンドガンの銃口が当てられる。
邦和『……こいつは参ったな。俺の言葉から、敵は温度センサーの事を知らない、と考えなかったのか』
由乃「貴方ほどの人が、その機能を見逃すとは思いませんでした。素人の私ですら、ドアノブのひんやりした感触を味わった時に、思い出せたくらいですしね」
ギギギと音を立てて頭部を90度曲げると、邦和は成程なと声を漏らした。
邦和『……上着がねぇな。それで熱を残さぬよう別のドアノブを捻って、隠れていた訳か。よくもまぁ、あの短期間で』
由乃「ええ、貴方の敗因は最後の読み違いだけです。―――有り難うございました」
礼を言われる覚えが無かったため、邦和は頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
由乃「とても参考になる"試合"でしたよ。人を殺めた事は許せませんが、私……峰沢由乃は貴方の実力を認め、敬意を評します」
邦和『峰沢、か……どこが"素人の私"なんだか。俺は天真邦和だ。また会おうぜ、クク……』
由乃のハンドガンから2発度目の銃声が発せられ、アジャスターはぐたりと力なく横たわった。
背中のライフルと右手に持ったブレードを取り上げてから、ようやく由乃は力を抜いて床に座り込んだ。
由乃「か、勝った……。私……勝った………生きてる…………私生きてる……」
もし、アジャスター越しでなく生身の天真邦和が相手だったなら………私は間違いなく死んでいただろう。
操作に不馴れな上、機械越しであるが故に危機感が欠落し、それらを補う為に使った機能を逆手に取れた。
様々な要素が重なり合ったからこそ、私は勝利する事ができたのだ。
杉森華僑ともいずれ戦わなければならないのに、まだあんな猛者がいるという事実に、涙が出そうだった。
最悪、私の身を挺して他の生存者を護る事になるだろう。
由乃「……そうだ、赤羽君っ!」
こんな事をしている場合ではないと、重たいアジャスターの武器を両手で持ったまま立ち上がる。
先程勝負が始まると同時に聞こえてきた死体回収アラートは、いったい誰のものだったのか。
普通に考えれば襲われた男性のものなのだが、なんだか嫌な予感がする。
由乃「(赤羽君、どうか無事でいて下さい………!)」
私はそう祈りながら、元来た道を辿るように走り出した。




