EP3-010:士島雫
――Replay dark05――
神堂拓摩が地下世界に訪れてから、7年の時が過ぎた頃。
地下世界下層よりも更に奥深く、『地下都市』と表現するに相応しい場所。
そこでは大規模なゲームが行われており、地上の人間を大量に拉致しては、地下都市に放り込まれていた。
最年長の生存者さえ、いったい何年前から続いているのか分からないこのゲームにおいて、未だかつて脱出した者は居ないらしい。
誰もがゲームクリアを諦めて、一生を地下都市で過ごす覚悟を決める中、つい最近になって、まだ本気で『クリア』を目指している者がいるらしい、という噂が流れ始めた。
た地下都市の住人の多くは、噂は噂だと鼻で笑っが、誰もが心の中で『クリアが可能ならやって見せて欲しい』と一筋の希望を見出だしていた。
「……不可能。数十年もの間、誰一人としてここから脱出できた人なんて居ない」
この私、士島雫もまた、心の底では日の光を求めているうちの1人だ。
元々地下都市運営メンバーから生まれ、管理塔で育てられた私は、脱出……つまりゲームクリアをするには、普通よりもアドバンテージがある筈だった。
それも親が死んだ今となっては、過去形で表現せざるを得ない。
何故なら……
「へへっ、元気してっかぁ雫ちゃんよぉ」
雫「………」
同じく地下都市運営者の一人に気に入られて、管理塔と少しばかり離れた場所にある牢に捕らわれてしまったのだから。
「そろそろだと思って生贄連れて来てやったから、ちゃんと延命してくれよ? 雫ちゃんだけが、今の俺の楽しみなんだから……へへへ」
気持ちの悪い笑みを浮かべながら、いつものように気絶させられた人間が、私と同じ檻の中に放り込まれて来る。
管理者とはいえ、ゲームエリアに区分された場所では、『定期的に人の命を奪わなければ生存権はない』という本来のルールが課せられる。
無能なしたっぱが無闇に干渉して、ゲームバランスを崩さないように、せめて同じ土俵に立たせよう……という事らしい。
私を閉じ込めている彼は、管理者達の中でもかなりしたっぱのようで、私が人を殺さずに生き延びられるように計らう事は出来ないようだ。
逃げ出したくとも、ここを飛び出せば、自分で殺害対象を見繕わなければならない。
だから、いくら人形のように弄ばれようと、楽に延命ができる今の立場から抜け出す事ができずにいる。
「あ~、おなかすちゃったよぉ。ちょっくらメシ狩りにでも行って来ようかな」
そう口にして、彼は面倒臭そうに立ち去って行った。
いつもは私に捧げる生贄が持っている食料を奪うのだが、この生贄は何も持っていなかったのだろう。
雫「……さて」
生贄の命を奪う為に用意された包丁を拾い上げ、首を裂こうとする。
……が、違和感を感じて数センチ手前で刃を止めた。
"いつもの生贄"は、もっと傷だらけ……というより、身体中に足掻いた痕跡が残っている。
それに比べてこの生贄は服こそズタボロだが、これといった傷は見当たらないのだ。
恐らく、弱い奴だったのだろうと想像する。
雫「……綺麗なお人形さん、めずらしい」
彼は上機嫌な様子だったし、あと半日は戻って来ないだろう。
だったら私も、たまには好き勝手遊んでおかないと、ストレスでどうにかなってしまう。
衣服の類は、彼が私で遊ぶ為に数え切れない程用意されているが、やはり1人では退屈な時間が多い。
今度はいつ遊べる機会が訪れるのか分からないと思うと、目の前のお人形さんを好き勝手にしたいという欲求に揺さぶられる。
雫「手錠しときましょ、お人形さん」
私がまだ抵抗を試みていた頃に使用されていた手錠を拾い上げ、生贄の両手を後ろで繋ぐ。
くすぐったりして意識が無い事を確認すると、私はその胸板に飛び込んだ。
雫「むふー……」
私がそうされているように、誰かを同じ"人形"のように扱うと、孤独感が紛れて満たされた気持ちになる。
そう、こうやって……
雫「……すぅ、良い匂い」
地下都市で身綺麗にしている人は珍しく、土や埃にまみれた他の生贄とは違った匂いがする。
そう、このお人形さんは特別―――。
雫「遊んであげる、お人形さん……」
自分の衣服に手をけけながら、私は目を細めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
朦朧とした意識が覚めてゆき、うっすらと瞳を開ける。
「………」
弓のように鋭い二つの瞳が、私を見下ろしていた。
どうやら私は、遊んでいるうちに疲れてしまい、そのまま眠ってしまったらしい。
雫「……おはよう。お人形さん」
「誰が人形だ。薄ら寒いぞ、服を元に戻せ」
不満そうにため息をつく様子からして、お人形さんは随分前から目覚めていたのだろう。
お人形さんの服を丁寧に着せ直してから、自分は適当に衣服を羽織って立ち上がった。
雫「私が死にそうになった時は、貴方を殺すから。それまでのお人形さん」
「……成程。運営のしたっぱが定期的に生け捕りをしていると、奇妙な噂を辿ってみれば……」
フリルの多い私の服装を見て『どっちが人形だ』と鼻で笑われ、少し不愉快な気持ちになった。
雫「強がり。私はいつでもお人形さんを刺せる」
「……どうかな」
包丁を突き付けても、お人形さんは微動だにしない。
未練は無いし、このまま殺してしまおうと脳裏に浮かべた瞬間――
「はあッ!」
手錠がついた状態にも関わらず、お人形さんは一瞬で立ち上がり、私の包丁を持った手首を狙って蹴りを放って来た。
反射的にその一撃を避ける事が出来たが、風圧が頬をかすめる。
それを肌で感じて、このお人形さんは嘘をついていない事を理解した。
雫「ごめん」
「なにがだ」
雫「強がりじゃなかった。だからごめん」
頭を下げると、お人形さんはため息をついて再び座り込んだ。
「お前、その歳で避けるか。無駄足どころか、これは想像以上の収穫だ」
雫「?」
何が"収穫"なのかいまいち分からず、私は首を傾げる。
「―――日の光を見た事はあるか?」
ふるふると首を横に振る。
生まれも育ちも地下都市の私は、太陽など一度たりとも見た事は無かっった。
見た事があるのは、人工的に作られた偽物の太陽、言わば巨大な電灯だけ。
「俺と来い、お前を日の光が届く場所まで連れて行ってやろう」
お人形さんの言葉に、私は呆れていた。
そんな事出来る訳が無いと、運営側に居た私は良く知っている。
「信じられないか。では、それに足る確証をくれてやる」
お人形さんは大きく息を吸い込み……
「榊ィッ!!」
大きくそう叫ぶと、扉の外から爆発音が聞こえてきた。
榊というのは、この地下都市内で知らぬ者はいないであろう殺人鬼、榊一の事に違い無いだろう。
下手に扱うとゲームバランスを狂わせてしまう為、運営も彼のペナルティだけは慎重に事を進め、時には免除する場合さえあると聞く。
まさか、その彼が……
「なんだァ"お頭"、折角待っててやったのに、傷ひとつ付けてねーじゃねーか」
「何度も言わせるな。必要の無い手出しはしない」
隠し通路の入口を爆発してきたであろう男が、扉を開けて入ってくる。
それは紛れもない、榊一その人だった。
雫「(榊一……本当に現れた)」
一匹狼だと聞いていた榊が、お人形さんを「お頭」と呼んだ事にも驚いたが、彼の後ろには更に3人の人物が控えていた。
「君は血の気が多くていけないね。……あぁ、私は雨ノ宮伸という者だよ」
そのうちの1人、白衣を着た男性が挨拶をする。
残りの2人は部屋の外を見張っているらしく、彼等が5人のチームを組んでいる事は容易に想像できた。
雫「本気で、脱出するつもり……?」
一「俺はこの場所でやりたい放題やれて満足だったが、お頭についてく方が100倍面白そうだったもんでな」
伸「この榊というモンスターを手中にしても、『まだ戦力が足りない』なんて言うリーダーだからこそ信じられる。それで、君はどうするんだい」
お人形さんの信頼は相当なものらしく、誰一人として「不可能だ」と疑う者はいなかった。
「お前というピース揃えば、間違いなく脱出に足る戦力が揃うだろう。この牢で弄ばれ続けるか、俺の戯言に耳を傾けてみるか、選ぶがいい」
差し伸べられた掌に、とうに諦めていた筈の道を垣間見た気がした。
雫「匂い」
一「あ? 匂い……?」
雫「いつもの人より、お人形さんの方がいい匂い」
伸「お気に召したようですよ、リーダー」
当然だ、とお人形さんは鼻で笑う。
断ればどうなるか分からないというのもあったが、なにより私はお人形さんに惹かれてしまったのだ。
「―――お、お前らっ! ここで何してる! どどどうやってここに!?」
いつもの運営のしたっぱが爆発音に気付いて戻って来たらしく、榊達の存在に動揺している。
一「おー、案外早いお帰りだったな。どうするお頭?」
まるで返ってくる答えを知っているかのように、榊は口の端を釣り上げる。
「邪魔者は潰せ」
一「あいよ」
先端がノコギリのような形状の刃物を取り出して、舌舐めずりをする榊。
今まで大人しくしていたため、聞いた話とはイメージが異なると思っていたが、やはり本性は噂通りの人物のようだった。
伸「あぁ、檻の鍵は回収してくれよ?」
一「るせぇ、お得意のピッキングでなんとかしやがれ」
二つ返事で拒否されて、雨ノ宮はやれやれと檻の錠をいじくり始める。
「お、お前、榊一だな! 今まで俺達がどれだけお前を優遇してやったと思ってるんだ、ふざけるな! こんな事をして、ただで済むと思―――」
一「知るか」
「ああああ゛ぁあア゛あぁァァアあ゛あぁあああアアアア!!」
血飛沫が舞い上がるのと同時に、雨ノ宮が檻の鍵を開けた音がした。
伸「さて、したっぱとはいえ運営の1人をやっちゃったし、ここからは休み無しになりそうだ」
「上等。早速だが、お前にも存分に暴れて貰うぞ」
雨ノ宮に手錠を外して貰ったお人形さんは、私を見てそう言った。
雫「綺麗な私のお人形さん、誰にも傷付けさせない」
牢の床下に隠しておいた玩具を漁り、使えそうな銃をあるだけ取り出した。
伸「……やれやれ、この様子だと度々抜け出していたようだね。これだから地下都市は侮れない」
一「もっと命乞いしろやァァぁああ!! 左肩もぶった切ってやるゼぇぇえええ!?」
「もう死んでるぞ、そいつ」
暴走した榊を、今まで傍観していた2人のうちの1人、迷彩服を着てライフルで武装している青年が止める。
沈黙を貫いている最後の一人は、私より5、6才ほど年上の白い髪の少女で、特に何をする訳でもなく天井を見上げていた。
「これより、この6人で地下都市からの脱出を行う。異論は無いな」
一「おうよ!」
伸「勿論」
「問題ない」
「……えぇ」
4人は即答するが、私は黙り込んでいた。
「怖じ気付いたか」
雫「違う。いざ抜け出すとなると、この場所が何の為にあるのか興味が沸いただけ」
一「けったいな事言う小娘だな、殺し合いさせる為に決まってるだろうが」
伸「榊、君は血の気が多いからそう思うだけだよ。私も疑問には思っていたけど、運営の君も知らないとなると、怪しいね」
どうやら雨ノ宮は、私と同じ考えを持っているらしい。
そう、この地下都市は"殺し合い"をさせる為にあるんじゃない。
地上の人間を拉致してきては、無茶苦茶なルールを強いた地下都市に放り込む。
死ぬまで脱出できない地下都市の中で生き残るのは、当然、適応力のある優秀な人間達だ。
殺し合わせるのが目的なら、新米が圧倒的不利なバランスが崩れた常態は作らない。
これは、いったい―――
「選定だ」
お人形さんの発言に場が凍りついた。
「より強く、狡猾な人間を見極める為のシステム。『クリア=脱出』など幻、ゲームクリアした者の肉体は人体実験に使用される。……その実験の名を『シカバネアソビ』」
どうやら榊や雨ノ宮も知らなかったらしく、呆れた表情でため息をついていた。
推測ではなく、明らかな確信を持った言動。
かつての運営の私でさえ知らなかった情報を、どうやって……。
私にはもう、お人形さんの底が見えなかった。
雫「お人形さん……貴方、いったい何者なの」
「――神堂拓摩。ごく普通の人殺しだ」




