EP3-008:後継者
――Replay dark03――
ここは地下世界の、上層と中層のおおよそ中間点。
大きく分けて3つの巨大な階層『上層、中層、下層』に分類される地下世界は、それぞれの層を行き来する為に必ずこの通路を必要とする。
大きな縦穴の中が螺旋階段になっている通路は、中層に近付くにつれて異臭が漂って来る。
雷智「どうした?」
拓摩「……ここ数日、雑草しか食べてなかったのが、響いて来た」
移動の最中、拓摩は壁に手をついて立ち止まっていた。
雷智「下り始める前に言ってくれないと、もうどうしようも無いな」
拓摩「そうか……」
雷智「まぁ、これから紹介する人達の反応次第では、なんとかなるさ」
その、誰かを『紹介する』という行為に違和感を感じていた拓摩だったが、極限の空腹状態では、それ以上考える事は出来なかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
螺旋階段を一番下まで下りきった時には、拓摩の中での地下世界のイメージは一変していた。
あちこちにある乾いた血痕と、無造作に捨てられているガラクタの中に、ちらほらと見える骨。
他にも異常なものは沢山あったが、その2つは特に目についた。
拓摩「途中から感じてた異臭は、これだったのか」
雷智「……先に進もうか。僕もここには長居したくない」
雷智の言葉に頷き、歩き出そうとした時、物陰に隠れて見えなかった"何か"が俺に襲いかかってきた。
「うガぁっ!」
―――ガブリ
拓摩「……うぐ!?」
雷智「!」
突然腕に噛み付いて来たものが人間の少女だと理解するのに、数秒の時間を要した。
黒に近い茶色のワンピースに身を包んだ少女は、足元まで延びた乱れた髪のせいで、体制を低くするだけで獣と見分けがつかなくなる。
全力で振りほどこうとするが、物凄い力で噛み付かれているのかびくともしない。
そうこうしているうちに、噛み付かれた場所からダラダラと血が流れ始める。
拓摩「この……っ!」
拳に力を入れて、少女を殴ろうとした時――
「おやめなさい、その人は餌ではなくてよ!」
俺よりも3つほど年上だろうか、整った長髪の少女が目の前の通路から姿を現し、制止を呼び掛ける。
「ヤだ。こレ、オいし―――」
―――バキッ!
制止を無視して腕にかぶりついていた少女は、首に鉄パイプを振り下ろされていた。
クラリとよろめきながら、少女は床に大の字で寝転がる。
「まったく、下品な物をお見せしてしまいましたわ。お怪我は……あるに決まってますわよね」
拓摩「……まぁ、そりゃあ」
歯形が見えないほどの出血で、腕はもう血塗れになっていた。
鉄パイプで殴られた少女の安否を確認するが、何がおかしいのかケタケタ笑いながら寝そべっていた。
「それで、雷智……貴方がこんな場所にまで、一体何の用ですの?」
雷智「あぁ、そうだった。君達に彼を紹介しようと思ってね」
どうやら、雷智が紹介しようとしていたのは、この2人らしい。
最初に襲ってきた少女は勿論、もう1人の少女も中層という環境で暮らしているせいなのか、俺の知っている年相応の子供がする振る舞いではなかった。
「あぁ、そういう事ですの……。相変わらずの諦めの悪さですが、今回はそれに免じてあげますわ」
少女は、雷智から俺に視線を移す。
「わたくし、末癸姜と申します。苗字では呼びにくいでしょうし、姜とお呼びになって下さい」
姜と名乗った少女は、スカートの裾を軽く持ち上げて挨拶をする。
姜「そしで、あちらでくたばってますのが谷晃祭里。見ての通り、中身はケモノですわ」
拓摩「あんなのを紹介されても困るんだが」
寝転がっている祭里という少女を指差すと、姜はくすくすと笑い出す。
姜「あれは挨拶ですのよ。本気で喰らうつもりでしたら、まずは首をかじりますもの」
拓摩「あ、挨拶……?」
姜「味見をして、おいしければお気に入り。まずければ噛み殺されますのよ」
雷智「普段なら姜の制止に応じるんだが、よっぽど気に入られたんだろう」
そんな気に入られ方をしても、全然嬉しく無かった。
地上でも人を喰らおうとする奴に一度出会っているし、前もって中層ではそれが当たり前だと聞かされていた。
しかし、年の近い子供でさえこんな野生児に成り果てる環境は、いよいよ現実とはかけ離れた別世界のように実感させられる。
姜「ところで、まだ貴方の名前を伺っておりませんわ」
拓摩「俺か? 俺は拓摩だ」
姜「……? オモテの人間なら、御自分の苗字を知らないという事はないでしょう」
雷智「そういえばそうだな。僕達地下世界の住人が自分の苗字を知らないのは有り得る事だから、すっかり忘れていたよ」
今更だが、雷智達が口にしている『オモテの人間』というのは、地下世界の外から来た部外者の事を指す言葉なのだろう。
生まれも育ちも地下世界の雷智達が、どうやって地上の事を知ったのかは分からないが、彼等に対して不要な隠し事はしない方が懸命だ。
拓摩「気になるなら教えるが………」
姜「とりあえず『気になる』と言っておきましょうか」
なんとなく、そんな返し方をされる気はしていた。
苗字を口にしようとして、最初に浮かんだのは父親の姿。
母親を殺し、弟にとっての悪になってしまった今となっては、何も知らない父親だけが家族のようなものだ。
だから、父親が死んだという確たる証拠が見つかるまでは、まだこの苗字を名乗っていよう。
拓摩「神堂、神堂拓摩」
雷智「……! どんな文字を書くのか、教えてくれないか」
指でそれとなく手のひらに『神堂』の文字を書くと、雷智と姜は顔を見合わせた。
姜「雷智、貴方とんだ拾い物をしてきましたわね………」
雷智「いや、僕も今知ったばかりというか……いったいどれ程の偶然だこれは」
拓摩「どういう意味だ?」
姜「少しばかり真剣なお話になりそうですし、私達の寝床まで案内しますわ。ほら、起きなさい祭里!」
祭里「―――ぐぎゅル。キョウ、おナかスいた」
先刻噛み付いて来た少女がダルそうに立ち上がるが、あれは本当に挨拶のようなものだったのか、今度は襲ってくる様子は無い。
……と思ったが、涎を垂らしながら俺を見て「おかわり」と呟いた。
雷智「そういえば、拓摩も数日間何も食べていなかったんだろう。この様子ならご馳走してくれそうだ」
拓摩「それは有難いが、いい加減この傷の止血をしてくれ」
未だ出血の止まらない腕を指差すと、雷智達は『すっかり忘れていた』と苦笑した。
目に見えて片腕が血塗れなのに、忘れていたもなにも無いだろうと思ったが、そういった認識の違いにいちいち口に出すとキリが無さそうだったのでやめておいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
案内された姜達の拠点は、何処から持って来たのか分からないソファーやベットなどが陳列していた。
入り口付近は、いわゆるガラクタの寄せ集めのような場所だったので、奥が姜の、入り口付近が祭里のスペースなのだろう。
その丁度真ん中に位置する場所に机が置いてあり、雷智と祭里はそこに腰を下ろしていた。
拓摩「包帯の巻き方が分からない……?」
姜「えぇ、わたくし達、ケガなんて滅多にしませんもの」
姜が包帯を持ってくれていただけでも有難いが、誰も巻き方を知らないとなると、片手で巻かなければならないので面倒な作業になりそうだ。
祭里「キョウ、めしー!」
姜「はいはい」
あれから祭里はずっと大人しくしており、最初の野生児っぷりが嘘のようだった。
こう言ってはなんだが、姜が祭里を飼い慣らしているように感じる。
姜「出来ましたわ」
拓摩「早いな」
なんとか包帯を巻き終えた時には、もう食事の用意が出来ていた。
姜が持ってきた木のトレーの上には、火の通った肉が大量に乗っている。
腐っているのではと心配になるが、空腹の方が勝っていたため肉に手を伸ばす。
拓摩「いただきま――」
祭里「むしゃむしゃ、ヒトニクうまー」
拓摩「えっ」
姜「あら、召し上がりませんの?」
拓摩「いや、今ヒトニクって」
雷智「拓摩、言ったじゃないか。中層の主食は……」
マジか。
マ ジ か。
◆◆◆◆◆◆◆◆
食事を終えた俺は、早速雷智に、色々と尋ねようとするが……。
雷智「拓摩、顔色悪いよ」
拓摩「うっ……だ、大丈夫だ」
あんなものを食わされて、顔色が悪くならない方が異常だろう。
ともあれ、貴重な食料を分けてくれた姜達に文句は言えなかった。
姜「早速ですけど、わたくし達、『神堂』という苗字には聞き覚えがありますの」
雷智「顔立ちや雰囲気も"あの人"に似てるし、もしかしなくても、最近親族の身に何か起こったよね?」
拓摩「……!」
こんなにも早く手掛かりが見つかるとは思っていなかったため、少しばかり動揺する。
雷智「話してくれないかい。何があったのか」
拓摩「……まだ、お前達を信用した訳じゃない。お前達が父さんとどんな繋がりがあったのか、それを聞いてからだ」
そう返すと、雷智達はやれやれとため息をついた。
姜「神堂さまの御子息でしたか。確かにオモテの子供とは思えない気配を感じますし、血はしっかり受け継いでいますわね……」
祭里「ヒトニクうまー、むしゃむしゃ」
◆◆◆◆◆◆◆◆
雷智達の話を聞いた結果、俺は全てを打ち明ける決断をして、無事情報交換は成立した。
まず、俺の父さんは地上と地下世界との和解を求めて活動していたらしい。
しかし、今まで地下世界から地上に進出した者達は容赦無く殺され、その逆もまた然り、という歴史があるらしく、双方理解を示さない。
そんな中、父さんの言葉に耳を傾けた5人の子供達が居た。
その子供こそが雷智達であり、父さんが行方不明になった事で、今はバラバラに散ってしまったらしい。
対して雷智達も、父さんが実の妻に裏切られ、俺が裏切り者の母を殺めた事を聞いて複雑そうな表情をしていた。
姜「恐らく、和解を良しとしない派閥の者達が動いていたのでしょうね」
雷智「僕達は、地上との無意味なわだかまりを消したい。だから、あの人は僕達の希望だったんだよ……」
祭里「シンドウ、クれた、オモテのめし」
拓摩「(こいつ等が、父さんの仲間……か)」
俺が姜と祭里に感じた違和感の正体は、互いを信用できない筈の地下世界の住民である2人が、共同生活をしていた事だった。
こうして普通に会話をしている雷智にも言える事だが、父さんは彼等に「手を取り合って生きる事」を教えていたらしい。
それでも、父さんが居なくなった今となっては、常日頃から一緒に居るのは姜と祭里だけ。
それも飼い慣らすような形での生活で、父さんが教えようとしたものとは程遠いと言える。
拓摩「……俺で、お前達の期待に添えるのか?」
雷智「い、いいのか?」
雷智と姜は、意外そうに目を見開いていた。
拓摩「父さんの意思を継ぐ事が誰にも出来ないのなら、俺がやるしか無いだろう」
本当は、他の個人的な感情も含まれていたが、それは言わないでおいた。
姜「しかし、今のままの拓摩さんでは……」
祭里「ぎゃヒ、このヨワいのおかわりいイのかー?」
拓摩「………」
姜が言い淀んだ事を、間髪入れず祭里が口にした。
ついさっきまでは、空腹疲労のせいで自分の反応が鈍っているのだろうと思っていた。
しかし、実際は地下世界に住む人間達の強さそのものが、同じ生物とは思えない異常さだったのだ。
それを統率するのだから、雷智達の足元にも及ばないとなると話にならない。
父さんが常日頃から俺と龍哉を鍛えていたのは、いつか雷智達の事を託そうと思っていたからなのかもしれない。
拓摩「お前達の誰より強くなれば、父さんの意思を継げるんだな」
だから迷わない。
龍哉にとっての悪であり続けるのと同時に、父さんの意思も継いでみせる。
姜「わたくし達より強くなりたいというのなら、漣と同じように下層に籠るしかありませんわね」
確か漣というのは、地下世界に入る直前に会った、雷智と仲の悪そうな少年の事だ。
恐らく、彼も父さんの仲間だった子供の1人なのだろう。
雷智「確かに、ただ強くなるなら中層で充分だけど、『僕達より』強くなるなら、そうでもしないと無理だろうね」
拓摩「構わない、なんだってするさ」
父さんの意思を継ぎたいという考えは勿論あった。
けれど、それよりも、なによりも。
―――この中で一番弱いのが自分だという事が許せない。
そんな単純明快な劣等感が、俺に火をつけていた。




