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シカバネアソビ  作者: Mr.バナナ
Episode3~カゲフミアソビ~
83/150

EP3-006:神堂拓摩

多くが平和な日常を送る社会には、常に踏み入れてはならない裏側が存在する。


関わった誰もが目を背け、事実を隠し、消し去ろうとしてきた日常の闇。



そんな中、ただ一人だけ真っ向からの和解を求め続けた人物が存在した。


それは今日より、存在"していた"という過去形で現される事になるだろう。


「神堂の旦那、消されてもうたか」


「僕達に確かめる事は出来ないけど、間違いないだろうね」


「ふん。まぁ、いつかこんな日が来るとは思っていましたわ………」


「グぎ。オモテのゴハン、モう喰エないか?」


「それ以前に、こうして全員集まる事も、きっともうねーだろーな」


5人の子供が、雑談するにはあまりにも離れた位置から言葉を交わす。


和解を求める意見に惹かれていたのは、まだ子供である彼等だけだった。


柱となる人物を失った5人は、バラバラに散ってゆく事になる。


解散する間際、消え入るような声で一人が呟く。





「もろいな、僕達は……」


その言葉に、誰かが返事をする事は無かった。



――Replay dark01――



◆◆◆◆◆◆◆◆





◆EP3-006:神堂拓摩



一週間ほど前、我が神堂家の大黒柱である父が行方不明になった。


突然の出来事に僕と母さんは困惑したが、前々から「危険な仲裁まがいの仕事をしている」と聞かされていたし、僕達は何があっても父さんを信じて待つ事しかできない。


余計な事をすれば、父さんの迷惑になるからだ。


「……ふぅ、今日はこのくらいにしとくか」


玩具の刀、もとい木刀を置いて、タオルで汗を拭いた。


僕の名前は神堂拓摩(しんどう たくま)


父さんの職種の影響を受けて、学校には行かずに勉強は全て自宅でするという少し変わった生活を送っている。


同じく父さんの言い付けで、いずれは自分の仕事を継がせるから、勉学もいいが身体を鍛える事を優先しろとの事だ。


いったいどんな仕事なのかさっぱりだが、僕はまだ子供なのに期待されているんだと思うと嬉しくて、こうして毎日身体を動かしている。


「兄貴ー」


僕が休憩に入ったタイミングを見計らって、遠くから見ていた弟が駆け寄って来た。





拓摩「おい龍哉、お前途中からさぼってただろう」


龍哉「だ、だって、そんな事しても兄貴と喧嘩する時くらいしか役に立たないじゃないか」


拓摩「言い訳するな。そういうのは、一度でいいから喧嘩で僕に勝ってから言え」


龍哉「あはは……あんまり好きじゃないんだよ、人を殴ったりとかするの」


こいつは僕の弟、龍哉。


学校に通っていないのが原因か、こうして感情をさらけ出して話をするのは家族の間だけらしい。


僕はそういった面の問題はないので、弟の将来が少し心配だ。


拓摩「そろそろ日が暮れるし、帰ろうか」


龍哉「うん。そろそろ"わにばーん"始まっちゃうしね」


拓摩「好きだなー、お前も」


わにばーんというのは、龍哉がよく見ているテレビ番組の略称である。


"ワニっ子わいばーん"とかいうタイトルで、子ワニと間違えて育てられたワイバーンが虐められっこのワニを相棒に冒険に出る物語だ。


醜いアヒルの亜種みたいなものだろう………と、思っていたが、この間ちらっと後ろから拝見したら、何故か本格バトルジャンルになっていた。


バトルジャンルの物語は好きなのに、殴ったりするのは嫌いって、我が弟ながらよく分からない奴だ。



◆◆◆◆◆◆◆◆



夕ご飯、それは今まで唯一家族全員が揃う時間帯だった。


しかし、行方不明になった父さんの姿が、そこにある筈も無い。


龍哉「お父さん、今日も帰って来れないの?」


一人だけなんの事情も知らない龍哉は、父の姿が見えない事に不満の声を漏らす。


「お仕事が忙しいみたいだからね。さ、食べましょう?」


僕達は物足りなさを感じながらも、母さんの言葉に頷いて箸を取った。



夕ご飯を食べ終えて直ぐに龍哉は寝付き、僕は母さんの皿洗いの手伝いをする事にした。


拓摩「父さん、まだ見つからないの?」


母さんは流し台に視線を落としながら、ボーっとしている。


拓摩「母さん?」


「え? あぁいや……なんでもないわ」


考え事をしているのか、母さんは心ここにあらずといった感じだ。


拓摩「(……よく考えてみると、そもそもあの父さんが行方不明っていうのが、信じられないな)」


殺しても死なないというか、絶対強者というか、父さんが誰かに苦戦する姿は想像も出来ない。


もしもミスがあったしして、それは絶対に父さんのミスでは無い、原因があるのなら父さん以外の誰かにある筈だ。


そう言い切れる程に、僕の知っている父さんは完璧な人だった。


「拓摩、今日は……もう寝なさい」


拓摩「……うん」


母さんにも、僕と話していられるような余裕は無いようだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



真夜中、何も知らない龍哉と並んで僕は布団に寝転がっている。


母さんには寝なさいと言われたけれど、父さんの事が気になって眠れそうに無い。


もし父さんがいくら待っても戻って来なかったら、僕達はこれからどうすれば良いのだろう。


拓摩「…トイレ」


立ち上がってトイレに向かおうとすると、そこで母さんの寝室から光が漏れていた。


拓摩「…」


母さんも眠れないのだろうか。


心配になって、扉の隙間から様子を伺う事にした。





「だから、これ以上アイツの動向をバラす必要は無いって言ってるでしょう?」


母さんは受話器を片手に、見た事もない心底面倒臭そうな表情をしていた。


一瞬だけ背筋が凍るような感覚を覚え、僕は聞き耳を立てる。


……一体、なんの話をしているのだろう?


「そう、アイツは捕まったわ。クククッ、後は金を可能な限り持ち出すだけね」


拓摩「え…?」


捕まった……って、もしかして、いや、もしかしなくても父さんの事?


そうだとして、母さんが父さんの事を「アイツ」って呼んだ事に驚きを隠せない。


あんなに仲が良さそうだったのに、母さんは悲しくないの?


金を持ち出すって………何?


「子供? そんなのどうでもいいわ、放っておけば勝手に死ぬでしょう」


先程の感覚を背筋が凍ったと表現するなら、この瞬間、僕はつま先から髪の毛の先端までの全てが凍ったように錯覚した。


拓摩「そん…なっ」


激しい動揺で乾いたような声しか出せないのは、唯一の救いか。


ここで大きく「ひぃ」と声を上げて母さんに気付かれれば、僕はどうなってしまうのか分からない。


そう感じさせる程の狂気が、今の母さんにはあった。


「そうね…今日はもう寝て、明日の朝にでも撤退するとするわ」


拓摩「―――」


視界に映る女性の姿を、もう僕は"母さん"だと認識する事は出来なかった。


そうでもしないと、受け入れられなかった。


僕は、僕達家族は、ずっとあの女に騙されていたのだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆



深夜、誰も居ない台所の机に僕は座っていた。


椅子は4つ。


それぞれ父さん、母さん、僕、龍哉の居場所。


普通の生活を送る事は出来なくても、僕はこの家庭が大好きだった。


その幸せが、時間が永遠であって欲しいと、無くしたくないと思った。


拓摩「アイツが…父さんを…」


強く握った包丁が、カチャリと音を立てる。


父さんが行方不明になった原因は、間違いなくあいつにある。


大好きだった僕の居場所は、あいつに壊された。


明日になれば、あいつは僕達の前からさようならの一言も無しに姿を消すらしい。



―――そんなの、絶対許さない。



寝室の明かりが消えてから、もう数時間は経過していた。


ゆっくり扉を開けると、あいつは布団でぐっすりと眠っている。


やるなら、今日、この時間、この場所、この機会を除いて他には無い。





拓摩「殺してやる…!」



何が家族だ。


何が幸せだ。


こんなに簡単に崩れ去ってしまう幸せなんて、この胸が張り裂けそうな不幸を考えたら有り難くもなんともない。


枕元に立ち、今から殺す相手を見下ろす。





拓摩「母さん…」


それでも、僕はそう口に出してしまった。


もう壊れてしまった日常だけど、昨日まで僕はこの人が大好きだった。


この人が悪いとは思いたく無かった。


……こんな人間が育ってしまう、この世の中が悪いのだ。


きっと、こんな人間に成れ果てるのではなく、永遠に僕の知っている「母さん」で居てくれる可能性もあったはずなんだ。


もっと言えば、この人の化けの皮が剥がれないまま進んで行く未来、剥がれたとしてそれを知る事なく進む未来でもよかった。


だから僕は、この人を恨む事は止めよう。


だから僕は、これからこの人のような間違った人間を摘み取る為だけに生きよう。


だから僕は―――









―――貴女を殺します。







拓摩「死んでしまえぇッ!!」



ナイフを首筋に向けて振り下ろす中、脳裏を素晴らしいアイデアが過った。





―――母さんの罪は、僕が着ればいい。



僕が父さんと母さんを殺した事にすれば、せめて龍哉の中には優かった母親の記憶が生き続ける。


そうだ、そうしよう。


楽しかった思い出は、すべてここに置いて行こう。





……さようなら、僕の居場所。






ピシャッ!



鮮やかな赤が、飛び散った。



◆◆◆◆◆◆◆◆



朝焼けに染まる空、日の光に照らされて土手に僕の影が描かれる。


拓摩「足りない…不幸が、足りない…」


足りないんだ、こんなちっぽけな不幸じゃ、足りないんだ。


僕は世の中を憎まなければならない。


憎んで、憎んで、その感情を糧にもっと強くなり、もっと多くを摘み取らなければならない。


その為に、もっと多くの"不幸"が見たい、知りたい。


憎んで、憎んで、より強く憎んで……


そうでなければ、僕は自分だけが特別不幸に思えて、理不尽さに頭を抱えて死んでしまいそうだった。


大人しく警察に捕まる?


冗談じゃない。


こんな僕だから出来る事を、僕にしか出来ない事を、これから探すんじゃないか。



拓摩「あぁ、赤いなぁ…」


朝焼けの赤と、返り血の赤。


地獄のような赤色が、人殺しの僕にピッタリすぎて苦笑してしまう。


拓摩「はは………憎い、憎いなぁ…。 僕が母さんを殺すような人間に育ってしまったのも、お前のせいなんだろう…?」


居ない筈の神様を見上げて空に語り掛けるなんて、どうやら僕は本当に狂い出してしまっているらしい。



空が、明るい青に染まり始める。


朝焼けの赤に包まれていた風景が、本来の色を取り戻してゆく。


そんな中、僕に近付いて来る、僕より少しだけ小さな影。



拓摩「……あぁ、来ちゃったんだ」


振り返ると、そこには息を切らした龍哉が居た。


龍哉「兄貴、なんで………なんでっ!」


本当は泣きたくて仕方ない癖に、必死に我慢している。


龍哉の事は、心残りといえば心残りかもしれない。


僕もまたそうなりつつあるように、生きるのが嫌になって死なれては、今度こそ優しい母さんの存在は誰の記憶にも受け継がれず完全に消えて無くなる。


だから僕は、こう答えよう。


拓摩「それはね、僕が狂っているからなんだよ。そう、誰でも良かったんだ。たまたまあの女が、ムカつくいびきかいて寝てたってだけだよ」


龍哉「そんなの嘘に決まってる! 兄貴が、理由もなくそんな事……」


勿論嘘だ、でもそれは僕だけが知っている事。


僕が"嘘"を貫き通す限り、それが"真実"になる。


龍哉「隠しても無駄だよ。いつも父さんがしてたみたいに、兄貴の気持ちを見透かしてやる!」


拓摩「うるさい」


小声で呟き、隙だらけの龍哉の腹部に全力の拳を叩き込む。


今、まだ完全にはなりきれていない僕を見透かされては困るんだ。



龍哉「うぐ……!?」


目を見開いてうずくまる龍哉。


拓摩「ほうら、少しは信じて貰えたかな………クク」


母さんの悪魔のような笑い声を真似てみると、血を引いているだけあって我ながら上出来な悪人声だった。


龍哉「兄貴……っ」


拓摩「兄貴なんて呼ぶな。僕は………いや、俺はもうテメェの事を家族だなんて思って無いんだからさ」


一人称も僕から俺に、可能な限りの俺の中の悪人のイメージを俺自身に重ねてゆく。


拓摩「あぁ、ついでに父さんが帰って来ないのも俺がやったんだよね。だから龍哉はもう、独りぼっちだよ」





龍哉「よく…も……よくもォ………ッ!」


思わず後退りしてしまいそうな気迫を龍哉から感じる。


あの喧嘩嫌いの龍哉も、父さんの血を立派に受け継いでいるのを一瞬で理解させられた。


拓摩「分かって貰えたようでなによりだ……よ!」


龍哉「うぁ……!!」


うずくまっている龍哉の頭を踏み付けた。


心は痛まなかった、むしろ母さんの無実を捏造する事に喜びすら感じる。


拓摩「じゃあな、龍哉。今度会ったら、また遊ぼうじゃないか。それこそ俺達のどちらかが死ぬまで」


龍哉「ッ!」


最後にもう一度龍哉の頭を踏み付けて、俺は歩き出した。


龍哉「……許さ…ない!」


拓摩「……」


龍哉「絶対、許さない…ぞぉ……」



その言葉を最後に、龍哉は気を失ったようだ。


あそこまで怒らせておけば、まず自殺するような真似はしないだろう。


龍哉への未練を消すべく、兄としての最後の言葉を思案する。







拓摩「いつか裁かれる日が来るなら、その相手は………龍哉、お前であって欲しいな」


涙と血の混じったものが1滴だけ零れ落ち、再び歩き出した時には完成された悪魔の仮面がぴったりと俺に張り付いていた。

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