EP3-003:Communicate
突然目の前に現れた邦和の存在に、楓は頭の中が真っ白になっていた。
楓「あ、あんた……いつから!?」
邦和「いつからも何も、俺が狙っていたアジャスターを、お前らが横取りしたんだろうが」
その言葉に偽りは無く、邦和は楓達より少し前にアジャスターを発見し、武器を奪うべくセンサーに引っ掛からぬよう細心の注意を払って追跡していた。
だからといって、得体の知れないどころか危険臭すら漂っている邦和に、ライフルを渡す訳にはいかないと楓は考える。
銀河「ふむ、この機械はアジャスターというのか」
邦和「…あぁ? 知ってたからこそ、怪我を負ってでも壊したんじゃねぇのか」
銀河「いや、興味があったから調べようとしただけだ」
邦和「アホかテメェ……」
銀河の言葉に、邦和は警戒を通り越して呆れの表情を浮かべていた。
銀河「ライフルが欲しいならくれてやろう。代わりに、お前が知っている情報を提供して貰う」
楓「ちょっ――!?」
邦和「……俺と取引しようってのか? この生意気な小僧がよ」
ライフルを渡さずに済ませる方法を考えていた楓は、直ぐさま銀河の発言を撤回しようとするが、既に収拾がつかない状況になりつつあった。
銀河「そうだ、情報は減るものではない。……損は無いと思うが?」
邦和「ハッ、そりゃあ好都合だ……が―――!」
突然振り翳された邦和の拳が、銀河の目前で止まる。
銀河「……理解できないな。それは取り引きを拒んでまでするべき行為なのか?」
邦和「……チッ」
邦和が拳を止めたのは、自らの首筋に当たるか当たらないかの位置で握られたナイフのせいだった。
銀河「拒否するというのなら、このまま続けても一向に構わないが」
邦和「……いや、今回はお預けだ。素直にテメェの取り引きに応じてやろうじゃねぇか」
元より銀河の実力を試す意味を込めた拳だった為、邦和はあっさりと銀河の要求を飲む。
それは同時に、邦和のブラックリストに"柳原銀河"の存在が加わった事を意味していた。
銀河「まずは互いに名乗りを済ませておくか。俺の名前は―――」
………
……
…
邦和「以上が俺の持っている情報だ。これで満足か、柳原の坊主よ」
銀河「あぁ、思った以上の収穫だ」
B8Fの地図と開錠条件、アジャスターの説明、この施設内の残り生存者数。
それらは2つの資料室と、情報室にあるモニターから邦和が得ていた情報。
比較的早い段階で目覚めていた邦和は、B8Fで分かるほぼ全ての情報を持っていたのだ。
邦和「伏せた情報まで吐かされたんだから当たり前だ。嘘をつかれる可能性のある情報取り引きなんて、普通は損しか無ぇってのによ」
銀河「嘘を見抜けなければ俺の落ち度だ。要は駆け引きだろう。取り引きと駆け引き、言葉も似ている」
邦和「プッ………ハハハハハハハッ!! おもしれぇ野郎も居たもんだ。ま、せいぜい足手まといを連れて頑張れよ」
楓「……っ!」
身体を震えさせながら銀河の後ろに隠れている楓を見て、邦和はほくそ笑んだ。
邦和「あぁ、それと……次に会うときは様子見は無しだ。本気で潰してやるから覚悟しとけ」
銀河「そうだな。簡単には潰されぬよう万全の備えをしておく」
その返答を聞いた邦和は、心底楽しそうな足取りで立ち去って行った。
そして邦和が視界から消えるなり、楓は緊張が解けたのか床にペタンと座り込んだ。
楓「も……もう嫌だぁ……アンタもアイツも異常よ! 次は殺すって言ってるのに、あの返事はなんなの!?」
銀河「わざわざ忠告をくれたんだ。変わった趣味だが、それだけの事だろう」
楓「あんなの開き直ってるだけじゃない! なにより、いつの間に私のナイフを盗んでたのよっ!」
銀河「お前が後ろから俺の頭を叩いた時だ。質問する度にナイフで威嚇されては困る」
くるくると器用にナイフを回しながら語る銀河に、楓は深いため息をつくしか無かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
…………ブツッ
…………
…………ブツッ、ブツッ
床に置かれた小さな機械から、電波を拾えていないラジオのようなノイズが鳴る。
龍哉「………やはり地下8階では、外部との通信はできないか」
その男……神堂龍哉は、一度武器管理室でハンドガンを幾つか調達したきり、この部屋に立て籠っていた。
私物として持ち込んでいた特殊な外部との通信機器を使おうとしたが、階層が深すぎるのかまともに機能しない。
龍哉「……流石に通信遮断は徹底しているな」
あいつらの使っている専用の電波をジャックできれば話は変わるのだが、生憎そんな技量までは持ち合わせていない。
やはり、手っ取り早いのはギミックを入手して改造を施す事だろうか。
龍哉「そうと決まれば、ある程度の人数が上の階層に進んでから行動するべきか………」
俺の目的は、この施設内に必ず現れるであろう"ある人物"を見つける事。
故に俺が生存者に接触するのは、早くてもB7F以降でなければ情報は集まらない。
龍哉「この『シカバネアソビ』という馬鹿げた計画。潜入した俺もまた、立派な参加者なのだろうな……」
龍哉が立ち上がろうとした瞬間、その部屋の扉が勢い良く開け放たれ、背筋にアジャスターのブレードが突き付けられる。
龍哉「………こんな施設の片隅に、何の用だ?」
建一「それはこっちの台詞だよ。こんな場所でコソコソと何をしてたんだ? 返答によっては……」
龍哉に向けられた建一の瞳は、完全に龍哉を悪人か何かだと確信したように敵意が込められていた。
龍哉「お前達を誘拐したのが俺だとでも言いたいのか?」
建一「そうだ、確か『シカバネアソビ』とか言ってたな。計画の名前らしきものを知ってるお前が、犯人以外の何だって言うんだ!」
龍哉「……正義の味方を気取るのは、実力を伴わせてからにしておくんだな」
建一「そんな追い詰められた状態で言っても、説得力が無いぞ」
状況は、建一が龍哉の命をいつでも奪える状態。
普通は、誰もがそう思うだろう。
龍哉「……それは"どんな状態"だ?」
建一「何を言って……」
龍哉「俺の四肢を切り落とさずして、勝ったつもりになるなと言っているんだ」
何の躊躇いもなく龍哉が立ち上がると、ブレードの先端が僅かに背中を切り裂く。
建一「な………」
龍哉「我儘な正義ひとつ貫くのに、どれだけの力が要求されるのか………教えてやろう!」
勢い良く振り上げられた龍哉の右足が、建一が両腕でしっかりと握っていたブレードを宙に弾き飛ばした。
動揺して隙だらけの建一に、龍哉は右手で作った拳で、みぞおちにストレートを叩き込む。
建一「ごふ……!?」
そして建一が前のめりになる間に、天井にぶつかって落ちてきたブレードを掴み、体制を立て直そうとする建一の目前に突き付けた。
それはまさに、一瞬の出来事だった。
腹部を押さえながら、ただ唖然とする建一。
そんな建一を見下すような瞳で龍哉は呟いた。
龍哉「俺が犯人なら、お前はとっくに死んでいるぞ」
建一「………」
龍哉「俺の手を煩わせる事も出来ないお前が正義の味方を気取れば、確実に無駄死にするだろう」
建一「………………」
龍哉「…何を笑っている」
ブレードを突き付けられた建一は、乾いた笑みを浮かべていた。
建一「ふ……はは…無駄、か。お前が犯人じゃないなら、その力で皆を救えるじゃないか、いいじゃんか………それで」
龍哉「なに?」
建一「お前こそ、まだ俺に傷ひとつ付けていないじゃないか! 途中でやめるなよ! やってみろよ! お前に刃を向けた俺を殺してみろよ!」
龍哉「……お前」
龍哉は、自分がとんだ思い違いをしていた事に気付いた。
今の今まで、目の前にいる少年は、正義を貫くあまり無謀で危険な行為に及んでしまっているのだと考えていた。
だが、これはどういう事だろう。
この少年の瞳はまるで、生死など関係なく自分の存在理由を強く欲しているようだ。
正義の味方として生存者を救う存在理由。
俺を正義だと仮定し、邪魔をした自分を悪として殺される存在理由。
恐らくこの少年は、自分の命を有益に「使い切ろう」としていたのだろう。
つまり、元より危険やリスクなど眼中に無く、むしろ俺が力の差を見せつけた事で、生存者の救出に自分は必要ないと考えた。
彼にとっては大きな役割だった筈のそれを、俺が奪ったのだ。
建一「どうした!? 四肢を切り落とさずしてって、あの言葉は嘘偽りだったのかよ……!」
龍哉「(ここまで壊してしまったのでは……止めようが無い、か)」
大きな後悔と、ほんの少しの期待が胸の中でざわめく。
建一「さぁ! さ…ァ、ガ―――!?」
目の前でぐらりと崩れ落ちた身体を支えて、龍哉はため息をついた。
龍哉「こんな序盤に、しかも俺自身の手でシカバネを生成してしまったか。"成功"されては厄介だ」
ブレードを建一の首筋に近付けるが、数刻悩んだ挙句、結局龍哉その首を切ることはできなかった。
龍哉「(……やむを得ないな。仮に成功したとしても身動きが取れぬよう、無力化させておくか)」
気を失った建一を睨み、龍哉は建一の身体を引きずりながら歩き出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「あの男……余計な真似をっ!」
建一の身体を「ある場所」に運んだ後に、カメラで確認できる範囲から「姿を消した」龍哉の行動に、モニタールームで監視していた少女が歯ぎしりをする。
「あれは……間違いない。……神堂龍哉っ、ダミーや変装の可能性は一切無くなった。このまま好き勝手させる訳には……」
そこで少女は閃く、自分がゲームに干渉する事は控えるよう言われているが、他の誰かを呼べば話は別だ。
キーボードを操作し、外部との通信を開始する少女。
通信コールは数秒も経たないうちに終わり、相手が通話に応じる。
『久しいじゃねぇか。秀岡か、雨ノ宮か、それとも"ご本人様"か?』
応答した相手は女性で、バックからはパトカーのサイレン音が鳴り響いていた。
「残念ながら、私ですよ」
『……あぁ、そういやそうよな。なんてったって"シカバネアソビ"の真っ只中だもんなァ』
「地上でその名を出すのは関心しませんね」
『誰も聞いちゃいねーよ。んで、獣さんがアタシに何の用だ』
「……神堂龍哉が現れ、参加者の一人を事実上匿いました。このまま彼を放っておく訳には行きませんが、私は極力介入しないよう指示されています」
『おーおー、アイツもよく場所を突き止めたもんだ。そんで、アタシに龍哉の野郎を止めて欲しいと?』
「はい。彼の存在を認知した地点で、貴女を迎える用意はしておきました」
『ったく、用意周到な忠犬さんよな。どうせ居場所は探知で割れてんだろ、迎えよこしな』
「分かりました」
ブツッと通信が切れ、少女は緊張を解く。
自分達の組織もそうだが、その自分達とコネクトがある地点で彼女も並大抵の人間ではない。
拗らせてしまえば、自分達もただでは済まない……そんな関係なのだ。
「(後は無記憶媒体……こちらの原因には漣様が絡んでいそうで、神堂龍哉以上に手を出しにくいですね)」
こんな序盤から想定外の事態が起きているようでは、私達の目的は、やはり簡単には成し遂げられないという事でしょう。
私はこの計画が根本から潰れてしまうような事態になるまで、動く事ができない。
神堂龍哉の対処は彼女に任せるしか無く、数時間経たないうちに到着する事だろう。
敢えて今の私に出来る事が、あるとするならば……。
「こうなったら……残った10人の中から、"駒"を見つけておく必要がありますね」
舞台の裏側では早くも状況が拗れつつある事を、ゲームの生存者達は知る由も無かった。




