EP1-007:不機嫌少女
今自分が聞いた言葉が信じられなくて、俺はもう一度少女に尋ねる。
建一「今…なんて言った?」
「なによ、聞こえなかったの? 随分と耳が悪いのね」
銀髪の少女は不機嫌そうに建一を睨む
聞き間違いかと思って確認しただけなんだが……ここは黙って我慢しておこう。
銀髪「ここは地下8階よ、出口を目指すつもりなら上に行くしかないわ」
やはり俺の聞き間違いではないらしい。
観崎「みぎゅ……1階だと思ってたよ」
「んで、行くのか? 行かないのか? 今なら連れてってやらない事も無い」
建一「なんかムカついたから、あの人は置いといて三人で行こう」
「いいわよ、私も欝陶しいって思ってた所だし」
「ひぃぃいい冗談ですごめんなさい置いてかないで下さいぃぃぃっ!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆
飛鳥「あぁ、言い忘れてたけれど。 私の名前は飛鳥、静山飛鳥よ」
光弐「んで、俺は渡光弐な。よろしく!」
二人は歩き出してすぐに自己紹介をした。
観崎「私は初川観崎だよっ」
建一「俺は赤羽建一、よろしく」
光弐「最近の若いのは年上の人に敬語も使えんのかのぅ、ふぉっふぉっふぉ」
何故か光弐がヨボヨボの爺さん口調になる、ウザい。
建一「ウザいです、死んで下さいませんか?」
光弐「そんな敬語は嫌だァァァアアア!」
光弐が盛大に落ち込む、やはり打たれ弱い所があるらしい。
飛鳥「…ね、ねぇ。苗字がよく聞こえなかったんだけど?」
建一「へ?」
さっき自分で『なによ、聞こえなかったの? 随分と耳が悪いのね』とか言ってた癖に、人の事言えないじゃないか。
飛鳥「納得いかない、って顔してるわね。 貴方が小さい声で話すのが悪いんでしょう?」
ぷっちーん
建一「赤羽だよ!あ・か・ば!」
あまりにツンツンしすぎている飛鳥の態度に、必要以上の大声で答えてやる。
飛鳥「…う、うるさいわねっ。加減というものがわからないの?」
…えらく不機嫌ですね!
俺、気付かないうちに何か飛鳥の気に触る事でもしたのだろうか…?
建一「そういえば、どうしてここが地下だってわかったんだ?」
飛鳥は何やら深刻な表情で考え事を始めていたので、とりあえず光弐に聞いてみる。
光弐「ここに来る途中に『資料室』ってのがあってだな、この階の地図があってたんだよ。目立つから建一達も見てると思ったんだが…」
観崎「みぎゅ、資料室なら行ったよ?」
光弐「そうなのか? じゃあどうして…」
飛鳥「…資料室の内容はひとつひとつ違う、そういう事でしょうね。 この階だけでも幾つか資料室があるみたいだし…」
さっきまで考え事をしていた飛鳥が話に混ざって来る。
何を考えていたのか気になったが、今は資料室についてだ。
建一「あぁ、俺達が見た資料室には、さっき壊した『アジャスター』っていう機械のサンプルと説明書きがあった」
観崎「この包丁も、そこから拾って来たんだよ?」
と言いながら『初川包丁』を見せる観崎。
飛鳥「…良い情報交換が出来そうね」
◆◆◆◆◆◆◆◆
建一「い゛っ、痛ぇ!」
観崎「建一、黙ってて!」
建一「拷問だ…」
俺達は飛鳥に案内されて『治療室』という部屋に立ち寄っていた。
治療室は、その名の通り学校の保健室のような治療器具やベッドなどが置かれている部屋だった。
そして、観崎にアジャスターから受けた傷の手当てをして貰っている。
観崎「これで終わり、っと!」
巻き付けられた包帯の上から観崎が数回俺の傷を叩く。
建一「ぐおおっ!叩く必要無いだろ!!」
観崎「みぎゅ! これは、私に心配かけた罰なのだよ」
建一「…あ、あぁ」
いつもの調子でそんな事を言う観崎だが、俺は心配をかけてしまったという事実に申し訳なさを感じていた。
飛鳥「そういえば、貴方達と出会ったあそこで何があったのか聞いてなかったわね」
治療室に着いてからずっと黙っていた飛鳥がそう問い掛けてきた。
建一「アジャスターにカイロを投げて、銃口が反れた隙に首を切ったんだよ。その時に弾を一発貰ってご覧の有様って訳」
涼路さんの事は言わないでおいた方がいいだろう、意味も無く二人を傷付けるのは避けたい。
飛鳥「はぁ?」
カイロという言葉が予想外だったのか、飛鳥が首を傾げる。
光弐「ぷすっ、カイロって…なんでそんなもん持ってたんだよ」
笑いを堪えながら光弐に尋ねられるが、堪えているのがバレバレなので思いきり笑ってくれた方が有り難かったりする。
建一「あぁ、それはな。誘拐さる前の日に婆ちゃんに貰って、その後すぐにポケットにねじ込んだからだ」
光弐「お婆ちゃんの愛情無視ですか!?」
無視されるのが苦手な光弐が過敏反応した。
建一「だって、手しか温まらないし…」
でも、まさかそのカイロに助けられるとは思わなんだな。
婆ちゃん有り難う、少しだけ感謝したわ。
観崎「あ~あ、お婆ちゃんが知ったらがっかりしちゃうよ?」
光弐「しかもそれを投げるだなんて…ぐすんっ、建一酷い子!!」
飛鳥「貴方には良心というものがないの?」
皆から文句を言われる。
というか、なんで俺はこんなに責められてるの?
建一「え、ええと…なんかごめんなさい」
とりあえず、謝っておいた。
飛鳥「でも赤羽、貴方はお婆さんと暮らしてるの? 両親は―」
観崎「み、みぎゅみぎゅ!! 建一も反省してるみたいだしこの話はおしまい! 次はこの『初川包丁』のお話だよ?」
光弐「…お、なにそれ?」
飛鳥「……」
ハイテンションで強引に話を切り替えてくれる観崎
正直な所、両親の話はしたくなかったから調度良い。
両親が嫌いな訳ではないが、あの懐かしい日々を思い出すのは俺にとって苦痛でしかない。
飛鳥「初川包丁?」
よくわからない名称を飛鳥が再確認する。
観崎「そう、初川包丁!!」
飛鳥「アジャスターは皆それを持っているんでしょう? それも全部初川包丁って名前なのかしら?」
確かにそうだった。
アジャスターは例外なく観崎の持っている『初川包丁』と同じブレードで武装している。
観崎「……」
がさごそ
黙って自分の荷物を漁り始める観崎、その中から何かを取り出してブレードに這わせる。
キュッキュッキュッ
キュッキュッ
キュッキュッキュッ
観崎「はい、初川包丁!」
そのブレードには、マジックで大きく「初川」と書かれていた。
飛鳥「……」
光弐「……」
建一「あぁ……うん」
こうして世界に1つだけの武器、『初川包丁』は誕生した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
飛鳥はB8Fの地図を携帯電話のカメラで撮っていたので、そのデータを貰う事にした。
今から皆で上の階を目指す手前、必要ないとは思うが……あるに越した事はない。
まさか、電波の届かない場所で携帯電話が役に立つなんて思わなかった…
飛鳥「それで、貴方は写真に撮ってないの? その資料室」
建一「あぁ、途中で銃声が聞こえて来て…」
あの時は焦っていてそんな余裕は無かった。
少し冷静になれば自然と思い付いたのかもしれないが、終わってしまった事はどうしようもない。
飛鳥「…ふん」
飛鳥は相変わらずツンツンしているが、俺には特別ツンツンしているような気がする。
観崎「……」
つんつん
ほら、ツンツン……って、なんだ…今のは観崎が突いただけか。
建一「なんだ?」
観崎「……ねぇ、飛鳥ちゃんになにかしたの?」
小声で話し掛けてくる観崎
建一「なにかってなんだよ」
観崎「私と光弐君がよそ見してる隙にいかがわしい事でもしたのかなぁ…って」
建一「ぶっ!?」
確かに飛鳥は可愛い部類の人種だが、俺はそんな野蛮は人間ではない。
というか、観崎は俺をどんな人間だと思ってるんだ…!?
観崎「ふ、吹いたっ!? ほっ…ほほほ…本当にやっちゃったの!?」
手をわなわなと奮わせながら俺を指差す観崎
光弐「ん、どうかしたの?」
観崎「建一が飛鳥ちゃんに痴漢しちゃったって!」
建一「…へ?」
飛鳥「…は?」
光弐「なにぃっ!? お前って奴はァ…」
建一「誤解だ!?」
光弐「詳しく教えてくれ、師匠ッ!!」
建一「はぃいい!?」
鼻を押さえながら目を輝かせている光弐。
光弐「一体何処を触ったんだ!? どんな感触だった!? 鮮明なビジョンとして浮かぶ程度でいいから詳しく教えt…」
ブチッ
建一「げ……」
観崎「みぎゅ……」
光弐「Oh……」
今、何かが…切れる音が……
飛鳥「これ以上妄想話を続ければ……分かってるわね?」
不快な音のした方向には、いつから持っていたのかアジャスターから回収したであろうライフル銃をこちらに向けている飛鳥がいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
観崎「ご、ごめんね建一! 勝手に勘違いしちゃって」
建一「はぁ、もう慣れたよ…」
俺は、観崎によって起こされた数々の濡れ衣事件を思い出していた。
光弐「痛い、痛いよハニー…」
あの後、「男は妄想する生き物なんだ!」と力説した光弐は、飛鳥に銃の柄で力一杯殴られていた。
バキッ
光弐「…アッー!」
いや…殴られている、現在進行系で
飛鳥「よくこんな状況で妄想なんかしてられるわね…」
建一「す、すいません」
妄想した覚えなどないが、一応謝っておいた。
飛鳥「しかも…わ、私で…」
自分で言葉にしていて恥ずかしくなったのか、飛鳥が微妙に顔を紅潮させる。
観崎「でも飛鳥ちゃん可愛いし、妄想されちゃうのも仕方ないんじゃない?」
建一「観崎、フォローになってないぞ…」
まず俺は妄想してない、いい加減そこから話を遠ざけて欲しい。
飛鳥「…かっ、かかかかっ! 可愛い!?」
………え?
観崎「うんっ、飛鳥ちゃん嬉しそうだね? やっぱり可愛いって言われるのは嬉しいよね~!」
飛鳥「はぃぃっ!? よ、喜んでなんかないわよ!!」
今まで冷たいイメージしかなかった飛鳥が取り乱す。
光弐「女の子って凄いな、俺達が同じ事を話せばもれなく地獄への片道旅行だ…」
建一「だろうな…」
光弐「そして、もう1つわかった事がある」
建一「なんだ?」
光弐「飛鳥は…ツンデレだ」
建一「お前がどういう目で異性を見てるのかよくわかる一言だな」
新たに行動を共にする事になった飛鳥と光弐。
もしかしたら犯人である可能性もあるのではないかと踏んでいたが…
…どうやら2人共、白のようだ。
これで少なくとも5人の人物が同時に幽閉されていた事になる。
個人的な恨みや人質にする事が目的なら、一人づつ誘拐すれば良い筈。
それに幽閉されているとはいえ、こうして自由に出歩けるのも普通じゃない。
一体、何が目的なんだ…?
しばらく考え続けるも、その答えが導き出される事は無かった。