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シカバネアソビ  作者: Mr.バナナ
Episode3~カゲフミアソビ~
78/150

EP3-001:峰沢由乃

夜、自分の足音と、風の吹く音だけが聞こえる明かりひとつ無い道。


恐怖を押し殺して、周囲を警戒しながら足を進める。


由乃「(……誰も、いませんよね?)」


普段なら、私はこんな道を通ったりしない。


自分でも思い切った行動だと思う。



一週間ほど前からか、通学及び下校時に、何者かの視線を感じるようになった。


実際に見た訳じゃないし、気のせいかもしれない。


普通なら素直に周囲の人に相談するところを、私は相手を誘い出す事で確信を得ようとていた。


由乃「(師匠に知られたら、呆れられてしまいますね)」


ずっと前から、私は自分一人で物事に立ち向かう為の努力をしていた。


けれど、それを試す機会なんて中々訪れるものではない。


それがもどかしくて、我慢ならなくて、私は自ら危険に足を踏み入れるような真似をしているのだろう。


由乃「誰か、居るんですか」


居なかったら居なかったで、私の気のせいでも構わない。


けれど、もし………



「―――」



もし、本当に私の身に危険が迫っているのだとしたら………







―――バチィッ!



由乃「ッあ……!?」


やっぱり私は、その危険に飛び込んでみたかったのかもしれない。



………


……




それは心に秘めた、小さく深い傷。


強さへの渇望と、再会の望み。


ただ一度、小さな勇気が出せなかった後悔。


だから私は立ち上がろう。





―――そして、今度こそ護り抜いてみせよう。





シカバネアソビEpisode3


 ~カゲフミアソビ~



◆EP3-001:峰沢由乃


それは、私が小学生の時の夢だった。


他人にいくら些細な事だと言われても、私が今までの最悪の過ちとしたもの。


………私にとっての、始まりと後悔の記憶。



◆◆◆◆◆◆◆◆



その日も、私は放課後に図書室で一人、静かに本を読んでいました。


ページをめくる音と、時計の針の音、何処か遠くから微かに聞こえる会話。


私の、いつもの放課後。


由乃「……ふぅ」


何故か、本の内容が全く頭に入って来ない。


わざわざ取り寄せてもらった本で、決してつまらない内容ではないのに。


こういう時は、時間を置くといい。


由乃「帰ろうかな……」





――ドタドタドタ!


席を立とうとした時、この時間では珍しい、私以外の誰かが図書室に駆け込んで来た。


「はぁ、はぁ………あ」


由乃「え……っと」


私と同じか、1つ下くらいの年齢の男の子でした。


その子は、私に静かにするようにジェスチャーを送ったあと、図書室の奥に逃げるように駆けて行きました。


由乃「……?」


首を傾げていると、また図書室に近付いて来る複数の足音が聞こえた。


由乃「(こんなに人が来るなんて、珍しいですね……)」


それから間もなく、さっき子と同じ位の年齢の男の子が数人、図書室に入って来た。


その人達は物凄い形相をしていて、私は思わず目を反らす。


「おい、お前!」


由乃「……っ」


ビクッ、と身体が跳ね上がる。


まさか、呼ばれるだなんて思いもしなかった。


「ここに、誰か来たか?」


何も考えず、ふるふると首を精一杯横に振る。


とにかく、この人達に早く何処かへ行って欲しかったのだ。


「ちぇっ、上手く逃げられたな……」


「下駄箱見に行こうぜ下駄箱!」


男の子達はそう言うなり、図書室から去って行きました。


思わず、安心のため息を溢す。





「……もう行った?」


由乃「ひゃあ!?」


さっき最初に入ってきた男の子に突然声を掛けられ、驚きで心臓がはね上がった。


「助かったよ……君が追い払ってくれたのかな」


由乃「………っ」


こういう時、私は相手と面と向かって話す事ができない。


人見知りと言ってしまえばそれまでなのだが、同時にそれは、私に友達が居ない理由でもあった。


「……ありがとね!」


由乃「え……」


違う、そんなんじゃない。


私はただ無我夢中で首を振っただけで、この子の事なんて考えていなかった。


だけど、それを伝えたくても、上手く言葉にして伝えられない。


「僕は、柳原建一(やなぎはらけんいち)っていうんだ。君は?」


由乃「あ…………あぅ…………ぅ」


知らない人に話しかけられるのは久しぶりで、やっぱり何を言われても、返事さえまともにできない。


「……? まぁいいや、僕は見つからないうちにこっそり帰らないと。それじゃ、またね!」


由乃「…………ぁ」


その男の子は、入ってきた時と同じようにバタバタと慌ただしく去っていった。



由乃「…………ま……また、ね」


今頃になって喉から言葉が出てきて、なんだか悲しい気持ちになった。


男の子が去った図書室は、不思議と寂しい雰囲気が漂っているように感じた。



………


……




その次の日から、男の子は度々図書室に逃げ込むようになり、私も少しづつ彼の存在に慣れていった。


けれど、やっぱり話をする時は相手が一方的に喋っているだけで、私はときたま頷いたりする程度。


そんなやりとりばかりが延々と続いていた、ある日の出来事。



由乃「すぅ、すぅ……ん」


目を覚ますと、私の視界には朧気に正面の席が映った。


どうやら本を読みながら眠ってしまったらしく、正面の席ではいつもの男の子が私の顔を覗き込んでいた。


「………」



……いや、違う。


さっきまでは寝顔を眺めていたのかもしれないが、今は違う。





彼は、私の"右目"を見ていた。


いつもは伸ばした前髪で右目を隠しているのが、図書室で眠ってしまったが為に、髪が乱れてしまっていたのだ。


由乃「ひゃあっ!?」


慌てて隠そうとするあまり、椅子ごと後ろに倒れてしまった。


「うわっ、だ、大丈夫?」









由乃「嫌、嫌ぁぁああ………!」


心配そうに見つめてくる男の子に対し、私は冷静さを失っていた。


由乃「来ないで……あっち行ってっ!!」


「うわっ!?」


私は近くの本棚から本を抜き取って、男の子に投げ付ける。


しかし、力のない私が投げた本は、簡単に男の子にキャッチされてしまった。


由乃「私は、違う……化け物なんかじゃない! 私は化け物なんかじゃない私は化け物なんかじゃない私は化け物なんかじゃない私は………!」


「…………どうして?」


男の子は本を机に置くと、私の前でしゃがみ込んだ。


「格好良いと思うけどな」


そんな事を言われたのは、初めてだった。


由乃「う、嘘………皆はこれを見たら私を化け物だって………」


「僕、これでも結構正直者のつもりなんだけど、化け物には見えないよ」


ふわふわと浮いたような、不思議な気持ちだった。


由乃「あ、あの………でも、誰にも言わないで下さい」


「ははっ、君も僕が隠れてるのをいつも黙ってくれてるし。勿論いいよ!」


その時の男の子の笑顔は、今までで1番頼もしく見えた。



………


……




男の子と出会ってから2週間と数日が経過しようとしていた。


そういえば、未だに名前を教えていないな………などと考えながら、私はいつものように本を読んでいた。


そんな時、あの事件が起きた。


いつもと同じように図書室に逃げ込んできた男の子は、心なしか疲れているように見えた。


由乃「…だ、大丈夫ですか?」


「ちょっと………まずいかも」


私の問い掛けに、男の子は焦りの色を見せる。


「ねぇ…こっそりでいいから、僕の事話しておいてくれない?」


由乃「先生に、ですか?」


私が聞き返すと、男の子はコクリと頷く。


「………っ! ご、ごめんっ、僕は行くよ!」


何かに気付いた男の子は図書室の窓の鍵を開けて、ベランダのようになっている場所を走って行った。


それから間もなくして、幾つかの足音が図書室に迫って来る。


「チッ、いつもの奴しか居ないか…」


由乃「……!」


そして、あの男の子が焦っていた理由に気が付く。


「なぁ、ここに誰か来たか…?」


いつも男の子を追い回している人達が、ハサミやカッターを手にしていたのだ。


由乃「あ………えとっ、そのっ………」


私の心は、恐怖でいっぱいだった。


その恐怖に耐えきれず、私は男の子が逃げた窓の方を指差していた。


先生にこの事を報告する訳でもなく、逆に裏切ってしまったのだ。


「お、確かに窓開いてるな。焦って閉め忘れたんじゃね」


「さんきゅー。じゃあ、行こうぜ」


その人達も、男の子を追い掛けてぞろぞろとベランダに出て行く。


由乃「あ、わ……私…………なんてことを」


自分が傷付くのが恐くて、結果的にそれを男の子に押し付けてしまった。


後悔しても、もう遅い。


職員室に報告してしまえば、あの子達は先生に叱られるだろう。


でも、もし私が先生に報告した事がバレたら、私も同じ目に合うかもしれない。


由乃「……ごめんなさい」


私の足は、職員室とは正反対の方向に駆け出していた。


男の子を助ける勇気が無くて、惨めに逃げ出したのだ。



………


……




それから数日間、あの男の子に責められるのが恐くて、私は図書室に寄らずに帰っていた。


にも関わらず、なんの偶然か、校門でバッタリと出くわしてしまう。


由乃「…え、えと」


「あぁ、君か。もう会えないかと思ったよ」


男の子が振り返る。


顔は笑っていたが、その瞳には今までのような輝きが全く感じられない。


まるで、魂の抜け殻のようだった。


由乃「そ……その荷物は、なんですか?」


必死に話題を作ろうとして、男の子が手に持っている荷物を見る。


引き出しや雑巾、上履きなどが大きな手提げ鞄に適当に詰め込まれている。


「僕、転校するから」


由乃「……!?」


それって、もしかしなくても、私があの子達を止められなかったから、問題が起こって………。


「今日でお別れなんだ、ごめんね」


渇いた声で男の子は呟き、私に背を向けて去ってゆく。


このままじゃ……このままお別れをしたら、いけないような気がする。


由乃「あ、あの…!」


男の子の足が、ピタリと止まる。


由乃「次は、次はきっと………!」


ただの自己満足なのかもしれない。


次なんて、もう二度と訪れないのかもしれない。


でも、これだけは言っておきたかった。


由乃「次に会うときは、私が護ってみせますから……!」


「………」


男の子は少しだけ振り返る。


校門を挟んだ向こう側から、男の子は呟いた。


「…僕は、もう、いいよ」


それだけ言い残して、その男の子………柳原建一君は、私の前から居なくなった。


由乃「………っ」


涙が溢れ出る。


どうして?


今までだって転校したクラスメイトは居たけれど、こんな風にはならなかった。


そして気付く。


彼は、とっくに私の友達で、理解者で、特別だったんだ。


由乃「うっ、うあぁ…」


膝をついて啜り泣く。


私がほんの少し勇気を出せば、失わずに済んだのかもしれない。


私が弱いから、彼を失ってしまった。


私が弱いから、彼を傷付けてしまった。





―――だから、私は強くなろう。



もし、彼と、彼のような人と再び出会えた時。


二度と失わないように、過ちを犯さないように。





変わる、変わってみせるんだ。





小さな出会いと、小さな別れ。


後悔と共に、私は一歩前に進む決意をした。

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