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シカバネアソビ  作者: Mr.バナナ
Episode2~トリカゴアソビ~
72/150

EP2-038:純化される心

一瞬、幾徒は自分の腹部に感じている衝撃が理解出来なかった。


つい先刻まで、間違いなく赤羽建一は静山飛鳥への殺意を抱いていたはず。


それが一瞬で、消えた。


幾徒「(何故だ。好意などという低俗な感情で、殺意が消えたというのか………?)」


幾徒には、誰かを愛するという感情の強さを理解する事が出来なかった。


建一の瞳からは、決意の強さと冷たさの滲んだ奇妙な印象を受けた。


それは確かに赤羽建一である筈なのに、何かが違う。


幾徒「(成程、な)」


こんな例外、試験段階では誰一人として起こさなかった。


我々が『成功』と定義付けた事象の、真逆の現象。


呑まれるのではなく、混ざり合う。





―――純化



幾徒「例外中の例外だ。お前を殺す事でも、条件は満たされる」


建一「……条件?」


分からないといった彼の反応を見る限り、記憶状態に大きな変化はないらしい。


幾徒「この施設には随分な資金が投資されている事は、お察しの通り。実銃、アジャスター、食料、医療品、施設そのものの設備……売買すれば相当な額になるだろう」


それは建一達も疑問に思っていた。


表沙汰にならない殺し合いをさせるにしても、この施設には明らかに必要以上の投資がされている。


幾徒「我々の長は少々変わった方でね。条件次第では、この施設の『所有権』を譲る定で、私を組織に組み込む条件とした」


建一「お前達の"長"……」


この施設、およびゲームらしきものを企画した張本人。


こんな、いつ寝首を掻くとも知れない人間を、施設の設備という"餌"を垂らしてまで従えていた。


建一「そいつは、いったい何の為にこんな事を……?」


幾徒「さてね。そんな事より、いい加減おっ始めようじゃないか」


幾徒は建一達に背を向けて、地上に繋がる最後の階段へと歩いてゆく。


建一「…逃げるのか?」


幾徒「まさか。むしろ直ぐにでも殺してやりたくて、うずうずしているさ。ただ、ここは"ゲーム"の終わりの間であって、"私達"には相応しくない」


そう言って幾徒は第一階層に繋がっているであろう扉まで移動すると、そこで携帯電話を操作した。


幾徒「これで"私達"のゲームは終了だ。ここから先はゲームの枠外、個人の感情のままに戦う事になる……ついて来るといい」


建一「……」


階段の扉を開けると、幾徒はその中に姿を消した。


それに導かれるままに、幾徒を追って歩き出す。


飛鳥「だ、駄目よ。行っちゃ駄目っ! あの男の罠よ、そうに決まってる…!」


先刻流していた涙を拭う事もせず、飛鳥は床に膝をついたまま俺に手を伸ばす。


建一「どのみち、あの扉を潜るしか脱出する術は無いんだ」


飛鳥に微笑みかけると、俺はその手を取らずに再び幾徒の元へと歩き出した。


飛鳥「建一…っ!」


建一「じゃあ、ちょっと行って来るよ」



本当は、自分の身体に起きている事について、なんとなく分かっている。


さっき幾徒を殴る時、俺の中で大きな"変化"が起き、それは確かに力を与えてくれた。


きっと、その"変化"こそがゲームの目的と関係していて、殴られた時に幾徒は俺の変化に気付いた筈だ。


それを踏まえた上で、幾徒は俺を殺すつもりでいる。


そう、分かっている。


建一「(この力があっても、俺は死ぬかもしれない……)」




◆◆◆◆◆◆◆◆



俺の頭は、とっくにどうにかなっていた。


まず、視覚が壊れた。


次に聴覚、触覚……と、次々に感覚が閉ざされていった。


残されたのは固有感覚だけで、自分が立っている事だけは理解できる、そんな状態。


傍らに珠田が寄り添っているのかさえ分からない。


もし、アジャスターに襲われて、この身体が傷だらけになっていたとしても、俺には理解できないのだろう。


けれど、そんな状態だからこそ、朧気に感じるものがある。


気配、とは別の何か。


何かは分からない、分からないが、そこに向かって歩き出す。


自分は、どれくらい歩いているのか。


今さっき歩き出したような気もするし、何ヶ月も歩き続けているような気もする。


時間という概念さえあやふやで、気が狂いそうだった。


それでも歩き続けられるのは、きっと俺の隣には珠田が居てくれると信じられるから。





―――何かが、いる。



今まで感じていた、気配とは別の何かが、直ぐ近くに感じられる。



「……さ…! あ……襲……て……す…!」



ザザザザザザザ………!


銀河「(………ッ!)」


微かに珠田の声が聞こえた気がしたが、それを拒否するかのようにノイズが俺の頭に直接鳴り響く。


こんな状態だが、唯一感じる事の出来る"何か"と、戦わなければならないようだ。



―――これが、俺に出来る"最後"の仕事のような気がする。



◆◆◆◆◆◆◆◆



銀河が得体の知れない何かに接触する、数刻前。


飛鳥「はぁっ、はぁっ…!」


彼女、静山飛鳥は己の過ちに悔しそうに表情を歪めていた。


建一を追い掛けるべく彼女が第一階層への扉へ向かおうとした時、耳を塞ぎたくなるような咆哮と共にそれは現れた。







―――黒毛に覆われた正体不明の巨大な獣。


頭にはビーストと似たような装甲が施されていて、熊のような巨体でありながら、見た目以上の俊敏さを持っている。


銃弾を打ち込んでも、ハンドガンでは硬い皮膚を貫くのに威力が不十分だった。


飛鳥「アジャスターを作れるような技術がある事は分かっていたけれど、流石にこれはっ……!」


ビーストは辛うじて猟犬だと理解できたが、こいつのような生命体を私は知らない。


フィクションの中に登場する、架空の生物なのではないかと疑いたくなる。


しかし実際は、犯人達が肉体改造した生物か何かなのだろう………とても信じられないが。


とにかく、こいつを振り切って上の階に登るなんて、不可能に近い。


もっと早く建一を追い掛けていれば、こんな事にはならなかった。





―――ドゴッ!



飛鳥「…!」


無我夢中で黒獣の攻撃を避けると、私が先刻まで立っていた場所に、くっきりと大きな爪の跡が刻まれていた。


飛鳥「(あんなの、一発でも受けたら即死じゃないの………!)」


自動車に跳ねられるような威力であろう肉体攻撃、それを受けてしまった場合の事を想像するだけで、血の気が引く感覚がした。


とにかく、幾つか設置されている柱などの障害物を利用して、距離を取り続けなければならない。


逃げ続ける事に精一杯で、策にまで頭が回らない。


柱の裏に向かって走る最中、一瞬だけ背後から強風に吹かれた。


飛鳥「…!?」


次の瞬間、目の前には私を跳び越えたであろう、黒獣の姿。


走る勢いは直ぐには止められず、黒獣は私に向けて腕を大きく振り上げていた。



「ウォォォォォォォン!!」


それを見た私は、絶望に似た感情を抱いていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆



幾徒「どうだい、最愛の人を救いに向かえない苦しさは! 両親を失った10年前を思い出すかい? それとも、私が殺した君の幼馴染を思い出すかな?」


建一「テメェ…!」


躊躇を捨てた筈なのに、俺の銃弾で幾徒を仕留める事ができない。


逆に、ここで戦う事を見越していたであろう幾徒の手には、いつの間にかサブマシンガンが握られていた。


恐らく、前もって自分にだけ分かる位置に隠してあったのだろう。






………第一階層。


部屋は出口のガラス戸から差し込む夕日の色に染まり、そこで俺と幾徒は戦っている。


久々に見る日の光だが感傷に浸る余裕も無く、俺は柱の影に身を隠し、幾徒は堂々と部屋の中心を陣取り、ひたすら銃撃戦を行っていた。


戦いの幕が上がる少し前、俺達が階段を登っている途中、扉越しにB1Fから何かの遠吠えが聞こえてきた。


焦って引き返そうとも考えたが、背を向ければ幾徒に殺されてしまうと思い、踏み留まって問い正すと、彼はこう言ったのだ。



"私達"のゲームは終わった。



だが、静山飛鳥も君の帰りを待つだけでは退屈だろう………と。



建一「ふざけやがってっ、お前の目的に飛鳥は関係ないだろう!」


幾徒「彼女には彼女のゲームを締めくくるラストバトルが必要だろうという、私なりのサービスだよ。あの『イオビースト』は私達の中でも、その生体について理解している者は少なくてね。間近で見る事が出来なくて残念だよ、ククククク………!」


余裕そうに語っている間も、幾徒に隙は無く、柱から狙撃するチャンスがない。


建一「(………けど、今の俺になら、こういった選択も出来る!)」


幾徒の銃弾を避けながら柱から柱へ駆け、銃弾を放つ。


激しく動き回りながらの射撃が、幾徒には見切れない弾道だったのか、僅かに左肩を掠めた。


幾徒「……チッ。子供風情が、またしても私にかわせぬ攻撃を!」


建一「…っ!」


柱に身を隠す直前に、俺の右手の甲にもサブマシンガンの銃弾が掠った。


なんとかハンドガンを手放す事はしなかったが、じわじわと血が滲み出て、痛みで集中力が削られ始める。


玄人のサブマシンガン相手にハンドガン一丁だなんて、部の悪い勝負にも程があったか。


幾徒「勝負で君を殺す事が出来れば、私はこの施設全てを手に入れられる。大人しく死にたまえ…!」


建一「それを手に入れて、金にして、結局お前はどうする気なんだっ!?」


再び柱から飛び出し、幾徒に向けて3度トリガーを引く。


初心者の筈の俺が、何故こうも自在に銃を扱えるのかなんて、考えても分からない。


ただ、銃からレーザーサイトのような"線"が出ているようにイメージをして、それがターゲットを通過するよう合わせて発砲する。


幾徒が避けるであろう位置にも同じように発砲、これを一瞬のうちに何度も行うのだ。


原因など分からずとも、それを実行できてしまうのだから、利用しない手はない。


使えるものはなんでも使って、幾徒を倒し、飛鳥を助けに行かないと………!




―――ガンッ、ガンッ!


全てを避ける事が不可能だと判断したのか、幾徒は3発の銃弾のうち2つを、手にしているサブマシンガンを盾にして弾く。


それでも3つ目の銃弾は防げず、それは幾徒の頬に傷を作った。


今は人の事は言えないが、あいつも龍哉と同じように異常な戦力を持っている。


幾徒「……くっ。どうする気か、だと? 決まっている。奴の所持する物資があれば、より効率的に、大量に殺戮を行う事が出来る。その手始めに、赤羽裕武を殺す事が出来ずにのうのうと生き延びている我が息子、雅をあぶり出し……殺す!」


建一「…!」


何も知らせずに、勝手に死のゲームに放り込んで、幾徒の息子は殺人鬼と化したと聞いた。


自分のせいで人の道を踏み外してしまった息子を、こいつは殺すというのか。


それが幾徒の勝利であれ、息子の雅の勝利であれ、彼は実の父親と殺し合いをして何を思う……?


いくら殺人鬼と化した親子でも、かつては唯一無二の家族だったんだぞ。


何も感じない、訳がない………!


建一「お前だけは……」


幾徒「…ん?」



もう、飛鳥を助けに行く為とか、そんな理由付けはなしだ。


建一「お前だけは息の根が止まるまで、絶対に返さないぞ」


この俺の中で膨れ上がった個人的な殺意を、余す事無く幾徒にぶつける―――!!

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