EP2-037:真相/飛鳥
B1Fの巨大なホールで、建一達は幾徒と対峙していた。
幾徒「そういえば、まだ君には名乗っていなかったか。私の名は、閏坂幾徒という」
建一「……それで、わざわざ施設の設備をいじくり回してまで俺達を誘導した理由は何だ?」
封鎖壁によって作られた一本道を辿って、俺達はこの男と………幾徒と接触した。
それはつまり、俺達はこの男に誘い出されたという事で、彼は間違い無く俺達を誘拐した本人、またはその仲間だと思う。
だから、確証はなくとも、あたかも彼が犯人である定で質問を投げ掛けた。
幾徒「ククッ、なんとも揺さ振りが似合わない人だ。親に似たのかね?」
建一「……!」
幾徒「まぁ、知られた所で問題は無い。君の推測通り、私が施設の設備を利用して君達を導いた」
揺さ振りである事を知っていながら、それをわざわざ俺に教えた?
その余裕は何処から来るのか、底知れぬ気味悪さを感じる。
幾徒「それでは、私からも質問だ」
建一「…何?」
幾徒「これまで君は、幾つもの死地を切り抜けて来た事だろう。その度に、違和感も感じてきた筈だ」
確かに、こいつの言う事は当たっていた。
戦う度に感覚が研ぎ澄まされ、時には放たれた銃弾さえ目で追う事が出来る異常な状態になる。
それは火事場の馬鹿力のようなものだと勝手に納得していたが、この男は誰も知らない筈の"それ"を言い当てた。
建一「まさか、あれは原因があって起きている事なのか……!?」
幾徒「クク、少なくとも失敗作では無かったか。勿論、原因は存在するとも」
驚きのあまり『有り得ない』と反論する事さえ忘れて沈黙する。
あの事情には理由が存在し、この男がそれを知っている。
それは、あの超人的とも言える感覚は意図的に起こされたものだと考えられないだろうか。
建一「(馬鹿げてる。そんな事が故意で出来るのだとしたら、大変な事だ)」
確かに俺は、神堂龍哉という人間とは思えない技量を持ち合わせた相手と一度は戦っている。
あんな奴が世の中に溢れ返ったら、必ず悪用する者が現れ、秩序なんてものは崩壊する。
幾徒「ただ残念な事に、君には"その感覚"を持つ資格が無いのだよ」
建一「どういう意味だ?」
幾徒「私は君の目の前で、最も大切な者の命を奪ってやった。だというのに、君は私を恨む前にその精神を崩壊させた」
そう、それは忘れもしない損失した二度目の日常、観崎と共に歩くという閉ざされた未来。
戻らない、戻れない場所。
そういやこいつは、絶望する俺に心底つまらなさそうな視線を向けていた。
建一「俺は呆れてるんだ。お前みたいな人間が生まれてしまうような、この世の中に」
幾徒「………クク!」
今までに何度も見てきた気味の悪い笑みに、寒気がする。
今すぐ殴り飛ばしてしまいたい衝動を抑えて、俺は負けじと睨み返す。
それがこの男の狙いなのだとしたら、恨みをぶつける事は間違いだからだ。
幾徒「私のような人間が生まれてしまう世の中か。確かにそうだ。私のような人間は、とっくに世の中に溢れ返っている」
大きく手を広げて笑う幾徒、この男の言っている事が間違ってはいないからこそ、俺はこの男を恨みたい、恨みたくて恨みたくて仕方がない。
ただ、そんなのは八つ当たりなのかもしれない。
誰でも生まれた時は純粋な心を持っていて、育った環境で人格が構築されていく。
つまり………こんな男が生まれてしまう環境が、あったのだ。
建一「(本当に恨むべきなのは、この世の中なのかもな)」
幾徒「他人事のような顔をしているな、赤羽建一君。君の家族が、友人が、もしかしたら私のように狂った人間かもしれないというのに。………クククククッ!!」
建一「何が言いたい」
この男の遠回しな言い方には、苛立ちを隠せない。
幾徒「そうだ、その目だ。教えてやろうじゃないか。……君の父、赤羽裕武について」
建一「―――え」
父さんについて、教える?
なんとなく、今から聞いてはいけない事を聞かされるような気がした。
幾徒「君の父である赤羽裕武は、随分と我々の邪魔をしてくれてね。私の息子である雅に殺して貰う予定だった」
建一「(自分の息子に、人を殺させようとしたのか。それも、俺の父さんを)」
こんな狂った男の元で育ったんだ、きっとその人もまともな人間ではいられなかった事だろう。
幾徒「雅には、赤羽裕武の死によって生存が可能となる趣旨で、閉鎖空間に放り込んだ。私は、息子なら必ず赤羽裕武の殺害を成し遂げてくれると信じていた」
幾徒はそこで、かつて俺に向けたようなつまらなさそうな目をする。
幾徒「ところが赤羽裕武は、ゲームに狂わされ殺人鬼と化した雅の存在に感づき、避けるように行動を始めたのだ。全く、とんだ誤算だったよ」
建一「父さんは、勘が鋭い人だったからね」
窮地でのしぶとさは、人一倍のはずだ。
己の信じるまま思うがままに生きて、それが正しくても間違っていても後悔せずに、ただ受け入れる。
その危うさの欠片も感じさせない真っ直ぐさが、俺も母さんも大好きだったんだ。
幾徒「…クク。しかし赤羽裕武の結末は、君もよく知っているだろう」
建一「……っ」
思い出したくもない、俺の8才の誕生日の出来事。
父さんの死の瞬間を写したビデオテープ、残酷な誕生日プレゼント。
雅という驚異を察知し、回避したにも関わらず、父さんは死んでしまった。
それは、なぜか。
幾徒「雅に悟られないよう逃げ続ける中で、彼は幼き少女を見つけた」
建一「……?」
幾徒「我が子と同じ年頃の少女を放ってはおけず、彼はその子の力になろうとした」
これは俺も知らない、10年もの間、謎のままだった父親の死の理由の話だ。
だから次に幾徒の口から語られる言葉は、なんとなく予想がついていた。
幾徒「そして、その子供に殺されたのさ」
建一「………っ」
つい数時間前に帰らぬ人となった光弐の状況とも似ていたため、二重の意味で心が傷んだ。
………いや、待て。
俺は何処かで、似たような話を誰かから聞かなかったか?
思い出せないが、確かに聞き覚えがある。
いったい俺は、誰からその話を………
幾徒「その子供の名は、静山飛鳥という」
建一「………」
幾徒「8歳という幼き人殺しの誕生に、私は奇跡というものを信じそうになってしまったよ」
建一「…………は?」
出鱈目だ。
この性根の腐った男は、俺の平常心を揺さぶろうとしているに違いない。
しかし、俺はB1Fに着いてから………正確には幾徒と対峙してから、飛鳥が一言も言葉を発していない事に気づいてしまった。
嘘であって欲しいという願いを込めて、俺は飛鳥の方を振り返る。
飛鳥「……い………や、こんな………こんな形で、なんて………」
建一「………飛鳥?」
飛鳥「嫌ぁぁぁあああああ!! やめてっ、そんな目で私を見ないでっ! 嫌、嫌、嫌っ…嫌…………う…あぁ…うぁぁ……ぁぁあああああああ!」
頭を抱えて、泣き崩れる飛鳥。
その姿を見てしまったら、もう幾徒の言葉の真偽を疑う事は出来なかった。
『私はね、前にもこんな風に誘拐された事があるのよ』
あぁ、そうだった。
『あの時はまだ子供だったから……誰も助けに来ない、守ってくれない、自分でどうにかするしかない。それだけで心が折れそうだった』
確かに、その"少女"の話を俺は聞いていた。
『私には誰か一人を殺せば帰れるという条件が当て嵌められたけれど、いざ目の前に相手が現れても……何もできずに痛めつけられて、それで……』
殺害を躊躇したために、心に深い傷を負わされた彼女は……
『そんな事があったから、その次に出会った人を信用するなんて出来なかった。『君に協力させてくれ』って言ってくれて、心強くて、頼もしかった……筈なのに』
……ただの善意で近付いた父さんさえも、信じる事が出来なかった。
『……その人もまた、私を殺せば帰れる条件だったから。私は素直にその言葉を受け取る事ができなかった』
そして、父さんが提示したであろう生存条件が、更なる誤解を生んでしまった。
『それから先の事は……まだ、話せない。けれどこれだけは言わせて。私は恐かった、裏切りが、死が…!』
それから先に何があったのか、何故"まだ"話せなかったのか。
自分が人殺しで、それも俺の父さんを殺してしまった事を知られたくなかったから………だったのか。
飛鳥「ち、違うのよ! こんな筈じゃ………いつか、話すつもりで、隠してた訳じゃなくてっ。ごめん……建一、ごめんね、本当に………ごめん……なさい」
俯いたまま、涙を流し続ける飛鳥。
建一「………」
例え、俺が目の前の少女に好意を抱きかけていたとして。
その少女もまた、当時父さんを殺さなければ生きて帰れなかったとして。
許せるだろうか。
俺と母さんから、父さんを奪った、この少女を、許せるだろうか。
否、許せる訳がない。
幾徒「どうした。私は知っているぞ? 君が一時期、死に物狂いで両親の命を奪った者を探していた事を」
飛鳥「え………ぁ…」
幾徒の言葉に、もはや謝罪をする事さえ忘れてガタガタと身体を震わせる飛鳥。
幾徒「憎かっただろう、殺してやりたかっただろう。それが今、叶おうとしているのだよ」
建一「……そうだな」
いつの日にか自分で抑制して閉じ込めていた、この復讐心。
俺は………
―――何を考えている。
俺は、飛鳥を………
―――何をしようとしている。
パリンッ
俺の中で何かが破裂し、純化し、混ざり合った。
幾徒「彼女は雅の代わりに赤羽裕武を殺してくれた恩人だ。私は手を出さないから、好きにするといい」
建一「―――」
飛鳥「ひ………」
床に膝をついた状態で後退りしようとする飛鳥だったが、身体がガタガタと震えて力が入らなかった。
建一「最悪だよ。ここまで来て、最後の最後で、なんて嫌がらせだ。苛々するったらありゃしない、だから―――」
幾徒「……ん?」
建一「このいけ好かない野郎で発散しねぇとな―――ッ!」
幾徒「ッ!?」
飛鳥「………!」
瞬間、建一の拳が幾徒の腹部にめり込んだ。
殴られた箇所を押さえながら、幾徒は数歩後退して建一を睨む。
幾徒「(私が、まともに攻撃を受けてしまった。まさか……)」
建一「あぁ、最悪だ。けれどなんでかな。お前を殴ったら、久々に心が晴れやかになった」
拳を握ったり開いたりして、殴った感触を確かめながら、笑みを浮かべる建一。
飛鳥「なんで……」
建一「今頃になって、飛鳥が父さんを殺したとか言われてもな」
飛鳥「私を、殺さないの? 許してくれるの?」
建一「以前の俺なら、きっと迷わず殺してた」
飛鳥「っ」
飛鳥の犯した罪は重く、大きな間違いである事は変わらない。
俺の父さんは、二度と戻って来ない。
俺が飛鳥を許す日は、永遠に訪れない。
けれど………
建一「俺は飛鳥を絶対に許さない。―――でも、大好きだ」
それでも、飛鳥は俺にとって"大切なもの"だという事もまた、変わらない。
憎くても、許せなくても。
そこはもう、好きになってしまった俺の負けだった。




