EP2-036:運命のトリカゴ
B2Fに着いてからというものの、俺達の間には沈黙が漂っていた。
安全を確保して、普通に話ができるようになって、そこでようやく悲しみが込み上げて来た。
飛鳥「渡は………さ、自分の命なんて、忘れてたんだと思う。ただ、目の前の女の子が心配で心配で……それだけだったのよ」
建一「……あぁ」
渡光弐は、そういう奴だった。
まるで自分を見ていないという意味では俺と似ていたかもしれないけれど、それでいて前向きで、明るくて、羨ましい眩しさがあった。
きっと皆が笑っている姿が大好きで、皆が悲しんでいる姿が大嫌いな、そんな奴だったんだ。
飛鳥「……ねぇ、建一。どうして、渡は報われないのかなぁ……っ」
飛鳥の言葉が震え出す。
飛鳥「だって………だってあんなに、素直で、純粋で、いつだって誰かの事を考えて、あんな奴が報われないって、どういう事なのよ…っ!」
建一「……っ」
ふいに瞼が熱くなる。
頬を何かが伝い、それが零れ落ちて、そこでようやく俺達は泣いているのだと理解した。
飛鳥「私、寂しいよ。たった一日一緒に居ただけなのに、あいつの馬鹿みたいな笑顔が二度と見られない事が、凄く、凄く、凄く寂しいのよ!!」
つい先日までは、他人を信用する事などあり得なかった飛鳥が、涙を流して光弐の死を悲しんでいる。
俺達は、どちらからともなく互いを強く抱きしめていた。
そうでもしないと、小さな蝋燭の炎のように、悲しみの風に吹かれて、俺達の存在は簡単に消えて無くなってしまうような気がしたから。
飛鳥「建一っ、建一ぃ…!」
建一「………くっ」
俺達は、顔をぐしゃぐしゃにして暫く涙を流していた。
飛鳥の温もり以外のものは、酷く冷たくて、この冷たさを追い払ってくれる馬鹿みたいな笑顔は、もうここには無かったのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
建一達が光弐の死を悲しむ中、その原因を作った由乃の姿をした何者かは、右腕の傷を包帯で止血していた。
「(誰かが、好き勝手してるみたい)」
彼女は医療品などが用意された部屋に辿り着くまで、異常な数の封鎖壁を目撃してきた。
故に、犯人側の誰かが必要以上の干渉をしているのは誰にでも分かる事。
止血を終え、立ち上がって直ぐに部屋を出ようとした彼女だったが、何かに気付いたようにドアノブに添えた手を元に戻す。
「……べとべと」
そして、自らが着ている血まみれの服を見て、不満そうに目を細めた。
「服、取りに行かないと」
◆◆◆◆◆◆◆◆
建一「……落ち着いたか?」
飛鳥「け、建一こそ…」
俺達は、とある一室で肩を並べて座っていた。
建一「もう大丈夫だ。まだ、俺の隣には飛鳥が居てくれる。何もかも失ったって訳じゃない」
沢山の大切なものが消えて行く中、飛鳥だけはこうして俺の隣に居てくれた。
…それが、純粋に嬉しかった。
飛鳥「…ばっ! そ、そういう恥ずかしい台詞は、なんというか………心臓に悪いわよっ」
顔を背けて照れ隠しをする飛鳥の頬は、微かに紅潮していた。
建一「考えてみれば、俺達がこうして生きてるのって奇跡だよな」
飛鳥「……そうね」
建一「俺なんか、最初に遭遇した奴に殺されそうになってたしな」
飛鳥「死ぬ覚悟までしていた癖に、何を言ってるのよ」
他にも、アジャスターから必死こいて逃げたり、改造電気椅子から飛鳥を助けたり、観崎に守って貰ったり。
光弐の一件だって、もしかしたら死んでいたのは俺達だったのかもしれない。
建一「だからこそ、かな。観崎が居なくなるまで、最悪自分が犠牲になるっていう考えは変わらなかったし、よく生き延びられたなって思うよ」
飛鳥「…そうね。私達、何度も危険な目に合ってきた」
建一「だからさ。俺達が生き延びる事は、それだけじゃなくて大きな意味があると思うんだ」
飛鳥「皆の、思いって事?」
俺は頷く。
観崎や光弐、それから死んでしまった他の人達も。
元を辿れば、そこには"生きたい"という純粋な思いが、感情があった筈なんだ。
建一「もし俺達が誰ひとり残らず死んでしまったら、その思い全部が無かった事になってしまう」
その思いは、何処にも届かないし、報われない、存在すらしなかった事になる。
建一「生きるぞ」
飛鳥「………え」
最初、観崎を失った俺には何もないと思っていた。
でも、彼女の言う通り、確かにそれは存在していた。
生きる理由というものが、見つかったんだ。
建一「俺達は、生きる」
飛鳥「建一…!」
はっきりと生への執着を言葉で示した事が嬉しかったのか、飛鳥は俺を見て微笑んだ。
建一「さて、さっさと脱出しようか」
飛鳥「そうね」
2人が立ち上がろうとした瞬間、地震でも起きたかのような揺れが建物全体を襲った。
―――間違いなく、外で何かが起きている。
建一「飛鳥!」
飛鳥「えぇ…!」
急いで外に出ると、直ぐに何が起きたのかが理解できた。
そこには、"無駄な通路"が封鎖壁によって閉ざされた一本道が用意されていた。
こんな事が出来るのは、犯人側の誰かくらいだろう。
飛鳥「(閏坂、幾徒)」
飛鳥は顔色が優れず、震えているように見えた。
俺はその震える手に、そっと自分の手を重ねる。
建一「……」
正直、生きて帰れないかもしれないと思うと、俺も恐い。
もしかしたら、生き延びられる可能性なんて皆無なのかもしれない。
俺達の行動は、無意味に終わるのかもしれない。
建一「(でも、"生きてみたい"って思わされちゃったからな)」
飛鳥と共に歩み、そこに生まれる日常というものを見てみたい。
『貴方の事が好きだからよ、建一』
なんだ。
よく考えてみれば、俺が見つけた生きる理由って、そういう事だったのか。
一緒に日常を歩んでみたいだなんて、それはもう観崎の言っていた「好き」以外の何物でもないじゃないか。
建一「(でも、いいんだろうか)」
観崎は死ぬ直前に、声にはならなかったが『だいすき』と呟こうとしていた。
俺も観崎に好意を抱いていたし、こんなにあっさりと飛鳥に靡いてしまって、本当に良いのだろうか。
建一「(まだ、少し考える時間が必要みたいだ)」
今は、この一本道を辿って、犯人側の誘いに真っ正面から挑むだけだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
意図的に作られた一本道を進んだ先には、案の定、上の階へと続く扉があった。
建一「まぁ、なんとなくだけど予測できてた事かな」
『開錠:6人以上の死者と、3人以上の成功が確認されている事。扉を開ける人物はステータスを20消費する』
"半開き"になった扉にはそう綴られていたが、それはもう意味を成さないただの文字列だった。
飛鳥「死者6人以上? ここまで来ると胡散臭いわね」
建一「あぁ、この大量の封鎖壁もそうだけど、俺達を誘拐した奴等が自分の都合で開けたんだろうな」
俺達がこれまで出会った人物はせいぜい5、6人程度。
扉が閉まっていて立ち往生した事もあったから、結構な割合で生存者に接触できている筈なんだ。
なのに、死者が6人もいるとは考え難い。
建一「(元々は、最後の数人になるまで争わせるつもりだったんだろうな………悪質だ)」
飛鳥「行くわよ、建一」
建一「あぁ」
開きかけの扉を全開にすると、今まで何度も見た光景が目の前に広がった。
もうすぐだ。
もうすぐで、この光景も終わる。
カツン、カツンと俺達の足音が階段に反響する。
飛鳥「……ね、ねぇ」
建一「なんだ?」
俺は振り返らずに、階段を登りながら返事をする。
飛鳥「もし、私が建一の………………いいえ、なんでもないわ」
飛鳥は最後まで言い切る前に発言を撤回するが、焦りを感じているらしいのはなんとなく分かった。
建一「大丈夫だよ。そら、もう登り終わるぞ」
飛鳥「……えぇ」
少し重みのある厚い扉を押し開け、俺達はB1Fに踏み込む。
B5Fと似たような巨大なホールは、以前に飛鳥が捕らえられていた改造電気椅子を連想させた。
そして………
「この時を待っていたよ。赤羽建一君」
建一「お前は…!」
俺達を待ち構えていたのは、忘れもしない、観崎を殺した男だった。




