EP1-006:B8F
涼路さんが亡くなって間もなく、それは突然始まった。
ビーッ、ビーッ!
『施設内に死体反応アリ。回収を行うので、対象から離れて下さい』
耳につく強烈な警報音と、機械音声で読み上げられる無機質な文章。
観崎「し、死体って……晶人さんの事…だよね」
建一「そう、なんだろうな」
この警告が本当だとしたら、涼路さんから離れた場所に移動しなければ「何か」に巻き込まれてしまう。
そして、理由は分からないが俺達を誘拐した犯人もそれを望んではいないらしい。
…いけないな。
アジャスターが実在したってだけなのに、この建物の全てを信じ始めている自分いた。
俺達が涼路さんから離れて20秒が経過しようとした時…
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
ガコンッ!
建一「…!」
涼路さんの周りの床が開き、そこから涼路さんの身体が落下する。
そして、再び床が閉じた。
廊下に残ったのは、涼路さんの血痕とアジャスターの残骸だけだった。
建一「涼路さん……」
救えなかったという無力さ。
もっと早く気付けば良かったという悔しさ。
そして何より、犯人への怒りが込み上げてくる。
観崎「みぎゅ…そ、そういえばさ!」
落ち込んでいる俺を見て気を使ったのか、いつも以上に明るい声で話し出す観崎。
観崎「さっき晶人さんから、何か貰ってなかった?」
建一「あ…あぁ、そうだったな……」
俺も話題を変えようと話に乗って、手に握っている"それ"を確かめる。
だが、"それ"は更なる悲しみしか生まなかった…
建一「……ぁ」
観崎「建一…?」
それはペンダントのようなもので、中に写真が嵌め込まれていた。
建一「あ、あぁぁ…」
そこに写っている人物は2人
1人は涼路さん、もう1人は…
…保育園の服を来た彼の「娘」だった。
この失態は、涼路さんを救えなかっただけではない。
この幼き少女から父親が奪われてゆくという現実を、止められなかった。
それだけではない、この写真は入園式か何かの記念写真だ。
涼路さんの娘が何かを手に持っている、これは……
一人の女性が写された…写真
この娘にとっての母親、涼路さんの妻だと思われる人物、これが意味する事は……
観崎「建一、大丈夫? 顔、真っ青だよ?」
観崎が何かを言っているが、それに耳を傾けられる余裕などありはしなかった。
この歳の子供が両親を失うというのは命を削り取られるほど辛い。
かつて似た境遇に陥った事のある俺は、それを最も理解していた。
涼路さんの娘が失うのは俺と同じ、"日常"と"大切なもの"の両方を失ってしまうんだ…
は、ははは……観崎の前だってのに涙が出て来やがった。
建一「観崎、悪いけど……あっち向いててくれ…」
観崎「………」
無意味
建一が涙を見せくないのは観崎に心配をかけたくないのが理由で…
既に涙を流している所を見られてしまっている以上、観崎が建一の指示に従う事に意味は無い。
観崎「嫌」
建一「なんで、だよ」
観崎に背を向けて顔を隠すが、涙ぐんだ声だけはどうにもできない。
観崎「建一、その…怪我してるし。 手当てが優先、でしょ?」
建一「……」
観崎「それに、辛い事を1人で溜め込むのはよくないよ?」
建一「観崎…」
観崎「嫌な事から助けてあげるって約束もしたし…ね」
約束、か。
卑怯だよ…観崎
ここで俺が黙っていたら観崎を嘘つきにしてしまうじゃないか。
建一「は、はは…敵わないや、観崎にはっ」
さっきまでは観崎の方が泣いてたっていうのに…立場逆転か、情けない限りだ。
建一「俺は…な。日常、大切な人…そういったものを誰にも無くして欲しくなかったんだ」
観崎「…うん」
建一「…これ、見ていいぞ」
涼路さんのペンダントを差し出す。
観崎「え? …あっ」
流石の観崎も、これは一目瞭然だった。
見てすぐに、涼路さんの妻が他界している事に気付く。
そして、涼路さんの娘が建一と同じ道を辿ってしまう運命が確定したという事も…
建一「俺は…自分と同じ思いを誰にも与えたくなかった。それなのに、それなのに…っ!」
悔しそうな建一の言葉を聞いて、考えるような仕草をしていた観崎はこう言った。
観崎「私は、建一だけでも生きていてくれてよかった…よ」
建一「観崎…」
確かに、あの状況から考えられる最悪の結末は、建一達全員の死亡。
そもそも建一が助かった事そのものが奇跡のような出来事だ。
それを考えると、これを悪い結果と表現するのも間違っている気がした。
建一「そう、かもな…」
気が付くと、建一の涙はもう止まっていた。
建一「…あと、もう1つ」
観崎「なぁに?」
建一「俺の怪我の手当てをするって言ってたけど、道具とか…あるのか?」
建一の左腕は、アジャスターから受けた射撃で負傷したままだ。
その腕からは血液が流れ続けていて、このまま放置するのが望ましくない事は明らかだった。
観崎「みぎゅ、そんなの考えてないよっ…!?」
不意打ち成功。
やっぱり観崎はこうでなくっちゃな、うん。
俺達が気を取り直そうとしていた、その時…
「治療なら心配いらないわ」
観崎「みぎゅぅう!?」
建一「だ、誰だっ!?」
突然、背後から声を掛けられた事に驚き、警戒心を剥き出しにして振り返る。
錯乱してたせいか、誰かが近付いて来ていた事に全く気付かなかった。
綺麗な銀髪のツインテール少女と、調子の良さそうな金髪のツンツン髪野郎がいた。
「すごい出血ね…あっちの床に付着したのは全部貴方の物かしら? 死者がどうのこうのって警報を追ってここまで来たのだけれど」
「おいおい、もしかしてあのライフル握ってる機械はお前達が壊したのかよ……」
一度に二つの質問を受けて顔を見合わせる俺と観崎、まぁどちらに答えた方が良いのかなんて明らかだが…
観崎「…あの、治療なら心配いらないってどういう事なのかな?」
「無視ですか、ソウデスカ…」
スルーされた少年が床にのの字を書き始める、見た目に反して打たれ弱いのかもしれない。
「直ぐに答えても良いけれど、話し合うのは歩きながらでもできるし、時間を無駄にしないようにさっさと上に移動しない? 治療室の場所は分かっているから途中で寄って行けば良いし…」
この少女は上に移動すると言っているが、屋上でも目指すつもりなのだろうか。
建一「何でわざわざ上の階に行くんだ? この階に出口があるかもしれないのに」
そう尋ねると、二人は「何言ってるんだこいつ」みたいな顔をする。
「もしかして、知らないのか…?」
さっきまで落ち込んでいたツンツン髪の人が何事も無かったかのように尋ねて来る。
建一「『知らないのか』って、何の事だよ」
その言葉を聞いて銀髪の少女はやれやれといった風に首を振ると、俺達にこう告げた。
「ここは地下よ……地下8階」