EP2-035:Maiden Strategist
最初に感じたのは、腹部が焼けるような熱い感触。
熱くて、苦しくて、何が起きたのか理解できないまま、自分の腹を確認する。
視界に入ったのは、突き付けられた拳銃と、そこから徐々に服に染み渡ってゆく血液。
俺は、間違いなく目の前の娘に撃たれていた。
「貴方は、危険」
俯いたまま少女が答える。
光弐「なん……で………」
誰かを危険に曝すような真似をしようだなんて、欠片も考えていなかった。
それが………どうして、こうなる。
……訳が、分からない。
「護る事は無情。彼以外の生存者は、根刮ぎ無に還す」
光弐「………!」
その眼光に睨まれた時、撃たれた事も忘れるくらいに俺は恐怖した。
こんなの、生きている人の瞳じゃない。
屍だ。
俺の目の前にあるのは、屍なんだ………と、確信に近いものを感じていた。
光弐「(こりゃ、終わり、かなぁ)」
全身の力が抜け、死が近付いて来るのを理解する。
まるで、死神にでも狩られたような気分だった。
光弐「(死ぬのか、俺が)」
そりゃあ、この建物で目覚めた地点で、無事に帰れない可能性があるのは覚悟していた。
けれど、こんな………建一と飛鳥を見送る事も出来ないまま終わるなんて。
親父と弟と、職場の先輩と、死ぬ前に挨拶しておきたい奴も沢山いるのに。
光弐「(今なら、死んだ母さんの気持ちが分かる気がする)」
誰かを残して死ぬのは、とても未練がましくて、とても………辛い。
建一「光弐ッ!」
飛鳥「渡………!」
立ち直ったばっかなのに、また辛い思いさせちまう………ごめんな、建一。
お前と建一はぜってー上手くいくから………過去に囚われずに建一の事支えてやってくれよな、飛鳥。
俺には、もう何も出来る事が無いから。
家族の、建一達の、皆の幸せを願いながら逝く事しか、できないから。
薄れて行く意識の中で、最後に脳裏に浮かべよう。
俺の大切な人達の、満面の笑顔を。
『―――』
光弐「……!」
何かが、俺の中の何かが訴えかけてくる。
『―――』
光弐「はっ………無茶苦茶、言ってくれる、ねぇ」
「……?」
両足はガタガタと震え、立っている事さえ奇跡に思えるというのに。
何処のどなたか知りませんが、この渡光弐様に『足掻け』と仰りますか。
………まぁ、このまま終わったんじゃ、確かに俺らしくない。
光弐「(あっさり死ぬなんて、格好悪い事をするくらいなら―――)」
残った最後の力で目の前の少女に突進し、そのまま押し倒した。
光弐「人生の最後くらいは、女の子をもふもふする権利くらいあっても良いよなぁ!」
それは口先だけの下心で、実際は建一達を逃がす為の時間稼ぎでしかない。
「邪魔」
―――バンッ!
再び銃弾が光弐の身体を貫くが、それでも両肩を掴んだ手は離れない。
「どいて」
―――バンッ!
「目障り」
―――バンッ!
「しつこい」
―――バンッ!
幾度となく銃弾に貫かれた身体は、ついに力尽きて少女の上に倒れ込む。
光弐「……あー…」
馬鹿したなぁ、前もって「逃げろ」って伝えてなかったから、建一達ポカーンと立ち尽くしてるじゃん。
でも、流石に今度こそ限度だし………痛いとかそういうのより、強烈な眠気が勝っている。
まー、足掻いた結果が、女の子押し倒した状態での最後なら、我ながら大した収穫、悪くないんじゃねーの。
光弐「(……あったけーな、人の、温もりって。俺を殺した…娘とは………思えない…………くら………い…………)」
『施設内に死体反応アリ。回収を行うので、死体から離れて下さい』
その警報が通路に鳴り響き、突然の出来事に思考を停止して立ち尽くしていた2人は、ようやく現実を受け入れる。
建一「な……なんで、おかしいだろ、こんな」
飛鳥「……っ」
鬱陶しそうに光弐の遺体をひっぺがして、少女は立ち上がる。
信じられなかった。
あの少女は大丈夫だと思い込んで、安心してしまっていた。
思い返してみると、俺の第六感はずっと警報を鳴らしていたというのに、どうして油断してしまったのだろう。
ガコンッ、と音を立てて光弐の周囲の床が開き、遺体は奈落の底へと落下してゆく。
「次は、貴女」
少女が次に銃口を向けたのは、飛鳥だった。
返り血を大量に浴びたその姿は、今度こそ殺人鬼にしか見えなかった。
建一「やめろよ。これ以上は、やめてくれよ!」
飛鳥「建一!?」
俺は飛鳥の前に立ち塞がり、少女の邪魔をする。
これ以上誰かが死ぬのを黙って見ているのは、堪えられなかった。
「そんな事をしても無駄」
少女は左手で構えたハンドガンの銃口を、必要以上に俺達から反らす。
建一「な、なにを…」
理解できないその行動に、焦りを感じる。
まずい、そう感じた次の瞬間―――
銀河「面白い銃の使い方だな」
少女の後ろから、静かな雰囲気を纏った白い髪の少年が現れた。
初めて見る生存者のため、焦る気持ちを抑えながら成り行きを観察する。
「無記憶媒体………」
銀河「そうか、お前も俺の事を知っているのか。それで、どうする?」
「あの人の障害となるなら、消す」
二人の間に、張り詰めた空気が漂っている。
「つんつん」
飛鳥「きゃ…!?」
振り返ると、ピンク色の髪をした幼稚園児くらいの子供が、飛鳥の背中をつついていた。
まる「しー、大きい声出さないで下さい」
飛鳥「…あ、貴女は?」
その子供に合わせて、飛鳥は声を小さくして話す。
まる「そーいう話はいいですから、早く逃げて下さい」
タイミング的に、先刻現れた少年の仲間か何かだろうか。
とにかく、逃げるチャンスを作ってくれるのなら俺達にとっては好都合だ。
銀河「俺の事を知っているというのなら、洗いざらい吐いて貰う。勿論、お前の用事が片付くのを待つつもりは無い」
「そう。それなら、君も敵という事になる」
二人の方を振り返ると、確かにあの少年が現れたお陰で、少女の注意が反れている。
建一「飛鳥、行くぞ」
飛鳥「でもこの子は…」
飛鳥は、目の前の子供を残して逃げる事が気掛かりなようだ。
建一「いいから早く…!」
飛鳥の手を引っ張って、無理矢理階段の方へと向かう。
飛鳥「え、ちょ、ちょっと…!」
あの子も、きっと仲間を置いて逃げるつもりは無いんだ。
だったら、俺達がこの子を連れて行く事は、迷惑にしかならないだろう。
建一「キミ、ありがとう」
まる「なんだかヒーローになった気分です。えっへん」
小声で胸を張るその子に感謝しながら、俺はB2Fへの扉を開ける。
建一「(…光弐。短い間だったけど、俺は、お前の友達になれてたんだよな?)」
冷静さを保つのがやっとな俺にとって、今はそれ以上の事を考えている余裕は無かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
珠田が赤羽建一と思われる人物を逃がし終えた事を確認して、俺は時間稼ぎの会話を止めた。
元々、この女から俺の記憶について聞き出す必要は無かった。
俺が生き残る事は出来れば、ただそれだけで神堂から全てを教えて貰えると約束されている。
銀河「とりあえずは、俺達の策略通りになった」
「……」
女は黙って振り返り、先刻まで通路に居た筈の2人が行方を眩ました事に気付いたようだ。
まる「あ、あわっ…」
目が合って危険を察知したのか、珠田は曲がり角に隠れる。
「余計な真似………」
銀河「たまたま、お前の邪魔になってしまっただけだろう」
「―――」
―――バンッ!
銀河「!」
危険を察知して後ろに跳び退くと、有り得ない方向から銃弾が俺の居た位置を通り過ぎていった。
「……避けた、流石ね」
銀河「(仲間……?)」
辺りを見渡すが、それらしき人影は見当たらない。
すると、やはりこの女が放った銃弾なのだろうか。
あんな軌道の分からない銃弾、通常は避ける事ができるものではない。
銀河「(俺も直感で避けたようなものだ。この相手は、危険かもしれない)」
神堂には悪いが、こいつの対処はそう簡単にはいかない。
銀河「俺の相手をしていて良いのか? 赤羽建一を追えなくなってしまっては元も子も無いんだろう」
「…違う」
銀河「違う、だと?」
俺が聞き返すと、無表情だった少女が目を細める。
「私が追うのは赤羽建一ではなく、あの人」
銀河「(あの人?)」
彼と一緒にいた女………ではなさそうだ。
「そう、それも忘れているの。なら、教えてあげる」
銀河「教えるって、何を」
ドクン、ドクン、ドクン…!
突如、心臓が激しく鼓動する。
俺は本能的に、その言葉を聞く事を恐れているのが理解できた。
「"あの人"の名は―――」
………
……
…
銀河「うああああああああぁぁあぁぁああぁぁぁあああっ!? ぐがっ…! …うぐ…ぁ……あがあぁァァァァァァアアアアアアアアア!?」
頭を抱えて、銀河は叫ぶ。
しかし彼の身体は傷ついておらず、痛みで叫んでいる訳ではない事が分かる。
「後は、好きにすればいい。その状態でまともに動けるのなら、ね」
由乃の姿をしたその人物は、そう言い残して銀河に背を向けて歩き出す。
まる「ぁ……ぁぁ…」
「……」
恐怖に震えるまるの隣を素通りして、由乃はB3Fを去っていった。
銀河「うああぁぁぁァァァアアアアアアァァァアアアアアアァァァァァァアアアアアア!!」
ソウダ、忘レテイタ。
"アイツ"の名ヲ。
全テ、思イ出シタ。
奴ガ、奴ガ此処ニ居ル。
―――嫌ダ
嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ………!!
ソウカ。
ソノ為ダッタ。
俺達ガ此処ニ居ルノハ、全テ奴等ノ為。
10ノ屍ト、10ノ悪魔ガ。
タダ、己ノ為ノ遊ビを行ウ。
まる「銀河さぁぁぁんっ!」
銀河「……ァ………ァ………!!」
失われた記憶が回帰した衝撃は、叫び声すら涸れさせて、銀河は天に向かって膝をつき、音の無い叫び声を上げた。
知ラナケレバヨカッタ。
思イ出サナケレバヨカッタ。
俺達10人ト2人ハ、最初カラ希望ヲ餌ニ闇ヘト足ヲ進メテイタニ過ギナカッタ。




