EP2-034:翡翠色の狂気
最初、龍哉が提案した内容に銀河はあまり肯定的ではなかった。
銀河「この辺りに、上層への脱出口があるというが……」
まる「ないですよ」
銀河「いや、見れば分かる」
地図上に複数存在する、部屋の設置されていない場所。
その大半は恐らく、施設の柱のようなものなのだろうが、全ての階層の地図を見比べると幾つか「明らかに柱とは違うスペース」がある。
龍哉は、そのどれかひとつに脱出口があるはずだと説明していた。
銀河「(確かに無駄なスペースを調べる余裕は出来たが、一人でアレを対処できるのか………?)」
そう、龍哉は銀河達に脱出口を調べさせるべく、一人でデスアジャスターと戦っている。
だからといって、銀河達がそれに加勢する事は間違いで、今は龍哉の事を考えている場合ではないのだが。
◆◆◆◆◆◆◆◆
デスアジャスターの2つの刀から繰り出される斬撃を避け続けるが、じわじわと後退させられてゆく。
『死に物狂いで足掻きたまえ』と、幾徒は龍哉達に告げた。
龍哉「飼い慣らされた挙句"神堂"を見誤るとはな。主が失望するぞ、閏坂幾徒」
この鉄屑は、足止めにこそなるが、俺を仕留めるには些か力不足。
機械には五感は勿論、第六感というものが存在しない。
ただひとつのセンサーで、生物が持ち合わせている本能を再現するのは不可能………それが欠点だ。
気兼ね無く正面から戦えるのは、機械だからこそ。
今まで、必要以上の命を奪わないよう心掛け、躊躇が力を抑制していた。
龍哉「………そうか」
―――不完全燃焼。
俺はどうやら、目的を果たせなかった"気晴らし"がしたくて仕方がないようだ。
デスアジャスターの攻撃を回避し続けながら、その時を待つ。
龍哉「(……来た)」
一刀のみを使った大振りを見切り、手首に相当する箇所に手刀を振り下ろす。
すると鈍い金属音と共に、デスアジャスターの腕から刀が零れ落ちる。
その刀を手に取り、二刀目の斬撃を防ぐ。
流石にデスアジャスターの装甲に手刀は妥協策だったか、手の骨にヒビが入っているかもしれない。
……が、見返りもまた大きい。
これで互いの武器は同一、対等な状況で戦うのは嫌いじゃない。
龍哉「(さて、ひと段落手が進んだのはいいが………一番の問題を、銀河に託す事になってしまった)」
脱出口を探すだけならまだしも、先刻解き放たれた"不気味な気配の主"の対処に向かうよう指示したのは正解だったのだろうか。
強敵との対峙は、銀河の無記憶媒体としての"周期"を早めかねない。
かといって、放置すれば多くの犠牲が出る為、それしか手段が無かったのも事実。
赤羽建一と柳原銀河、あの2人の関係性にもっと早く気付けていれば、違った選択も出来たのだろうか。
龍哉「(こんな時、彼女ならどうするのだろう。ご都合的な御託を並べて、物事を無理矢理前向きに考えようとする彼女なら)」
『希望はね。絶望を味わった時に初めて気付いて、生まれて、求めるもの。だから不必要な絶望なんて存在しないし、私は悲観せずに立ち向かうだけ』
『貴方は全てが無駄に終わったからと、そこで諦めて、自分の存在まで無駄するというの?』
『――理解できないわ』
そう俺に告げた彼女は、自身も心が折れてしまいそうなくせに、瞳に真っ直ぐな光を宿していた。
龍哉「(今だからこそ分かる。貴女の言葉は、ただの強がりでは無かった)」
どんなに辛い事が起ころうとも、彼女は決して諦めないのだろう。
復讐の為に人生を歩んできた自分が馬鹿馬鹿しくなる程に、彼女は恨まず、妬まず、涼しげな表情をしていた。
『最後にひとつ。今ここに生きているという奇跡を、簡単に手放さないように』
絶望が、人を前に進ませる事もある。
全てが無駄に終わった今だからこそ、それが誠なのだと信じてみたくなった。
龍哉「まずは俺の歩むべき道を切り開く。少しでも早く、銀河との合流を―――」
貴女は、今でも涼しげな笑みを浮かべて、己の悲劇を笑っているのだろうか。
―――柳原叶
◆◆◆◆◆◆◆◆
何度地図と見比べても、そこにあるのはただの壁である。
銀河「(やはり、脱出口など存在しないのだろうか)」
まる「えい」
いきなり、珠田が壁に蹴りを入れる。
銀河「なにをして―――」
ゴゴゴゴゴゴ―――!
すると、壁が音を立てて開き、上層へ繋がっていると思われる梯子が姿を現した。
まる「あーるぴーじーでは、それっぽい場所はとりあえずポカして開けるものですよ。えっへん!」
銀河「……………この施設を作った人間に、興味が湧いて来てしまった」
珠田が蹴った場所を見ると、その部分だけ壁が凹んでいて、隠しスイッチになっていた事が分かる。
銀河「……」
まる「……」
銀河「……」
まる「銀河さん、えっちです」
銀河「……」
銀河「………なに?」
まる「だって銀河さん、まるが先に登るのを待ってるじゃないですか」
珠田は顔を紅潮させてあたふたしている、冗談で言っている訳ではないようだ。
銀河「あまりにあっさり開いた事に、放心していただけだが」
まる「言い訳ですか?」
銀河「言い掛かりだ」
珠田の冷たい視線を浴びながら、俺は梯子に手を伸ばす。
上層では、先刻感じた不気味な気配の主を探せと神堂龍哉に頼まれている。
結局、彼は何故俺の事を知っていたのだろう。
もし互いに生きて生還する事が出来たなら、彼は全てを話してくれるのだろう。
まる「早く登ってくださいよー」
銀河「わかってる」
今はただ、上の階を目指す事しか出来ない。
◆◆◆◆◆◆◆◆
時を同じくして、B3Fでは建一達が次の階層への扉に到着していた。
光弐「扉は固く閉ざされている感じだ、参ったなぁ」
『開錠:人の手で殺害された3人以上の死者と、2人以上の成功が確認されている事』
建一「殺害された人物……か」
観崎は他の生存者にとっては、そんな風に扱われているんだろう。
他者の犠牲あってこその道、それを自覚させる為の記述のようにさえ感じる。
飛鳥「建一…」
建一「分かってる。頭では、分かってるんだ」
こんな文章ひとつで揺さぶられている場合なんかじゃない。
『条件が満たされず、扉が開かない』
本当に解釈するべき内容はそれだけで、今は観崎の死を悲しんでいる場合では無いと、分かっている。
分かっているけれど、悲しみは簡単には消えてくれない。
光弐「………。そら、これはお前が持っておけ」
光弐はポケットから観崎の携帯を取り出して、俺に押し付ける。
建一「え……あ、あぁ」
また、心配をかけてしまったらしい。
多分、光弐は今まで俺が観崎の形見を見て悲むのではないかと考えて、これを手元に留めていたのだろう。
建一「ありが―――」
―――ゾワッ!
まるで氷水を浴びせられたような強烈な悪寒に襲われ、言葉は途中で途切れる。
しかし、飛鳥と光弐は何事も無かったような表情をしている。
建一「(さ、寒い……こんなに寒いのに、飛鳥達はなんで気付かないんだ)」
光弐「…ん?」
飛鳥「どうしたの渡?」
光弐「あーいや、なんか足音が聞こえたような気がしてよ」
飛鳥が前後の通路を確認すると、俺達の後方を綺麗な翡翠色の髪の少女が歩いていた。
その娘は顔を俯かせていて、まだこちらには気付いていない。
飛鳥「………! あの娘、怪我してるんじゃないかしら」
飛鳥の言う通り、少女の右の二の腕からは血が流れていて、上着だと思われる布が傷口に結ばれていたが、止血の役割は果たせていなかった。
光弐「…っ!」
真っ先に、光弐が走り出す。
飛鳥「渡! 少しは警戒した方が……」
あの怪我は、アジャスターか、もしくは他の誰かと戦ったという証拠。
その上で生き延びている事を考えると、慎重に事を進めた方が良いと飛鳥は考えていた。
光弐「怪我してんだぞ! 警戒も何もないだろ!?」
しかし、そう言って光弐は走って行った。
建一「……あれが、光弐だよな」
飛鳥「貴方も似たようなものでしょう………」
両肩を持って、俯いているその娘に話し掛ける光弐。
飛鳥の言う通りで、俺にも今の光弐と似たような傾向がある。
しかし、光弐のそれは「殺されても構わない」という俺の思考とは違い、「救いたい」という衝動に駆られて、それを阻害する情報を拒絶しているように見えた。
近寄られて直ぐに反撃される様子は無いし、飛鳥の心配も杞憂に終わったようだ。
相変わらず寒気は感じていたが、それ意外は心配するような要素は無かった。
建一「飛鳥、俺達も行―――」
カシャンッ
建一「…ん?」
階段の扉からだろうか、小さな音が聞こえた。
飛鳥「あら? もしかして、開錠されたのかしら」
建一「あぁ、でもどうして」
気が付くと、先程までの寒気は消えていた。
それはまるで、第六感が発していた警告が、手遅れになると共に機能しなくなったような。
選択肢を間違えてしまったような。
まさか………と、振り返ろうとした瞬間。
―――バンッ!
その銃声は、廻廊に響き渡った。




