EP2-033:黒き幻影の彼方
なんで、こんな事になってしまうのだろう。
もしかしたら救えたかもしれない命なのに、いくらでも機会はあったはずなのに。
邪魔をしたら殺されるかもしれないと保身に走り、結局は救えずに終わる。
最後の最後でようやく差し延べた手さえ、取って貰う事が出来なかった。
由乃「私は………」
なにも、救えない。
いつしか、私の師も言っていた。
いくら銃の腕を磨いたとして、それをきっかけに内面を成長させられるかどうかは、私次第だと。
まったく、成長なんてしていなかったんだ。
私は、今まで、いったい何の為に頑張って来たのだろう。
―――貴女の願いは『護る』という誓いを果たす事。
脳裏に過る言葉に、胸が締め付けられるような思いを抱く。
由乃「(……あは、は。全然、護れてなんか、無いじゃないですか)」
頑張って、頑張って、頑張って………それでも私の目の前で次々と死んでいく人達。
私なんて、居ても居なくても、きっと何も変わらなかった。
もう、何もしたくない。
―――頃合い。
由乃「……え?」
瞬間、私を取り巻く視界全てが黒一色に染まる。
その真っ黒な空間の中、私の身体だけが確かな色を持って存在している。
由乃「なっ、なんですか……なにが起きて」
「……そう、頃合い。時が来たのね」
何処からか聞こえてくる声に、私は戸惑いながらもう一度周囲を見渡す。
「無駄、この漆黒は貴女の心」
由乃「ど、どういう事ですかっ」
「希望の白と絶望の黒。黒き貴女の心では、私は見つけられない」
言葉の意味がよく分からない、絶望の黒が私の心とは、どういう事なのだろう。
そして、今更気付いた事だが、右腕に負っていた筈の傷が見当たらず、痛みも感じない。
由乃「(まさか、ショックでおかしな夢でも見ているのでしょうか)」
そうでなければ説明がつかないが、だとすると、こんなにも思考がクリアなのは何故だろう。
「イレイズ。悪く思わないで」
由乃「……っぐ!?」
その言葉と同時に、脇腹を何かが貫通するような激痛が襲う。
由乃「な、何が起きて……かはッ!?」
考える間もなく、2度、3度と何かに貫かれる。
何も聞こえない、何も見えない。
由乃「(でも、これは被弾した時の激痛と似て………多分、私、撃たれてるっ!)」
夢の中にしては感覚がリアルだけれど、相変わらず痛みだけで外傷のようなものは見当たらない。
その痛みも、傷を負わない為か、徐々に和らいでゆく。
何も失うものは無い筈なのに、反撃しなければ取り返しのつかない事になると本能が警告している。
神経を研ぎ澄まし、見えない相手の気配を探る。
相手も下手に動くと感付かれると察したのか、射撃が止む。
由乃「(全く気配が読めない。相手は師と同等か、それ以上の腕……その上、姿が見えないとなると、このまま待っていても何の解決にもならない)」
「―――」
漆黒の世界に、ただただ沈黙が流れる。
会話をしていた時、言葉は脳裏に直接響くように感じられ、声の主の位置を探る事ができなかった。
同じく被弾時も銃声は聞こえず、弾が何処から飛んで来たのか全く分からなかった。
私が相手に干渉できる、最も有効な手段は………
由乃「私の声、聞こえていますよね」
「………」
由乃「ここが何処で、貴方が誰なのかは知りません。けれど、こんな戦いに意味があるんですか?」
言葉で、訴えかける。
正直、知らない相手と会話をするのは苦手だ。
しかし、命を奪い合う虚しい行為をするくらいなら、私は相手と分かり合えたら………と思う。
「峰沢由乃、貴女の『護る為の犠牲無き戦』という考えは大した理想だけれど、そんな甘さが通じる程、世の中はご都合的じゃない」
由乃「なっ……」
―――ズキンッ!
動揺した瞬間に、心臓の位置に激しい激痛が伴う。
「心の弱さは貴女の弱さ。蝕む痛みは侵食の証。峰沢由乃、そろそろ貴女も『これ』が何なのか分かってきたんじゃないの」
由乃「く、あ……っ。も、もしかしてっ」
先程から相手が呟いていた言葉から、ひとつの仮説を導き出す由乃。
それはあまりに現実味のない考えで、半信半疑のまま聞き返す。
由乃「じゃあ……あれは、あの施設は、私達が脱出できるかどうかなんて、端からどうでもよかったと」
「そう、その通り。頭は切れるようだけれど、貴女は甘すぎる。だから、引導を渡してあげる」
これは、やっぱり現実じゃない。
けれど、夢でもない。
ここで死ぬという事は、恐らく……
由乃「い、嫌っ………そんなの、死ぬ事よりも、酷いじゃないですか……!」
「嫌なら抗えばいい。下らない躊躇を殺して、私を消滅させれば済む問題」
闇の中で、ユラリと蠢く気配を感じた。
わざと、だと思う。
確定した勝利よりも、私の底が知りたいという探求心が勝って、チャンスを与えているのだろう。
由乃「("ここ"で死ぬのは嫌だ。けれど、このまま現実に戻って、私に何が出来るの?)」
何も出来なかった……その絶望が、目の前に広がる黒一色の世界を作り上げたのではなかったのか。
この絶望の黒き世界には、希望の光の欠片も感じない。
だったら、私は何の為に抗うのだろう。
最初から、幼き日の後悔を忘れる為の贖罪だった。
それも叶わず、後悔は膨らみ続けるばかり。
由乃「………貴女になら、護れますか」
そして、私はついに贖罪さえも他人に委ねてしまう。
「保証はしない。私のそれは、ただ『護る』という鋼鉄の意思」
その答えは、既に私が失ってしまった強い意思に疑似していて、虚しい気持ちになる。
由乃「……じゃあ。貴女の言う"イレイズ"ですね」
「貴女は貴女の意思で受け入れた。だから『悪く思わないで』とは言わない」
もう何もしなくて良いんだと思うと、心が晴れやかになり、漆黒だった世界は微かに光を取り戻す。
少しだけ取り戻した視界は、無慈悲な少女の凍った瞳を捉えた。
「イレイズ」
―――ブツッ
◆◆◆◆◆◆◆◆
龍哉「……!」
銀河「なんだ、この感じは……?」
まる「はえ? 2人ともどうかしたんですか」
デスアジャスターから逃走中だった銀河達も、まる以外は"それ"を直感的に感知していた。
氷のように冷たい、不気味な気配が施設の何処かから漂って来るのを。
龍哉「(こんな時に、最悪のパターンだ………くそ)」
今現在、隔離されている俺達は安全だが、逆に対処に向かう事も出来ない。
恐らく、赤羽建一の身が危険に曝される可能性はないが………問題は、彼と行動を共にしている者達。
俺自身の目的は果たせなくなったが、犠牲は最小限に抑える事もまた、残された存在意義のひとつだろう。
しかし、この状況では………俺一人では間に合わないかもしれない。
龍哉「銀河。ひとつ頼まれてくれるか」
銀河「……?」
◆◆◆◆◆◆◆◆
幾徒「……む?」
最後の舞台を用意するべく移動中だった幾徒が、立ち止まって振り返る。
何かを見定めるように誰も居ない通路の彼方を睨み、しばらくすると不機嫌そうに舌打ちをした。
幾徒「(やれやれ、流石に荒らしすぎると厄介者を生んでしまうか)」
幾徒もまた、銀河達と同じように"それ"を感知していた。
……が、特にどうする訳でもなく、視線を戻して何事も無かったかのように再び歩き出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
建一「……」
光弐「いきなりキョロキョロして、どうかしたのか?」
建一「え。あぁ、いや……」
光弐「??」
建一「(なんだろう。凄く懐かしい何かが、遠ざかるような……背筋が寒くなる感じがする)」
俺が懐かしさを感じる相手なんて限られているし、既に他界した人ばかりのはずだ。
今も昔も、俺の友達なんて片手で数えられる程度のものだ。
なのに、この損失感は何だろう。
飛鳥「行くわよ、建一」
建一「あぁ」
光弐「名前なんか呼んじゃって、このフラグの立ちっぷりは、むしろ清々しい」
飛鳥「なっ、なによフラグって。別に名前で呼んだっていいでしょう………」
光弐「ニヤニヤ」
飛鳥「~っ!」
光弐と飛鳥のやりとりを見て、思わず笑みを溢す。
建一「(気のせいであってくれると、良いんだけどな……)」
この平穏は、いつまで続くんだろう………?
飛鳥「それはそうと………あそこにあるの、資料室よね」
光弐「おお、順調順調」
建一「それじゃ、俺は外で見張りでもしてるよ」
飛鳥「えっ」
光弐「えっ」
建一「………え?」
◆◆◆◆◆◆◆◆
光弐「全く、流石に建一も気付いてるだろうに、なんで俺に見張りを押し付けないのか」
渡は設置された地図に携帯のピントを合わせながら、呟いた。
飛鳥「そんな小さな事を気にしていても仕方ないわ」
そういえば、私はまだ二人に幾徒の事を話していないけれど……どうしよう?
建一に話すには覚悟が必要だけれど、渡になら……
光弐「飛鳥、行くぞ。建一を待たせちまう」
飛鳥「そ、そうね……」
……また、話すタイミングを逃してしまった。
彼の口振りから、近いうちに幾徒と再び対面する事は分かっている。
飛鳥「(その辺りの事は、私がちゃんと対策を考えておかないと………ね)」
光弐「…ん、なんか言った?」
飛鳥「いえ、なにも言ってないわ。行きましょ?」
どうやら口に出ていてしまったらしい、焦り始めている証拠だ。
建一「………」
資料室から出ると、さっきと同じように建一が廊下の彼方に視線を這わせている。
飛鳥「……建一?」
建一「あ、あぁ、すまん」
光弐「やっぱり落ち着きがねぇなぁ、どうしたんだよ」
話す程の事でもないと言わずにいた建一だったが、これ以上飛鳥達に心配をかける訳にもいかなかった。
建一「嫌な、予感………というか、なんというか。よく分からないけど、落ち着かないんだ」
光弐「予感、ねぇ。飛鳥は何か心当たりある?」
飛鳥「………」
光弐「あれっ、飛鳥サン? スルーやめてこわい」
建一「……?」
飛鳥「(建一の予感と関係あるか分からないけれど、静かすぎる………生存者はともかくアジャスターとも全く出くわさないなんて)」
幾徒の動向も気になるし………幾徒?
飛鳥「…!」
まさか、いや、けれど………彼が施設やアジャスターなどに干渉することが出来たとしたら、どうだろう。
あいつは私の過去について知っていたし、今回の件と無関係とは言い難い。
彼はギミックではなく、携帯電話を操作して「封鎖壁」の機能を使ってはいなかっただろうか?
そして、今度は建一と一緒の時に会おうとも言っていた。
順調に事が進んでいるようで、それさえ私達が確実に幾徒の元へ辿り着くよう、仕向けられているのだとしたら……。
飛鳥「(可能性は、充分にある)」
この時、幾徒への警戒心があまりにも強まっていたため、飛鳥はそう思い込んでいた。
勿論、幾徒が施設やアジャスターに干渉したという予想は間違っていない。
しかし、この時建一が感じていた"嫌な予感"は、幾徒とはもっと別のもの。
それを予期していれば良かったと、後に彼女等は後悔する事になる。




