EP2-032:連鎖する屍
楓が由乃と邦和に接触していた頃、それを影に潜ませたアジャスターのカメラを通じて見物している人物が居た。
幾徒「……これで良い。わざわざ封鎖壁を活用してまで、彼女達を遭遇させた甲斐があったというものだ」
大量の封鎖壁を操り、銀河達をB4Fに束縛したのと同時に、由乃と楓を順にB3Fに移動させる事で、待ち伏せしていた邦和と衝突させる。
全てを意のままに操らんとする幾徒の企みによって、何もかもが悪い方向に進んでいた。
幾徒「彼女達3人には潰し合って貰い、イレギュラーはCord-0Dで排除。……私もそろそろ出るとしよう、ここは血生臭くてかなわん」
自らが殺した少女の遺体を眺めながら、幾徒は理不尽な発言を吐き捨て、部屋から立ち去った。
。
◆◆◆◆◆◆◆◆
デスアジャスターとの戦いでは、銀河達が押され気味だった。
アジャスター以上に強固なボディには銃弾が全く通用せず、逃走以外の選択肢が無い。
龍哉「やむを得ない、時間を稼ぐか」
改造を施したギミックに、龍哉は封鎖壁のナンバリングを入力する。
『01:Gimmick-QuickBarricade』
という文字が電子画面に表示され、銀河達とデスアジャスターとの間に封鎖壁が落下した。
この階を封鎖する為に管理者権限で使用された封鎖壁を動かす事は不可能だが、まだ使用されていない封鎖壁はギミックの操作を受け付けるようだ。
銀河「俺達の武器では力不足な上、戦線離脱は難しい。……どうする」
龍哉「アレの破壊を視野に入れていないのは俺も同じだ。本当に脱出する術が無いのかどうか、まずはそれを模索しなければ」
この施設についてある程度の知識はあるが、それは普通にゲームとしてこの施設内を徘徊していれば分かる程度の事が殆ど。
死体を施設に認識させれば、開いた床から下の階層へ移動する事ができるが、それは根本的な解決にはならない。
―――ガコンッ
龍哉「!」
目の前の床が開き、その隙間からデスアジャスターが再び姿を現す。
銀河「下の階を通って来る事が出来るのか」
まる「ひぇぇ、悪魔ロボットさんはもぐらロボットさんでしたぁぁ!」
銀河達はデスアジャスターに背を向けて、横道から再び逃走を開始した。
龍哉「(それにしても、アレをモグラと表現するとは……)」
ここが地下施設で、その中を先刻のように自由自在に動き回れるのだから、確かに間違った表現ではない。
龍哉「…ん?」
自由自在に、動き回れる……?
何かが引っかかる。
そもそも封鎖壁で閉じ込められた地点で、俺達から自由は奪われている。
銀河「どうかしたか」
龍哉「(それなのに、こんな上位兵器を持ち出してまで、俺達を始末しようとする理由はなんだ?)」
デスアジャスターなど投下せずとも『本当に成す術が無いのなら』いずれ俺達は餓死する。
恐らく幾徒は、俺達に考える暇を与えさせない為に、破壊難易度の高い兵器を投入した。
……つまりは、あるのだ。
奴等だけが知る、"施設を自由に移動できる"手段が。
龍哉「現在位置がどの辺りかは、分かるか?」
銀河「あぁ、珠田」
まる「ずっと地図ガン見ですよ~! ちなみに今はここらへんですね」
珠田と呼ばれた子供は、画像を拡大して、通路の細かい位置を指差した。
龍哉「少し借りる」
まず、正規のルートを通るのは諦める。
利用できそうな施設が無いかを確認していたが、周囲にそれらしき部屋は無く、むしろコマンドマンが隠されているような地帯だ。
龍哉「(奴等の長は、確定した勝利というものが嫌いで、可能性を残しておくタイプの人間だ)」
とすると、このような目立たない場所にはコマンドマンの他にも何かが隠されている可能性は充分にある。
龍哉「……あった」
憎き人物の傾向に救われた事にはなるが、幾徒の策略から抜け出せるかもしれないという事実に、僅かに口の端を釣り合げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
由乃と邦和は、突然現れた異常な風格の楓に動揺を隠せずにいた。
口の端から血を垂らし、赤子が覚えたての言葉で話すようなその口調は、通常の人間のそれとは思えない。
言い表すのならば、狂人の類いだった。
邦和「こいつ、髪を降ろしているせいで一瞬分からなかったが……あのバケモノ女の連れか」
由乃「それって、つまり。彼女は、目の前で貴方に仲間を殺された……って事ですか」
邦和「そういうこった。お陰で壊れちまったらしいが、こいつは俺の客人……手を出してくれるなよ」
いつになく真剣な表情の邦和に、相手が殺人鬼である事も忘れて無言で首を縦に振る由乃。
邦和「俺が憎いかよ、小娘!」
楓「……ギャヒ。コワした、ヒトニク。モっと……かれんサんッ」
ペロリ、と舌を出して口から垂れていた血を舐め取る楓。
しかし楓の身体には傷ひとつ無く、それが嘔吐によるものだとは考え辛い。
邦和「(あの血、まさか小娘本人のものじゃなく……廊下に残ったバケモノ女の血か?)」
恐怖と憎しみで狂った人間なら、山ほど殺してきた。
だが、バケモノ女といい、この小娘といい、豹変したからといってここまで別人のように気配まで変わる訳がない。
試しに、今の印象だけで食いついてくるような話題を振り、揺さぶる事にする。
邦和「バケモノ女の血は、美味かったか」
由乃「……なっ、なんて事を聞くんですか!?」
翡翠髪の小娘が抗議してくるが、無視して反応を待ち続ける。
楓「ギャヒ。チ……おいシい。ケど、ヒトニクはナかっタ……ユルさナい」
邦和「……!」
由乃「ひっ…!?」
人の血肉を食する事への渇望に、由乃はもちろん、邦和もが表情を歪ませる。
楓「……ちェいん、ぎミっク」
邦和「…ッ!?」
少女の言葉の意味に気付いた時には、もう遅かった。
俺の足には、壁から射出された鎖と拘束具がついている。
そして何故か、使用者であろう小娘にも同じ鎖と拘束具が付けられていた。
邦和「デスマッチでも仕掛ける為のギミックか? こんなモン無くても、俺は逃げ―――」
楓「いだダきマず」
瞬間、楓が邦和の二の腕に上着越しに噛み付いていた。
邦和「ぐ――ああ゛!?」
由乃「ひぃ」
そのまま、邦和は肉を食いちぎられる。
楓「むしゃ……ペッ」
衣服だったものだけを吐き出し、不気味な楓の眼光が再び邦和へと向けられる。
邦和「……うぅ、ぐ!?」
楓「う゛ガぁ!」
ガブリ、と今度は首元に噛み付かれる。
意識が吹っ飛びそうになるのを、唇を噛んで必死に堪える。
邦和「イカれた、ガキ、のっ……分際で」
楓「がぶ、じゅぶ」
邦和「天真の血を、舐めんじゃねえぞッ―――!」
―――バンッ!
楓「うぷ……!」
邦和は楓の心臓にピッタリ銃口を合わせて、零距離でトリガーを引いていた。
苦しそうに邦和に背を向けて、その場で食した血肉を吐き出す楓。
邦和「はぁ、はぁ……。チッ……こりゃ、深手を負わされた……な」
それでも、歯は動脈を切り裂いていなかったのか、首から血が吹き出るような事はない。
勝ちは、勝ちだ。
翡翠髪の小娘とは満足に戦えないかもしれないが、仕方がない。
楓「うァ……あ゛あぁ…あ…フ…ぁ……ふふ…ゥ、ふフっ、ふふふふフフフフフフッ!」
小娘が膝をつきながら、狂ったように途切れ途切れに笑い声を上げ、先刻使用したと思われるギミックを叩き割る。
邦和「(なんだ。もう死は逃れられないだろうに、俺が鎖を解く手段を奪ったつもりか……?)」
床に血溜まりを作りながら、小娘は不気味に笑い続ける。
これはどう見ても、その場に相手を拘束する為のギミックだ。
それ以外に、何があるのか?
楓「こープす、チぇいん。グふふ……ごほっ!!」
俺と小娘の、鎖が生えている壁の根本が開く。
そこでようやく、鎖は壁の中を伝い、俺と小娘の足を繋いでいた事を理解する。
楓「かェで……フくしゅウ………オワリ。アなた…………オワ…リ……………ふふ………ふふ…………………ふ……………………」
『施設内に死体反応アリ。回収を行うので、対象から離れて下さい』
邦和「意味分からねぇ遺言残しやがって……」
……ジャラッ
俺の足に付いた鎖が、音を立てる。
―――復讐、終わり。貴方、終わり。
邦和「―――は」
とんでもない遺言だ。
小娘の遺体はこれから、開いた床を通じて奈落の底に回収されてゆく。
その回収される遺体は今、ギミックの拘束具で俺と繋がれているのだ。
つまり、小娘は俺と鎖で繋がれた状態で、わざと殺されたんだ。
俺を奈落の底まで「道連れ」にする為に。
専用のギミックまで用意されているのだから、あの奈落の底にクッションのような衝撃を抑える施しが無いのは明らか。
このままでは、死ぬ。
邦和「はは、冗談じゃない」
人の屍を踏みにじって強さを証明し続けてきた俺が、亡骸に導かれて死ぬのか。
邦和「冗談じゃねぇぞおおおぉぉぉぉおおおお!!」
何か、近くに掴める物はないか!?
扉だ、ドアノブに掴まればいい……なんだ簡単じゃないか
邦和「……っ!」
離れた位置にある階段の出口の扉以外に、扉が見当たらない。
何処にも、何処にも、何処にも…!
そうだ、下り階段付近には扉が少なく待ち伏せをする場所が限られ、だから相手も『こんな場所に潜伏してはいないだろう』と油断する。
今までずっと地図を見て、階段付近の潜伏を目論んで来たんだ、そんな事は百も承知だった。
―――ガコンッ
床が開き、小娘の遺体が落下する。
ジャラジャラジャラッ!
邦和「…ぐあっ!」
物凄い勢いで鎖に繋がれた片足に負荷がかかり、転倒してしまう。
必死に床に這いつくばろうとするが、左腕は小娘にかじられた傷のせいで使いものにならない。
少しづつ、俺の身体は奈落の底に続く穴へと引きずられてゆく。
由乃「あ、あのっ……!」
邦和「っ……?」
翡翠髪の小娘が、俺に右腕を負傷させられているにも関わらず、片腕を差し伸べる。
利き手でもない小娘の片腕だけでは、俺を引き上げるのには明らかに非力だというのに……何を考えているのだろう。
邦和「ク…ククッ、殺そうとした相手に情けを賭けられるとはな…」
両足にありたけの力を込めて踏み留まり、俺は小娘の手を―――
―――払った。
由乃「……え」
邦和「手出し無用だと言っただろうが、甘ちゃんめ」
一瞬、こいつも道連れにしてやろうとも思ったが、俺はこの勝負に第三者の助けを借りないと宣言した。
それを破ってまで、小娘の命を奪おうとは思わない。
邦和「(……全く、ろくでもない最後だ)」
殺人が原因で道連れを食らい、くだらないこだわりで助けを拒む。
この数分で、俺の人生全てを否定されたようにさえ感じる。
邦和「じゃあな」
由乃「あっ……!」
今にも泣き出しそうな小娘の顔が遠ざかり、俺は穴の中に引きずり込まれた。
もし、だ。
もしも生まれ変わり、ひとつだけ人生の選択をやり直せるのなら。
俺は、自らの手で家族を殺してでも、真に大切な唯一無二の存在だけは、残しておくべきだった。
最初で最後の過ちを悔いながら、俺は目を閉じる。
―――グシャッ
最後の瞬間、痛みすら感じないまま天真邦和の意識はブラックアウトした。




