EP2-031:誘導されし者達
銀河と龍哉が接触する十数分前、建一達は既にB3Fへと繋がる階段を登りきっていた。
光弐「思いの他あっさり通れたな、アジャスター15機なんてタルそうな作業だし助かったよ」
飛鳥「私は"成功"って単語が気になったけれど、今の私達じゃ情報不足で予想すら出来ないわね」
建一「扉を開ける条件にするくらいだから、簡単な事じゃないんだろうけど……考えても仕方ないな」
こうして建一達は無事にB3Fの捜索を始める事が出来た。
けれど彼等は気付かない……
……この時、扉は幾徒の手によって開錠され、建一達は故意で誘われていた事に。
◆◆◆◆◆◆◆◆
おかしい、今まで私は迷路のような廻廊に居た筈なのに。
私が武器管理室で銃を選んでいる間に、部屋の外には"綺麗な一本道"が出来上がっていた。
由乃「進むしか、ないですよね……」
この一本道は、建物の仕組みか何かだろうか。
誰かの意思で誘導されていたとしても、私はそれに従って進む事しか許されない。
自分の運命が他の誰かに握られていると思うと、恐怖が込み上げてくる。
それでも、きっと私にも何かを選択する権利がある筈だと信じたい。
初川さんの時のように、何も出来ないまま後悔を重ねたら、私は壊れてしまうような気がしていた。
由乃「(心細い。"あの子"が助けに来てくれたら……なんて、私が傷付けてしまったのに図々しいですよね)」
古い記憶に思いを馳せながら歩いていると、一本道の行き止まりまで辿り着いていた。
由乃「これは、次の階への扉……?」
幽閉した私をここに誘導するなんて、この誘拐犯は何を考えているのだろう。
由乃「開錠条件は……アジャスター15機以上の破壊と、1名以上の"成功"?」
よく分からないけれど、私がここに誘導されたからには開いていないのは不自然というものだ。
確かめてみると、予想通り扉は開錠されていた。
由乃「経緯はさておいて、残る階層はあと3つですね……」
8階層あるうちの5階層を突破した事で、本当に無事に抜け出せるかもしれないという希望が芽生える。
階段を登りながら、誰かに付けられていないか背後を確認するが、特に問題はない。
階段を登りきって、その先にある扉を開ける。
由乃「……B3Fは、今までと同じですね」
もしかしたら先程のように一本道が出来ているのではないかと考えていたが、そう簡単にはいかないらしい。
とにかく、地図又は階段そのものを捜そう。
歩き出そうとした、その瞬間―――
「何処に行く気だ…?」
何処からともなく声を掛けられ、私は慌てて声の主を探す。
そこには乾いて変色した血にまみれている、あの男の姿があった。
邦和「俺としては獲物は誰でも良かったんだが……お前は一度奇襲された割に、少し警戒心が足りねぇんじゃないか」
どうしよう、あの時は初川さんが守ってくれたけれど今は私ひとりだけだ。
ひとつ気になるのは、この人の服に付着している乾いた血。
由乃「そ、その血は……まさか!」
邦和「…あぁ? あいつの事は思い出したくねぇんだがな。名前はなんつったか……あの青い長髪のバケモノ女め、考えるだけで気分が悪くなる」
青い長髪、それは初川さんの特徴とは似つかない。
由乃「で、では……初川さんを殺したのは、貴方じゃないんですか?」
邦和「おいおい、初川の奴死んじまったのか? アイツとはもう一度殺り合いたいと楽しみにしていたが……つまんねぇ奴だな」
男の人は、やれやれと残念そうに肩をすくめる。
人殺しに罪悪感を抱かないこの人は、わざわざ嘘をついたりはしないだろう。
だとしたら、初川さんはいったい誰が……?
邦和「構えな。前に会った時から、銃の技量ならそこいらの青二才よりは俺を楽しませてくれそうだと思っていた。無抵抗な奴は案外つまらなかったし、足掻いてくれよ?」
由乃「む、無抵抗な人を一方的に殺したんですか!?」
ただ純粋に戦いを楽しんだ結果として、命を奪う事に繋がるのではないかと……それならば僅かにだが理解できると思っていた。
しかし、戦う事さえせず命を奪うというのなら……私にはもう彼が分からない。
邦和「まぁ張り合い無いって意味では躊躇ったが、『殺してくれ』なんて頼む程追い詰められた奴に脅しなんて意味ねぇし、どう考えても楽しめねぇだろ?」
由乃「そんな事に同意を求められても、私に人を傷付けて楽しむ趣味はありません!!」
恐怖を通り越して、憎しみが表に出てしまう。
邦和「ほう。俺を殺す度胸もなく、初川に守られて生き永らえたお前も、なかなかどうしていい表情をするじゃないか」
男の人は新しい玩具を見つけた子供のように、楽しそうにニヤリと笑みを浮かべている。
一体何を考えて、どんな人生を歩んだらこんなに歪んでしまうのだろう。
由乃「どうしてっ……どうして貴方は人を殺すんですか」
邦和「ったく、質問の多い奴だな。楽しいからに決まってるだろう?」
苦しみに悶え、瞳から光が欠落して、儚い命が散ってゆく……そんな悲しみしか生まない光景。
それが、楽しい?
真剣勝負ならまだしも、相手の事を一切考えず一方的に命を奪う事さえ楽しもうとするだなんて……
由乃「……貴方は、狂っています」
邦和「理解されようなんて思っちゃいないさ。甘ちゃんには分からないだろうが、それが当たり前になる環境だってあるんだよ」
由乃「環境? それって、いったいどんな……」
邦和「おっと、プライベートな事なんでな……簡単に話す訳にはいかねぇよ。どうしても知りたいっていうなら……」
男の人が銃を構える。
邦和「……俺を、楽しませてみろっ!」
由乃「わ、私は……っ」
この人のように、相手を殺すつもりで戦う事は出来ない。
誰とも争う事なく和解しようと思うのは、私の我が儘なの…?
――バンッ!
由乃「っ!」
私の足元の床に弾痕が刻まれる。
邦和「これでも本気で殺り合えるよう試行錯誤して煽ってんだよ。これ以上俺を待たせるのなら、流石に次は当てさせて貰うぞ」
不気味な笑みと死の恐怖に、すくんでいた足が自然と逃げる為に動き出す。
邦和「逃げるか。それもいいだろう、追う事もまた戦いの醍醐味だ」
由乃「……っ」
脳が酷く締め付けられるような感覚と共に、視界が一瞬だけ歪んでから元に戻る。
すると、思考がいつも以上に研ぎ澄まされる。
相手が銃の照準を私の背中に合わせているのを確認すると、急に時間の流れが遅くなる感覚がした。
由乃「(これは……?)」
死の直前には脳が時間をスローモーションのように感じさせると聞くが、こんなに鮮明に感じるものなのだろうか。
男が発砲した銃弾もハッキリ目視でき、私はじりじりと迫る銃弾に撃ち抜かれぬよう身体を反らす。
由乃「(避け…たっ!?)」
時間の感覚が元に戻り、私は再び逃げ始める。
邦和「ちっ、俺や初川もそうだったが……あれは常人の反応じゃねぇ。まさか、俺達にはヤバイ薬品でもぶち込まれてんじゃねぇだろうな……?」
男の人は一瞬だけ笑みを崩して立ち止まっていたが、直ぐに私を追い始める。
どのみち逃げ続けていても、持久力的に私の方が劣っているのは明らか。
由乃「(せめて足だけでもいいから負傷させないと、絶対に逃げられない……!)」
武器管理室で調達したハンドガンを取り出す。
この子は私が愛用しているエアーガンとは違う種類の実銃だったが、妙に手に馴染んだので選んだ代物だった。
撃つタイミングを計ろうとするが、走りながら背後に向けて撃つと間違えて致命傷を負わせてしまうかもしれない。
邦和「……クク」
それに比べ、常に私の背中から照準がずれないのは、実戦の中で彼が得た技術なのだろう。
もしこれが実戦でなかったのなら、尊敬できる域だ。
由乃「(ここは一か八か、勝負に出るしか……!)」
そう考えて、私は立ち止まるタイミングを見極めようとしていた。
……筈だったが、気が付くと走りながら銃を背後に向けて構えている。
由乃「(あ、あれっ…?)」
見えない何かに操られているかのように、全く関係ない方向に銃口は傾いてゆく。
―――いま
バンッ!
由乃「っ!」
訳が分からないまま、脳裏に響いた合図を頼りに引き金を引いてしまった。
邦和「……ッ!?」
男の人が不自然に身体を反らすると、男の人の足首辺りを銃弾がかすめてズボンに亀裂を作った。
邦和「お前、いったい何しやがった!?」
由乃「わ、私は何も……」
分からない、血迷ったとしか思えない無意識下の行動だった。
邦和「"今の"俺が見切れない銃弾を常人が放てる訳がないだろうが、バケモノめ!」
由乃「そ、そんな―――」
『うわっ、見ろよこいつの!』
『げっ、バケモノだ!』
『気持ち悪っ、こっち来るんじゃねーよ!』
バケモノという単語に幼き日のトラウマが蘇り、耳を塞いでしゃがみ込む。
精神的ショックは、私が死の瀬戸際に居る事をすっかり忘れさせていた。
―――バンッ!
右の二の腕に銃弾が貫通する。
由乃「ぁぁぁぁああああッ!」
あまりの激痛に、右腕を押さえて床を転がる。
邦和「バケモノ呼ばわりされたのが、そんなにショックだったか。……が、心の弱さも立派な敗因だ」
由乃「うあ……ああああああぁぁぁぁ………!」
邦和「聞こえちゃいないか。今の一発には驚かされたが、だからこそ俺も楽しむ余裕がなくなっちまった」
……駄目、まだ死ぬ訳にはいかないの。
痛みをこらえて左手でハンドガンを拾い、フラフラと立ち上がる。
由乃「はぁっ、はぁっ……」
邦和「……立ち上がるか、見事なもんだ。利き手を潰されたお前に、まともな射撃が出来るとは思えないが?」
そうかもしれない。
右腕の激痛で、集中力がどんどん削られていくのが分かる。
邦和「あの世で初川と再開したら伝えろ。『俺が死ぬ事になった時は、真っ先に貴様と殺り合いに行く』……ってな―――!」
由乃「(駄目、逃げない……と。死んじゃうからっ)」
腕の痛みが邪魔をして、先刻のような時間が遅く感じる違和感は訪れない。
そもそも何故あんな事が起こるのかさえ分からないが、藁にもすがる思いで待ち望む。
由乃「(……やっぱり、奇跡は2度は起きてくれないみたい)」
守る筈だったのに。
守られて、守られて、守られて……そればっかり。
由乃「(嫌だ。何も出来ないまま、誰の役にも立てないまま……私は何の為に、こんなのは嫌だよ)」
邦和「じゃあな」
男の人が銃のトリガーを引こうとした、その瞬間。
「………ミづけたァ。まづりのかェで、コワしたひとニク……あカーいカミの、チまみれひとニク」
邦和「んだ……?」
由乃「!?」
楓「ギャヒ……かれんサんのチ、カワく、もったいナい。ノコり、ドコだァぁぁぁアあ゛あ゛ぁア!!」
由乃が声の元を探って振り返ると、そこに居たのは狂人の復讐者と化した楓だった。




